見合いアドバイザー
万事屋銀ちゃんでは、捜し物や捜し人から屋根の修理、店番、犬の散歩代理、果ては蜂の巣駆除やオカマバーのヘルプまで、仕事を選ばず実に多種多様の依頼を日々請け負っている。嘘である。基本的には、依頼の無い日々ばかりが続いている。
そんなわけで彼らの家計は常に火の車。家賃滞納給料未払いどころか、ペットのごはんにかじりつくほどの食糧難に陥った時期もあった。そのため彼らは、依頼であれば法外なものでない限りはどんなものでも飛び付く。それが例え、どれほど突飛な依頼でも。
「お願いです万事屋さん。俺を……俺を…………――結婚させてください!!」
「……いや、なんて?」
某月某日、そんな万事屋銀ちゃんに、類を見ない珍依頼が舞い込んだ。
*
「……えーとつまり、宮井さんはこれまでお見合い十連敗という現状を打破すべく、僕らに第三者のアドバイスを求めにいらっしゃった……ということでしょうか」
「いえ! 可能であれば俺がお見合いに成功するように色々と手を回して頂きたく! あるいは俺に尽くしてくれそうな純朴でカワイイ女の子を紹介して頂きたく!」
「よォーしお前の見合いが成功しない理由はよくわかった」
銀時は基本的には依頼人に対し誠実であるが、どんな相手に対してもそれを確実に貫き通すほどの度量はない。向かいのソファーに腰かける宮井という男が話を終えた時点で、すでにお前呼ばわりに降格していた。
「俺、自分で言うのもなんだけど顔は結構イケてるほうだと思うんです。年収もまあ平均以上だし。とくに背なんて180近くで……そこそこ優良物件だと思うのに、どうして成立しないんでしょう。皆見る目がないのかな……可哀想に」
「いや答え出てるだろ。お前自分の発言録音して聞いてみろ。もしくはお母さんの腹の中からやり直して来なさい」
「お願いします万事屋さん!! 俺もう仕事から疲れて帰ってきて自分で夕飯作ったり洗濯したり掃除したりビール片手に借りてきたDVD見たりゲームしたりクックパッド漁って明日の飯は何作ろうか考えたりするのは嫌なんです!!」
「きっちり独身エンジョイしてんじゃねーか。お前もう一生一独り身でもやっていけるよ。独身マスターになれるよ」
「是非よろしくお願いします、万事屋さん!!」
「よろしくじゃねーよコイツ全然人の話聞いてねーよ」
まるでやる気の感じられない店主の受け答え。左右に待機していた新八と神楽は、そんな彼を引っ張り上げると、宮井に中座を詫びて三人で廊下に出た。不思議そうな彼をソファーに残したまま、銀時らは声を潜め話し合う。
「ちょっと銀さん、ちゃんとやる気出してくださいよ。今月初めての貴重な依頼人なんですから」
「そうアルよ。このままじゃ私たちは貧乏バスターネ」
「マスターねマスター」
「つってもよォ、あの自我肥大男を俺たちでどうしろってんだ。いっぺんあの自信をズタズタになるまで破壊するか?」
「それ下手すりゃ立ち直り不可能じゃないですか。とにかく、どうにかしてそれっぽいアドバイスをして、この依頼を攻略しましょう」
「アレが原因とも限らないアルよ。もしかしたら女の子の前では新八みたいになるのかも」
「どういう意味だオイ!」
「……まー、まずは実際に初対面の女と話をさせて、様子を見る必要があるってこったな」
三人は今一度顔を見合わせると、こくりと頷いた。
「つーわけで、ひとまずコイツを使ってお前さんの適正判断をしたいと思います」
「いや一つも状況わからないんだけど……」
急遽呼び出されたのは、万事屋の一階に所在するスナックお登勢の従業員、真琴であった。とはいえ説明もなく半ば無理やり引っ張ってこられたようなもので、彼女は未だ状況を把握できていない。
