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それから三日間、青子は真選組に通った。朋子の部屋に泊まることも進めたが、青子はその間に父が帰ってくるかもしれないからと、頑として頷かなかった。帰りは必ず朋子が見送ったが、「ここまででいいよ!」と家の手前で別れを告げられた。最後まで付き添うと何度か言ったが、これもまた青子は頑として頷かなかった。そして、青子との実にならない「父親捜し」を続けている水面下では、着々と調査も進められていたのだった。
「わたしの名前はねェ、夏の青空見ながらおとーさんが考えてくれたんだって!」
「へぇ〜! 素敵だね!」
本日も何の成果も得られることなく、青子は朋子と真選組屯所に戻ってきていた。いい加減不安や不満などが溢れても良さそうな頃だろうに、それでも青子は変わらずニコニコと気丈に振舞い続けた。年齢と不釣り合いなその精神力に、朋子は少し胸が詰まる想いだった。それを笑顔に隠して、青子に少しでも安心と楽しい時間を与えられるように。
「だからわたしね、青色って大好きなんだ!」
「へェ! 偶然だねェ、あたしも青好きなのよ」
「えー! やったーおそろいだね! 朋子おねーさんにも青、似合うもんね!」
「……そう〜!? へへっ照っれるゥ〜!」
座布団の上で調子よく身をくねらせる朋子に、青子はこらえ切れず吹き出す。一頻り笑ってから、穏やかで静かな、少し悲しそうな表情で、外に視線を向けて快晴の空を見た。
「はやく、おとーさんに会いたいなァ」
「……ん、そうだね」
上手い言葉が見当たらず、軽く肯定するだけになってしまう。お前は一体何年大人やっているのだと、心の中で自身にヘッドロックをかました。それから少し沈黙が続いたが、朋子はぱっと青子に笑顔を見せた。
「……青子ちゃん、スイカ食べよっか! こないだ女中の羽月ちゃんがでっかいの買ってきたのよォ〜!」
「え〜! 食べたい!」
「じゃ、今切ってくるから待っててね!」
そう言って朋子は、どこか逃げるような様子で客間から退室する。閉じた襖に背を向け、硬い空気を吐き出した。それからすぐに調子を整え直し、朋子は食堂へと向かう。先ほどまでしっかり空調の効いた客間にいたにも関わらず、首の後ろにじわりと汗が浮き始めていた。
「朋子」
いくつかの角を曲がったところで、聞きたくなかった声に呼び止められ、思わず体が強張る。振り返らずとも分かった。相手がどんな顔をしているのかも、朋子には手に取るようにわかっていた。
「てめェ、いつまでこんな
「……さァてね、あたしだって困ってんですよ。なし崩しにこうなっちゃって」
「無責任だな」
「……」
「わァってんだろ、てめェ自身も」
「……ってる、けど」
「まさか『あのガキだけでも』なんて、考えてんじゃねェだろうな」
「違う!」
腹の底から出した声が、声帯を強く叩いて、廊下に響く。その余韻が消えないうちに、朋子はおもむろに振り返った。彼女が普段見せる事のない、ぐらぐらと揺れた瞳を目の当たりにした土方は、しかし表情を変えることなく彼女の言葉を待つ。
「だって……じゃあどうしろってんです。あんな小さな子に、馬鹿正直に『貴方はもうお父さんとは会えないんだよ』なんて言えってんですか?」
「てめェは、あのガキが犯罪者の父親と一緒にいて、よもや幸せになれると思っちゃいねェだろうな」
「……土方さんは、いつも正しいですね」
冷淡に、突き放すような言葉に、朋子は静かに感情を零す。
ミツバのことも、ミツバの旦那のことも、そうだった。土方はきっと間違えてなどいない。感情だけで動いてはいけない立場にあることを、誰よりも深く身に刻んでいる。
「正しくて、残酷だよ」
「……」
「酷い男だ」
吐き捨てるように告げ、朋子は歩き出した。土方は、その場を動かなかった。
──言った。言ってしまった。とうとう、あの人を傷つけるためだけに、刃を研いで。ああ、違うのに。本当は、こんなことが言いたかったわけじゃない。
彼は何も感じていないわけじゃない。そんなわけがないのだ。手前勝手な行動の軸となる『感情』を、彼はきっと誰よりも誰よりも潰して押し殺して、幾重にも頑丈に封じ込めているだけに過ぎなかった。
彼は、確かに酷い男だけれど。とても不器用で、優しい人なのだと、もうずっと前から知っている。分かっているのだ。それなのに。
本当に残酷なのは、一体どちらの方か。
*
「それじゃあ、今日もありがとう、おねーさん!」
「どういたしまして、これもお巡りさんの務めだからね」
いつもの帰り道、いつもの別れの地点。これをいつまで続けられるんだろうと、朋子は思う。
「明日もいつもの時間に屯所で大丈夫かな?」昨日のように肯定の返事が返ってくるだろうとは思いながらも、改めて尋ねる朋子。しかし青子は、意外にもふるふると首を振った。
「朋子おねーさん、あのね、お願いがあってね」
「なァに?」
「明日はね、ここじゃなくて別のところで待ち合わせしてもいーい?」
「お? いいよいいよ、どこかな?」
「ほんと!? ありがとう! あのね、ちょっとだけ遠いんだけど……あと、時間ももうちょっと早くて……」
二つ返事で了承した朋子に、青子は嬉々として希望の待ち合わせを説明する。拙い喋りだったが、なにかしらの思い入れがあるのだと伝わるほどには熱心な口調だった。朋子は懐から小さな手帳を取り出して、その指定の場所と時間を細かく書き留める。朋子は一応療養中という名目があるため、定職についてるわけでもなければ寺子屋に通っているわけでもない幼い少女に予定を合わせるのは容易だった。
「……うん、わかった! じゃあ明日その時間に、その場所でね」
「うん! ちゃんと来てね、おねーさん!」
「もちろん! じゃ、気を付けて帰るんだよ」
「うん! ばいばーい!」
小さな手が振られるのを見送ってから、手帳を懐にしまう。──間を開けずに、何やら去ったはずの青子が再びこちらに駆けてくるのが見えた。言い忘れでもあったのだろうか。朋子がどうしたの、と尋ねるより早く、軽く息を切らした彼女から小さなグーを突き出される。朋子はしばし迷った挙げ句、そのグーに己の拳をコツンと当てるが、首をふるふると振られた。ならばこうかと、その手の下に受け皿のように自分の手のひらを配置すれば、青子はにっこり笑みを深めた。
「お礼!」
弾けるような笑顔で、握り締めていた手を開いた青子。彼女の手から自分の手へわたったそれを見て、朋子はしばし目を丸くした後、まるで宝物を扱うように大事に大事に手を握る。そして「ありがとね」と青子の笑顔に呼応するように、ニッと笑って見せた。