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「朋子ちゃんは朝顔みたいね」
「朝顔?」
風鈴の音では誤魔化せないほどの、うだるような暑さ。並んで縁側に腰かけていた彼女の、その発言の意図がわからず、朋子は不思議そうにその顔を見上げた。
「そう、朝顔。たくさんのツルで、みんなを固く結び付けてくれる。朋子ちゃんがいれば、皆はきっとバラバラにはならないわ」
「そんなん言ったら、近藤さんのほうが朝顔だと思うけどなァ」
「フフ、そうかもね。でも、それでも私は、朋子ちゃんには朝顔が似合うと思うわ。とくにね、青色」
「えー青ー!?」
「あら、青は嫌い?」
問われ、そういうわけじゃないけど……と眉間に皺を寄せる。「いやだって青ってさァ、雨とか海だったり、冷たくて悲しいイメージっていうかァ……」
顔を俯かせる朋子。そんな彼女の頭に、ぽんと優しく、あたたかな手のひらが乗せられる。
「そうねェ、そういうイメージもあるかもしれないわね……でも、」
「?」
彼女は言葉を切って顔を上げる。朋子はその視線を追ったが、そこには別段何もない。だが、彼女の言わんとすることが、朋子には一目で分かった。
「青はね、空の色よ」
眩しい太陽と、真っ白な入道雲。それを呑み込む、どこまでも青々と広がる、澄み渡った空。
「どんな色にでも染まれて、どこにいても見守っていてくれる、すべてをやさしく包み込んでくれる。朋子ちゃんはきっと、そんな素敵な女性になるわ」
「えっ、え〜っそうかなァ! 買い被りすぎだよもォ〜!」
あからさまにデレデレとくねり出す朋子に、喜びを隠す気は毛頭ないらしい。ひとしきり喜んだあと、「……そっかァー、空の色かぁ」と呟きを漏らした。それからぱっと軽やかに隣を振り向き、歯を見せてにやりと笑う。
「いいねえ!」
「でしょ?」
重なりあう二人の笑い声が、爽快な青に溶けていく。
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「────はっ!」
自身の声が脳内で反響する。年季の入ったベンチの背凭れが、小さく軋んだ。どこかぐらぐらと安定しない頭を押さえながら、朋子はふーっと長く息を吐く。
「あっぶねェー……」
危うく怪我に加えて熱中症なんて重ねるとこだった……流石にどやされる……朋子は慌てて、先ほど自動販売機で購入した280mlのペットボトルに口を付けた。おえ、ぬるい。
それでも飲み干すほどに体は渇きを訴えていた。幾分かまずくなったそれで喉を潤すと、憎々しげにきゅっと蓋を閉じ、今いるベンチから数メートル離れたゴミ箱に狙いを定めた。スナップを利かせた手に弾き飛ばされた空のペットボトルは、そのまま軽い弧を描いてゴールに収まった。
「あ」
と、そのさらに向こうからやってきた瞳と図らずして目がかち合った。恐らく向こうも、思わず似たような声が溢れたのだろう。しまりのない口がぽかりと開いている。しかし朋子の視線はそこではなく、彼の隣──もっと正確に言えば斜め下の、小さな存在に注がれた。
「旦那ァ……あんたよくもまあお巡りさんの前で、そんな幼子を堂々と……」
「ちょっと変な勘違いしないでくれますゥ!?」
「じゃあそんなおっきい隠し子がいたなんて……旦那も隅におけねーじゃんこのこのォ〜!」
「だァーからちげーってんだろ!! 人の話きかねー奴ばっかりかこのチンピラ警察24時!! 依頼人だ依頼人!!」
その小さな存在──寺子屋世代ほどであろう少女は、見たところどこにでもいそうな、普通の、愛らしい少女であった。そんな彼女をその場に置き、銀時は弁明のためにどかどかと朋子に詰め寄った。
「わかる? 子どもは子どもでもれっきとした万事屋の依頼人! 客! カスタマー! オッケェ〜イ!?」
「あーはいはいわァーったからンな顔近づけないでよ、うすら寒気がする」
「当たりキツくね!?」
「にしたってどう考えても配役ミスでしょ。旦那アンタ自分からどんだけ胡散臭いオーラが出てるか分かってる?」
「お前こそ自分の発言がどれだけ銀さんのハートをブレイクしてるか分かってる?」
