遊園地02

「わ〜、広いですね!」

 無邪気にはしゃぎながら隣を歩く羽月に、山崎は思わず口元が綻ぶのを感じていた。
 非番の予定を考えていた彼の前に、羽月が一枚の紙を持ってやって来たのはのつい先日のこと。雪に遊園地の男女ペアチケットを安く譲ってもらったから、一緒に行かないか──と、花も恥じらう笑みを携えて誘ってきた彼女に、思わず昏倒しそうになったのは記憶に新しい。

「(まさか俺が女の子に、それもあの羽月ちゃんに誘われる日が来ようとは……!)」

 二つ返事で了承した山崎は、今日まで浮かれた顔を隠し通すのに尽力していた。もしも他の隊士にこのことがバレたら、羨ましがられるどころか、夜な夜なシメられ、強制的にポジション交換させられていたかもわからない。ほとんどの隊士から見て羽月は一回りも二回りも年下であるのだが、無垢で朗らかで屯所の清涼剤のような彼女に、多くの男どもは骨抜きだった。
 かつて寺門通が一日局長を務めてくれた時もそうであったが、普段から異性との交流がほとんどない分、とにかく女人が絡むと浮かれポンチになる野郎ばかりなのだ。無論、自分もその一人に違いないのだが。

「でも、山崎さんが今日ついてきてくださって本当に良かったです。私もお休みでお天気も良かったので、絶対今日だと思ったのですが、なにしろ急でしたし」
「いやァ〜君の誘いならどいつだって仕事休んででも受けるよ。というか羽月ちゃんこそ、もっと年近い奴とかもいたでしょ。俺で良かったの?」
「もちろん! 勤務表を見て非番の方にお声掛けを、とは思っていたのですが、お誘いするならやっぱり仲の良い方が良いなあと思って」
「へ、へェ〜」

 あ、そんなふうに思ってくれてんだ!? 誰に対しても等しく愛想の良い彼女のこと、どうせ『隊士Y』くらいにしか見られていないものかと思っていたが……しばしば話すことの多い羽月が、少しだけ自分を特別扱いしてくれていたことに、山崎は普段からろくな目に遭わない分クッと幸せを噛み締めた。

「さて、どこから回ればいいんでしょう……! もう私楽しみで楽しみで、昨夜もなかなか寝付けなくて……!」
「ハハ、楽しそうだね羽月ちゃん」
「ええ、それはもう! 私、遊園地って初めてなんです。木製コースターとか、ローラーコースターとか、ループコースターとかというものがあるんですよね?」
「いやそれ全部ジェットコースターかなァ〜!」

 事前準備もばっちりといった顔で指折り数える羽月は、きらきらと瞳を輝かせ、まるで子どもがサンタクロースからプレゼントをもらった時のようだった。この年頃にして、遊園地に来るのが初めてということも相まって、今日は目一杯楽しんでもらわねば……そんな使命感が、山崎の心に湧き起こっていた。

「では、どこから行きましょうか?」
「うーんそうだね……」

 羽月が楽しそうに開いた案内図を、少し近づいて覗きこむ。現在地点から一番近いのは──と紙面に目を滑らせた瞬間、チュンッ、と頬のギリギリを何かが掠めた。「……え?」ほぼ同時に、前方に植えられた木の枝が揺れるのを目視する。山崎の顔面から、だらだらと冷や汗が流れ出す。
 油の足りていない機械からくりのごとく、ぎこちなく首を後ろに回せば、ここから数メートル離れた物陰に見慣れた──今ここでは見たくなかった──人影が。
 銃口から煙を出したライフルを手にした女性と、彼女の両肩をガクガク揺すっている男性は、どう目を擦ったって、自分の職場の同僚と上司だった。

 ……少しくらい夢見させてくれてもいいじゃないかァァァ!!

