18

僕は今、ハナコと一緒に方舟の前に立っている。


「ほんとうにこれにのったら、江戸までつくのですか?」
「はい。確かにそう言われました」


ハナコがしげしげと方舟を見上げながらほぉと溜息。そんな彼女をぼんやりと見ていると、後ろからバクさんに呼ばれた。


「ウォーカー、ハナコ。こっちへ来てくれ!」


ハナコがトコトコと小走りでバクさんの元へと歩み寄るので、僕もそれに合わせて歩く。バクさんは僕に向かってひとつのイヤリングを差し出した。


「これを耳に付けてくれ」
「何ですか、コレ?」
「僕が今開発中の無線機だ。おそらく大丈夫だと思うんだが…」


バクさんはそこで言いよどみ、チラリと後ろの方に目をやる。僕もつられてそちらに目を向けると、そこには無残にも壊れてしまった沢山のゴーレムがダンボールにまとめられていた。そして、なぜかそれを興味深げに見つめるハナコも視界に捕らえた。あれ?貴女さっきまで僕の横にいませんでしたか?


「あっ、こらハナコ!また機械いじりしようとしてるな貴様!!」
「バクのケチ。どうせ捨てるならすこしぐらいいいじゃない」
「お前はすぐに爆弾を作るから少したりともやるわけにはいかん!!」
「爆弾!?えっ、ちょっとハナコ!それはダメですって!」
「……ウォーカーがついにバクにおせんされたか…」


ハナコは至極不服そうにふて腐れ、ゴーレムの山を名残惜しそうにじっと見つめたまま僕らの元まで戻ってきた。ていうか、汚染ってなんですか。汚染って。


「で。そのイヤリングはどうしたのです、ウォーカー」
「お前はたまにはオレ様の話を聞いてくれ」


バクさんは大きく溜息を吐き、その後続きを話し始める。


「従来の無線ゴーレムではこの"方舟"の内に入るための強度が足らんかったらしい」
「ポンコツだったからじゃないのか」
「ハナコォォオ!!」
「ふん」
「お、落ち着いてくださいふたりとも…」
「そうですよ、バク様!」


今にもハナコに飛び掛りそうなバクさんをウォンさんがなんとか押さえた。ハナコはといえば、素知らぬ顔をして壊れたゴーレムの山を見ている。……そんなに未練があるんですね、ハナコ…。


"聴こえるかい、アレンくーん?"
「!コムイさん!?」


その時不意にイヤリング型の無線機から、コムイさんの声が聞こえた。


「どうしたんですか?」
"ん?いやね、実はボクはキミのブレーキ役なんだ"
「え?」


コムイさんが何を言っているのかイマイチ理解できなくて、思わず聞き返す。この時ハナコは相変わらずバクさんをバカにしてた。


"こちらはそこに在るモノが「ノアの方舟」とはまだ認識できないんだよ。空間移転装置と考えられるけど、まだ不明なことが多すぎるし、罠の可能性もある。だからボクらもキミを通して一緒に「方舟」に入る。危険だと判断したらすぐ引き返してもらうよ"
「え――っ!!」


コムイさんの言葉に、ボクは盛大に不満の声を上げる。…ところであれ、バクさん泣いてます?


「ヤですよ引き返すなんて!!」
"あ――、そういう無謀な発言する所は全然変わってないね――"


コムイさんの呆れた声が聞こえたが、これだけは譲れません!憤然と拳を握ってみせたが、次のコムイさんの言葉に僕はその拳を緩めることに。ついでに言えばその時、ハナコが壊れたゴーレムを数体手にしてそれを両手で天に向かって掲げていた。


"でもキミはボクらの大事な仲間だ。守りたいと思うじゃないか。それともアレンくんにとってボクらは仲間じゃないのかなぁ――?"
「……っ、わかりましたよ!!」


仲間、といわれて思わず顔が赤くなった。


「ウォーカー、顔まっかですよ」
「なっ!?ハナコ!言わないで下さいよ!!」


いつの間に僕の目の前に来ていたのか、ハナコが僕の顔を覗き込んでそう言った。どうして茶化す時まで無表情なんですか…。


「いいですから、行きますよ!」
「はい」


僕がズカズカと歩き出せば、その後ろを足音もなく着いてくるハナコ。本当に着いてきているのだろうか。ちらり、後ろを振り向けばやはりそこにはちゃんと彼女がいて。


「だいじょうぶです。ちゃんといますよ」
「…ははっ。バレました?」
「ままっ、まって!ウォーカーさんっ」


照れ隠しに頬を掻いていると、後ろから息切れ気味に僕を呼ぶ声。振り向けばそこには顔を真っ赤にした蝋花がいた。


「蝋花さん?どうしたんです慌てて…李佳とシィフも」
「これ…」


蝋花がぷるぷると震える手で僕に何かを差し出す。見ればそこには、僕のトランプがあって。


「ウォーカーさんのトランプ…。スペードが一枚欠けてたから、三人でインク複製して作ってみたんです………」


それを受け取り、角度を変えながら何度も見る。


「ありがとう」


やっとそう言うと、蝋花たちの満足そうな笑顔。


「あっ、それと」


李佳がポケットをゴソゴソしながら慌てだす。よく見れば彼の顔は真っ赤で。どうしたんだろうと思いながら李佳を見ていると、彼はポケットを漁りながらチラチラとハナコを見ていた。ははーん…そういうコト……。


「ハナコ、李佳があなたに用があるようですよ」
「えっ、ちょ、ウォーカー!?」
「…?」


ハナコが静かに李佳のもとへ歩み寄って行った。それをなんでか分からないけど、複雑な思いで見守る僕。


「どうかしましたか?」
「うわっ!え、えっと…その…」


しどろもどろになりながら、彼はバッと勢いよくハナコに向かって手を伸ばした。差し出された彼の手を無表情にじっと見るハナコ。


「こ、コレ。エクソシストさん、お菓子が大好きみたいだったんで…」
「…くれるのですか?」
「はいっ!!」


李佳の手には、いくつものキャンディ。ハナコは表情は変わらないが、どこかキラキラとした目でキャンディを見つめている。


「ありがとうございます、李佳さん。ありがたくいただきます」
「…なっ、名前…!!」


名前呼んでくれたあぁあ!と叫び散らかす李佳。しかしそれをものともせずに、キャンディを受け取る冷静な彼女。…これはこれで複雑ですね。


「…では、行きましょうかハナコ」
「はい。…お世話になりました、みなさま。それでは」
「いってきます」
「きっ、気をつけて!」
「またな、ウォーカー…エクソシスト様!」
「うん」
「ハナコでいいですよ、李佳さん」


僕はぐふぅぉあ!と悶える李佳を、見て見ぬフリして方舟へと入っていく。後ろの方でバクさんが声を張り上げた。


「ウォーカー、ハナコ!必ず…必ず帰ってこいよ………!!」


温かく見守られながら、僕らは方舟へと消えていった。


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