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「山崎さんが──何者かに、殺害されました」
「ザキが……!?」

 隊士らによる突然の凶報に、朋子は思わず街頭であることも忘れて叫んだ。「屯所のはずれで血まみれで倒れている所を発見されたんですが、もうその時には……下手人はまだ見つかっておりません!」隊士らは苦々しげに続けた。

「とにかく! 一度屯所に戻ってきてください!」
「え……! でも拙者クビになった身だし、」
「そんなこと言ってる場合じゃないんでしょ! さっ早く──」

 土方の腕を掴んでいた隊士が、彼を強引に立たせた。別の隊士も、朋子をいざなうようにその腕をとる。

「副長も──山崎のところへ」

 ──瞬間、男の刀が地面に落ちた。
 鋭く峰を叩き込まれた彼の手首に、遅れて痺れが走る。刹那の沈黙。納刀する音。朋子が愛刀の柄から手を離した頃、彼女の腕を掴んでたはずの隊士はようやく事態に気づく。その彼を置き去りに、朋子は唖然とする土方の胴に腕を回し抱きかかえて、万事屋の三人と同時に弾けるように駆け出した。

「逃げられた!!」
「追えェェ!!」

 隊士らの怒号を背に受けながら、五人は民衆のいない路地裏に入り込む。

「なんだあれァ!?」
「どどどうして真選組が朋子さんと土方さんを!?」
「いいから今は超逃げてェェ!」
「いでででで朋子氏足引きずってる! 足削れてる!」
「うるせェェ文句あんならテメーで走れェェ!!」
「あだァッ!!」

 暴れる土方を容赦なく地面に投げ捨てる朋子。もうすぐ路地を抜ける──その時、回り込んでいたらしい別のパトカーが、正面から強引に入り込んできた。

「やっべェ轢かれる!!」
「任せるアル!」

 躊躇なく前に出た神楽が、その並外れた怪力で車を押しとどめた。ぎゅるぎゅると回り続けるタイヤと、全身全霊の力で押し返そうとする神楽の腕力の板挟みとなり、パトカーのボンネットがバキバキと無残にも潰れていく。その隙をついて、跳躍した銀時が割れたフロントガラスの間から運転手を倒して、軽々と外に放り出した。そのまま運転席を奪取した銀時に続いて、神楽、新八、そして土方を拾った朋子が乗車するや否や、パトカーは急発進した。

「ぎゃああああ!」

 銀時の荒々しい運転に誰かが叫んだ。路地を抜けた先で待ち構えていた先ほどの隊士らを吹き飛ばして、ボロボロの車体は逃げるように道を走り続ける。

「……で、朋子さんよォ。ここまで巻き込んでおいてだんまりはねーだろうな」
「オラ吐けェェ吐くアルゥゥ!!」
「うごォォォ話す話すから離してマジで吐くゥゥ!! ゲホッ……まァかいつまんで話すと、今真選組乗っ取ろうと画策してる奴がいるわけよ」
「真選組を!?」
「現副長、局長を完全に排除……この状況見る限り、暗殺しようとしてる。あたしは土方派として映ってただろうから、ついでに狙われたのもおかしくはないかもね」
「そんな……!」
「旦那、そこの無線つなげられる? 現状確認したいんだけど」

 後部座席に座る朋子が、無線機を指さす。銀時は表情を変えないまま、ハンドルを握っていないほうの手でそれを取った。「あーあーこちら三番隊、応答願いますどーぞ」ゆるい語りかけに、ザザッとノイズが入る。

『土方は見つかったか』
「見つかりましたが超カワイクて強い味方がついてまして敵いませんでした、どーぞアル」
『アル?』

 助手席から身を乗り出していた神楽が、銀時に軽くはたかれた。

『どんな手を使ってでも殺せ。近藤を消しても土方がいたのでは意味がない。近藤暗殺を前に不安要素はすべて取り除く。近藤、土方両者が消えれば、真選組は残らずすべて伊東派に恭順するはずだ』

