遊園地03

 土産屋で購入した安っぽいプリントTシャツとシンプルな黒ズボンに、諸々あった近藤が着替えている間。ベンチに腰掛けた雪は沖田から──正確には、彼が松平からせしめた金で奢ってもらったホットドッグをもぐもぐと食べていた。終始のんきな彼女の隣で、沖田はこれまた松平の金で買ったアメリカンドッグを美味しそうに頬張りながら訊ねる。

「ほいで、結局なァんで雪さんがここにいるんでィ」
「あァ……」

 適当に相槌を打って、口内のホットドッグを飲み下す。
 種明かしをするとこうだ。栗子は彼氏の七兵衛とデートの約束をしていたが、数日前の晩、事前に用意しておいたチケットをうっかり家のロビーに置き去りにしてしまったという。それを父の松平が見てしまったのではないかという懸念のもと、彼女は父の直轄の真選組の中でも、同性同士として最も親しい朋子に相談を持ちかけた。「父がデートの邪魔をしに来るかもしれないから、父の足止めをしていてくれないか」と。
 しかし、いくら上司の娘の頼みでも、朋子は頷くことができなかった。朋子はその上司からすでに『決戦』と称した任務を、まさにその直前に請け負ったばかりだったのだ。そしておそらく、松平はすでに栗子のデートを嗅ぎ付けて、その監視もとい邪魔をするのに我々を巻き込もうとしているのではないか、と推理した。つーかデートの邪魔の手伝いに組のツートップもろとも休みを取らせるな。どれだけ通すのが大変だったと思っているんだ。
 とはいえ、栗子の切なる頼みを無下にすることもまたできない。むしろそれはそれで松平の恨みを買いそうだ。
 困った朋子は、とある第三者を介入させることを企てた。警察組織となんら関わりなく、器用で、腕の立ち、そして金さえ払えば容易に動くであろうその人物に、デートの邪魔をする松平の邪魔を頼めばいいのではないかと。
 松平の魂胆が推理通りであるとしたら、娘を溺愛する彼を引き留めるのはもはや困難。しかし、彼のそばにつくなり、遠方から妨害するなりして、広い遊園地内で栗子たちカップルから引き剥がすことならば可能だろう。
 かくして、複雑化した状況を引っ掻き回すためのイレギュラーとして、雪に話が持ちかけられたというわけだった。

「なーるほどねィ。そのわりにゃ、全然俺たちの邪魔してるようには見えねーんですが」
「今んとこそっちのオトーサンは娘にバレないようにやってんだろ。つーか、一時間の遅刻が適当な詫びで許されると思ってる不誠実な輩とくっついたって、娘は幸せになんねェよ」
「さすが不誠実な人が言うと説得力ありますねィ。で、その心は」
「なんかもうダルい」
「何しに来たんですかィ。ま、こっちにとっちゃありがたいですけど」
「そもそも警察のお偉いさんに楯突いて私に得なんてないじゃん」
「それもそうですねィ」

 至極正論を言い述べる雪に、「じゃ断りゃ良かったんじゃねーですかィ」という言葉は飲み込んでおく。その代わりにふと舞い降りた話題を口にした。

「雪さんは彼氏いねーんですかィ?」
「はァ?」

 その藪から棒な質問に、雪は普段より大袈裟に語尾を上げる。どこか怪訝そうな彼女に対して、沖田はうっすらと愉しげな笑みを浮かべていた。

「なに。コンプラぶっ壊れてんじゃねェのおまわりさん」
「職質とでも思ってんですかィ。ただの世間話でさァ」
「世間様の話じゃねーだろが」
「まま、俺と雪さんの仲じゃねーですかィ。俺ァアンタのことが気になるんでィ」
「しるか。人様に教える義理はない」
「ま、他人とそういう距離の詰め方するお人じゃないですよねィ。ただの財布ならまだしも」
「人をなんだと思ってんの」
「だってアンタ、必要以上には……ん?」

 裸になった串を口の端で揺らしていた沖田が、ふいに声を上げる。ちょうど最後の一口を食べ終わった雪も、包み紙をくしゃりと握り潰しながら彼の視線を追った。
 前方数十メートル、人混みに紛れて見つけたのは、銀時と真琴だった。真琴のほうは随分とはしゃいでいるようだったが、銀時は面倒くさそうに後頭部を掻いている。

