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ハナコは自室で黙々と作業に勤しんでいた。机に齧り付くようにして何かしているその後ろ姿はいつになく一生懸命に見えなくもない。


「…できた」


彼女はひとりそう呟くと、とても満足そうに自分の手の内にあるものを惚れ惚れと眺める。その手の中にはいつか見た壊れたゴーレムに似た形の羽のない丸い何か。若干その黒いボディには光沢が増しているようにも見える。


「これならだいじょうぶ。だれに見せようかな。あっ、マダラオ!…は、いない。…ハワードは文句ばかりたれる。……そうだ、アレンに見せよう」


彼女は目標を定めると、興奮冷めやらんとばかりにがたりと立ち上がり、いそいそと部屋を後にしたのだった。




「あーもうっ!!一日で終わりませんよこんなの!!」
「何を弱音を吐いているのですか、ウォーカー。口ではなく手を動かしたらどうです」


なんなんですかこの男は!この書類の量は僕の作業可能領域を大幅にオーバーしているというのに!それにどうせなら、あなたみたいな大の男と向かい合うよりもむしろ…


「むしろハナコとなら捗るのに」
「…今何と、」
「え?」


不意にリンクの声のトーンが少し下がったような気がした。パッと顔を上げるが、彼は僕には目もくれずにガリガリと僕の書き終わった書類をまとめているところで。あれ、おかしいな。明らかに声が僕に向ってたはずなのに…。


「何をボーっとしているんですか、ウォーカー」
「…いえ、別に」

「ここにアレン・ウォーカーはいますか」


不意に、自分が聞きたかった抑揚の無い声が聞こえた。反射的に顔をそっちに向ける。そこには相変わらずの無表情のハナコがいて。思わず僕は立ち上がっていた。


「ハナコ!」
「おや。やはりここにいましたか」


特に驚く様子も見せず、彼女は僕を見てそう言った。それでも僕は今満たされてますよ、ハナコ!あなたが誰でもなく僕を探してくれていたって事を知れただけでもう、もう…!


「ハナコ、後ろに何を持っているのですか」
「ハワード…、あなたにはかんけいない」
「なんと!私に関係ないですって?…さてはあなた、また何か良からぬものでも作りましたね?」
「…ふん。そういう推測はかるく口にするものじゃない」
「推測ではありません。過去のあなたの所業の数々から得た情報と経験を元に言っているのです」
「いい、ハワード。こんかいのはちゃんと成功したんだから!」
「…あの、ちょっと?何の話をしてるんですか?」


ハナコ、あなた僕を探してくれてたんじゃないんですか!?どうしてそこの生真面目監査官と仲良さそうに…って、ハッ!?


「あなたたちどういう関係なんですか!!」
「キミには関係ありませんよ、ウォーカー」
「おさななじみ。ね、ハワード」
「…はぁ。そうですね」


幼馴染…ですって?なんて美味しいポジションにいるんですか!!…あ、そういえばハナコも中央庁出身なんですもんね。それも仕方ない…のかな…?


「ウォーカー。きょうはあなたに見せたいものがあってここにきたの。でもお堅いハワード・リンク監査官がいるなら見せれない。あとでおこられてしまうから」
「いいですか、ハナコ。例え後だろうがなんであろうが、そのような物を誰かに披露しようものなら、あなたのお父上に報告してきついお灸をすえてもらうように言いますからね」
「なんと卑劣きわまりない!」
「ハナコ、あなたそんな言葉も知っていたんですね…」
「なにを言う、ウォーカー。わたしはあなたよりも年長なんですよ。あたりまえでしょう」


あぁ、そういえばそうでした。ハッとした顔をしてしまったせいか、ハナコが訝しげに僕を見てきた。あれっ、気付いちゃいました?


「さてはキミ、ハナコの事を年下だと思っていましたね?」
「えっ、いやぁそんなわけじゃ…」
「はっきりと言え、ウォーカー」
「……すみません、正直僕よりもずっと若いと思っていました」


観念してそう言えば、ハナコは言葉もなく体ごとあっちを向いてしまった。その背中は心なしか落ち込んでいるようで。あぁ、レディに対して失礼な事を言ってしまったか。僕のバカ!


「いいのです、ウォーカー。以前にもこのようなことが多々ありましたので、なれてます」
「強がらないで下さいまし、ハナコ」
「だまれハワード。わたしはつよがってなんか、ないっ」
「ごめんなさい!あのっ、悪気があって言ったわけじゃ…」
「……いいんですよ、どうか気にしないでください。わたしはいまからごはんを食べに行ってきます。どうかがんばってください、ウォーカー」
「あっ、ハナコ…」


彼女はふらりとおぼろげな足取りで書庫室を後にした。ああああ僕のバカー!!なんて事をしでかしたんだ!!!ハナコに嫌われたらどうするんですか!!


「…ウォーカー」
「…はい」
「仕事に支障をきたされると困るので言っておきますが、事実ハナコは幼く見えます。どうか気になさらないよう」
「…あなたそれ何の慰めにもなってませんよ」
「別にキミを慰めるつもりなど毛頭ありませんから。ただいつまでも落ち込まれていても、こちらとしても困りますので。もう大丈夫ですか?なら早くペンを動かしてその書類を片付けましょう」
「……あなたって鬼だーっ!!」


僕に対しても、ハナコに対しても!!あ、でもそういえば。


「あなた、ハナコと話してるときは雰囲気変わってませんでした?なんていうかこう、柔らかいというか…」
「そうですか?それは恐らくキミの僻みでしょう」
「ひがっ…な、なんでそう思うんですか」
「キミ、少なからずハナコに好意を抱いているのでしょう。違いますか?」
「っ、」


ずばりと言い当てられ、僕は思わず閉口する。自然とリンクと目が合った。その目はなんだかひどく僕を威嚇しているように見えて。


「最初に言っておきますが、」
「…なんですか」
「例えキミにそのつもりが無かろうが、ハナコを傷付けたら許しません。泣かせるなど言語道断です。彼女は私たちの…ゴホン」


そこでリンクは咳払いをして言葉を濁した。私たちの、何なんですか。ていうか他に誰がいるんですか。そこのところ詳しくお願いします!それにしてもひどく彼女を擁護しますね。さっきの彼女との会話の中ではビシビシと厳しい言葉を送っていたのに。


「あなたたちの何なんですか?」
「とにかく、生半可な気持ちで彼女に言い寄らないで下さい」
「それってどういう意味…」


ですか、と続けたかったが、リンクは再び紙面と向かい合って口を閉ざしてしまった。もう、なんなんですか!


「…それでも僕は、」
「…」
「僕は彼女を好きでいたいです」


そう言えば、リンクは無表情で顔を上げた。


「その気持ちが確かであればですけれどね」
「間違いないですよ」
「フッ。言ってなさい」


そう言って彼はニヤッと笑い、今度こそ僕を無視して仕事を始めた。なんなんですかさっきのニヒルな笑い!僕は本気ですからね!!

ふんと大きく鼻から息を出して、仕事に励んだ。


これを終わらせて食堂に行ったらキミに会えますか、ハナコ?


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