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「あの子だよ、ホラ。ルベリエ家出身だとかっていう…」
「ああ、成り損ないの」
「ルベリエ長官も大変だな。あんな役立たずを…」
「役立たずだから鴉に入れたんだろう。あんなのが適合するわけがない。早々に諦めて鴉に入れたのさ」
だまれ、だまれ、だまれ
「温室育ちはやわだな」
「この前は任務中に呪文間違えたぜ。そのおかげで衛羽が作動しなくて焦った」
「あー…あの時は他の鴉がいなきゃ死んでたな、俺ら」
「まったく、役に立たない」
うるさい、うるさい、うるさいっ
「何をしても役に立たないなら、どうして鴉なんかに…」
「あぁ、ほんと…」
『出来損ないが』
「うるさいっ!!!」
荒れた声にはっとして起き上がる。ここはどこだ。息を荒げ、半身を起こしたままキョロキョロと辺りを見渡す。少々歪んで見える視界が煩わしい。だが一面が白い。また、ここか。二度あることは三度あるとはよく言ったものだ。自分はまた医務室で目が覚めたというのか。
「はぁ…っ、はぁ…」
胸がざわざわと騒ぎ立つ。おとうさまは生きているのか。焦る気持ちに急かされ体を捩れば、ベッドから落ちる。
「うっ、ぐ…」
そんな痛みにかまっている時間はないのだと自分を奮い、おぼつかない足取りでドアを目指した。ようやくドアの前まできて、震える手をドアに伸ばす。伸ばした自分の手に、未だ幾何学模様が残っていることなど気にしていられない。しかし自分が掴むよりも先に向こう側から誰かがそれを開けた。
「…!ハナコ!!」
「ぁ…おと、さ…」
現れたのは自分が今まさに切望していた父で、ハナコはこれが夢なのではないかと恐れながらルベリエへとそのまま上げていた手を伸ばす。それを咄嗟に掴み、自分のもとへと抱き寄せるルベリエ。ハナコは懐かしい父のにおいに、ぼろぼろと涙を流した。
「おとうさまぁぁぁ…っ」
「なぜ寝ていない!お前はただでさえアレン・ウォーカーたちよりも重傷だというのに…っ!」
「ごめんなさい…っ、ごめっなさ…」
きゅううと力なくしがみつきながら、彼女はただ謝罪の言葉を並べる。戸惑うルベリエは、取り敢えず彼女を抱えてベッドへと座らせた。ベッドの前で片膝をつき、そっとハナコの手を取り彼女を見上げる。
「……何を謝る必要があるというのだね」
「ひっく…ぅ、ぅ…」
「怒らないから言ってみなさい。私は何も怒っていないよ」
ハナコは目をきつく瞑り、口を開いた。
「わたしは…いつもかんじんなときにやくたたずで…っ、おと、おとうさまを危険にさらし…そのままいしきを手放しました…!!」
夢の中で彼らが言っていた言葉が頭の中で何度も反芻される。
「わたしはなりそこないで…ひとりじゃなにもできないクセに、なかまさえもまもれず…いつもまもられてばかり…っう……!おとうさま、すみません…!あなたのなまえにわたしは、どろをぬってばかり、で…!!」
「ハナコ!」
少し強めに彼女の名前を呼んだルベリエ。それに目に見えてびくりと大きく肩を揺らしたハナコ。顔はすっかり俯ききっている。ルベリエは目の前でこんなに憔悴しきっている娘に、何もしてやれないのだろうかと思考を巡らす。まるで自分のしてきたことはすべてが間違っていたかのような。ずっと思っていた、そんな気ばかりが渦巻く。
「ハナコ…落ち着きなさい。誰もお前を役立たずや成り損ないなどと思ってはいない」
「……」
「今回のことでお前に幻滅することも、名に泥を塗られてもいない」
なるべく彼女にしっかりと伝わるように、手を強く握りゆっくりと話す。ハナコは弱々しくその手を握り返した。
「お前ほど優秀なエクソシストなど、他にいないよ」
「う、そ」
「嘘ではない。私はハナコ、お前が私の娘でよかったと心底思っている」
鴉やエクソシストなんかにならなくても、お前はこの世界で最も優秀で優れた、愛しい愛しい…私とオリヤの子だ。ルベリエのその言葉にハナコは顔を上げる。
「お前が私たちの娘に生まれてきてくれて、本当に嬉しかった。今も、ずっとお前のことを誇りに思っている。エクソシストだからじゃない。お前が誰よりも優しい子に育ってくれたからだよ。分かるね」
諭すようにゆっくりと、はっきりと。ちゃんとルベリエの言葉はハナコの心にしまわれていく。
「私は…お前に憎まれていてもおかしくはないと、ずっと心の中で恐れていた。幼いお前を鴉に入れ、過酷な訓練を受けさせ…もっと普通に育ててあげられればと、どれだけ後悔したか」
「おとうさま、そんなこと、」
「ハナコ、お前には話さなければいけないことがある」
ハナコはこくりと息を飲んだ。ルベリエはゆっくりと口を開く。