大晦日04

「うう、寒……」

 静まり返った江戸を一人歩く真琴。今日は大晦日だというのに。きっと今頃、銀時らやお登勢たちは炬燵に入って楽しそうにテレビでも見ているだろうと言うのに。自分一人だけが寒くて侘しい思いをしていることに嘆きたくなった。
 と言うのも、彼女はあるものを捜していた。もの、というか、なんというか。つまるところ人である。

(わたしも馬鹿だよなァ……)

 かさり。冷えた手の中にある真っ白な手紙を握る。日付と場所だけ書かれたそれは、町で人とぶつかった後、気付けば袖口に入れられていたものだった。
 こんなもの、普通に考えれば無視するべきだろう。だが、どうしても真琴には、これを書いたのが"彼"に思えて仕方がなかった。──そう考えた瞬間、これを無視すればまた何か酷い目に合うのでは、とチェーンメールのような不安を抱き始めたのだった。
 だが今は、不思議と不安より別の何かのほうが勝っていた。ともかく、こうして一人寒空の下歩くほどには、こんな紙切れ一枚ごときに真琴の心は動かされているのだ。

(……帰り絶対コンビニで肉まん買おう)

 もはや体重や美容がどうのこうの言ってる場合じゃない。冷えて疲れた心身を温めてくれるものが必要だった。もしもただの悪戯だったら──もしも殺されそうになったら──ああ、寒い寒い。心が寒い。冷え渡る。
 しばらくすると、紙に記されていた場所にたどり着く。そこはたった一つの外灯によって頼りなく照らされた、人一人いない空き地だ。手入れはそれなりにされているようで、荒れ放題というほどではないものの、閑散としていて寂しげだ。
 そろりと敷地内に足を踏み入れる。罠の類いが仕掛けられている様子はない。怪しいものも置かれていない。指定された時間は、懐に直接しまいこんでいた腕時計によると五分ほど過ぎている。
 ──やはり、悪戯だったか。
 それならばさっさと帰宅するに越したことはない。そう思い踵を返したところで真琴はとび跳ねた。比喩ではない。二、三メートルほど後方に跳躍したのだ。
 暗がりには、一つの影。

「よォ……まさか本当に、こんな紙切れごときでのこのこやってくるとは思わなかったぜ」
「(全面同意だよ!!)」

 また、会った。会ってしまった。しかし、出会う可能性があることをわかっていてやって来た手前、「会ってしまった」なんて表現も可笑しいとは思った。──勿論、会いたくて来たつもりなどは一ミリもないが。

「こんな日に、わざわざご苦労なこった」
「……あ、貴方が呼んだくせして、なな、何言ってんだか」
「ククッ、俺はお前を呼んだつもりはねェよ。ただ適当に日時を書いた紙を、お前が勝手に解釈したんだろ」
「んぐっ……!」

 距離は数メートル。表情がぎりぎり窺える距離。
 真琴は懐から勇ましくクナイを取り出し、へっぴり腰でそれを構えた。

「そう威嚇すんなよ」
「む、無理あるに決まってんじゃん……! こ、ここ、今度は、何の用なの。も、もし、また江戸に手を出すってんなら、」
「ハッ、んな大層なことすんのにお前ごとき呼ばねェよ」
「(ですよねーー!!)」

 自分で言ってて、その影響力の無さに虚しくなってきた。自分はこれほどまでに彼という存在に振り回されているというのに。

「真琴」
「ヒッ!?」

 突然名前を呼ばれ、ゆっくり距離を詰めてきたとあれば悲鳴の一つでも上がるものだ。真琴は顔面を蒼白に染め上げながらも、必死に虚勢を張った。
 彼が真琴の目の前まで迫る。虚勢は吹き飛んだ。恐怖で体はすっかり固まってしまって、逃げることも叶わない。
 その彼の手がぬっとこちらへ伸びてくると、真琴は大袈裟なほど肩を震わせ反射的に目を瞑った。──この行動にはきっと、どこかで彼が自分に危害を加えることはないと、確信していたからこそなのだろう。つくづく、自分というやつは。

「……は……?」

 伸びてきた手が、真琴の後頭部へと回る。そしてそのまま、抱き寄せられた。

「!!?!?!!?」

 心拍数がドッと上がる。冷や汗が流れる。顔色が赤くなったり青くなったりと忙しない。鼻を擽る煙草の匂いに、真琴の思考はショートした。
 ──それから真琴の意識を呼び戻したのは、彼が喉を震わす声だった。

「クッ……テメぇはつくづく面白ェな」
「はっ……な、なん、」
「じゃあな」
「はい!? ちょっ、」

 あっさりと真琴から離れていく。困惑する真琴をよそに、その彼──高杉晋助は、満足げな笑みを見せると颯爽と去っていった。

「な……なんだったの結局……」

 彼の姿が完全に見えなくなってから、真琴は髪に少しの重みがあるのに気付いた。それと下ろしていた髪が、やけにすっきりしているような感覚。
 真琴は恐る恐る後頭部に手を伸ばす。すると、覚えのないものが髪の毛の上部を綺麗に束ねているのがわかった。慌ててそれを外し、目の前に持ってくる。その正体は、薄紫の控えめだが可愛らしい髪飾りだった。

「……え? お? え?」

 頭に大量の疑問符が浮かぶ。ただ、そんな中どうしても一つもの申したいことが。

「……普通、クリスマスじゃない?」