 土方派てきが聞いてるとも知らない相手は、ペラペラと計画を話し出す。銀時がさりげなく近藤のほうの様子を窺うと、彼はさらに話を続けた。

『案ずるな。近藤のほうは半ば成功したようなものだ。伊東さんの仕込んだ通り、隊士募集の遠征につきすでに列車の中。つき従う隊士はすべて伊東派われわれの仲間……奴の地獄行きは決まった』

 万事屋のメンバーは押し黙った。『それから、』と無線先の彼は付け足す。

『和笠朋子のほうも予定通り、見つけ次第拘束しろ。奴は過去に副長補佐役を務めていた、土方の暗殺をしられたら何をしでかすかわからない』
「……!」
『これは伊東さんからのお達しだ。決してぬかるなよ』

 通信はそこで途切れた。銀時は無線機を元の位置に戻すと、視線は前に向けたまま口を開く。

「お前、ついでどころか狙われまくりじゃねーか」
「そういえば伊東さんなんか妙にあたしのこと意識してたからな、急に手合わせしてくれっつったり。もしやあたしのこと好きなのか? とは思ってたんだけど」
「どんだけポジティブ? つーか何、お前一介のヒラじゃなかったの?」
「いや今は万年ヒラヒラのヒラ。ま、色々あったのよ」
「ふーん」
「……あの時『満足してない』って言ってたら、なにか違ったかなァ」

 わずかに声のトーンを暗くする朋子に、銀時はただ一人気づいていた。「お前……」何かを言いかけるが、それにかぶせるように「まァでも、」と朋子は続けた。

「悲嘆しててもしゃーない。今あたしがやるべきは土方さんの目ェ覚まさせて、近藤さんの乗った列車を追うこと。ここまで巻き込んじゃって悪かったね。あとはあたしらで何とかするから、そのへんで停車して降りてって」
「イヤイヤ、お宅ら相当の人数に追われてんだろ? その上そこのマヨラーは使い物にならねェ。お前一人でそこのお荷物もゴリラも護るってか?」
「こちとらおまわりさんだからね、内輪揉めにこれ以上民間人巻き込むわけにはいかんのよ。情でも湧いてくれちゃったのかしらないけど、向こうさんあたしのことはどうやら生け捕りにしたいみたいだし。まァなんとかなるっしょ」

 確かに、殺せとの命令はなかったと面々は思い返す。無線にて、相手の隊士が告げたのは『見つけ出せ』という命だけだった。

「それに……もう一人であーだこーだするほど愚かじゃないよ」

 銀時が僅かに目を見張った。しかし彼がなにかを言う前に、朋子は前方に身を乗り出すと今度は手ずから無線機をとった。そして淀みない動作で機器を操作し、無線を全車両から本部までつなげて口を寄せる。

「あーあー、こちら一番隊和笠」
「ちょっ、朋子さん!?」

 思わず新八が声を上げた。ただでさえ狙われている中で、己の声を入れれば居場所が割れるのではないか。そんな焦りが滲んでいるが、朋子は気にした様子もなく、いつになく真面目な顔で続ける。

「総員、ただちに持ち場を離れて遠征組の乗った列車を追いなさい。まもなくそこで反乱が起こる。ツンデレイケメン派、紳士イケメン派、誰がどちらについているかはしらないが、我らが魂、近藤局長の首が獲られれば我々は死んだも同じ。必ずや、局長を護り抜きなさい」
『朋子さん!? アンタ何言って──!』
「これは"土方副長"からの司令です。──背いた奴ァ切腹だボケェ!!」

