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まいった。本当にイノセンスが元の形に戻らない。
「くそっ…。どうなってるんだ」
フォーとの実戦を行い、無理矢理イノセンスとシンクロさせようという荒療治の小休憩中。僕は蝋花が持ってきてくれた水を飲みながら小さく舌打ち。バクさんは何やら来客がどうちゃらこうちゃらで、今はここにいない。
ひとり、ポツンと粒子状になっている僕のイノセンスを見上げる。
「あともうちょっとな気がするんだけどな…」
「おそらくそうなのでしょう」
「…えっ?」
僕の独り言に、なぜか返事が返ってきた。驚いて声のした方に顔を向ける。そこには無表情に僕を見下ろす子がいて。
「あなたは、もともとのイノセンスとのシンクロ率も高かったとうかがっております。なのであなたのもつイノセンスのイメージは、あながち的はずれでもないとおもうのです」
「あれ、き、きみは…!!」
「はい。どうも、二度目まして。ハナコといいます」
「おいハナコォ!お前、オレ様を置いて一人で先に行くとはどういうことだ!!」
「バクか。ここの地図はあたまにはいっている。まようことはない。おまえとはちがう」
「なっ…!あまり大人をからかうな!」
目の前のハナコと名乗った少女。彼女はまさしく、僕が裸を目撃してしまった子だ。
「あの、きみ!」
「ハナコです」
「ハナコ!!あの時は大変失礼なことをしました!すみません!!」
「なんだ、ウォーカー何かしたのか?」
「うっ…その、したというか、なんというか…」
「いいのです。それよりも…あ、そうですね。まずはおたがい自己紹介をしましょう」
ハナコはそう言ってひょいと僕の前にしゃがみ込む。
「わたしのなまえはハナコです。しゅみは読書とおかし作りです。あまいものがとても大好きです」
「は、はぁ…」
「アレン・ウォーカー。あなたのプロフィールはバクから少し伺いました」
「尋問の間違いじゃないのか!」
「ウォーカー、しゅみはなんですか」
「無視か!」
「趣味…食べること、かなぁ」
なんとなく彼女のペースに乗せられ、つられるようにして答える僕。しかし不思議なことに、目の前にいる彼女は相変わらずの無表情で、話し方にも抑揚というものがない。それでいて冷たく感じないのはなんでだろう。
「そうですか。たしか前に、きせい型のイノセンスの適合者は得てしておおぐらいだときいたことがあります。それもかんけいあるのでしょうか」
「さ、さぁ…どうでしょうね」
「自己紹介はいじょうでいいですね。せんえつながら、これからわたしもあなたのお手伝いをさせていただきます。よろしくおねがいします、ウォーカー」
「こちらこそよろしくお願いします、ハナコ」
差し出された白い手を握り返し、にこりと微笑み返す。ハナコはやはり無表情で、だけどどこか満足そうにひとつ頷いた。
「ではさっそくもんだいへ移りましょう」
そう言ってさっと立ち上がる彼女。
「さきほども言いましたとおり、あなたのもつイノセンスのイメージはわるくはないのでしょう。しかしだからこそ見落としてしているなにかがあるようです」
「見落としている何か…?」
「あなたはじぶんのイノセンスをどうおもいますか?」
「え?」
「イノセンスがあなたの左手に寄生しているのは、あなたのイノセンスの特徴のひとつです」
「僕のイノセンスの特徴…」
「はい。たとえばのどにイノセンスが寄生しているひとは声にイノセンスのちからがやどるし、歯にイノセンスが寄生していれば牙がイノセンスのかたちとなるように」
ハナコは分かり易いように例えを上げながら説明を続ける。
「ですから、イノセンスがあなたの左手にやどっていたのならやはりあなたの左手が対アクマ武器なのでしょう。…しかしいままでのイメージでははつどうできない…となるとそれまでのイノセンスのかいほう状態は本来のイノセンスのかたちではない…」
ぶつぶつと何かを呟きながらぐるりと頭を動かして粒子状のイノセンスを見上げるハナコ。僕も腰を上げ、彼女の前に立つ。あれ、こうやって真面目に見るとこの子小さいな…。14、5歳くらいかな?
「ウォーカー」
「あ、はい」
「かこにイノセンスが形をかえたことはありますか?」
「形…あ、あります」
「そのときはどのような形に?」
「えっと…剣と銃ですね」
「…なるほど」
ハナコはふむとうなりながら顎に指を宛がった。僕は、何がなるほどなんだろうと思い首を傾げる。
「きっかけは?」
「え?」
「イノセンスが形をかえたときの感情はなんでしたか」
「…アクマへの怒りです」
「…アクマへのいかり…」
「あれ、ちょっと。ハナコ?」
僕の答えを聞くとハナコはふらふらと粒子の中へと歩いていってしまった。僕も慌てて後を追う。バクさんは後ろで壁に凭れかかっていた。
「よし」
ハナコはくるりと僕に向き直る。
「フォーまでとはいきませんが、あなたの体を追いつめてみましょう」
「へ?」
「くるしい中でこそひかりが見いだせるものです」
「…何をするんですか?」
なんとなく、僕の口角が引きつった。ハナコは団服をバサッと脱ぎ捨て、上半身はハイネックの袖無しインナーだけになる。それから腰の後ろに手を回し、手を前に戻したかと思えば彼女の手には何か紙のようなものが握られていた。
「これからあなたの体に縛りをつけます」
「え?え?それってどういう事ですか?ていうか何をするんですか?」
焦る僕の問いに答える代わりに、ハナコは何やらブツブツと唱え始めた。そして彼女は呪文を唱えながら僕に向かって手にしていた紙を投げてくる。かと思えばそれらは僕の四肢(といっても左手はないけど)を囲いはじめる。
「な、何ですかこれぇ!?」
「縛れ」
「へっ!?っわわわ!」
短く彼女がそう言うと、途端に僕の手足が重くなり思わずその場に倒れこんだ。ハナコが倒れた僕に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。そして口を開いた。
「そのままの状態でわたしとたたかいましょう、ウォーカー」
「本気!?」
冷や汗がたらりと頬を伝ったのを感じた。この目の前の少女は可愛らしい見た目とは裏腹に、結構なスパルタなようだ。