フーリッシュ・メディスン
ある日の朝。計測終了を知らせる電子音が鳴って村正は腋に挟んだ体温計を抜いた。その小さな画面を見て溜め息を吐くと、傍らで心配そうな表情を浮かべてベッドに腰掛けている響河にそれを渡す。
「八度七分は久々だ……」
「病院は? 一人で行けそうか?」
体温計をケースに戻してサイドテーブルの上に置き、響河は布団を首まで掛け直してやりながら口を開いた。病院と聞いて露骨に嫌そうな表情を浮かべる村正に響河は呆れた顔を向ける。
「インフルが流行ってる時期って訳でもないし、行きたくないならそれでもいいけど」
「今日一日寝てれば治る」
「そうか。会社に電話は?」
手に持ったタオルで額に滲んだ汗を拭いて、冷却シートを貼るとその冷たさに村正はぎゅっと目蓋を瞑った。いつも見ないような幼けない仕草に響河は思わず緩みそうになった頬を引き締める。村正はもぞもぞと寝返りを打ってから、小さい声でもうした、と返答した。
「じゃあ俺大学行くけど、今日は午前中だけだから。何か欲しいものとかあるか? 帰りに買うよ」
「ゼリーとアイス……」
「分かった。ちゃんと休んでろよ」
顔に掛かった髪を後ろに払ってやって、響河はベッドから立ち上がる。背を向けて寝室を出ようとした時、ふいに腕を掴まれ驚いて村正を振り返った。
「ん?」
「ぁ……、す、すまない……」
響河と視線が合って一瞬驚いた顔をした村正は手を放すと目を伏せる。響河は相好を崩すと頭を撫でた。安心したように目蓋を閉じる村正に響河は今度こそ部屋を出ようとする。灯りを消すべく壁面のスイッチに手を伸ばすと小さく名前を呼ばれ、響河は振り返った。
「……響河」
「どうした、村正」
響河の背中を見つめていた村正は視線を彷徨わせると口元まで布団を被り、か細い声で続きの言葉を発する。
「…………早く帰って来い……」
思いもよらない言葉に響河は目を瞬かせ、すぐ頬を綻ばせた。
「あぁ、勿論だ。おやすみ、村正」
「……おやすみ」
村正の目が閉じたことを確認してから、響河は灯りのスイッチを消したのだった。
* * *
ぎしりとベッドが沈む感覚がして、村正は目を開けた。響河は驚いたように肩を揺らし苦笑する。
「……すまん、起こした」
「大丈夫だ」
ほっと胸を撫で下ろした響河は傍らのビニール袋からスポーツドリンクを取り出すとキャップを緩めた。半身を起そうとする村正の身体を支えて、枕をヘッドボードの間に挟んでやる。怠そうな仕草でヘッドボードに凭れ息を吐く村正を心配そうに見やって、響河はクローゼットからカーディガンを出した。村正の肩にそれを羽織らせるとペットボトルを手渡す。
「食欲は? お粥とかも買って来たけど」
「……食べる」
「ん、今持ってくる」
そう言って頷く村正に響河は微笑を浮かべて立ち上がった。キッチンに向かう響河の背中を視線だけで追い掛けて手にしたスポーツドリンクを口に含む。恐らく買って来たばかりであろうそれはまだ冷えたままで、火照った身体に染み渡るようだった。何回かに分けて半分ほど飲むとボトルを手の中で転がす。掌に感じる冷たさとボトルの中でぱしゃぱしゃとぶつかる水の音が心地よく感じられた。そう言えば熱は下がっただろうかと気になった村正はサイドテーブルにペットボトルを置いて体温計を脇に挟む。体温計が鳴るのと粥や水を乗せたトレイを持った響河が寝室に戻ってくるのはほぼ同時だった。響河はトレイをベッドの空いたスペースに置くと村正が手にしている体温計を覗き込む。
「八度三分か……、朝より下がった、のか?」
「下がった」
言葉尻に被せるように言い放つ村正に響河は小さく吹き出した。不服そうな顔で睨んでくる村正にごめんと謝ると温めた粥を入れた食器を手に取る。木製スプーンで一口分を掬って息を吹きかけた。程よく冷めたそれを口元に持って行くと、村正は響河を一瞥した後薄く唇を開く。自分から仕掛けたくせに村正が応じるとも思っていなかった響河はほんの少しだけ面食らいつつ、開かれた唇にスプーンを差し入れた。
