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「まぶっちゃけな? プロトタイプがいっちゃん強いてのが定石やねん。ポテチかてノーマルうすしお味もっと売るために色んなバリエーション出しとる言うやろ? 他の味もそらウマいけど、あちこち冒険しとるとなんだかんだ原点回帰してうすしおに戻りたくなるモンや。言うて俺はコンソメ派やけどな。せやからこの派生型はホンッマ精度落ちてまうんやけど、これ以外はもう運び出しとるから手元にないねん。そ、つまり俺の本領はまだまだこんなモンやないっちゅーわけや。けどま、お楽しみはとっとくほうがエエしなァ。てなわけで、精々楽しんでってや。お侍さん方」
「うるっせェェェ誰かそいつ黙らせろォォォ!!」
「オメーちょっと叩き落としてこい」
「届くわけねーだろどこにいるのかも見えねーのによォォ!!」

 ペラペラと喋り倒す男の声を聞きながら、銀時と雪は再び傀儡らと交戦していた。あれだけ破壊したのにまだこれほど残っているのか──大きな怪我こそ負っていないものの、二人には流石に疲弊の色が見え始めた。その上、断続的に聞こえていた爆発音が次第に近くなってくる。砂や砂利の雨がボロボロと降ってくる中、妙に時間稼ぎをされていることに彼らはようやく気付いた。

「オイ天パ、これじゃ埒が明かねェ。隙を見てずらかるぞ」
「その隙がねーだろうが」
「大丈夫、まずオメーが得物放って両手を大きく広げろ。その間に私は逃げる」
「当たり前に囮にすんなァァァ!」

 怒りと共に振るわれた木刀で、また一つ傀儡が破壊される。──その奥に、銀時はこちらに駆けつけてくる金色の天然パーマを認めた。

「ああ、いた! きみたちが新八くんと神楽ちゃんのツレかい!?」
「あ!? 誰だお前!」
「煤賀遊吉です!」
「あ、ドーモ坂田銀時でってそういうことじゃねェェ!!」
「行くよ、二人とも避けて!」
「何言っ……ウオワアアア!?」

 男──遊吉は懐から何かを取り出して投げつけた。手のひらに隠せるサイズだったそれは、空中で爆ぜるように大きく広がる。巨大な網となったそれは、そこら一体の傀儡及び、銀時と雪を封じ込めた。

「何してんだァァァ!!」
「オイ天パ野郎がクソなのは万国共通か?」
「傀儡の動きは封じたから、早く二人は逃げて!」
「できるかァァァ!」

 一体何でできているのか、あらゆるものを一刀両断してきたフィクション染みた木刀でも、その重い網を斬ることは叶わない。じたばたと暴れる銀時の隣で、しかし雪は手元の刀身であっさり網を切り裂いて脱出した。銀時が目ざとくその隙間に向かって移動していると、遊吉は天井に向かって叫び出した。

「釵臣くん。そこにいるんだろう」
「おーおー、あっこから抜けよったんかアンタ」
「おかげ様でね」

 言って、遊吉は当て付けのように髪の結び目の上部、ボリュームのある髪の毛の隙間に隠していた手裏剣を掲げた。彼は唯一取り上げられなかったそれを使い、牢屋の錠を無理やりこじ開けていたのだった。

「おォ、天パに助けられたっちゅーわけやな。悪運強いわァ」
「きみが杜撰だったおかげさ」
「いや気付けへん気付けへん。普通そないなトコに隠さんて」
「それにしても、本当はこんな再会はしたくなかったんだけどなァ」
「はァ〜? よく言うわァ。ホンマに俺ンこと覚えとったんか? 仮にそうやとして、今までに俺としたい感動再会ストーリーの筋書きなんて考えたこともあらへんやろ」
「そう? もしかしたら『曲がり角でぶつかった相手は、昔の同級生でした──』みたいな展開期待してるかもしれないじゃない」
「いやうすら寒気するわ。少女漫画ボイス出すなや」

 よどみなく繰り出される会話に、ようやく網から脱出した銀時は眉をひそめた。なんだこいつら、知り合いか? 仲が良い……というには随分と殺伐とした空気であったが、そのテンポ感は妙に噛み合っていた。

