02
「はじめまして。ボクが科学班室長のコムイ・リーだよ。で、こっちはリーバー班長」
「はじめまして。よろしくな」
「はじめまして、室長さん、班長さん。ハナコと申します。…室長さんのお話はかねがねお伺いしています」
「はははやだなぁ。どんな話を聞いたのー」
「とても聡明で妹思いの優しい方だと」
淡々と話す彼女に少しの寒気を感じながら、ボクは笑顔で対応する。リーバーくんは仕事が溜まっているからそこでお別れ。(え?ボクも溜まってるの?それぐらいキミがしてよリーバーくん)
「それは光栄だなぁ。じゃあ今からイノセンスとのシンクロ率を確認するからこっちへおいで」
「はい」
ボクの後ろを静かに着いてくるハナコくん。まいったな、まったく足音が聞こえない。元鴉だったわけだし、当然といえば当然か。…しかしどうにも不気味だな。そんな自分の気持ちを気取られないように、コーヒーに口をつけた。
「ヘブくん、この子が新しいエクソシストだよ。テストよろしくね」
「コム…イ…。その子…は」
「うん。中央庁から来た子。話した通りだよ」
「…こっち…へ…来な…さい」
「はい」
ハナコくんはヘブラスカを見てもやはり表情を変えず、すっと前に出た。そしてヘブラスカがハナコくんを持ち上げ、シンクロ率を確認し始める。
「79…83…89。今のお前とイノセンスのシンクロ率の最高値は89だ…」
「ありがとうございました」
「へぇ…。随分と高い数値だね。これは将来有望、ってとこかな」
ほんの少しの皮肉を混ぜてそう言うと、ハナコくんがふとこちらを振り返る。
「わたしはまだ新米なのでなんともいえませんが。ご期待にそえるよう尽力します」
「あはは、そんなに肩に力入れなくてもいいよ」
ぱんぱんと彼女の肩を叩く。皮肉に気付いたのやら、気付いてないのやら。まったく感情が読み取れない、なんとも不気味な少女。
ハナコくんに気付かれないよう、心の中で大きく溜息。取り敢えず、今ここにリナリーがいなくて助かった。
それからボクは彼女を自室まで案内することにした。
「なにも室長さんがなさらずとも、道順をおしえていただければひとりでいけれますよ」
「やだなぁ。ボクはそんなに厳しくないから、気にしないで」
本当は、キミが何もしないかの監視ついでなんだけどね。ちらりと隣の小さな少女を眼鏡越しに再度見てみる。ハナコくんはぼうっと廊下のはるか遠くを見ているようで。
「どうやら室長さんは、うたぐりぶかいようですね」
「…え?」
「無理もありません。わたしたちはあなたがた教団のにんげんからよくおもわれていませんから」
ハナコくんは歩みを止める様子も見せず、淡々と続けた。
「とくに、わたしがルベリエ家のにんげんであればなおさらです。室長さんのきもちは分からなくはないです」
「…キミには分からないよ、きっと」
ふとボクが立ち止まると、一歩先でハナコくんも立ち止まる。
「ボクらの気持ちはきっと、キミ達には分からない」
ハナコくんの目を見つめてそう言い放つ。彼女もまた、ボクの視線を捕らえて逸らさない。
「…そうですね、いいなおします。わたしにあなたのきもちは理解できません」
「ボクも、キミの気持ちが全く読めないよ」
「よくいわれます。しかしこれは訓練により身につけたものなのでどうにも」
「元鴉なんだよね?なら仕方ないかな」
「わたしはあなたの妹さんに手をだす気はない。そしてこの教団でなにかをしかける気もありません」
「!」
どうして、ボクの考えを?
「"どうしてボクのかんがえを?"と問うているようですね」
「…その通りだよ」
つぅ、と背筋に冷たい汗が流れた。
「室長さん、あなたはなにかかんちがいをしています」
「勘違い…?」
「あなたは中央庁は血もなみだもないつめたい集団だとでもおもっているのでしょう」
抑揚のない喋り方で、ボクの内心をズバズバと言い当てるハナコくん。
「しかしわたしたち鴉は…あぁ、わたしはもう鴉じゃなかった」
ハナコくんはそこで一旦目線を一度左斜め下に向け、ぽりぽりと後頭部を掻いた。そしてまたボクに向き直る。
「室長さん。中央庁も鴉もあくの集団じゃありません。わたしは…かれらほど世界のへいわをおもい、救いたいと切願するにんげんはそういないとおもうのです」
「…」
「鴉がなにを、とおもうかもしれませんが事実です。わたしたちはそうやって…アクマを倒せずとも退けるちからを手に入れたのですから」
静かに睫毛を伏せた彼女。おそらく彼女の話に偽りはないのだろう。しかしかといって中央庁が過去に行った惨い行いの数々が拭えるわけではない。
「それでもボクは中央庁が嫌いだよ。ボクの大切な妹を傷つけた君の父親も、惨い実験の数々も全部嫌いだ」
「はい」
「正直キミも、あまり好きになれる自信はない」
「無理にすきになれとも申しません。しかしわたしがエクソシストとしてここにある限りは、がまんはしてもらわなければなりませんが」
「…そうだね。だから」
これからよろしくね。そう言って手を差し出すと、ハナコくんはそれをしっかりと握り返してきた。白い、柔らかな手。なのにひどく頼りに感じる力強さ。
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
「うん」
その日、ボクらはまた新たな神を手に入れた。