遊園地04

 どうやら人間というのは、本当に想定外の出来事を目の当たりにすると声が出なくなるらしい。

「えっと……奇遇ですね? 副長さん」

 笑う羽月に、固まる土方。辛うじて彼女の腕を掴んでいた手は放したが、大して親しくもない人間を前に、仲介役もいない、去ることも不自然なこの状況に、土方は咄嗟に二の句を継ぐことができなかった。

「副長さん?」
「え、あ、おお」
「本日は長官さんとお仕事ではなかったのですか? 局長さんたちもご一緒だと聞いておりましたが」
「あ、おお、そうだな」
「では何故遊園地に……あっ! もしや、副長さんもジェットコースターの誘惑に負けてしまったんですね」
「いや違ェェェよ!!」

 反射的に沖田たち相手の時のようにシャウトしてから、土方は小さく舌打ちして顔を逸らした。
 正直なところ、土方は羽月のことが苦手だった。誰に対しても分け隔てない態度──沖田は例外として──に、何も知らない、純粋で無知過ぎるところ。いつも絶やさずニコニコと浮かべられた笑顔。勿論、本当に楽しいからなのだろうが、どうにも土方は何か裏があるのではと疑ってしまう。故郷の村から出たことが無かったと言っていたが、彼女は時折、度肝を抜くような無知さを晒すこともあった。このご時世にそこまで世間知らずになれるものなのか。本当は虚構が混ざっており、彼女は何かを企んでいるのではないか──
 ぎゅるるる、と唸り声のような雑音に、土方の思考はそこで強制的に打ち止められた。

「あ、すみません。はしゃぎ通していたもので……すみません、私なにか食べ物を、」
「……チッ、来い」
「え?」

 土方はそれだけ告げるとどこかに向かって歩き出した。羽月は一瞬固まっていたが、すぐに彼の後ろを追いかける。歩幅の大きい土方に置いていかれぬよう小走りでいると、すぐに土方のほうの速度が落ちたが、それに気がつく余裕は今の羽月にはなかった。
 程なくして着いたのは、ソフトクリームの販売店だった。客はそれなりに並んでいたが、そう長くも掛からないだろう。土方はその最後尾につきながら、隣の羽月に視線だけ寄越した。

「オラ、今のうちに何食うか選んどけ」
「買ってくださるんですか?」
「あァ」
「わ、ありがとうございます! ところで、ソフトクリームって何ですか?」
「……アイスだ。アイスなら分かんだろ」
「アイス! なるほど、あれが……ぐるぐるできるということは、やわらかい形状のアイスクリームなのですね」

 またも世間知らず発言だ。今どきの十代の少女がソフトクリームを知らないなんて、お姫様じゃあるまいし、あり得るのか。
 終戦から約十年、あらゆるものが気軽に手に入る時代となった。貧しさ故に手が出せない者も無論いるだろうが、それでも普通に生活していればどこかで知識としては知りそうなものだが。よほど辺境の地で生まれ育ったというのか。
 位置の低いその顔を盗み見る。彼女は店先に置かれている看板を、その場から目を凝らして見ているらしかった。幼子のような無邪気な瞳を爛々と輝かせる姿に、なんだか疑うのも馬鹿らしく感じるような気がしてきた。

「──いや〜、それにしてもマジすげーよ」
「うふふ、そうでございまするね」

 列が二、三人分ほど進んだところで、客が増えたらしい、背後から会話が聞こえてきた。やはりこの時間帯は混むな、などと考えたのもつかの間。

「二人揃ってジェットコースターで脱糞とかァ、マジ奇跡じゃね?」

「ぶふォ!!」
「副長さん?」
「いや……なんでもねェ」

 決して振り返ることはしないが、声と話し方ですぐに気がついた。今、後ろに並んでいるのは、松平の娘の栗子と、その彼氏に違いない。よりにもよって、ソフトクリーム屋の前でとんでもない会話を繰り広げている。本当にある種の奇跡だ。というかとっつァんアンタの娘どうなってんだホント、普通漏らすか?

(総悟あたりになんかけしかけられたか……?)

