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ふと意識が戻ると、俺は崩壊したはずのあの部屋にいて。状況を理解しようと頭をフル稼働させる。


「っ、ハナコ!」


そして自分が抱きしめている人物の名前を呼び、揺さぶる。しかし反応はなく、かろうじて呼吸しているようだった。


「チッ!おい、起きろ!テメェこんなとこでくたばっていいのかよ!」


軽くそいつの頬を叩けば、うっと小さく呻く。


「…く…、ぁ」
「!ハナコ!」


ようやく意識を戻したハナコは、時々苦しそうに声をもらしながら起き上がった。


「…ぅ、」
「目ェ覚めたか」
「かん、だ」


ハナコはぽかんと間抜けな顔をして俺を見る。なんとなく気恥ずかしくなって顔を逸らした。


「わたしたちは…いきているのですか?」
「あぁ。どうやらそうみてェだな」
「…そう、ですか」


そう言って押し黙ったそいつが気になってちらりと目線だけでそいつを見れば、そこにいつもの無表情はなくて。とても安心しきったような、歳よりも幼く見える微笑みがあった。不覚にも胸が高鳴る。


「よかったです」
「……そうだな」


それだけ言って俺はさっさと立ち上がる。するとハナコも続けて立ち上がろうと膝に手を掛けた。が、やはりさっきの戦いで受けたダメージは相当だったようでぐらりと体が傾いた。


「っ、」
「おい、しっかりしろ」
「ありがとうございます」


倒れそうになったハナコの腕を掴んで態勢を安定させれば、細々とした声で返ってきた言葉。いつになく頼りないそいつの頭を軽く叩き、掴んだ腕を自分の肩に担いで歩き出す。


「ったく。こんなになるまで無茶すっからだバカ」
「すみません。しかし神田、あなたこそだいじょうぶなのですか?」
「鍛え方が違うんだよ」
「なるほど。…ところで神田、」
「あ?なんだよ」


歩いていると不意に声を掛けてきたハナコ。


「あなた…胸のあざがひろがっていますが…」
「…知らねェよ。元々こんなだったろーが」
「…なら、いいのです」


それ以上は言及してくることなく、黙々と歩いて扉をくぐる。次の部屋に入ると、そこには吸血鬼野郎が倒れていた。


「おや。かれはアレイスター・クロウリー三世ではありませんか」


ハナコは覚束ない足取りでそいつんとこまで歩いていき、目の前でしゃがみ込んだ。(つっても、ほとんど倒れ掛かってるみたいだったからヒヤっとしたが)


「もしもし。生きておられますか?」
「―…ぅぅ、」
「そうですか。とにかくかれらのもとへ戻してあげなくては。神田、手伝ってください」
「あ?」


ハナコの言葉に違和感を覚えて、つい不機嫌な返事をする。"かれらのもとへ戻してあげなくては"?…"一緒に帰る"じゃ駄目なのか?


「…なにを、おこっているのですか?」
「…テメェには関係ねェよ」
「そうですか。なら進みましょう」


自分もボロボロで歩くのも大変だってのに、吸血鬼野郎を担いだハナコ。もう片方を俺が担いで並んで歩く。どうしてコイツは、


「おい」
「はい」
「…お前まさか、リナの言葉真に受けてんじゃねェだろうな」
「リナリー・リーの言葉…あぁ、先ほどのことですか?」


あまり興味なさそうにそう切り出したハナコ。


「べつに気にしていません。しかしわたしはいつか彼女と和解できたらおもっています。数すくない女エクソシストとして仲よくできたらとおもうのですが、やはり彼女のトラウマはとてもふかい。恥じるべきは中央庁の行いなのでしょうねしかし、」
「…」


ハナコは抑揚の無い話し方で続ける。


「わたしはルベリエ長官の娘であることをむしろ誇りにおもっているのです」
「へぇ」
「だって、そうでしょう?じぶんを愛してくれる父をなぜにくめましょうか。母がなくなってしまわれてからは男手ひとつでわたしをここまで育ててくれたのですよ?どんなに教団からきらわれようが、じぶんの信じた道をつらぬくおとうさまはとてもお強い」


どこかきりりとした顔で語るこいつを見て、また胸がドキンと鳴る。


「わたしはわたしであることに、わたしの家族に、なにも恥ずべきことなどないとおもっています。たとえ過去の行いがいかにむごいものであったとしても」
「…そうか」
「神田、すみません」
「何がだ」
「わたしの一族においても、わたしの父はとくにむごいことをしたと伺っております」
「…」
「あなたにしたことも、存じております」


なんでこいつがンな事知ってんだとか思ったが、黙って耳を傾ける。


「すみませんでした」
「なんでテメェが謝んだよ」
「申しわけないとおもっているので」
「関係ねェよ」


ふと歩みを止めてハナコの顔をじっと見る。するとハナコも目を合わせてきて。


「俺はお前を憎んじゃいねェし、もう過去のことだ。関係ねェんだよ、ンな事」
「しかしあなたの人生をくるわせたのは、」
「バーカ」


ごちゃごちゃまだ抜かしやがるから、空いている方の手でハナコの頭をめちゃくちゃにしてやった。お前は賢そうに見えて、実は結構バカだろ?


「この人生も、お前が思ってるほど悪くねェよ」
「…そう、ですか」
「……特に最近はな」
「え?」
「なんでもねェよ。オラ。とっとと進むぞ」
「はい」


誤魔化すようにそう言って再び歩き出す。ハナコは静かだ。

だが、この空気は悪くない。

どうやら俺は暗くも気まずくもないこののんびりとした、この場に不釣り合いなこの雰囲気が好きみたいだ。

そんな事をぼんやりと考えながら次の扉をくぐった。


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