「見知った顔ってなァ、続々と現れますねィ」
「んだよ、日時被ったか」
「なんでェ、雪さん絡みですかィ」
「あの娘から余分なチケットも貰ったんだよね、朋子経由で。だから真琴とそっちの羽月に売りつけた」
「おっと、警察を前に転売ヤー発言とはなかなか肝が据わってますねィ」
「そら元値以上で取引するやつらに言え。こちとら割引までしてやってんだ」
「いや雪さんの金で手に入れたモンじゃねーじゃねェですかィ」
「報酬の一部現物支給なんで」
「物は言い様ですねィ」

 商魂たくましい雪に、沖田はやれやれと言いたげに肩をすくめてベンチから立ち上がる。「じゃ、俺はそろそろとっつァんたちの所に戻りまさァ」と言い残して歩き出す沖田に、雪がこれ以上ついていくことはなかった。







 地球に天人が住み着いてからというもの、世界各地の文明は著しく発展した。中でも携帯電話は若い世代では急速に普及し、最近では写真の投稿を主としたSNSなども流行っている。
 そんな昨今に珍しく、真琴は未だ携帯電話を持ったことがなかった。お金もかかるし、何より機械音痴のきらいがある彼女は、一般的なカメラすら満足に扱える自信がない。そんなわけで、彼女は華々しい装飾やアトラクション、可愛いグルメ類、園内を歩き回るキャラクターの着ぐるみなどに、ひたすら心のシャッターを切っていた。

「は〜もう最高〜……!」
「楽しそうですねェ真琴サン」
「遊園地なんてすごい久しぶりだからさ〜。銀さん、ついてきてくれてありがとね」
「へいへい」

 適当に返事をした銀時は、グラニュー糖の輝かしいチュロスにまた一口噛みつく。がたついた硬めの生地を咀嚼すると、とろけるような甘さが口いっぱいに広がった。
 家を出る前から、真琴の「スイーツ奢るから!」という文言にホイホイ釣られて頷いたことを後悔するほどにはすでに面倒だったが、普段は早々食べられないようなものを他人の財布で食べられるというのは良いものだ。神楽にバレたら「なんで誘ってくれなかったアルか!」という叱責と共に顔面に膝蹴りを食らいそうだった。男女のペアチケットだから〜とか、そもそも文句なら真琴に〜などと言っても通用しないだろう。

「ねェ次はどこ行く?」
「ハイハイお好きにどーぞ」
「えー銀さんも好きなところ選んでいいのに。気ィ遣ってる?」
「イヤ全然まったく一ミリも」
「……銀さん、もしかしてあんまり楽しくない?」

 喜色満面だった顔が一転、申し訳なさそうに歪むものだから、嫌に良心が痛む。ンだよ、別に俺が楽しんでなかろうが、お前が楽しんでんだからそれでいいだろーが。つーか俺が全然乗り気じゃなかったのはお前だって百も承知だろ? そう思ってはみても、真琴の寂しげに下がった眉を見ていられなくなり、銀時は「だァーーっ!」と頭をガシガシと掻いた。

「ハイハイ楽しい楽しい! いいからお前の好きなところ選べって!」
「そう? えーっじゃあ次はどうしようかなァ〜……!」

 うきうきと施設内のマップを広げる真琴に、よくもまあそこまではしゃげるよなァと銀時はある種の感心さえ覚えた。人は多いし、うるさいし、どのアトラクションに乗るにも並ぶし、疲れるし。食い物は美味いけど近所の甘味処やファミレスのほうがずっと良心的な値段だ。こんなところ、自発的にはまず来ないだろう。
 チュロスをまた一口かじりながら辺りをぼんやり眺めていると、不意に視界に見知ったシルエットが映った

「ん……? ゲッ!」

 万年ものぐさ仏頂面の隣人と、反りの合わないチンピラ警察の悪たれ小僧。雪と沖田が、何故か離れたベンチに腰掛けながら仲良くこちらを見ている。というか何故ここにいる? つーかなんであの二人? いつの間に仲良くなったんだっけ? なんか怖いんですけど。いや、別に他人の交友関係に口出すなんて無粋な真似はしないが、とにかくロクでもないコンビであることは確かだった。

「銀さん? どうしたの?」
「あーいや……」

 銀時の様子に気がついた真琴がこちらを覗き込む。銀時はしばらく視線を泳がせたが、やはりあのヤバい二人組に下手に絡まれるのだけは御免だと思い、適当に遠くの方を指差した。

「あー……あっち、あっちに気になる所あるから行くぞオラッ」
「えっホントに!? いや〜銀さんもなんだかんだ楽しんでるじゃん良かった〜! どれ? 早く行こ行こ!!」
「ハイハイ……」

 大きなマップを手早く折り畳んだ真琴は、勢いづいて銀時の腕を取る。彼はそのまま無抵抗で、興奮しきりの真琴に半ば引きずられるようにして雪と沖田から離れていった。