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彼だって負傷していて大変であろうに、自分の部下を助けようとしているリーバーに対してハナコは尊敬の念を抱いていた。無言で歩いていた中、先に口を開いたのはリーバーだった。
「なぁ」
「はい」
「…どうしてオレの手伝いを、」
そこまで言って、もごもごと口ごもるリーバー。ハナコはちらりとリーバーを横目で一瞥した後、再び前を向いてから話し始める。
「どうしてでしょうね。ただ、とてもひかれたから」
「…は?」
「戦いのさなか、あなたはじぶんの部下のために戦場へでた。ふつうならとうていあのようなことはできません。わたしは、あなたのようなにんげんがすきです」
リーバーは浮つく口元を引き締めようと奮闘する。ハナコは続けた。
「だれかのために戦えるひとは、だれよりもつよい。しかしそれにはちからが伴わなければならない」
「……、」
「たいせつなひとのために死ぬのと、たいせつなひとのために生きるのとでは重みがちがう」
ハナコはリーバーの方へ顔を向ける。リーバーは真っ直ぐなその目をしっかりと見返した。
「あなたはあなたのたいせつなひとのために生きなければならないひとだ」
「…!」
「だからわたしが、あなたの代わりにあなたとあなたのたいせつなひとをまもります」
「どうして、そこまで…だってオレは君に、その…、つらく当たっていたし」
「そうですか?わたしはとくに気にしていません。それらもやはり、あなたの戦いだったのですから」
ハナコはくるりと前を向き直した。リーバーもハナコから目を離し、つられるようにして前を見る。辺り一面には自分たちを苦しめているアクマの残骸、濁った色をした有毒なガス。リーバーは自分の鼻に当てていたハナコの服の切れ端を今一度強く押し当てた。
「なぁ、ひとつ聞いてもいいか?」
「はい、なんなりと」
「…どうして君は鴉に入ったんだ?」
ハナコはこてんと首を傾げる。
「父がきめたことなので」
「…自分を戦場に追いやる父親を、どうして信頼できるんだ?」
その質問にまた首を傾げたハナコ。
「あなたたちは勘ちがいをしているようです」
「え?」
「父はわたしをまもるために鴉にいれたのです」
「一体それのどこが、」
「人体実験」
ぽつりと呟いた彼女に、リーバーはハッとしたように目を見開いた。バッと勢いよくハナコを見るが、その表情からは何も読み取れない。
「それにつかう実験体をだいだいわたしの一族から提供していました。ですから母が死んだあと、父はわたしをすぐさま鴉にいれて戦闘の訓練をうけさせました。なにがあっても、じぶんのちからで生き抜くすべをもたせるために」
「それでも、鴉は捨て石も同然だと…」
「それでも、あのとき父にできた最善はそれしかなかったのです」
ハナコは無表情に、しかしどこか悲しそうな声で続ける。
「父はわたしのために一族のおきてをやぶっているのです。わたしはなにもできず、どうしようもないげんじつに対してあまりにも無力だ。ならばせめて、教団やエクソシストからうとまれる父をだれよりも信頼し、愛そうときめたのです。それがかぞくであるわたしにできる、ゆいいつの恩返し」
「……それでもオレは…、ルベリエ長官が信用できない」
「いいのです。そのぶんをわたしが信用します」
あまりにもあっさりと答えを返され少し面食らったリーバーだったが、少しするとふっと微笑んだ。
「どうやらオレは、君のことを嫌いにはなれないみたいだな」
「そうですか。わたしはあなたを尊敬しているので、それはたいへん光栄です」
「もしこの戦いが終わったらどうする?」
宛てのない質問だと分かっていながらも、彼女がどう考えているのか知りたい。そう思い切り出したリーバー。ハナコはきりりとした横顔で口を開く。
「わたしには叶えたいゆめがあります」
「夢?」
「はい。といっても、この戦争がおわらなければ意味はないのですが」
「…そうだな。詳しく聞いてもいいか?」
リーバーのその質問に、口を開きかけて少し戸惑うハナコ。それでも彼女は続けた。
「……た、たいせつなひとと…、」
一生をそいとげたい。とてもとても小さな声でそう言った彼女を、リーバーは目を見開いて見る。よくよく見れば、ほんのりと頬が赤らんでいるようで。きゅっとすぼめられた唇が、彼女の甘い気持ちをありありと表していた。
「…そっか。なら、生きなきゃな」
「はい」
「今まで変な態度とって悪かった」
「いえ」
「それと、言いにくかっただろうに教えてくれてありがとう」
「べ、べつに言いにくかったわけで…は、」
ハナコはフイと顔を横に逸らした。どんなに強気な態度をとっていても、彼女もリナリーと同じ女の子なのだ。それでも今はこんなご時世であり、彼女はこの世界の中心で戦わなければならないエクソシスト。心から慕う大切な人を見つけ、その人とともに幸せになりたいと思うことは罪であろうか。この戦争が終わらなければ叶わない彼女の切な願いは、今までずっと彼女の中でしまいこまれていたのだろう。今もまだほんのりと頬を赤らめている彼女を見れば、いかに無表情であっても今何を考えているのかなんて手に取るように分かる。きっと、彼女は自分の大切な人を思い出しているのだ。リーバーは何もできない自分を不甲斐なく思いながら、彼女の頭を撫でる。
「お前が結婚するときは式に呼んでくれよ、ハナコ」
「!」
ハナコはぱっとリーバーを見た。そしてみるみる内に彼女は真っ赤になっていく。その様子を微笑ましく思いながら頭を撫で続けるリーバー。
「……そのためにも、あなたには生きつづけてもらわなければなりません」
「そうだな。オレにできることは少ないけど、全力でできることやるから」
「とても頼りになります。ありがとうございます、リーバーさん」
ハナコはふわりと微笑んだ。その一瞬、リーバーは息を飲んだ。彼女のあまりにも澄んだ目に、吸い込まれそうに思いながら。彼女の目にうつる世界は、どうなっているんだろう。リーバーは自分を支えて歩く自分よりもだいぶ小さなエクソシストを、どうにか守りたいと思った。
その時だった。
「わあああああっ!!!」
「っジョニー!?」
「こっちです」
ハナコはタリズマンを抱えているリーバーを肩に担ぎ、一気に跳ぶ。体が軋みあちこちの傷が痛むのなんて気にしてはいられなかった。