 悲しみと恐怖と焦りで、山崎の脳内にある火山が噴火した。神様はそんなに俺のことが嫌いなのか。いやそれにしたってこの仕打ちは酷過ぎる。副長はともかく、何故朋子ちゃんまでもがこの遊園地に来ているんだ? 思わず頭を抱えたくなった。貴重な同性ゆえか、羽月のことを一等可愛がっている朋子が、野郎と羽月のデートを許すはずなどないのだから。

「山崎さん? どうかされましたか?」
「いいいいやいやいや大丈夫全っ然なんでもないから本当マジで!!」
「そうですか?」

 突然挙動が狂い始めた山崎を、羽月は心配するように覗き込む。しかし再びライフルを構える朋子を横目に認めて、山崎は頭が吹っ飛びでもしそうな勢いで首を左右に振りまくった。
 こうなると、自分はなんとしてでも朋子たちを振りきり、かつ二人の存在を羽月に悟られないようにしなければいけない。さもなくば羽月とのデートは間違いなく続行不可能。朋子に暗殺されるか、もしくは羽月が余計な気を利かせ、朋子と土方も加わった状態で過ごすことになってしまう。命握られたまま楽しめるかァァ!! それだけは絶対に御免だ!!

「そ、そうだ! そこのお化け屋敷行こうよ!」
「お化け屋敷ですか! 魑魅魍魎、あらゆる化け物との死闘を繰り広げながら、伝説の七つの玉が待つゴールを目指すバトルアトラクションですよね?」
「どこ情報!?」
「楽しそうです、行きましょう!」

 咄嗟の提案だったが、なんだかんだで羽月も楽しそうに乗ってきてくれて、山崎は内心ガッツポーズをとる。先程から妙に片寄っていたり間違った知識ばかりが飛び出すのが気になったが(本当にどこで調べたんだ)それはそれだ。
 猪突猛進スイッチの入った朋子のことだ。出口で待ち伏せ、などというまどろっこしいことはせず、そのままの勢いで『あの』土方を連れてお化け屋敷の中まで追いかけてくるに違いない。そうなれば、少なからず勝機が見える。
 意気揚々と駆け出す羽月を追いながら、山崎はちらりと背後を確認する。朋子と土方はしっかりついてきていた。よしよし、いいぞ。

「(それにしても、何であの二人……まさかデート? あの二人までデートなのか? え? やっぱそういう関係なの?)」
「山崎さん、着きましたよ」
「ああ! ごめんごめん!」

 羽月に促され、山崎は受付に二人分の券を渡す。人気がないのか、それとも収容上限人数が多いのか、幸いにも待機列はなく、すぐに中へ入ることができた。

「わ、とても暗いですね」

 踏み入った室内はひんやりと冷たく、自分たちの小さな足音がよく響くほどに静まり返っている。加えて視界も悪く、山崎はうっかり羽月とはぐれることのないように目を光らせていた。

「やっ山崎さん! あそこ、白眼を剥かれている方が! ヒャクトーバンしますか!? 119でしたでしょうか!?」
「いやあれは人形だね、大丈夫」
「箪笥が揺れてますね! もっもしかしてここからお化けが出てくるんでしょうか!? 開けてみてもいいですか!? つついてみても!?」
「無闇に触っちゃダメだよ、危ないからね」
「床に血だまりが!! 敵襲ですか!? 応援を呼びますか!?」
「いやこれ装飾装飾」

 きょろきょろあたりを見渡しながら、初めて入るお化け屋敷によくも悪くも興奮しきりの羽月。オレンジの小さな照明だけが所々を照らし出す、そんな暗闇の中にも関わらず、彼女の好奇心が具現化したかのようにその周囲だけキラキラ輝いて見えた。歩く自然光か? と胸中ツッコみつつもその様子はどこか微笑ましくて、山崎は生温かい笑みを携えながら、先陣を切る彼女の後ろをひたすら着いて行く。
 ──そんなことを考えていた時、突然、お化け屋敷内の照明が一斉に消えた。

「は!?」
「こっ、これは……もしや我々生者の存在に気付いたお化けの仕業ですね!?」

 いやちげーだろォォ!!
 と、興奮で一層声色を弾ませる羽月に水を差すこともできず、山崎はソウカモネ〜と適当に返事をした。
 ここまで完全に明かりを断ってしまえば、怪我人が出ないとも限らない。つまり遊園地側が意図的に消灯したとは考えられず、なんらかの機材トラブルか停電ではないかと山崎は推測する。恐らくすぐに緊急のアナウンスが入ると思うが……それまでの間、さすがにこれは危ないし怖いのではないかと、山崎は姿の見えない羽月を心配した。周りが真っ暗で何も見えないのに、ガタガタだのケラケラだの、遠くで反響する悲鳴だの、聴覚だけは相変わらず刺激され続けているのだから。かくいう山崎自身も、仕事柄スリルは味わい慣れているとはいえ、若干の動揺をしていた。