そんな彼女を目の前にした宮井は、その目を爛々と輝かせ始めるや否や、勢いよく机に乗り出す。真琴の肩と、出されていた湯呑みから茶が弾けた。
「ヒ!? な、な、なん、」
「はじめまして! 俺……僕は宮井篤成と申します! 美しいお嬢さん、貴女の名前を是非お聞かせ願いたく!」
「……えっ? や、やだもう美しいなんてそんな、そんな……!」
「こいつは真琴アル」
「真琴さん……! この方が僕の人生の伴侶となるのか……!」
「……え? 伴侶?」
「万事屋さん! こんなに素敵な方を紹介してくださってありがとうございます!」
「もう駄目だよコイツ話を聞くという概念がねェ」
一体どういうことだと肩を揺らす真琴を無視し、銀時は深くため息を吐き出す。それから大儀そうに居直ると、おもむろに口を開いた。
「まァとにかく、すでに答えは出たな。いいかよく聞け。本当に、マジで、ちゃんと聞け。お前はまず人の話をしっかり聞く必要がある。自分ばっかり喋ろうとすんな。それから積極的が過ぎるとただのしつこいだけの男になって嫌われる。あとはその必要以上の誇示やめろ。お前の敗因は恐らくこの三つだ」
「な、なるほ……ど……?」
「で、改めて説明してやるが真琴はお前に紹介するために連れてきたわけじゃねェ。ただのモブ参考人Aだ」
「ええ!? そんなァ……!」
「ねェなんかわたしに失礼とか思わないの?」
きっぱり断言され、愕然とする宮井。そんな彼をよそに、銀時はさらに率直な意見を連ねていく。
「あとァ乙女心ってのを知る必要がある。こいつァお前の見合い相手でも何でもねェ。生の声ってのが根掘り葉掘りが聞けんだろ」
「わたしの意見は無視なの? ねェってば」
「なるほど……では早速、真琴さんの好みの異性はどのようなタイプでしょう!?」
「はい!?」
「直球でいきましたね」
男性に直接、異性として興味を示されることの少ない真琴は僅かに頬を染めたじろく。そういうところがちょろい等と揶揄される所以であると、彼女は気付いているのだろうか。
「そ、そんなこと急に言われても……えーっと……例えば、ちゃんと仕事してて……」
「オイなんでこっち見んだ」
「俺だ……」
「背が高めだと嬉しいような……」
「なんで僕を見るんですか」
「俺だ……」
「あと、優しい人……」
「俺だ……」
「「オメーは黙ってろォォ!」」
確固たる自信を持って自分のことだと主張する宮井に、銀時と新八がシャウトする。お茶の水面が小刻みに震えた。キンキンと痛む耳奥を労わるように手で覆う宮井を横目で見つつ、新八はコホンと咳払いで仕切り直す。
「周りにいい感じの人とかはいないんですか? 目安になりそうな」
「ええ……誰だろう……全蔵さんはそういうのじゃないし……」
「収入があって優しい人かぁ……あ、そうだ山崎さんとか?」
「いいいやいやいいいやそんなそんなしんぱちぱちぱちそんななにを」
「いやそんな動揺します?」
バグかと思うほど真琴の全身が異常にブレる。それほどまでにあの温厚そうな青年が苦手なのか、それとも嫌な記憶や人間が一緒に思い出されたのか。確かに、自身も真選組絡みではあまり良い記憶が無いのは確かだ。加えて、随分と物騒な面子揃いの組織である。無理もないと言えばそうなのだろう。
「山崎さんのほうは、真琴さんのことそこそこ懇意にしているように見えなくもなかったですけど……」
「え、ええ……それは気のせいだよ、わたし何もしてないし……むしろ何かしでかしてるくらいだし……」
いやでも見た目は結構可愛い方だからな、うん、なるほどそういうことかもしれない、とほんの小声で付け足す真琴。それを漏らさず聞き取った新八は、この人なら宮井さんとやっていけるのではないかと、じっとりした視線を送った。
