08
(ジェリー視点)
ランチのピークを終え、一息吐いている頃に彼女はやってきた。ハイネックの袖無しインナーに、黒いズボン、二の腕まである黒い皮製のアームウォーマー。綺麗な黒髪を後ろで一纏めして簪で留めているその子。
「おかえりなさいハナコちゃん!任務お疲れ様」
厨房からそう声を掛けると彼女、ハナコちゃんはほぅと口を開けてほんわりと微笑みを浮かべて駆け寄ってくる。その姿は主人に駆け寄る子犬のようでホントに愛らしいんだから!
「こんにちは、じぇりー料理長」
「料理長はしっかり言えてるけど、私の名前があやふやよ」
「こんにちはジェリー料理長!」
「はい、こんにちわ」
表情には出さないけど焦ったように言い直すハナコちゃん。しっかりしてるように見えてちょっと頼りない呂律。いつもの似たようなやり取りをしながら、ハナコちゃんは注文口に手をつく。
「今日のランチは何にする?」
「今日はくるみパンとクリームシチューとコールスローサラダでしょ、あとそれからいちごのクレープ食べたい!」
「オッケー。私も今から休憩だから、一緒に食べましょ」
「はい!」
ほんのり笑みをたたえ、いつもの様にこの注文口に一番近いテーブルに着くハナコちゃん。私は料理を作るため、一度厨房の奥へと戻った。
「料理長」
「アラん、どうしたの?」
不意にコックの一人が、私にこっそりと話し掛けてきた。
「あの子、エクソシストですよね?」
「…ハナコちゃんのこと?」
「はい」
「えぇ、そうよ」
「中央庁から来たんだとか」
「…だからどうしたの?」
イマイチ的を射ない質問に、私は眉を寄せる。
「その…大丈夫なんスか?ほら、あの子何考えてるか分からないですし…」
「まぁ」
目の前のコックは困ったように私を見ている。何よ、困ったのはこっちよ。
「人を外見と外聞だけで判断してるようじゃ、一人前のコックにはなれないわよ」
そう言い放ち、私は調理の続きに没頭した。コックは渋々といったように持ち場に戻っていく。どことなくやるせない思いが胸を取り巻く。
「ハナコちゃんが悪いわけじゃないのよ。本当に」
誰にとも無く呟いたそれは、静かに空気と馴染んでいった。それをやはりやるせない思いで見守り、短く嘆息。
「ハイ、おまちど〜ん!」
「うぉぉ…!ジェリーさん、すごい!」
無表情のはずなのに、目をきらきらと輝かせて私を見上げるハナコちゃん。ほんとに、純粋で素直ないい子。あ、表情はちょっとばかり乏しいけどね。
「じゃんじゃんお食べなさいね。おかわりはいくらでもあるわよ」
「ありがとうございます。…いただきます!」
ハナコちゃんは、礼儀正しくきちんと手を合わせてから料理に手を伸ばす。私も自分の食事に箸を伸ばす。
「故郷が恋しい?」
唐突にそう訊くと、ハナコちゃんははたと手を止めて私を見る。
「故郷…ですか」
「そう。あなたからしたら中央庁ね」
「はい。とても恋しくおもいます」
ハナコちゃんはやはり無表情にそう言う。しかしその表情は少し崩れ、ちらりと哀愁が窺えた。
「教団の方々がきらう中央庁も、わたしにとっては唯一無二のホームですから」
「…そうね」
「鴉たちも、おとうさまも、みんなが恋しいです」
「…」
フォークをサラダの器に持っていき、レタスに突き刺して口へ運ぶ。そんなハナコちゃんの動作をぼんやりと眺めながら耳を傾ける。
「おかしいでしょう。まだここに来て日はあさいというのに」
「そんなことないわ」
そう言うと、ハナコちゃんはどこかホッとしたように口元を緩めた。
「ハナコちゃん。こっちでうまくやってけれそう?」
私がそう訊くと、ハナコちゃんは再び料理から顔を上げた。そして曖昧に微笑む。
「わかりません。努力はします。しかしわたしをうけ入れがたいひとは少なからずいますし。むしろわたしをうけ入れてくれるひとは少ないでしょう」
でも、と言ってこてんと首を横たえるハナコちゃん。
「ジェリーさんもいるし、じきにラビともわかり合えるとおもいます。神田さんもいい人です。だから大丈夫です」
「…そう、良かったわ」
本当に、良かった。
サングラス掛けてて良かったわ。これなら目に浮かんだ涙を見られないものね。零さないように気をつけながら、私はハナコちゃんに微笑み返した。