 同情二割、ドン引き八割の土方は若干青ざめながら、隣の羽月に注文が決まったか尋ねる。後ろの二人のことはもう忘れるんだ自分。記憶から抹消しろ。

「次の方どうぞー!」

 前の客も全て捌け、店員に促された土方は羽月の分の注文を告げた。財布を懐から取り出す合間に手際よく作られたソフトクリームを、羽月が嬉々として受け取る。それには小さなプラスチックスプーンが二つ刺さっていて、土方は余計な世話だコラと青筋を浮かべながら代金を支払った。
 今の自分たちの周囲からの認識は、兄妹かカップルか、最悪親子の三択だろうと分かってはいたが、こう妙ににこやかで見当違いな営業スマイルを向けられると苛立ちと寒気で鳥肌が立った。

「ありがとうございましたー!」

 勘違い店員の挨拶を受けつつ、土方は去り際に例のカップルを横目で見る。二人揃って服を着替え、ペアルックになってるだろうという土方の予想は裏切られた。
 七兵衛の方はセンスの欠片もない遊園地Tシャツを来ていたが、栗子の方は最初の着物からまったく変化がない。つまり、栗子は七兵衛を傷つけないために、わざわざ自分の品格が下がるような嘘を吐いた。そういうことだろう。
 待ち合わせで一時間待ちぼうけを食らわされても笑っていたことといい、これは本気で……そこまで考えて、土方は小さく喉で笑った。

「(……愛なんて、幻想だと思っていたがな)」
「副長さん! おかわりよろしいでしょうか!」
「いや早くね?」

 コーンまできっちり食べ終えている羽月に、土方は冷静に突っ込んだ。






「……ったァく、どうしてあたしがこんな目に……」

 地面に倒れていた山崎につまずき、彼と仲良く地面に倒れ込んだあの災難から約数分。その場に放置するのはさすがに酷だと、気を失った山崎を肩に担いだ朋子は、今しがたようやくお化け屋敷から脱出することに成功した。照明はとうに復旧していたものの、大きなお荷物と妙に難易度の高い迷路状になっていた施設内のおかげで、見事に足止めを食らっていたのだ。

「さてと、」

 白目をむく山崎を適当なベンチに適当に転がすと、朋子はおもむろに辺りを見回した。おそらく土方は、あの暗闇の中で自分と羽月の腕を掴み間違えたに違いない。羽月と一緒にいたはずの山崎がここにいるのが、いい証拠だ。
 しかし、そこまで親しくもないあの二人でアトラクションに乗ったり、どちらかが「じゃ、これで」と去ったりすることはまずあり得ないだろう。基本的に人懐っこい羽月はもちろんのこと、自分の失態で同行者と離ればなれにさせてしまった、世間知らずで方向音痴の未成年を、土方が放置することは考えられなかった。

「(となると、例えば気まずい間をつなぐために、あっちのほうのソフトクリーム屋で土方さんが羽月ちゃんに奢っているとか……)」
「副長さん、ソフトクリームご馳走さまでした。とっても美味しかったです!」
「おう」
「って当たりかよ!!」

 店の前で会話していた二人を見つけて、朋子はお約束のようにずっこけた。

「あら? 朋子さんもいらしていたんですか! さては、ジェットコースターの誘惑に負けてしまったんですね」
「違うわ!! 確かに乗りたいけど! じゃなくて土方さんアンタねェ……」
「俺は悪かねーぞ、お前が勝手にどっか行っちまったんだろうが」
「すげークールな顔ででっけー嘘ついてくるじゃん」
「そうだ、山崎さんをお見かけしませんでしたか? 私山崎さんと一緒に来たんですが、はぐれてしまって……」
「ウンウン、羽月ちゃんちなみになんでザキチョイスだったの? あっちから誘われたん?」
「いえ、男女ペアチケットを入手したので私からお誘いしたんです」
「はァ〜っなるほどねェ男女チケット!」

 妙に納得したような、満足げな笑みを浮かべる朋子に羽月は首をかしげる。その横で土方が疲れまじりのため息を漏らした。

「……あら? 副長さん、朋子さん。あれは何ですか?」

 ふいに羽月が、遠くの空に向かって指を差した。その先には、よく晴れた空を厳めしいヘリコプター──よく見れば見知ったマークが入っている──が泳いでいた。それは遊園地の敷地内へと入り込み、観覧車の方角へ。「チッ……アイツら!」全てを悟った土方は、着流しを翻して走り出した。

「土方さん!? ちょっ……だーっもう! ごめん羽月ちゃん、ちょっと行ってくるわ! ザキなら向こうのベンチだからァー!」
「え? 朋子さ……行っちゃった」

 観覧車へ向かって疾走する土方を追って、朋子も同様に駆け出した。一人残された羽月はしばらく呆然としていたが、彼らの姿が見えなくなった頃に「向こうってどこだろう……」と一人呟いた。
 