「まーったく、私たちの周りには本当ロクな男がいないアルなァ。な、真琴」
「え、ああ、うん、そうだね……」
言われて、ふと思い浮かべる。確かに、万年金欠の男だったり、ふざけてばかりで本音の見えない忍者だったり、息するように詮索をする地味男だったり、目付きが堅気ではないマヨ男や悪趣味なサド男やゴリラや爆弾魔や―――……。
そして、最後に思い浮かんだ隻眼の犯罪者を最後に、真琴は考えることをやめた。
「それにしてもどうしましょう銀さん。あの人適正のての字もありませんよ」
「どーすっかねェ……」
顔を見合わせた四人は、再び宮井に中座を詫びて廊下に出る。やや不審そうな彼をソファーに残したまま、銀時らは声を潜め話し合う。
「やっぱりあのそびえたつ自尊心タワーをいっぺん、バキバキのボロボロに粉砕するしかないアル」
「随分荒療治になりそうだけど……」
「てことは何、あの人に臆面もなく毒吐いて、包み隠さず駄目出ししてくれそうな女の子が必要ってこと……?」
「私の出番アルな」
「バカヤローあの手の野郎が餓鬼の言うことなんて真に受けるか」
「真琴さんもそんな役割は難しいですよね」
「ってことは……」
四人は示し合わせたように、こくりと頷いた。
「……で、なんでスナックお登勢?」
「多くの一般市民にこれから起こる惨劇を見せられっか、警察呼ばれちまう」
「アンタ雪さんをなんだと思ってんですか」
店の隅の席に腰を落ち着けた銀時らは、視線の先の席――――宮井と雪を眺めつつ、作戦会議を続けていた。ちなみに、真琴は先ほど離脱し、自身の職場でもあるここで仕事に取り掛かっている。
「いいか。とにかく、あのイキり野郎には今一度己という男の卑小さを知らしめる必要がある。そこであの毒づき冷淡女の出番ってわけだ」
「銀さんアンタいい加減刺されますよ」
「雪には詳細は伏せて『訳は聞かずに依頼人とタダ飯食ってくれ』と伝えた」
「タダってだけで雪はすぐ動くアル。ケチの鏡ヨ」
「にしてもここからだと聞こえづれェな……」
耳を澄ましてみるものの、周囲の客が織りなす喧騒により雪と宮井の会話はかき消されてしまう。
「あ、一番上等の酒買わせてらァ」
「流石雪さん容赦ない……」
男性陣から宮井へと、憐れみの視線が送られる。しかしそこそこ懐に余裕もあると公言していた宮井は、やはりそんなことではへこたれないらしい。気分上々といった調子で、今度は雪の白い手をがっちり両手でホールドするとさらに彼女との距離を詰め出した。
「あ? なんだアイツまた調子に乗ってきやがったな。女なら見境なしか。やめとけやめとけ、雪なんてお前の手にゃ追えねーから」
「宮井さんどころか誰の手にも追えてませんけどね」
「そもそも雪も何やってんだ、いつものアイツなら秒で振りほどくだろ」
「銀さんそこ目です。お冷や零れてます」
何を動揺したか、己の目に水を注ぎだした銀時は「はわわわわわ」と抑揚のない声で焦る。その光景を引いた様子で眺めていた新八が、再び宮井の方に目を向ければ、雪がもう一方の腕で彼の手を、たっぷり時間を掛けて捻り上げているのが見えた。その上一体何を言われたか、宮井は魂を抜かれたように固まってしまった。新八は心の中で合掌した。
「……つーかアイツさっき純朴で尽くしてくれそうなカワイイ子とか言ってなかったか? 全然かすってねーじゃん」
水浸しになった顔面をタオルで拭いながら、銀時は怪訝そうな瞳を宮井に向ける。雪はそのバランスの良いパーツや白い肌、細く手触りのよさそうな髪など、外見こそ整っているものの、その中身はよく言えば泰然自若、悪く言えば傍若無人。愛想もへったくれもなく、「純」の字も「朴」の字もまるで似合わない粗野で粗暴な―――
