06
確か自分は、万事屋の三人と共に大使館に荷物を届けに来た、それだけのはずだった。それがどうしてこんなことになっているのか。
「悪いけど……屯所まで同行願おうか」
「ちっ……違うんです誤解なんですゥゥ!!」
真琴は半ば泣きながら、必死に首を横に振る。ああもう、この運の無さはおかしい。もはや呪われているレベルだ。それもこれも、すべてはあの桂とかいう攘夷志士が悪い。真琴は己の手に掛かった手錠を見下ろしながら、そう心の中で悪態をついた。
結果から言うと、真琴たちは嵌められたのだった。桂小太郎とその仲間に。
姑息な手段で真琴と万事屋──恐らく桂が狙っていたのは、旧知の仲である銀時のみだが──に大使館に時限爆弾を運ばせた桂は、偶然を装いそこに居合わせ、恩を売るかのように真琴たちをピンチから救い出した。それから彼に連れられた真琴たちは、一時的にここ池田屋に身を潜めることになり──現在、真琴のみが警察に捕まっていた。
不運の連鎖というのは恐ろしいものだ。たまたま、明らかに空気の読めていない行動だがトイレに行きたいだけだった。雪や神楽を誘って一蹴され、脅かされる尊厳に泣く泣く一人怯えながらトイレへ行った帰り。先日出会った例の真選組隊士、山崎退に偶然出会ってしまった。
どうやら彼は桂の拠点を押さえようとし、そこで真琴の姿に気付いたらしい。本来なら仲間と合流するまで待機するはずだったのだろうが、仲間と一緒に部屋に身を隠していた真琴が予定外の行動を取った結果、鉢合わせしてしまったのだ。
「たまたまなんです……!! たまたまわたしの仕事先っつーか居候先に飛脚が事故で突っ込んできて、それで大使館宛の荷物を託されただけなんですゥゥゥ!」
「キミの言い分は署で聞くから。にしてもキミ……やっぱり攘夷党と関わりがあったんだね……いやだって元御庭番だしとっつァんとも旧知の仲だったからさァ……はーとっつァんに何て言やァいいんだ……」
「いやいやいや何っも言うことないです! わたしはしがない一市民であり攘夷だなんだとは一切合切関係なくて本当誤解なんです巻き込まれただけなんです濡れ衣です無実の罪ですゥゥ……!! うっ……うぐっ……うううう……」
予期せずぶり返した己の嫌疑に、思わず視界がぼやけてくる。あ、まずい、いい年してそんな……そう思って歯を食いしばったが、時すでに遅かった。
「へえっ!? ちょ、ちょっと……!?」
「ほ、ホントに、違うんですううゥゥ……!!」
女性が目の前で泣き出した、それも自分が泣かせてしまったという紛れもない事実に、先程まで優勢だった山崎も流石に慌てふためく。
「う、うううぅぅぅ……!」
「おおお落ち着いて!! 涙止めて!?」
「ち、ちがうんでずぅぅぅ……わた、わたし、マジで何も関係なくて巻き込まれただけなんでずぅぅぅ……!!」
「ごめんごめんごめん! 俺が悪かった! 俺が間違ってたから! だから泣き止んでっ!! ねっ!?」
顔を真っ青に染め、年甲斐もなくだらだらと涙を流す真琴。山崎に冷や汗まみれで宥められたが、どうにも止まりそうにない。涙と鼻詰まりと極度のストレスで吐き気までしてきた頃、不意に金属音がして手首が軽くなった。見れば山崎が、真琴の細腕に掛かった手錠を小さな鍵で外していた。
「え……あ、あの……?」
「え、えっとォその、と、とりあえず外すけど、手荒な真似はしないから、これから任意同行──」
「よォーう山崎ィ。こんな所で女と逢い引きかィ」
空気がピシリと固まった。
山崎の台詞を遮ったふてぶてしい声。それは真琴にとって聞き覚えのあるもので、また山崎にとっては聞き慣れたもので。
「アリ、オメーこないだ屯所の屋根破壊した奴じゃねーかィ」
「ヒッッッ!?」
「え!? ちょ、ちょちょちょっと!?」
今までの倍ほどに青ざめた真琴は、俊敏な動きで山崎の背中に身を隠した。