「土方さん急にどうしたんですか! わんぱく小僧への目覚め!?」
「誰がだァ! ……あの観覧車にはさっき、七兵衛たちが乗った」
「それがどうかし……まさか、プランSSS実行の時ですか!?」
「何だよSSSって」
「プラン、S(七兵衛を)S(射殺)S(しちゃおう)です。とっつァんが言ってた」
「あのオッさん警察庁長官だろーが! あのバカどもなら本当にやりかねねェ、止めに行くぞ」
「えっまさか七兵衛側にマジで寝返るんですか!? あんなドチャラド遅刻不誠実クソ野郎に!?」
「ハッ……朋子、お前はまだまだ若ェな」
「何その諭したような眼差し!」
「人間を外見で判断してるようじゃ、まだガキだってことだよ」
「んだコラァァそこそこ中身も見た上での総評だったろーが! つーか年齢そこまで大差ないでしょ!! 上っ等だやったろうじゃねーの!!」

 見事に焚き付けられた朋子も七兵衛側についたところで、二人は観覧車の受付近くに到着した。しかしやたらと混雑しており、思うように進むことができない。その間に先ほどのヘリコプターが空中でホバリングを始め、開いたドアからはライフルを構えた三人の男、松平、近藤、沖田が見えた。

「チッ間に合うか……!」

 土方が舌を鳴らした直後、地上のどこかから天に向かって何かが飛ばされた。野球ボールのようなそれは、ぐんぐん飛距離を伸ばしてヘリコプターの中へと綺麗に吸い込まれていく。三人が気づいた瞬間白い煙を吐き出し、彼らの回りがもやに包まれた。

「ん? あれって……」
「今だ行くぞ!」
「あ、ウッス!」

 己の懐を確かめるように探っていた朋子は、土方の声に反応してすぐに追従した。彼らは係員に見つからぬようにゴンドラの屋根に飛び乗り、上へ上へとさらに飛び移っていく。
 ちょうどその頃、機内に放り込まれた煙玉が蹴り飛ばされた。視界が晴れると、結託したバカ三人は再び獲物を構える。

「なんなんだアレぇ!!」
「きゃあああ! 誰か助けっ……!!」

 狙われたゴンドラに乗る七兵衛と栗子が悲鳴を上げる。だが謎の煙により時間は稼がれ、土方と朋子は無事に、栗子たちより上方に位置するゴンドラの屋根へとたどり着いた。

「トシ!? 朋子ちゃん!?」
「トシ? 朋子? 誰だそれは」

 二人の姿を認め、ヘリコプターから叫ぶ近藤。いつの間にかサングラスを掛けた土方と朋子は、どこからともなく取り出したバズーカを構える。

「俺達は愛の戦士、マヨラ13ズ」
「いやマヨラーで一緒くたにしないでもらえます? まいいや。聞けェバカトリオ13!!」
「人の恋路を邪魔するバカは、」
「豚に蹴られて死んじまいなァ!!」
「馬な馬」

 締まりのない応酬の中、発射された二人分の弾が、派手な音を立ててプロペラに命中した。上部が大破したヘリコプターは機能を失い、バカ三人の悲鳴とともに遊園地内に設置された湖の中へと沈んでいった。

「フッ……二人いつまでも仲良くやりな」
「じゃあね〜」
「待ってくださいませ、マヨラ13様!」

 突然栗子が叫ぶ。その勢いのままに、彼女はしっかり施錠されているはずの扉を気合いで押し開けると、バズーカより威力のある言葉を発した。

「あのォ、もうこんな脱糞ヤローとは別れるでございますから、私と付き合ってもらえないでございまするか!!」

 栗子に押し退けられたからか、ショックからか、全開になった扉から七兵衛が湖へと落下していく。
 土方はというと、思わず歩みが止まり、朋子が彼の背中に思い切りぶつかり、バランスを崩した二人は七兵衛とシンクロするように仲良く屋根から落ちていった。







「銀さん、次あれ行こうよ!」
「ハイハイ」

────ドオン。

「ん?」
「あ?」







「山崎さん見つけました! おーい、大丈夫ですか?」
「ウーン……あんまり……」

────ザパン。

「え?」
「ん?」







「はー……またつまらぬものを撃ってしまった」

────ドブン。

「かーえろ」

 大きく揺れる水面には目もくれず、雪は土産コーナーで買ったスリングショットを懐にしまってゲートに向かった。