「羽月ちゃん、とりあえずはぐれないように……ってアレ? 羽月ちゃん?」

 あれ、あれ? おかしい。彼女の返事がすぐに返ってこない。腕を周囲に伸ばしても、何者にも触れることはない。

「羽月ちゃん? 羽月ちゃん!? ……おいおい、早すぎだろ……!」

 そうだ。地図を見ていても何故か反対方向に自信満々に歩き出し、最初の頃は屯所内ですらうろうろと迷っている姿が見受けられた羽月のこと。目を離した時点で、こうなる可能性は大いにあった。羽月が洗練された迷子スキルを持っていたことをようやく思い出した時には、後の祭りだった。

『──ホラーアトラクション、"お化け屋敷がなんぼのもんじゃい"にご参加のお客様にお詫び申し上げます。現在、照明システムの不具合により──』

 音質の低い館内放送を聞き流しながら、山崎は考える。さてどうしたものか。羽月が山崎から離れてしまったことに気がついたとして、その場でじっと待ってくれている可能性は低い。本当なら無闇に動くのは控えたいところだが、その間に羽月が怪我でもしたら大変だし、自分は屯所に帰って確実に吊るされることになる。
 仕方なく、山崎は壁伝いにゆっくりと歩き出した。少し進んでは羽月の名を呼び──を幾度か繰り返したところで、後方からなにかが聞こえてきた。

(何だ?)

 これは男の悲鳴だ。それに加えて妙に忙しない足音……これは、走っている?
 だんだんと近づいてくる騒音に、このままでは自分に激突でもしそうだと、山崎は己の存在を主張すべく口を開いた。
 が、一歩遅かった。
 強烈な勢いでぶつかって来たその人物に、山崎の身体がぐらりと傾く。いきなりのことに受け身も取れなかった彼は、背中と後頭部を硬い地面に強打。鈍く重い痛みに叫ぶことすら叶わないまま、山崎の意識は暗闇の中へと消えていった。







 自分達と山崎の場所を結んだ延長線上の木の枝が、弾けるように揺れた。他でもない、隣でライフルを構えている朋子の手によって。

「チッ………しくじったか」
「じゃねーだろ何やってんだテメーはよォォォ!!」
「やだちょっと威嚇したくらいでも〜短気なんだから土方さんは」
「オメーにだきゃ言われたくねェェ!! もし一般市民に当たったりでもしたら始末書じゃ済まされねーぞ!!」
「大丈夫コレ射的用のコルクだから」
「勢いバカになってねーんだよ!」

 朋子の両肩を思い切り揺するが、反省の色はまったくもって見られず「だってザキが調子乗り男の様相を呈していたものだから〜」などとふざけたことを言い出す始末。
 だいたい、何故自分が羽月と山崎を尾行しなければならない。一体何をやってんだ自分は、と土方は腹の奥を煮やした。至極真っ当な苛立ちを抱えている間に、山崎たちはお化け屋敷のあるほうへと向かい始める。

「あっザキめあろうことにお化け屋敷チョイスとは! おのれこうしちゃいられんさァ行きますよ土方さん!」
「はァァ!? いや待て待て待て! 出口で待ち伏せてりゃいずれ出てくんだろーが! なんでわざわざ中まで追っかける必要があんだよ!」
「そりゃ羽月ちゃんとザキがお化け屋敷とかいうラブコメ定番シチュの中で吊り橋効果も相まってうっかりキャッキャウフフな展開になるかもしれんのを防ぐために決まってんでしょうが!」
「どんだけ妄想に妄想重ねて生きてんだテメーはァァ! 色気より食い気な秋宮アイツに限ってそれはねーだろうよ!!」
「なに言ってんですか、可憐に見えて実は食いしん坊キャラというギャップが羽月ちゃんという人間の魅力をさらに引き立てているわけであって」
「何の話をしてんだァァァ!! とにかく、そんなに行きてーならお前一人で行ってこい! 俺ァここで待機してっから!!」
「え〜せっかくだし一緒に行きま………あァ〜!」

 朋子の言葉がふいに途切れると、今度は口に手を当ててあからさまにニヤニヤしだした。その顔が凄まじく癇に触り、土方はこめかみに青筋を浮かべながら「……ンだよ」と睨みを効かせた。