「ところでさ、すごく主人公っぽいこと言っていい?」
「アカン」
「こんなことはもうやめたらどうかな、釵臣くん!」
「言うんかーい。ほならアンタかてまァだ忍やっとんのか。人のこと言えんやろ」
「私欲を満たすために悪事をこなすきみとは違うよ」
「自分のがまだマシってか? 忍っちゅうだけでクソクソのクソやろがい。ドウンコや」
「そんなことない。ドウンコはそっちさ。こっちはちょっとウンコ踏んだ靴くらいだよ」
「どのみちウンコやん」
「いや何の話してんだてめーら」

 だんだんと脱線していく応酬に、銀時は白けた瞳を向けた。しかし彼らの舌戦はまだまだ続く。

「とにかく、僕は護りたいもののために動いてる。きみと一緒にはしないでほしいな」
「カァーッ変わっとらんなァアンタ。ホンマおもろすぎてコントか思たわ。M-1グランプリ出てみィ」
「え、ホント? ちょっとワンチャン狙ってみようかな。じゃあ釵臣くん相方やるかい?」
「なんでやねん願い下げや」
「ホラ息ぴったりだと思わない? その方言もツッコミに最適だしさ」
「やらねーよ願い下げだ」
「アイデンティティ捨てるほど?」
「だから何の話してんだてめーら」

 突如標準語に切り替わる男に、銀時は再び口を挟む。彼らはようよう落ち着いたらしく、天から長い溜息が降ってきた。

「……まとにかく、どんだけごちゃごちゃ文句垂らそうと、その短い手足じゃ俺にゃ届かんやろ。アンタ跳躍クソやったしなァ」
「そんなこと言っていいのかな? 僕はね、君を倒す魔法が使えるんだよ。釵臣くん」
「いや忍が魔法て……せめてそこは忍術やろ。ま、なんやしらんがやれるモンなら」
「『はいそれじゃあ二人組作って〜』」
「ごあァァァァァ!!」

 ドタドタッ、ガタン!
 突如天井から落ちてきた人影に、銀時は流石に体をこわばらせた。ひょろりとした細長い手足に、白と灰の二色に分かれた奇妙な頭髪。端正な顔を歪めて、胸を押さえながら苦しそうに悶絶する男──阿見原釵臣に、銀時と雪は絶句した。

「ゴハッ……クッ……なかなかやりよるなァ……!」
「いややりよらねェよ。お前がザコなだけだろ」

 血を吐き出す阿見原に、銀時が至極冷静に言い放った。その目から完全に活力を失った雪が「帰っていい?」と呟いた直後、ドカァァァン!! とひと際大きな爆発が起こった。その爆音と振動からして、かなり近い位置だ。そう思った瞬間、ガラガラと天井から岩盤や土くれが崩れ落ちてきた。

「おっとそろそろアカンなァ。ってなワケで、俺は先に脱出するわ」
「あァ!? ちょっ待てお前ふざけんな!」
「アンタらもちゃっちゃと逃げたほうが身のためやで。じきこの地下は埋まる」
「わかってるわァァ!!」

 阿見原は体勢を立て直して銀時と雪を見つめると、金色のつり目を猫のように細めて笑う。それからぱっと薄い背中を見せると、途轍もない跳躍力で天井の暗がりまで再び飛び跳ねた。

「天才傀儡師、阿見原釵臣。以後お見知りおきよろしゅうなァ」
「待てテメー!!」
「ほなさいなら〜!」

 愉快そうに告げた声を最後に、彼は一切の物音すらなく姿を消してしまった。取り残された銀時は反射的に追うようにして動き出すが、傍らの遊吉に強く肩を掴まれた。

「構ってる暇はない! 逃げるよ天パくん!」
「天パに言われたくねェェ!!」

 さらに次の瞬間、網の下で動きを封じられていたはずの傀儡が、手元の刃でついにそれを切り裂いた。ようやく動けるようになったのか、それともボスである阿見原が地面に落ちたことで、間違っても巻き添えにさせぬよう待機でもしていたのか。何にせよ、それらを相対する時間ももう残されていない。銀時と雪は先陣を切る遊吉に続くようにして、彼が入ってきた入口を潜り抜けて部屋から脱出した。