「熱くないか?」
そう尋ねる響河に村正は大丈夫というように頷く。良かった、と呟いて響河は同じように粥を掬って口元まで運んだ。黙々と粥を平らげていく様子に食欲があるなら大丈夫そうだなと安堵する。早く寄越せと催促され、響河はスプーンを差し出した。唇を薄く開き、睫毛を伏せる表情にどきりと心臓が跳ねる。目の前に差し出したまま動かない響河を不審に思った村正は顔を上げ、首を傾げた。
「響河?」
「あ、あぁ、何でもない」
響河は適当に取り繕うと村正の口にスプーンを差し込む。何か言いたげだったものの村正は特に深く追求せず、口を開いて残りの粥を寄越されるのを待っていた。最後の一口を集めて掬い取ると村正の口に運ぶ。食器とスプーンをトレイに戻して、市販薬と水の入ったグラスを村正に手渡した。
「薬飲んで後はゆっくり寝た方がいい」
「ああ」
カプセルを口に放り込むと水で飲み下す。空になったグラスを響河に返して村正は一息ついた。露出した首筋に指を伸ばされ、驚いた村正は肩を震わせる。
「っ……!」
「ご、ごめん。熱を確かめたかっただけなんだが」
「すまない、ちょっと驚いただけだ」
手の甲で首筋を撫でられ、ひんやりとした温度の心地よさに目蓋を閉じた。
「まだ熱いな……、俺氷枕作ってくる」
首筋から手を離すと響河はトレイを持って忙しなげに部屋を出ていく。心地よい手が離れてしまったことに少し寂しい気持ちになったが、黙ってその姿を見送った。キッチンの方から響く氷が砕ける音を聞きながら、村正は大人しく響河の戻りを待つ。それからすぐに響河はバスタオルに包んだ氷枕を手にして戻ってきた。
「はい、氷枕。熱取りシートも交換しておくか」
てきぱきと世話を焼く響河を見ながら村正は隣のスペースをぽんぽんと叩く。その意図を察した響河は隣に腰を下ろした。
「すぐ寝るから……少しだけ……」
村正はそう言うと隣に座った響河の肩に頭を乗せる。普段あまり甘えたりしない村正の珍しい姿に響河は好きなようにさせておいた。村正は目を閉じると響河の腕に自分の腕を絡ませる。いつもより甘えた仕草やすぐそばから聞こえてくる浅く早い呼吸と服越しにでも分かる体温の高さについ劣情を抱きそうになって、響河は平常心平常心と心の中で呟いた。それでも抑えきれずにちらりと村正の方を見やる。白い肌は熱のせいで紅潮し、桜色に色付いていた。まるで最中のようだと生唾を飲んだ瞬間、顔を上げた村正と視線が合う。何処か虚ろな潤んだ瞳に見つめられ、我慢の糸は容易く断ち切られてしまった。半開きの唇に噛み付くと舌を咥内に差し入れる。触れる場所全てが火傷しそうなほどに熱かった。奥で縮こまっている舌に自分のを触れ合わせる。このまま溶けてしまいそうだと錯覚してしまいそうだった。熱の籠った吐息を飲み込んで、口を離すと村正は眉間に皺を寄せて響河を見上げる。
「馬鹿……うつったらどうする……」
「俺は平気だ。……ほら、寝るまで添い寝してやる」
響河は布団に潜り込むと横になった村正を後ろから抱きかかえた。肩まで布団を引っ張って掛け直す。身体をとんとんと叩かれ、村正は身体の力を抜いて響河に凭れかかった。白いうなじが目の前に晒され、響河は鼻先を擦り付ける。汗ばんでしっとりしたそこはいつもより体臭が濃い気がして、その匂いを吸い込んだ響河はくらくらと目眩がしそうだった。決して不快ではない汗の匂いに甘い匂いが混ざって、響河の理性をぐずぐずにしていく。
「村正……」
ふいに腰をするりと撫でられ、村正の肩が跳ねた。
「響河……?」
「ごめん、小言は後で聞く……」
小さい声で呟いて響河はズボンのゴムを掴んで太腿半ばまでずり下ろす。
「……するのか?」
「村正は寝てていいから」
