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「わたしはまだイノセンスをかいほうしてませんよ。がんばって下さい、ウォーカー」
「そ、そんなこと…ハァ…言ったって、あなた…これ、これは…ゼェ、きついです、よっ!」


今、ボクの目の前ではアレン・ウォーカーとハナコが戦っている。2人とも武器無しの力づくでの対決だ。しかし如何せんウォーカーの体はハナコの術によって縛られていてとても重いようで動きが鈍い。おそらくあれは鴉の術だろう。なるほど目的のためなら手段を選ばないあたりはやはり中央庁らしい、か。


「ウォーカー。あなたはまずイノセンスを知らなければならない」
「それ、バクさんもっ、言ってました!」
「しかしわたしたちにさほどじかんはありません」
「それもっ、言ってました!」
「…バク。わたしはなぜここに来させられたの?」


不意にハナコがこっちを向いてそう訊いてきた。


「ボクが知るわけないだろう!コムイに訊いてくれ」
「…第一、ここにはフォーがいる。わたしが出るまくはさいしょからなかった」
「そのフォーは今寝てる」
「じゃあ"ひじょうきんこうし"ということで。ウォーカー、遠慮なくむかってきてください」
「そんな…!ていうかっ、ゼェ…これ、ほんとにキツ…!」
「イノセンスをまとえば外せます。がんばってください」


ブンという空を切る音がしたかと思えば、ウォーカーがよろめく。ハナコの左ストレートが彼の顔にヒットしたのだ。


「…あなたはなんのためにイノセンスにこだわるのですか?」


ハナコは一旦攻撃の手を休めウォーカーに訊ねる。ウォーカーは肩で息をしながら答える。


「そ、それは…」
「それは?」
「…仲間と共に戦い、世界を救うためです」
「ふむ。大義のためか」
「それと、父に誓ったんです」
「…なにを?」
「死ぬまで歩き続けることを」


真っ直ぐとハナコを見つめるウォーカー。ハナコはそれをじっと見返した後、その場からフッと姿を消した。そしてハナコは息を上げるウォーカーに容赦なく重い蹴りをかます。吹っ飛んだウォーカーはドォンという鈍い音をさせてボクのすぐ横の壁にぶつかった。ヒィ!と短く悲鳴を上げれば、ハナコのふふっという笑い声。


「何がおかしいというのだハナコ!!」
「ウォーカーのこと、少しわかったきがする」
「は?」
「とても頑固で、いちずだ。それがひとに対してかアクマに対してかはさだかではない。…が、それこそがキーなのかもしれない」
「いててて…ハ、ハナコ強いですね」
「ありがとうございます。ウォーカーも中々ですよ。縛られていてもわたしのけりをふせぎました」


ハナコは倒れているウォーカーに手を差し伸べて彼を起すのを手伝っている。ほんと、こうやって見ていれば普通の女の子なのに。


「イノセンスは適合者の感情によって形をかえます。なのでいまあなたに必要なのはつよいきもち」
「……、」
「なにかつよいおもいはありますか?」
「仲間のもとへ戻りたい…」


ウォーカーは額の汗を拭いながらそう言うが、ハナコはこてんと首を傾げた。


「ちがう」
「…え?」
「そのおもいにいつわりはないのでしょう。しかしイノセンスはそれに反応していない」


ハナコの言葉にウォーカーは目を見開く。


「…いかり、」
「え?」
「ううん…なにかほかにあるはず…」


ハナコはブツブツと何か呟きながら自分の世界に入ってしまう。こうなったら中々戻ってこない。


「ハナコ…?あの、もしもし?」
「もしかしたらひとへのおもいだけではないのかも…アクマか、それともノアか…憎しみ?んー、ちがうなぁ…」
「ハナコ、そろそろこっちに戻って来い」
「いかりでかたちが変わるのなら、やはりアクマのはかいが関係する…?」
「ハナコ!」


ハナコの呟きに、ボクはどきりとして彼女の肩を掴んで強く揺さぶる。良かった、ウォーカーには聞こえていないようだ。


「…バク?」
「ハナコ、話がある」
「わかった。ウォーカー、」
「あ、はい」


ハナコはウォーカーの方に向き直る。


「あなたにはけついが足りないようにおもえます」
「決意…?」
「はい。なのでわたしがいない間、まずはイノセンスではなくじぶんと向き合ってみなさい」
「…はい!」


威勢よく答えたウォーカーだったが、次のハナコの言葉に目をひん剥くことに。


「それと、それはつけたままにしておきます。どうぞぞんぶんに忍耐力をやしなってくださいね」
「えぇっ!?」
「それではすこし失礼します」


ボクはハナコと共に一度この部屋を出た。

そして出たところで彼女と向き合う。


「どうしたの、バク」
「さっきの話について詳しくキミの意見を聞きたい」


ボクがそう言うと、ハナコはふるふると首を横に振った。


「これはあくまで推測であって根拠のあるものではない。なのでそれを公表するのははばかられる」
「推測でも憶測でもいい。もしかしたらそれが何か大きな鍵になるのかもしれない!」


ハナコは暫しボクをじっと見つめた後、ふむと一つ頷く。それからゆっくりと口を開いた。


「わたしの推測によると、アレン・ウォーカーが真にのぞんでいるものはアクマなのではないかとおもう」
「なっ…!?何故そう思うのだ?」
「なんとなく」
「はっ?」


ハナコの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げる。彼女はこてんと首を横たえた。


「コムイ・リー室長さんがわたしによこしたプロフィールによると、かれはアクマに対してなにかとくべつな感情をもっているようにおもわれる」
「…」
「それはかれの生い立ちがそうさせるのではないかと」


相変わらず思考回路がめちゃくちゃだ。だけど毎回こいつの勘は当たるから馬鹿にできない。ボクはなんとなくウォーカーの事を思い、やるせない気持ちになった。"存在そのものが対アクマ武器"。もしかしたらあの言葉は迂闊に口にすべきではなかったのかもしれない。


「バク。あまりじぶんを責めてはいけない」


不意にハナコがそう言った。


「な…、」
「"なぜオレ様のかんがえがわかった"とでも言いたげだ」
「…その通りだよ」


はぁと重く溜息を吐きながら俯く。本当に、昔から変わらない。何も考えてないようで、実は深く考えていて。何も感じていないようで、実は誰よりも人の気持ちの機微に敏感。


「実はウォーカーに、寄生型のイノセンス適合者は存在そのものが対アクマ武器と言ってしまったんだ…」
「そう」
「えっ?」


ボクが真剣に悔やんでいるというのに、その素っ気無い口調はなんだ。


「もしそんなことを気にしているというのなら、バクはとんだばかだ」
「んなっ!?馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」
「バクはわるくない」


ハナコは静かにそう言ってボクを見つめる。思わずドキリとした。


「それより、ウォーカーの訓練をさいかいしなきゃ」
「あぁ、そうだな…」


さっさと歩き出してしまうハナコ。その背を見つめながら、口を開いた。


「…ありがとう、ハナコ」
「……」


小さく呟いた言葉はそれでも確実にハナコの耳に届いたようだ。後ろ手にひらりと手を挙げていた。


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