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ふたりが現場に着くと、そこには丁度バクもいた。ハナコは途中でリーバーを下ろし、アクマに食べられかけているジョニーの足を掴む。そして引き上げようとしている最中に、バクたちがタリズマンを使い結界を張った。それによりアクマの動きは止まり、マユミはジョニーが死ぬ前に彼を引き上げることに成功。ハナコはジョニーを担いで急いでアクマから離れる。


「タリズマンもそう長くはもちません。いそいであちらへ」
「僕も手伝おう」
「たすかる」


ハナコのもとに駆けつけたバクとふたりでジョニーを担いでいると、ジョニーが何かを呟いた。


「支部長…」
「!?」
「タップが…」


ジョニーの指差す先には、スカルにされた研究員たちが服を着たスカルに連れられてどこかへ行こうとしているところで。バクはレニーに予備のタリズマンを渡す。


「レニー、上のスカル共を閉じ込めろ!」


タリズマンを受け取ったレニーは一目散に走り出した。ハナコもバクとともにジョニーを抱えながら現場から離れようとする。しかし、彼女の耳に届いたのは非常な現実に訴えかける声。


「電池がもう…!」


研究員のロブがそう言ったのと同時に、ハナコは動き出していた。近くにいた研究員にジョニーを担がせるように指示し、リーバーたちの方へ向かう。頭の中で最悪のシナリオが展開されてしまったのだ。


「ハナコ!!」


バクが叫ぶのとほぼ同時。タリズマンの結界が破れた。すぐに駆けつけたが、間に合わずふたりが殺されてしまう。今ハナコは、アクマを倒す術を持ち合わせていない。手持ちの札は後少し。ハナコは救えなかったことをひどく悔やみながら意を決してアクマに立ち向かう。


「リーバーさん、ここからはなれてくださいっ」
「そんなっ、ハナコは…!」
「いいからはやく!!」
「っ!」


感情を剥き出しにしたハナコに驚くリーバー。それでも今は彼女がどうにかしてくれると信じるしかない。ぎゅうと強く拳を握りながら、そこを去ろうとしていた。ハナコは逃げる彼らに衛羽を投げる。その時だった。


「ぐあっ、く…ぅっ」
「ハナコ!!」


アクマの目から生えた腕が彼女の首を締め付けたのだ。それによって手に力が入らず、喉が圧迫されて声も出せない。札はハラハラと役目を果たすことなく地に落ちていった。こっちに引き戻してくるリーバーたちに対し、震える手で来るなと示す。どうかひきかえさないで。にげて。そう言いたいのに、掠れた声しか出ない。


「今助ける!待ってろ!!」
「…ぁ、ぐぅっ」


ハナコの抵抗も虚しく、アクマはより強くハナコの首を締め上げる。そしてそれと同時に彼女を食べようと口まで運ぶ。このままでは彼らの二の舞。下手したらもっと殺されてしまう。ハナコの体はカタカタと小さく震えていた。口に運ばれた時、ハナコは必死の思いで抵抗した。口の端と端に足を宛てがい、力の入らない体で精一杯踏ん張る。その時、ハナコを助けようとやってきた研究員たちがハナコの体を引く。


「なん…っでぇ」
「エクソシストに死なれちゃ困るんだよ!!」
「死ぬな!」


瞬間、彼らの体がアクマによって貫かれた。目を見開き、口から血をごぽりと流す名も知らない研究員たちを、ハナコはただ目を見開いて眺める。彼らの目から命の色が消えていく。気付くとハナコの体は酷く震えていた。カチカチと彼女の歯が鳴る。目からは涙が伝っていた。


「あ、あぁ、あぁぁ…っ!!」


死なんていくらでも目にしてきたのに、どうしてどうしてどうして。頭の中がぐるぐると回る。いつもならこんなことないのに、どうして。ハナコはあまりにも酷い現状の中でいつものように我を抑えることができずにいた。するとずるりとアクマが動きだし、ハナコの首に巻いている腕をぐんと引っ張った。ハナコの体は大きく振られ、床に向かって叩きつけられる。