「何の依頼か知らないけど、小さい女の子引きつれるならいつものぐりとぐらとぱちの方が適任でしょ。今日はいないの?」
「いやそもそもぐりいねーから。誰だよぐりって勝手に従業員増やしてんじゃねェよ。アイツらはアイツらで別の仕事にあたってんの」
「え!? 嘘!? 閑古鳥飼ってる万事屋に二件も依頼来てんの!? これはヤバい槍が降るよ江戸全域に避難指示出さなきゃ」
「テメーはどんだけ失礼だァァァ!!」
耳をふさいで銀時の叫びをシャットアウトする。──その持ち上がった袖から不意に、く、く、と引っ張られるような感覚が腕へと伝わってきた。
「おねーさんお巡りさんなの?」
いつの間にかそばに近寄ってきていたらしい、銀時が依頼人と称したその少女が、邪気のない瞳をきらきらと煌めかせこちらを覗いている。
「そうだよォ、我こそが江戸の平和を守るおまわり、その名も真選組さ!」
「わァ! かっこいい! 女の人もお巡りさんになれるんだね!」
「そうだよォ〜男だろうが女だろうが関係ない、貴女もなりたいものになっていいんだよ」
「ほんとー!?」
少女は嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぎ回る。若い子は元気で良いなァ……と、暑さにやられて萎れたような笑みがこぼれた。
ぎしり、と木製のベンチが軋む。見れば、銀時が少し距離を開けて隣に腰を下ろしていた。
「お前最近雪見たか?」
「えっ何急に……雪ちゃん?」
そう唐突に切り出した銀時に視線を向けるが、彼はあくまでも平然とした表情を浮かべている。だが、常に飄々と、あるいは無関心を装うように生きている彼が、自由人の雪を気に掛けるというからには、何かしらの事があったのだろう。
「あたしは最近会ってないよ」
「そォかい」
「…………」
「…………」
「…………いや何っ!? 気になるじゃん何雪ちゃんがどうしたって!?」
「あ? あー、いや別に大したこたァねーって。ただ……」
「ただ?」
「……ここ数日見掛けてねーなっつー……」
「……いや知らんわ何その父親気取り! 雪ちゃんにだって泊まり込みの用事がある日くらいあんでしょうよ」
「だー! わァーってるよ! そもそもオメーが無理やり聞き出したんだろーがゴチャゴチャ抜かしてんじゃねェェェ!」
「──よろずやさん!」
ふいの幼い声は鶴の一声となり、語気の強まっていた二人はぴたりと動きを止め彼女に視線を落とした。少女の片手には、いつの間にか自販機で買っていたらしい、炭酸のペットボトルが握られていた。大人二人に頼らないあたり、そしておそらく単独で万事屋に依頼を持ち込んだあたり、彼女の精神は見た目よりも自立しているのかもしれない。
「そろそろおとーさん捜しに行きましょ!」
「……あー、そうだな。悪ィな道草食って」
「お父さん捜し?」
「そう! わたしのおとーさん捜してるの! そーだ、お巡りさん、この人見たことある?」
「あのねー、帰って来なくなっちゃったのはねー……」少女はいつ父親が失踪したのかを思い返しながら、袖口から一枚の写真を取り出して朋子に差し出した。朋子はそれを受け取り、そこに写った、少女を抱きかかえて笑っている男をじっと見つめると──その双眸をすっ、と細めた。
「……うーん、見たことないなァ。ごめんねお役に立てなくて」
「そっか! ううん、だいじょーぶ! ありがとう! それじゃあ、よろずやさん行こ!」
「あっごめんねちょっと待って」
「?」
「ああいや、お嬢ちゃんじゃなくて……ちょいと旦那! こっちこっち! ヘイヘイ!」
朋子の纏う雰囲気が僅かに変わったことを、銀時もまた一瞬で感じ取ったようだった。銀時は「はいはいなんですか〜っと」と、あくまでも調子を崩さず、少女に悟られないように、へらへらと手招きする朋子に近寄った。
「んだよお巡りさん、俺らさっさと、」
「旦那ァ、悪いけど、ここは手ェ引いておくんなせェ」
銀時の言葉に被せて、朋子は冷徹な声色で、極めて端的に用件を述べた。
両者の探るような視線が交わる。先ほどまでは気にならなかった蝉の鳴き声が、やけに喧しく感じた。