 ガシャン! と無線機を叩きつけるように戻した朋子は、万事屋たちの視線を受けながら座席にどかりと座り直した。

「は〜あ。できることなら内密にカタつけたかったんだけどねェ」
「どこに潜んでるかしれねェ伊東派に、土方派おまえの仲間がやられると? 心配性だねェ、オネーさん」
「いや現にザキがやられたからね。土方さんならこっそり奴を動かしてただろうから……たぶん口封じに。まあ言うてザキは一応1巻から出てるレギュラーキャラだから死ぬとか絶対ないだろうしなんやかんやで生きてるとは思うけど」
「いや急なメタ発言やめてもらえます?」
「でもとにかく、ここまで来たら構ってられない。唯一すぐ死にそうなヘタレ副長は保護できた。あとはこっちの動向バレようがどうかろうが関係ない、ただ勝負に出るだけ」
「お前……」
「もう、仲間に隠れてコソコソ動くのはやめた。あのバカどもならまあ大丈夫だって信じる」

 夏場に起きた、二つの事件が思い起こされた。仲間に黙ってたった一人で動くのは、するほうも、されるほうも、もうこりごりだ。

「それに仲間なら、痛みも苦しみも……責任も始末書も、全部分かち合わないとねェ」

 ニタ、と良い笑顔を見せる朋子。それを受けて、最初にフッと笑ったのは新八だった。

「なら僕らにもわけ合ってもらわにゃ困りますよ」
「え?」
「そうヨ、水臭いネ。乗り掛かった船アル」
「新八くん……神楽ちゃん……」
「そういうこった。お前らの痛みは俺らの痛み……

──お前らの金は、俺らの報酬金だからな」
「って結局それかァァ!!」

 ニタァァ、と下卑た笑みを浮かべる三人に、朋子はシャウトした。

「降りろォォ今すぐ降りろォォ!!」
「嫌ならお前が降りるこった」
「その行動に一体何の意味があるんですか!!」
「僕らも僕らで土方さんから依頼受けてるんで。途中で投げ出したりしたらこの先の評判に関わりますからね」
「あーハイハイハイ信用商売は大変ですなァ!」

 ヤケクソになって頭を掻いた朋子は、隣で縮こまる土方にギッと視線を向けた。依然妖刀に呑まれたままの土方は、その眼光に大袈裟に肩を揺らす。

「オイコラ土方さん! 聞いてんの!?」
「はえっ!?」
「おねむの時間はハイもう終わり、さっさと顔洗って着替えてきなさい! 遅刻するわよ!」
「なんでお母さん?」
「いい? アンタの身を護るのは簡単。でも──それじゃあアンタの魂が死ぬってことを、あたしはしってる。だからあたしはアンタを戦場に連れていく」
「ぼっ……僕はしらない、僕はしらない……!!」

 チッ、と大きく舌が鳴った。朋子は土方の両肩に手を置き、強く揺さぶる。その目はまっすぐで、曇りない。

「いい加減にしろよ。あたしが追いかけたのは、ハナからしっぽ巻いて逃げるようなアンタの背中じゃないんだよ」

 彼の背中をいつも見ていた。けれど、それが逃げる背中であったことは、これまで一度としてなかった。この先も、そんな背を見ることはないと朋子は信じている。

「追いかけても追いかけても追いつけない、いつだって前だけ見て先を走るアンタの背中なんだよ!!」

 彼はいつでも先を往く。そんな彼に引きはがされないよう、いつも必死だった。そしてこれからも、そんなふうにありたい。
 しかし、祈りはそう簡単には届いてくれない。

「かっ関係ない……! もう僕のことは放っておいてくれ!!」
「っ、」

 朋子の手を振り払い、土方は小さく丸まってしまう。これでもまだ駄目だというのか。このままの状態で、どれほど敵がいるかもわからぬ戦場に向かわせるわけにはいかない。彼が殺されてしまう。だけど彼なしにこの窮地を脱せるとは思えないし、何よりそれは彼の志を殺すことになる。
 一体どうすれば。
 自分の声でも呼び起こすことのできない彼の魂を、一体、どうすれば──

「オイ」

 銀時が動いたのは、その時だった。運転をほっぽり出して、彼は後部座席に勢いよく身を寄せる。助手席の神楽が慌ててハンドルをいじる中、彼は朋子よりも早く土方の胸倉を乱暴に掴んだ。

朋子コイツはてめーにゃ言ってねーんだよ。オイコラきいてるか? てめーの部下にこんだけ言われてまだ夢の中か? てめーが部下にも真選組にも背中向けてくたばるタマか?」

