大晦日03
「雪ー起きてっかァ?」
ガコン、ガコン、と窓にヨーヨー──神楽が友人から貰ったというものだ──を数度当てれば、揺れたカーテンの隙間から、怨念の籠ったような雪の目がどろりと現れた。
「オメーは年の終わりにすら人様に迷惑掛けねーと気がすまねーのか殺すぞ」
「オメーは年の終わりにすら物騒なこと口走らねーと気がすまねーのか雪」
いつもながら絶好調に口の悪い雪は、案の定すでに布団に入っていたらしい。鳥の巣さながらに乱れた細い髪を揺らしながら、寝間着姿の彼女はギラギラと銀時の方を睨み付けている。こういったイベントに興味のない彼女が、日付と共に年が変わる瞬間まで起き続け「ハッピーニューイヤー」なんて常套句を口にするとは到底思えなかったが、それにしてもつくづくつれない奴だ、と銀時は頭を掻いた。
今日だって、万事屋とスナックお登勢の女性陣で鍋を囲むところに、真琴と二人して雪を誘ったのだが一蹴されてしまった。今日の彼女の夕食はきっと、いつもと何も変わらない簡素な料理だったに違いない。
「んでェオメーは人の眠り妨げてまで何の用だァ……? くだんねェことだったらそっから地面に叩き落とすぞ」
「待て待てそれは死ぬ! 待て!」
この程度の高さなら死にはしないだろうが、よりにもよって今日、そんな事態が起こるのは勘弁被る。……無論、普段も遠慮願いたい。
「まーま、ガキじゃねーんだしまだ寝るにゃ勿体ねェだろ。雪もこっち来たらどうだ」
「年越しにまでオメーらと顔突き合わせる義理はねェよ」
「年越しだからこそだろ」
彼女のことだ。わざわざ新年に挨拶に来たり年賀状を送ったりすらしないだろう。ものぐさなことも相まって、年明けから数日はこちらから行かない限り会うことはないに違いない。隣人同士だというのに。
「ババアが奮発して買ってきたローストビーフもまだ残ってんぞ」
「チッしゃーねェな」
「ちょろっ!!」
かと思えば、一瞬で手のひらを返した雪。いくら好物とはいえ、あれほど渋っていたというのに、彼女にとってのそれは魔法の言葉か何かなのだろうか。
「そこどけ」
「お前また窓から来るわけ? まァいいけどよォ……」
寝間着姿だった雪は淀みない動きで羽織に袖を通し、窓を全開にして足を掛けた。だがまだ頭があまり覚醒していないのか、足取りがあまり覚束ない。危ねェぞ、と声を掛けようとして、ふと銀時の頭にあることが舞い降りた。
ふむ、たまにはそういうのも有りだろう。
「オイ」
「んァ?」
銀時はベランダに片足をかけ、安定感を保てるギリギリの位置まで身を乗り出す。それから、怪訝な表情を浮かべている雪に向けて、手を伸ばした。
「お手をどーぞ」
「キモ」
「一蹴!!!」
──予想していなかったわけではないが、流石に酷過ぎる仕打ちに銀時のハートはブレイク寸前だった。男としてのプライドと共に人間としての尊厳まで傷つけられた。というか、雪に対して少しでも「行ける」と思っていた自分に、羞恥を通り越しもはや辛い。死んでしまいたい。
やり場を失った手がぐにゃりと力を無くす。銀時の首も項垂れる。雪が「どけよ」と催促しても、動く気配はない。
「……チッ」
雪は一つ舌打ちをもらすと、ぐっと手を伸ばしその手を取った。眠気のせいで、随分と思考が甘くなっているらしい。手を取られた銀時はというと、勢いよく顔を上げて目をまん丸に見開いていた。
「行くぞ毛玉」
「毛玉!? え、ちょ、待っ、」
綺麗に掃除されたばかりの桟を踏みしめ、雪は跳んだ。
突然のことに動揺しつつも、銀時はしっかりその腕を引いた。そうして雪はまるで恋人同士かのように銀時の腕の中に吸い込まれ──
「グブゥッ!!!」
──なかった。雪の足は攻撃する気満々だったかのように銀時の鳩尾を捉え、綺麗なキックをかました。
「オラ、満足か」
「死ぬゥっ……! そこどけェ……!」
「この雪ちゃんが上に乗ってやってんだ、もっと喜べよ」
「お前それっぽく言ってもこの状況は覆しようもないからな!?」
腹の上に乗った雪に見下ろされている屈辱と、腹部を圧迫された苦しさから銀時は顔を歪める。
比較的親しい女性が自分を(キックで)押し倒しているというのに、それらしい雰囲気も何もないことに落胆したい気持ちは彼女には分からないだろう。──いや、落胆って、自分は一体どういう展開を予想、あるいは期待したのかと自身に問い、同時に銀時は雪が間近にいるにも関わらず、鼓膜を揺さぶる大きな奇声を発した。反射的に頬を張られていい音が鳴った。