「まったく証拠ごと埋めちゃおうなんて、とんでもないこと考えるなァ! せっかく調査したのにこれじゃ全部パーだよも〜〜!」
「つーか傀儡あいつらいつまでついてくんだよ! 操作してる奴も逃げたほうがいいんじゃねェの!?」
「どうやらただの機械からくりも混ざってたみたいだね。あれたぶん全自動目標殺戮機だよ!」
「洗濯機みたいに言うな!!」
「どうでもいいけど私ら今どこ向かってんの。音の位置からして最初入ってきた隠し通路はもう埋まってそうだけど」
「ここには抜け道がいくつかあるんだ。多分釵臣くんもそこから逃げたんだろうよ」
「えっ鉢合わせとかしねェの!?」
「わからない!」
「ガバガバじゃねーか!」

 連続して起こる爆発に、地下全体が大きく揺らぐ。そんな緊急事態の中でも、平生と変わらず淡々とした調子で雪は言葉を紡ぐ。

「そういや結局真琴いなかったな。いや、もしかしたらどっかでもう生き埋めになってんのかも」
「淡々と恐ろしいこと言ってんじゃねェェェ!!」
「アリ、あれ羽月じゃん」

 角をいくつか曲がり、前方を見やれば、見慣れた少女が黒い男の肩に担がれているのが見えた。前後反対に抱えられた羽月は、雪たちの姿に気が付くと細い腕をじたばたと暴れさせて始めた。

「お、沖田さん! もう降ろしてください! もう自力で走れますから!」 
「うるせェなホントに落とすぞクソガキ」
「クソガキではありませんガキです!!」
「良かった! 沖田くん無事に仲間を見つけられたんだね!」
「おー、お前も無事に眼鏡見つかったみたいじゃねェか」
「いや眼鏡はオマケだから!」
「遊吉さんだったか、オメーチャイナ服着たら万事屋乗っ取れんじゃね」
「滅多なこと言うなァァァ!」

 崩壊する地下施設の中、銀時の声がこだました。



「──あれがあの人の言うとった奴かァ。こないだはうっかり見ィ損ねたからなァ。今回はVIP席でのご観覧や。あらなかなかのモンやで。隣におったネーちゃんも相当エエ腕しとったしなァ。ついでに顔もヨシと来た。ほいであのおまわりさんも、せっかくやから小手調べしたろ思たけどなかなか要注意や。ホンマどないなっとん今時のガキは。隣にいたガキからも、おもろいサンプル取れたしなァ」

 静かな夜の下、月明かりに照らされた男は先ほど足元で繰り広げられていた光景を脳でなぞる。くつくつと楽しそうに喉を震わせた彼の、その薄い唇が、妖しげに弧を描いた。

「ホンマ、おもろい奴がぎょうさんおんなァ」







「買い出し途中しらないおばあちゃんに道を訊かれてね。それで入り組んだところにあるお店だったから、一緒に行こうってことで案内してたんだけど……わたしまで迷っちゃって……」

 それなりの繁盛を見せるスナックお登勢の店内。カウンターで困ったように半笑いするホステス──真琴は、どこか疲れた様子だった。しかし「「「え」」」と声を合わせた万事屋の三人は、彼女の数倍は疲れ切っているようだった。斜め後ろに立つ雪の目も、輪をかけて死んでいることに、真琴はまだ気づかない。

「つまり……ただ迷子になってただけだと」
「そうだよ」
「つまり廃工場には」
「よくわからないけど行ってないよ」
「つまり……特に何かに巻き込まれてたわけでは」
「ないよ。そういえば四人ともボロボロだけどどうしたの? 何かあった?」
「「「……紛らわしいんじゃァァァ!!」」」
「ギャアアアア!?」

 万事屋三人の、見事な連携ドロップキックが真琴に決まった。白目をむいて気絶した真琴の姿を、終始真顔の雪がパシャリと携帯電話のカメラに収め、その奥ではお登勢が呆れたように紫煙をくゆらせていた。