 土方は眼前の顔から目をそらせずにいた。奇妙な拘束感に縛られ、息も忘れて硬直する。

「くたばるなら大事なもんの傍らで剣振り回してくたばりやがれ!! それが土方十四郎てめーだろーが!!」
「──……ってーな」

 ふと、低い声が聞こえた。朋子の心臓がドクンと跳ねる。
 いま。聞き間違いではなければ、確かにその声は──

「痛ェって……言ってんだろーがァァァ!!」
「ぶごォォォ!?」

 朋子は瞠目した。土方の大きな手が、銀時の頭を鷲掴みにしダッシュボードに叩きつけている。その言動は、ヘタレオタクのものではない。それは、紛れもなくそれは──







 真選組屯所の食堂で使われる食材は、大抵のものは仕入先の業者から運ばれてくる。それでもいくつか買い足したい時や、その他諸々の理由でスーパーマーケットなどに直接足を運び買い入れることもあった。
 日の傾いた町並みを早足で進む。羽月は買い物袋をがさりを揺らしながら、ひとり屯所までの帰路に着いていた。

(早く帰って、お夕飯の準備に参加しないと……)

 そう思案しながら、羽月の足取りは軽かった。理由は、袋の上から少しはみ出している茶葉。過去に伊東が好きだと話していたものを、買い出し中にたまたま見つけたのだ。かなり値の張るものだったが、普段給料をあまり使い込むことのない羽月は躊躇なくそれをポケットマネーで購入した。
 きっと彼が言っていたのはもっとさらに質の良い、それこそゼロがひとつかふたつ多くつくような高級な代物に違いない。けれど屯所には大した茶葉の種類がない分、これだけでも少しくらいは伊東に喜んでもらえるかもしれない。

 喧嘩、というわけではないが、彼と少し揉めたようになってしまったのが朝からずっと心に引っ掛かっていた。彼はまた後でと言ってくれたから、怒っているわけではないのだろうけれど。羽月は帰ってきた伊東と、このお茶を淹れてゆっくり話ができればいいと思っていた。前にしたお茶の約束もまだ果たせていなかったから、ちょうど良い。ついでに、彼自身の話を聞かせてもらったり、自分の話をしたり──そう考えると、楽しみで心が弾む。
 伊東らが遠征から帰ってくるのは明日か明後日だったか。本来であれば、局長不在の穴を副長の土方が埋める予定だったが、彼は謹慎中の身のため、なるべく早めに切り上げると聞いている。
 伊東はまだ土方を許していないのかもしれないが、最高決定権を持つ近藤は、きっと少しでも早く土方を復帰させようとするだろう。土方のほうも最近は調子が悪いようだったが、その頃には治っているだろうか。治っていてほしい。ぜひとも、治っていてくれ。

「……あら?」

 胸中で再三祈りを捧げていると、どこからかサイレンの音が耳に届いた。それは次第に大きくなり、羽月の横を見覚えのある警察車両が勢いよく通りすぎていく。随分と速度を上げ、赤色の警光灯も光っていた。どうやら緊急事態らしい。

「原田さん……?」

 その運転席に、禿頭の男が険しい表情を浮かべているのを、視力の良い羽月の両目は一瞬だけ捉えた。他にも数人同乗しているように見えた。詳細は判然としないが、突然の討ち入りだろうか。
 珍しいことではないはずなのに、何故だか胸がざわついた。今、土方不在の上に、近藤や伊東が数十名の隊士らを連れて遠征に出ているさなかだからだろうか。彼ら以外にも、真選組は粒ぞろいとはいえ……。
 しかし自分にできることは、力添えではない。美味しい食事を作って待っていることだと、羽月は気持ちを切り替えるようにその場で居ずまいを正した。小さくなる赤いランプを真っ直ぐ見据え、凛とした表情で彼女は口を開く。

「皆さん……どうかご武運を」

 例えこの声が、届くことないとわかっていても。