銀時がそこまで考えた時、黄土色の棒切れが鋭く風を切って彼の額に突き当たった。すこぉぉん! とよい音がして、銀時はそのまま後ろに倒れた。
「銀さァァァん!!」
「ごめェんなんか失礼なこと思われた気がして」
わずかな気迫を纏わせ、投げ飛ばした仕込み杖を回収しにゆらりと現れる雪。まるでちょっと落とし物を拾うようにそれを腰に指し直すと、何事もなかったかのように席へ戻っていった。その隣で、宮井の肩が分かりやすいくらい大袈裟に跳ねるのが見えた。
「……なんか宮井さん、だいぶ青ざめてきましたね」
「ようやく女という生態の強さに気が付いたアル。今の時代男に付き従ってるだけじゃ駄目ヨ。強くならなきゃいけないネ」
「いやここまで異常なのは僕らの周りだけだよね。そう信じたいよね」
「現実から目を背けて、ゲームみたいに簡単にオトせる純粋でか弱い女にまだ夢見てるアルか。これだから新八なんだヨ」
「これだから新八ってなんだよ、新八を馬鹿にしないでくれない」
「あ、雪が真琴に飲ませ……あ〜〜〜〜」
「あ〜〜〜〜」
二人の諦観の吐息がワンテンポずれてハーモニーを奏でる。飲まされた酒はよほど度数が高かったのか、普段より少ない量にも関わらず真琴の頬はすでに朱に染まっていた。
「アッハッハッハッハッハ! 宮井さァんまだそんなこと言ってるんですか〜! もう貴方お見合いは諦めたほうが良いですよ絶対結婚したくないタイプですから!」
先程までの作られた淑やかさから一転、真琴は毛ほどの遠慮もなしに宮井の肩を力一杯叩く。その笑い声は店内の喧騒にも掻き消されないどころか、打ち消す勢いだ。彼女の豹変ぶりに、宮井の顔面からますます血の気が引いていった。その上、言われたことは的確に宮井の自尊心を破壊していく。酒の入った雪からも容赦ない言葉の刃が刺さり、宮井は心身ともにゴリゴリと削られていくのを感じていた。
人のメンタルの上で、ヒールと下駄でタップダンスするこの女二人からなんとか逃げなければ。とうとうそんなことを思ったか、宮井は身代わりのように高い酒をまた一つ注文すると、それを置き去りに新八らの元へ向かった。よろよろ、あるいはヨボヨボとした足取りで、みじめで悲惨なオーラを背負っている姿はあまりに居たたまれない。
「よ、万事屋さん……これ、相談料です……ボクはもう帰りますのでお世話になりました……」
「えっ、で、でもお見合いのほうは……」
「イエ……お世話になりました……」
「あの、」
「お世話になりました……」
三度同じことをうわ言のように吐かれ、流石に新八は口をつぐんだ。まあ、依頼料は頂けたからいいか……。封筒の中身を興味津々な神楽に確認させつつ、その場から彼の憐れな背中を見送った。まあ、あの著しい自我肥大が治ったのであれば、荒療治は成功したと言えるのだろうか? なんて考えも、オンナノココワイ……と片言で漏らす宮井によって霧散した。流石にやり過ぎた。すみませんでした、宮井さん。グッドラックです。
「なんだァ、いっちまいやがった」
「あ、銀さん復活したんですか」
「やれやれ、とんだ人騒がせな野郎だったぜ。ま、依頼料さえ貰えればこちとらなんだっていいんだけどよ。神楽、それ貸せ」
「あいヨ!」
神楽から受け取った封筒の中を改めて確認していると、ふいに音がして、腰をかけていたソファーの右側が少し沈んだ。見れば雪が酒を片手に、銀時の隣へ腰を下ろしている。
「あ? どしたよ」単独行動を好む雪にしては意外なその行動に、銀時は尋ねる。雪はどこか先程よりリラックスした様子で、ゆるりと答えた。
「飲み直し」
三周年企画/万事屋サイドの話