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「里帰りィ?」
「あァ。こないだからね」

 ゴトゴトと瓶が棚板と触れ合う音。清潔な雑巾を片手にしたお登勢は、怪訝そうに顔を歪める雪に至って平然と返した。

「真琴の奴、最近どうも調子が悪そうだったからねェ。それに、たまには帰ってこいって母親にも言われてたらしいってんで、しばらく休暇にしてやったのさ」
「ふゥん。確かに最後見た時も変だったな。サハラ砂漠みたいな肌してたし」
「おや、聞かされてないことに突っかかるかと思えば」
「別に私に言う義務ねーだろ。聞いてたら高い土産の一つでも頼んでたろうけど」
「それが嫌だったんじゃないのかイ」
「ま……本来ならペラペラ話してきそうな奴だし、どうやら本格的に調子悪ィらしいや」

 カウンター席で頬杖を突きながら、雪は淡々と呟く。酒棚を整理しているお登勢の様子も別段変わらず、さして心配をしている様子でもなかった。──真琴は元来マイナス思考、ネガティブ思考のきらいがあり、稀に気分が優れない日が続くことがあった。お登勢もそれをわかっているのだろう。それに加えて、真琴に故郷という帰る場所があることに安心している部分もあった。
 ただ、雪のほうはなにか引っかかりを覚えており、口を閉ざしながら思案に耽っていた。







 加湿機能付きの空気清浄機だとか、心拍計付きの腕時計だとか、電動ファン付きのマスクだとか、変声機付きの蝶ネクタイだとか。昨今のアイテムには様々な「機能付き」が存在している。天人技術の吸収、発達により、無限の可能性が広げられているこの時代、とうとうプラスアルファの機能をつける媒体も選ばなくなってきていた。

「その刀は……菊一文字RX-7! デジタル音楽ミュージックプレイヤー搭載で連続再生時間最大124時間にも及ぶ大業物……菊一文字RX-7!」
「長船の倍の値段だよ! さすが隊長格はさしてる得物も違う!!」
「あーコレそんなスゴイんだ。適当に貰ってきたからしらなかった」

 屯所の縁側で隊士たちが褒めそやしていたのは、刀の柄頭に差したイヤホンで曲を聞いている沖田だった。たった先ほどまで山崎の佩刀していた長船M-Uに夢中だった彼らの手のひら返しに、せっかく手に入れた刀を自慢しに来ていた山崎は白目をむいている。さらに「アレ? その棒? 山崎何、買ったの? その腐りかけの棒」と沖田にとどめを刺されて、彼は泡を吹いて倒れていった。

「オイなんだ、朝から騒々しいぞ」

 彼らが騒いでいると、沖田の背後の障子がガララと開けられた。声の主は近藤で、どうやらそこはちょうど局長室の前だったらしい。

「局長! すいませ……あああああその刀は……!」
「虎鉄Z-Uセカンド! デジタル音楽機器としての機能はもちろん、柄に特殊金具を装着させることにより部屋を掃除するコロコロとしても使える大業物! 虎鉄Z-Uセカンドだ!」

 早口にまくしたてる隊士の視線の先には、説明通り刀の柄に特殊金具を装着させ、部屋の畳をコロコロと掃除している近藤の姿があった。菊一文字の三倍はすると褒めそやす隊士たちに、近藤は妙に得意げになって刀は武士の魂だと説く。

「スゲーやかなわねーや。俺たちも頑張ってアレくらいの業物持てるようにならねーとな。近藤さん、ちょっとだけ素振りさせてもらってもいいですかね」
「ん、別にいいけど」
「ふん!」
「虎鉄ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 照れたように手渡された刀を躊躇なく岩に叩きつけて折った沖田に、近藤が絶叫した。

「あ、すいやせんこれなら岩も両断できると思ったんですけどダメでした」
「オメェェェェ絶対ワザとだろ! 俺の虎鉄ちゃんに嫉妬して……!」
「なになに、楽しそうじゃんあたしも混ぜてよ」

 と、騒ぎ立てる彼らのもとにやってきたのは朋子だった。「あ、朋子ちゃん」隊士に呼ばれた彼女は、何やら見せつけるように腰の刀を揺らす──いつもの彼女の愛刀ではない。独創的な鍔に、彼女の身の丈には少し長すぎるそれ。

「って、あああああその刀は……!」

 隊士たちが目の色を変える中、朋子は手袋の嵌った手でゆっくりと柄を握る。鯉口を切る鋭い音がした。鞘からスラリと抜かれた、美しく光る刀身に彫られるは、力強い『悪鬼滅殺』の文字──