「うっ、あっ!」
「しっかりしろ、ハナコ!」


それを間一髪のところでリーバーが受け止めるが、彼にかかった衝撃も相当のもので彼もその場から動けずにいた。ハナコはリーバーの上から退こうとするが、続くアクマの攻撃を見て彼女はそれをやめる。アクマの手が先端を鋭いものに変わり、無差別に振り回されたのだ。逃げ損ねた研究員たちや、バクも巻き込まれる。リーバーはぎゅっと瞑っていた目をそろりと開けた。そして一番に目に入った光景に彼の息が止まる。


「……だいじょぶ…わたし、が、まも、まも…る」
「ハナコッ!なんで…っ!?」
「ゴフッ、げほっ、げぼっ」


彼の視界に入ったのは、自分を庇うようにして覆いかぶさるハナコで。彼女は涙をぼろぼろと零しながら、血が溢れる口元もそのままに声を絞った。


「も、すぐ…ウォーカーもきます。わたしは、それまで…」
「おいっ!!」
「ごめ、なさ…あなたの、ぶか…まもれ、なかった…」


ハッとして辺りを見渡せば、血を流したまま動かない自分の部下やバクの姿が見えた。リーバーは泣きそうになりながらハナコを見る。


「…ふあん、ですね。でも、ほらあ……」


ハナコがふらふらと指差した方には倒れたまま泣くジョニーと、彼の前に降り立ったアレンの姿があった。それを見て安堵したのか、リーバーは静かに意識を手放す。ハナコはゲホゲホと噎せながら倒れているバクを見る。あの時、衛羽を飛ばす余裕なんてなかった。目の前のリーバーを救うのに精一杯だった。その結果もし、もしバクが死んでしまっていたらどうしよう。ハナコは拳をきつく握り、下唇を食いしばりながら涙を流した。


「バク…っ、ねえっ、ばくぅぅっ…しぬなよぅ…おいハゲェ…おきろよぅ…っ」


ハナコは鼻を啜るのも体が軋んで痛いから、鼻水もそのままに小さくぶぇぇと泣き声をあげながらバクに手を伸ばす。その時、アクマに取り込まれた研究員のひとりが最後の力を振り絞って声を出す。


「ア、レン…し…し、ん…か。しんかした…わる、い、ふん…ばれ、なく…」


彼の手が硬化していき、パキッと音を立てて手首が折れた。彼が指していた先を見るウォーカー。そしてその変化に動揺する。先程まで膨らみのあった、女性を象ったものの腹が割れているのだ。何かがあそこから出てきた。アレンは未だ呆然としている。その時、この場には不釣合いなクスクスとあどけない子供の笑い声が聞こえてきた。今はそのあどけなさがむしろ恐怖を増幅している。ふとさっきの女性の形をしていたものの向こう側に、ちらりと影が見えた。アレンがそっちに目を向けると、そこから歪な天使を模したアクマがこちらを覗いている。


「ぼく、れべるふぉお」


絶望が、アレンとハナコの目に移った。あどけないままにそう言った初めて見るタイプのアクマを目の前に、アレンはとてつもない吐き気を催す。彼の左眼に移ったアクマの魂が、言葉では表しづらいほどに酷いことになっていたからだ。ハナコはもう動かない体を、どうにか引きずってアレンのもとへと行く。


「うぉー、か…おきをたしかに…」
「はぁっ、はぁ…ハナコ…」


ハナコはアレンの頭をたどたどしくゆっくりと撫でた。そして微笑む。


「こわかった、ら…おにげなさい…ジョニーさんをつれ、ここから…」
「ハナコッ!!」


ハナコはそれだけ言うと、ばたりと倒れた。その体はぐったりとしていて、少し冷たい。彼女は血を流しすぎたのだ。心音もとくとくと段々小さくなっていく。ハナコは自分の体から流れていく血をぼんやりと眺めながら、小さく口を動かした。


「……かざぐるま、」


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