「──助かったよ、ありがとさん。アンタ強いんだねェ」

 女は男に笑いかけた。彼女に絡んできた不逞な輩を、一般人とは思えない手さばきでのした男は「……そんなこと、初めて言われたなァ」と自信なさげに苦笑した。

「アンタさ、いつもそこにいるよね」
「え?」
「ここよく通るから知ってんのさ」

 道の傍らにある広場の長椅子を指して女は言った。男は頼りなさそうな眉をさらに下げて、困ったように、あるいはどこか自棄になったように白状する。

「お金がなくてね〜。僕はなんにもできない人間だから。仕事も全然受からないし。だから毎日ここで途方に暮れてるんだ」
「ハ〜? そりゃアンタのせいじゃないさね。この世は全部『ご縁』で成り立ってんだ」
「『ご縁』?」
「だいたい、確かに不景気なご時世だが、猫の手だって借りたいくらい忙しいところは山ほどあんだよ。ようはそこに、猫より早く『ご縁』が結ばれるかって話さ。実力なんてさほど関係ない」
「え、えーっと……?」

 悲壮な表情を顔に浮かべていた男は、いつの間にか呆気にとられたように目を見開いていた。つらつらと言葉を重ねていた女は、少し考えるような素振りをしてから「アンタ、料理できる?」と出し抜けに訊ねた。

「え? まあ……人並みくらいは……」
「掃除は? 洗濯は?」
「い、一応……」
「菓子作りは?」
「それはそんなにやったことないけど……」
「じゃあ甘いモンは好きかイ?」
「だ、大好きです」

 要領を得ない質問に、男はただ首をかしげるばかり。そんな彼とは対照的に、女は強気そうな眉をさらに吊り上げて、はつらつと笑った。

「よっし……喜びな。アンタにも『ご縁』が結ばれたよ」
「え……えっ?」
「今日からアンタは、甘味処うぐいすの従業員さ」

 男の顔から、大きな黒ぶち眼鏡が僅かにずり落ちた。









 キィ、と開かれたのは、甘味処うぐいすの裏口だった。店舗併用型の住まいであるそこは、戸を開くと生活スペースが広がる。ミシミシと鳴る廊下を越え、居間の敷居を踏み越えると、ちゃぶ台で帳簿を開いていた芳乃がゆるやかに顔を上げた。

「芳乃さん」

 芳乃は至って平然とした様子で、その表情は崩れない。きゅっと引き結んだ口元と、遊吉を真っ直ぐ見上げるつり目はともすれば冷たく見える。しかし遊吉は気にも留めず、割れたレンズの下で、その柔和な瞳をやわらかく曲げた。

「ただいま帰りました。心配かけてごめんね」
「…………、」

 意思の強そうな芳乃の瞳が、次第に水気を増していく。それは、ずっと固まっていたものが、ゆっくりほどけていくようであった。「……お、」そして彼女はとうとう筆を放り出すと、座布団から勢いよく立ち上がり──

「遅いんじゃボケエエエエ!!!!」
「ギャアアアアア!?」

 芳乃の魂込めた華麗なドロップキックが、遊吉の腹に決まった。ズッシャアアア! と派手な音を立てて、遊吉の身体は廊下に滑り込むように倒された。

「テメー今まで仕事ほっぽってどこほっつき歩いてたァァ! 今月のボーナスは無しだかんなァァァ!」
「いだだだだだだそんなの貰ったことないだけどォォ!?」

 次いで倒れた彼の胸ぐらを高速で揺する芳乃。遊吉の首がガクンガクンと揺れ、そのまま勢いで頭が飛んでいきそうだった。彼がグルグルと目を回し出すのを見て、ようやく芳乃は気持ちが落ち着いたらしい、ぱっと手を離すと立ち上がって背中を向けた。

「オラ、早くメシ作りな。もうカップ麺は飽きたんだよ」

 それだけ告げると、芳乃は居間に戻り机上を片付け始めた。そんな彼女の姿をしばらく呆然と見つめていた遊吉だったが、その頬は徐々に緩んでいき、しまいには小さく吹き出した。

「……はいよっ!!」

 彼は朗らかに返事をしてみせると、インスタントラーメンの容器が大量に詰まったゴミ袋の転がる台所へと向かった。



カラフル 傀儡師篇(了)