そうは言っても流石にこの状況で寝れないだろうとは言えず、村正は気付かれないように小さくため息を吐いた。響河はヘッドボードを手探りでローションのボトルを探すとジーンズの前を寛げる。兆し始めたそこにローションを馴染ませがてら扱いて完全に勃たせると太腿の裏に押し付けた。何をするつもりか勘付いてしまった村正は脚を重ね、なるべく密着出来るように体勢を調整する。重なった太腿の間に陰茎を押し込むと響河は息を呑んだ。
「熱……」
直に触れ合う肌から感じる熱さに思わず腰が戦慄く。息を吐き出して腰を突き出した。内腿の滑らかな肌の間を陰茎がぬるりと擦れる感覚にぞわぞわとした快感が背中を走る。
「ぅ、村正……」
「……っ」
村正の発する甘い匂いが増したような気がして響河はうなじに鼻先を埋めた。鼻から息を吸い込むとやはり先程より濃い匂いが肺を満たして、歯止めが利かなくなりそうだと心の中で呟く。うなじをくすぐる響河の息に村正はいやだと言うようにかぶりを振った。
「響河……、今汗掻いてる……」
「そうだな。……いい匂いがする」
恍惚とした声音で囁かれ、村正は身体を震わせる。抵抗がなくなったのをいいことに響河はうなじに舌を這わせた。薄い皮膚の下の棘突起の形を確かめるようにひとつずつ舌で辿っていく。ぬめった舌が傍若無人に這い回る感覚に村正の肌は粟立つようだった。堪えきれず脚を擦り合わせると突然陰茎に与えられた刺激に響河の肩が跳ねる。仕返しと言うようにうなじに歯を立てると響河は腰を揺らめかせた。敏感な内腿を陰茎で擦られ、別の違う熱がじんわりと湧き上がりそうになる。
「はぁ……、ぁ……」
村正は熱を息に乗せて吐き出すと太腿に力を込めた。途端に圧迫感が増して、響河は息を詰める。
「っ……、そのまま力込めてて……」
耳元で囁くと村正を強く掻き抱いた。抽送する腰の動きを速めるとじわじわと吐精感が昂ぶって、知らず知らずのうちに息が上がる。衝動が突き動かすまま腰を打ち付けた。ローションと先走りと汗で泥濘んだそこに直接陰茎を擦り付けるのは挿入時と勝るとも劣らない鮮烈な快感を響河に齎す。コンドームを着用してのセックスはお互いのためだと頭では分かっていても、隔てられた感覚はやはり少し寂しいものだ。このまま間違えたふりをして挿入してしまおうか、と不埒な考えが一瞬頭を過るが、これ以上無理を強いる訳にはいかないと思い直して腕に力を入れる。うなじに歯を立て、立ち上る芳香を吸い込むと内腿の間に亀頭をぐりぐりと押し付けた。すべすべとした肌に敏感な先端が擦れて吐精感に腰が戦慄く。
「ぅ、ア……っ、も、出る……っ」
響河は呻くようにそう漏らすと太腿の裏に精液をぶち撒けた。勢いよく吐き出された精液が肌にぶつかる感覚に村正は思わずぶるりと身体を震わせる。響河は無意識のうちに詰めていた息を長く吐き出すと精液がシーツに垂れる前に慌ててティッシュを手繰り寄せ手早く拭き取った。
「……ごめん。熱出てる時に」
冷静さを取り戻した響河は自分の不甲斐なさに大きなため息を吐くと抱き締めた村正の肩口に顔を埋める。額をぐりぐりと押し当て、甘える様子に怒りなど湧くはずもなく村正は回された腕にそっと手を添えた。
「響河が私を求めてくれるのは嬉しい……だから、響河がしたいならいつでもしていいんだぞ……?」
村正の言葉に響河は目を丸くして瞬かせる。響河は先程より大きいため息を吐いて村正を強く抱き締めた。
「村正はもっと俺に怒れよ……。本当俺に甘いよな」
「そうか?」
うん、と頷いて響河は村正のうなじに唇を寄せる。
「それは村正が治ってからでいいから、早く治して」
「……そうだな」
そう言って村正は響河の体温を感じながら眠りに就いたのだった。
2番目に書いたやつ
熱出した村正は絶対色っぽいと思って……
村正の汗の匂いを嗅いで興奮する響河ちょっと変態っぽくなってしまって申し訳ないと思いつつ、お前絶対好きでしょ??ってわたしは思ってる