独特の口調をしたその男、沖田総悟については、一つも良い思い出がないどころか、出来れば顔も見たくなかった人物であった。あの一件、取調室に連行された際に、真琴は彼にさんざん精神を滅多打ちにされたのだ。からかいや暴言の数々、一つ足りとも忘れてはいない。勿論、何も言い返すことなどできなかったのだが、今更だろうとなんだろうと、どうしても声を大にして言いたいのは、屋根を踏み抜いたのは決して自分が重かったからではない、ということだ。
兎にも角にも、真琴にとって沖田という男は、己に嫌疑をかけてきた山崎より遥かに苦手な人間であった。つまり背を借りた山崎の好感度は依然として高くはないのだが、それでも沖田よりは幾分かマシということだ。
「人の顔見て悲鳴上げるたァ失礼な奴だねィ」
「ひっすすすすみません!!」
「イダダダダ! 肩刺さってる! 爪刺さってる!!」
スナックの従業員としてきちんと手入れされた爪が、ギリギリと山崎の肩に食い込む。一体どれほど沖田を恐ろしく思っているのか。……彼が肩に担いだバズーカを見れば、一般人なら誰だって少なからず恐怖心を持つだろうが。
痛みに悶える山崎に、真琴は自分の所業に気付き慌てて謝りながら手を離した。それから二人の警察と鉢合わせしてしまったこの場から、どうやって切り抜けるか思考を巡らせようとした時だった。
沖田の後方に、銀時と、彼に向かって刀を構える男を見た。
勿論、あの銀時がそう易々と攻撃を受けるとは思っていない。だが無意識に懐に忍ばせていたクナイに手が伸びたのは、長年の忍としての生活によるものだろう。
しかし、それを投擲する直前、腕が止まった。正確に言えば止められたのだ──他でもない沖田に。一層青くさせた真琴の顔には、「やってしまった」とありありと書かれていた。
「す、すすすみま、」
「こういうのはお巡りさん同士に任せとけィ」
「え」
それから沖田がニタリと笑ったかと思うと、突如真琴の前髪が舞いあがり全開になる。もうもうと上がる煙にゲホリとむせ返った。焦げくささが鼻につく。
ああ、なんだかこの感覚は、大使館で届け物が爆破した時と似ている──
沖田が担いでいたバズーカを躊躇なく発射させた。そのことを理解した瞬間、真琴は脱兎のごとく駆け出した。
「えっ? ちょっキミ!?」
「ごめんなさいィィィ!!」
山崎の制止も無視し、その場──もっと具体的に言うと、沖田のそばを逃げ出す真琴。とてもじゃないが、あんな男の近くにいたら身も心も持たない。少しでも彼から離れるために、そして仲間の元へ戻るために、涙を袖で拭いながらも全力で足を動かした。
「真琴さん! 銀さん! こっちです!」
ふいにどこからか新八の声が聞こえ、真琴は辺りを見回す。すると襖が外れ、室内にあったと思われる家具などで入口が塞がれている奇妙な部屋を見つけた。それを視界に捉えたと同時に、真琴は無我夢中でそこに飛び込んだ。……ちなみに、やたら髪の量が増えた銀時と同タイミングで飛び込み、互いにぶつけた頭を抱えしばらく悶絶していたのは余談である。
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「あら? この方……」
後日。屯所内の掲示板に貼られた手配書の前で、羽月はふと足を止めていた。
「どこかで見たような……」
「え、羽月ちゃん桂に会ったの!?」
「カツラ? ……ああ! この間の!」
通りがかった隊士が紡いだ名に、先日おつかい帰りに出会った僧侶の顔がぱっと浮かんだ。髪型が違うからか、写真と実物との差か、どこか雰囲気が異なるようにも見えたが、凛とした目元は共通していると羽月は感じた。
「なっ、何かされたり巻き込まれたりしなかった!? 大丈夫!?」
「はい。信念のために、一生懸命お居処を冷やして耐えておりましたよ」
「……なんて?」