「これは、あたしたちの領分だから」
あの一件からだった。少女が、父の行方が分からなくなったと言うのは。あの日からだったのだ。
はっきりと言い放った朋子の声は、少女に届かないように抑えられた声だったが、蝉の雑音にも消されることなく銀時の耳に届いた。それを受け取り、呑み込んで、どうしたものかとふわふわの頭を掻き乱す。
「……そうは言ってもおまわりさんよォ、オメーまだ怪我治ってねーんだろ。そんな体で何ができるってんだ」
「なァに言ってんの。あたしの、じゃなくて、あたしたちの、つってんじゃん」
「お前さんに、本当にその気があんならな」
銀時の、濁っているようで、何もかもを見透かしたような瞳が朋子を貫く。彼の投げかけに、朋子が答えることはなかった。
「……ま、いいけどよォ。ワーカホリックもいい加減にしねーとそのうち死ぬぞ。加えてこの猛暑なんだからよ〜脳みそ血液、沸騰しねェよう気ィ付けるこった」
「へーへ、ご忠告痛み入ります」
「じゃっそういうわけならあとはお巡りさんに頼まァ。オラッお客さん! あとはこのネーちゃんに任せてくれってよ!」
「は!?」
大人同士の会話に遠慮していたらしい。先ほどよりさらに離れた位置で髪の毛先をいじっていた少女は、おとなしく大人びた表情から一変、ぱっと花が咲いたように明るく子どもらしい笑みを見せた。
「ほんと!? おねーさんがおとーさん捜してくれるの!?」
「えっ!?い、いや、あたしは……」
「ありがとう! おねがいしますっおねーさん!」
ペコーッと元気よく頭を下げられ、とうとう打つ手が無くなる。恨むよ旦那……そんな思いを込めて彼を睨み付けたが、人様の仕事邪魔しようってんなら相応のしっぺ返しを覚悟しろと、そんな瞳が返された。
はァっと短くため息を吐き出す朋子。それから、いよいよ観念したように、ベンチから重い腰を持ち上げた。
「……それじゃ、おねーさんと一緒にお父さん捜そっか!」
「うん! よろずやさん、ばいばーい!」
「悪ィな依頼打ち切る形になっちまって。今度来た時ァ格安にしておくよ」
「やったー!」
心から嬉しそうに、少女は喜んでみせる。それから、去っていく銀髪が小さくなるまで手を振った後、くるりと朋子に向き合った。
「よろずやさんとはね! おとーさんが行きそうなところ色々回ってたの! あと、よろずやさんがあっちこっちのじょーほーやさんに当たってくれたんだけど、全然見つからなくて」
「そっかァ、それは困ったねェ……」
「おとーさん何処にいるんだろうなぁ」
少女は、とても大人びていた。我儘一つ零さないし、一人でしっかりとお金を持って万事屋を訪れている。母親の存在を問おうかとも考えたが、やめておいて正解だったのかもしれない。ふと、不安そうな表情がこぼれたが、それすらもすぐ笑顔に切り替わる。
「おとーさんがね、全然むかえにきてくれないから、わたしがむかえに行っちゃうんだ!」
「……そっか」
朋子は控えめに微笑んだ。一体、どうしたものか。どうすれば良いのか。ただただ、事務的に仕事をこなすのであれば、警察としてのやることは決まっている。だが、一切の情を切り捨てることは、そう容易ではない。
どこへともなく、二人は歩き出す。途中、少女は、朋子の手をそっと、ともすれば恐る恐る、握った。気温の高さに反し、冷たい手だった。
「あっついねえ」
「そうだねェ」
「おねーさんは、夏すき?」
「んー……」
それほど深くはなく、しかし考え込むような声。不自然なほどに間が開いたところで、少女は不思議がって顔を上げた。そこにあったのは、少し困ったような笑顔。
「好き……なんだけど、どうにも好きになりきれなくてねェ」
「え?」
後半が聞き取れず、少女は聞き返す。しかし朋子はそれに答えることなく、ぱっと笑顔を浮かべた。
「そういえば、お名前はなんていうの? あたしは朋子。よろしくね」
「わたしはねぇ、
自分の名前を随分と気に入ってるのだろうか。それはそれは嬉しそうに、少し得意げに、年相応に、少女──青子は名乗って見せた。
「……そっかあ、いい名前だね」
嬉しそうにはにかむ幼い少女に、朋子は何を思ったのだろうか。