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あぁ、頭がおもたい。腕があがらない。息をするのも―おっくうだ。ハナコはリンクによって横たえられた体を起こそうと奮起する。しかし彼女の脳内はキーンと甲高い耳鳴りによって支配されているせいか、まったく作動しない。
「……うるさいなぁ…」
ぼそり、彼女は朦朧としながら呟いた。すぐ手の届くところに丁寧に置かれている自分のイノセンス。なにかがちがう。なにかがおかしい。尚も耳鳴りは止まない。原因は分からない。ハナコは重たい体から力を抜いた。
「……ハナコはいつもやくたたず」
仰向けのまま大きく息を吐く。目も重たくて開けられない。もう口を開閉するのも疲れる。彼女の心が薄暗く影を孕んでいった。
「リーさんがうらやましいなぁ」
皮肉めいて聞こえる。まるで厭味だと。それでもハナコは渦巻く感情を抑えることはできなかった。仲間の死が、危機が、自分の無力さが。何もかもが彼女を蝕んでいく。決して自分は強くないのだと思い知らさせる。
「だれかをきらっても、きらわれないなんて。あいされるなんて、うらやましいなぁ」
わたしはだれもきらってないよ。てきをにくんでいても、ひとをきらいになんてなってないよ。
「なにがちがうの…?わたしは、わたしは……」
ブツリ
不意に不穏な音が脳内を走った
「…やめて」
だらりと力の入らない腕を精一杯につかって、顔を上に上げて、ハナコは立ち上がった。その顔は無表情だが焦燥感がにじみ出ている。嫌な予感がした。本能的に彼女はそれを察知したようだ。ガクンと膝が揺れたが、なんとか持ちこたえる。
しにそうだ。もう感覚がほとんどない。しぬ、うごきたくない、かえりたい、かえりたい
「かえりたい」
はらりと瞳から涙がこぼれ落ちた。滲む視界でなんとかイノセンスを拾い上げる。それは使い始めた当初に比べたらとても軽く感じた。
「かえりたいの、わたしのおうちに」
そう言って泣きながらイノセンスにしがみつく。体はもうほとんど動かない。でもいやなよかんがするの、ねぇ。
「わたしはみんなをまもるためにここにきたの。エクソシストになったんだよ。おい、こたえろ…うごけ、うごけ!!」
時間稼ぎでも十分。自分は今までもそうして生きてきた。皆を護るために。大切な人たちとともに生きるために。ハナコはぎりりと強く歯を噛み締める。イノセンスを発動させようと力を入れた。ふわり、体が宙浮く。するとふわりと体の周りを球場に風が覆い始める。
「……おとうさまのいるところ」
その場にフオンという音と血だまりを残して、彼女は消えた。