「そういや土方さん、怖いの駄目でしたっけね」
「ばっ……んなわけねーだろ!!」
「あれ、こないだ屯所で起きた幽霊騒動でビビり倒してたのは誰だったかなァ」
「あれはそのお前ビックリしてただけだ! ビビってたわけじゃねェよ? っていうかテメーも似たようなモンだったろーが! オイッそのニヤニヤやめろ腹立つ!!」
「あたしはリアル心霊系にちょっと弱いだけなんで一緒にしないでください。作り物のお化けなんてハムスターみたいなモンですよなんなら肩で飼えるからね。てなわけで、土方さんもビックリしただけってんならお化け屋敷なんてちょろいもんですよね」
「たっ……たりめーだろナメんじゃねーぞクソゴラァ!!」
「よっしじゃあレッツゴー!」
「上等だかかってこいやァァ!!」

 ──なんて勢いで大見栄切った手前、今さら「やっぱり無し」だなんて言えるはずもなく。  
 いくら虚勢を張ろうが、苦手なものは苦手のまま。鬼の副長ともあろう土方は、人を恐怖に陥れるその屋敷で軽く半泣き状態であった。屋敷内が薄暗く、仕掛けがあまり見えないのが唯一の救いである。

 ああ、クソ。今日はとんだ厄日だ。上司の親馬鹿に付き合わされ、毛ほども興味無い二人のデートの尾行に付き合わされ、挙句にゃお化け屋敷だァ? ざけんじゃねェ。何か俺が悪いことしたかってんだ。

「……い、おーい、ちょ……土方さんってば!」
「ウオォォォ!? っておおお脅かすんじゃねェェ!! いやビビってはねーよ? ビックリしただけてビビってるわけじゃ」
「うるせェェェ! ノロノロ歩かんでください見失っちゃったでしょうが!」
「そんなに跡つけてーんなら先行けや!!」
「いやアンタがあたしの袖掴んでんだろーがァァァ!!!」

 そう言って朋子が見せつけるように持ち上げた袴の袖は、それはそれはしっかりと土方の手に掴まれていた。無意識のうちにしがみついていたらしいが、土方は渋い顔で慌てて振りほどく。

「いや違う、これはそのアレだ、袖にみっともねェ穴開いてたから気を遣って隠してやっていたにすぎねェ」
「小学生!? んな秒でバレる言い訳はいいからホラとっとと行きますよ!」
「うおっ、ちょっ、引っ張んじゃ……」

 と、その時、唐突に目の前の朋子が姿を消した。
 消した、というには少し語弊がある。正確に言えば見えなくなったのだ。屋敷内の照明が全て消えたことによって。

「……ウォアァァァァァ!!!」
「ぐえっ!?」

 暗闇というのは恐怖を増幅させ、正常な思考回路を奪う。額から目から汗を流しながら、土方はたまらず雄叫びを上げて駆け出した。

「ちょっ、ちょ土方さイッデェぶつかってるぶつかってる!!」

 朋子に掴まれていた土方の腕は、いつの間にか朋子を引っ張る形になっていた。正気は失われ、狂った情動の中で壁に体のあちこちをぶつけまくりながら、土方はただひたすらゴールを求めて全力疾走した。

「──っぶごォ!!」

 体の前面に、衝撃。どうやら人にぶつかったらしい。直後ゴッと痛々しい音が響いたが、そんなものに構っていられるほどの余裕は今の彼にはない。
 数歩進みつつ体勢を立て直し、離れた朋子の腕をもう一度掴み直す。胸中「いや別に一人だと怖いからとかじゃないから。コイツが怖がってるかもしんねェからという俺の親切心だから」と自分に言い訳しながら再び走り出し、右へ左へ奔走。そしてようやく見つけた光が漏れる出口へと駆け抜けた。

「……ハァッ、げほっ……だァーッ……!!」

 視界が一気に開けて目が眩む。ようやく外へ脱出した土方は、乱れた息を整えながら、変に汗ばんだ額を雑に拭った。恐怖と全力疾走で火照った顔を冷ますように前髪を掻き上げながら、彼はようやく後ろにいる朋子へと目をやった。

「オイ朋子、大丈……夫……か……」

 後半になるにつれ、どんどん小さくなっていく声。それを受けた彼女は、どこか困ったように眉を下げている。

「えっと……奇遇ですね? 副長さん」

 土方が朋子だと思い掴んでいた腕は、山崎と共にいたはずの羽月のものだった。