「ってどっから拾ってきたその日輪刀ォォォ!!」
「いや〜ホラ映画でも鬼滅とコラボするしさ、宣伝になると思って」
「鬼滅の宣伝にしかなってねーよ! つーかコラボでもねェし欲にまみれた汚ねェ銀魂コッチ側が勝手に乗っかってるだけだろーが!!」
「オイオイそんなこと言いなさんな」
「総……伊黒隊長! オツカレサァーッス!」
「これだけ自粛自粛騒がれてる中、さらに公開ほぼ同時に緊急事態宣言発令されて、それでもちゃんと予定通り公開されてんでィ。よくやってるよ映画アイツはよォ」
「そうだそうだ! エヴァなんてまた延期したってのに」
「いや感染抑制のための英断だからね。つーかこれまで散々終わる終わる詐欺してきた銀魂オレらには言われたかないよね」
「いーなァ銀魂ももっと動員数見込める時に公開すれば500億の男だって夢じゃなかったのにまァしゃーないよね緊急事態宣言駄々被りだったもん。あーアレさえなければ鬼滅なんて目じゃなかったんだけどな〜500億余裕だったけどな〜まっ仕方ないよな〜!!」
「イキり方が半端ねーよ、もう完全に負け犬の遠吠えだよ。弱い奴ほどよく吠えてるよ」
「そうそう。第一週の鬼滅の刃ポストカードの入場特典はもう終わっちゃったけど、五週目に再配布決定してるから皆、安心して劇場に駆け込め!!」
「カメラ目線で宣伝すんなァァ!!」

 人差し指を差してキリリと宣言する朋子に、隊士は腹の底からシャウトした。朋子はさらに刀を構え、その赤い刃を陽光に煌めかせる。

「ちなみにこれね、模造刀だから斬れないんだけど」
「使い物にならねーじゃねーか!」
「いやスゴイ機能ついてんのよ。なんとこのボタンを押すと……」
『うまい!!』
「煉獄さんのボイスが流れるのだ!」
「のだ! じゃねーよ! やっぱり何にも使えねーよ!」
「こんな感じでさ、ウチもグッズで荒稼ぎするしかないよね。日輪木刀出そ」
「それは銀魂グッズって言えるんですか!!」
「大丈夫、ちゃんと洞爺湖の文字を悪鬼滅殺に上書きしとくから」
「訴えられるゥゥゥ!!」

 隊士の叫びが、朝の清々しい空気を裂いていった。







「ど、どうされたんですか!」

 ゴトン! 洗濯物の入ったカゴが床に落ち、水を吸ったシャツが散らばる。それには目もくれず、羽月は曲がり角で鉢合わせした土方に慌てて駆け寄った。──彼の端正な顔は、左頬が赤く腫れており、あちこちに擦り傷なども見受けられた。普段早々怪我を負わない彼のそんな姿に、羽月は動揺を露わにする。

「……大した傷じゃ、」
「いけません、小さな傷ほど甘く見てはいけないものです!」
「オイ、ちょ……」
「医務室に行きましょう」

 何故か気まずそうに目を逸らした土方だったが、羽月にその腕を掴まれると強引に引っ張られる。慌てて振りほどこうとするが、彼女の少女らしからぬ異様な腕力によりそれも敵わない。土方はせめてもの抵抗で医務室の世話になるほどの怪我じゃない、自分で手当てできるといった旨を訴えると、羽月はわずかに考えたのちに己の部屋へと通した。そんなことを言いつつ、そのまま放置されても困ると思っての行動だった。

「痛かったら仰ってくださいね」
「……ああ」
「それにしても珍しいですね。副長さんが怪我など……相手は相当な手練れだったのでしょうか」
「……」
「そういえば、今日は皆さんバタバタとしておられましたが、何かあるのでしょうか?」
「……さァな」

 妙に続かない会話に、羽月は口をつぐんで作業に集中することにした。目立つ傷に消毒などをして、最後に彼の頬に医療用パッドを貼りつけて、自室に常備している救急箱を閉じた。

「終わりましたよ」
「……ああ。助かっ……」
「……?」
「……」
「あの……大丈夫ですか? なんだか先程から、いつもと様子が違うと言いますか……」
「……」
「まさか他に怪我などされてますか? それとも体調が……?」
「……っ、」
「……あの、もしかすると、本日はもうゆっくりお休みになられたほうが──」
「キミッ!」
「はい!?」

 突然声を上げられ、羽月は思わず弾けるように返事した。さらに間を空けず至近距離に顔を近づけられ、その大きな手で両手を包まれる。鼻をつく煙草の匂い、眼前に迫る、血走った異性の目、手の温度。その予想だにしない展開に、羽月は目を白黒させるばかりだ。

「そそそんなにぼっ僕のことを心配してくれて……」
「あの、」
「ま、ま、まさかキミ僕のこと──」
「副長さん……?」
「──ウオアアアア!?」
「副長さーーーん!?」

 ──鼻先同士がとうとう触れ合いそうになったところで、土方は再び声を上げて羽月から手を離した。その勢いのまま後方に弾け飛び、それから慌てて立ち上がると、羽月の顔を見ることなく猛スピードで部屋を飛び出す。嵐が去っていったかのような感覚に、羽月は掴まれていた名残で宙に浮いた手を、逸る心臓を抑えるように胸に当てた。──なんだ、あの奇々怪々な反応は。まるでわけがわからない。普段誰よりも冷徹で、どんな場面でも冷静で、他の女中たちも「クールで格好良い」と持て囃していた土方という男が。一体どうしてしまったというのだ。
 もしかして、疲れのあまり脳が少しばかりバグを起こしてしまったのだろうか……? そんな仮説でも立てなければ、羽月の混乱は収まりそうにもなかった。いやしかし、彼が普段から激務をこなしているとはいえ、こうも極端な変化があるとこちらの調子まで狂ってしまう。やはり、何かあったのだろうか……と考えたところで、羽月は廊下に放置していた洗濯物のことをハッと思い出し、慌てて部屋から出ていった。