12.
それはある日の休み時間だった。

「ハルカちゃん!」
「・・・・・・?」

自分を呼ぶ声にハルカは顔を上げると、目の前に笑顔全開の杏子が立っていた。

「今日さ、二人でゲーセン行かない?」
「・・・・ゲーセン・・・・?」

前に遊戯と城之内を交えて行ったことがあるが、基本ゲームセンターにあるようなゲームをしたことのないハルカは皆がゲームをしている後ろで見ているだけで雰囲気を楽しんでいた。そのためゲーム下手な自分と二人きりで行っても杏子が楽しめないのではないかとハルカは少し考えるように首を傾げた。

「ダメかな?」
「・・・・・・ダメじゃ、ない。」
「よかった!じゃぁ業後、教室で待っててね!」

それだけ言って杏子はそそくさと自分の席に戻っていった。一瞬の出来事でハルカは机から引っ張り出していた数学の教科書とノートを持ったままポカンと口を開ける。杏子にしてはめずらしく少し強引だった気がする。ハルカは首を傾げながら机の上に教科書とノートを置き、窓の外を見た。空はいつもどおりの青空。清々しい程の青と白のコントラストの下に広がる校庭には、体育着を着た生徒たちが群がっていた。

(真崎さんと二人でゲームセンター、か。)

そろそろチャイムが鳴るからか、整列しだす彼らを見ながら考える。杏子と二人だけでどこかに行くのは初めての事だった。

「・・・・・・」

女の子だけで遊びに行く。そう考えると胸のあたりがふわりと疼いた。口の端が自然に上がる。ハルカにとって女子だけで遊びに行くということは初めてのことだった。杏子と二人だけで遊びに行くと思うとドキドキと胸が高鳴った。

「はーい、授業を始めます。席に着いてー!」

チャイムが鳴り、音を立てて扉を開けて入ってきた蝶野先生の言葉に生徒たちが慌てて自分の席に向かう。金髪を揺らす先生は、相変わらず美人で化粧が濃い。ニコニコと振りまく笑顔に絆される男子生徒も多いが発言が刺々しいのが玉に瑕である。正直ハルカはこの先生が苦手だった。チャイムの余韻が消えて先生の高い声が響く。その声を聞きながら、ハルカは放課後に期待で胸を膨らませたのだった。

* * *

「やった!取れた!!」
「・・・・・・!すごい・・・・!!」

センター内はゲーム機の音で騒々しかった。車を運転する音や殴り合う喧音、それから何かの音楽など。音の種類がありすぎて不協和音となり、ほぼ騒音なのだが誰もそれを気にすることはない。目の前のゲームに熱中しているのだ。例に漏れずハルカも杏子が操作するクレーンゲームのアームの動きを見るのに夢中で騒音など気にしていなかった。丁度杏子が小さいうさぎのぬいぐるみをアームで挟み、ポケットに落としたところである。ぬいぐるみはコロンと取り出し口に転がった。

「・・・・かわいい・・・・」

杏子の手によって取り出されたうさぎのぬいぐるみはふわふわとしていてとても愛らしい。ハルカはこういったふわふわしたぬいぐるみのような可愛らしいものが好きだった。雑貨屋などで見かけると暫くそこから動かないので、母に置いてきぼりにされることもしばしばだった。そして今回もクレーンゲームを覗きまわっていてこれを見つけ動かなくなったハルカに杏子が気づいてプレイすることになったのである。因みにクレーンゲームは遊び方が単純なのでハルカも何度か挑戦したが、技術を求められる代物のため一度も成功したことはない。杏子はそのうさぎをじっと見つめると、徐にハルカにそれを差し出した。

「はい。」
「・・・・・・?」

条件反射で思わず受け取ってしまうハルカ。手の中に納まったそれは矢張り愛らしい。不思議に思ってハルカは何度も杏子とうさぎの顔を見比べた。

「二人で遊びに来た記念。ハルカちゃんにあげる。」
「・・・・・・いい、の?」

戸惑い訊ねれば杏子はにこにこと笑いながら頷いた。

「うん。もらってくれたら私も嬉しい。」
「・・・・・ありがとう、真崎さん・・・・・」

ハルカはうさぎのぬいぐるみをじっと眺めた。黒いプラスチックのつぶらな瞳が、ハルカのふやけた顔を映している。それはぬいぐるみが可愛いからという理由だけではない。両親以外の人からプレゼントを貰うことが初めてだった上、くれたのは杏子。それが嬉しくてくすぐったかったのだ。

「・・・・・あ、私も、何か取、る。」

はたと思い出してハルカは慌てて財布を取り出すと杏子は首を傾げた。

「なにか他に欲しいのあった?」
「・・・・真崎さん、にも、記念品・・・・・」

何がいいかとクレーンゲームの中を覗いていると、杏子は「じゃぁさ、」と声を掛けた。

「名前で呼んで欲しいな、私のこと。」
「・・・・・!」

ゲーム機の中のぬいぐるみたちから目を離して杏子を見ると、彼女は照れくさそうに笑っていた。

「・・・・・なま、え?」
「あは、実を言うとさ、今日ハルカちゃんを呼んだの、これが目的なんだ。」

まさかの要望に、ハルカはぽかんと口を開けて杏子を見つめた。

「ハルカちゃん、私たちのこと苗字で呼ぶでしょ?でも折角友達になったんだから、名前で呼んで欲しいなと思ってさ。」

ダメかな?と首を傾げる杏子。
ハルカが未だに彼らを苗字で呼び続ける理由は、単純に慣れていなかったから。今まで特定の友達を作ることなく15年間生きてきたハルカには相手を名前呼びする機会が殆どなかった。入学式を終え暫くたってから突然できた“友達”。慣れないし照れくさかったハルカは、杏子の突然の申し出に躊躇いそして緊張でどきどきと胸を高鳴らせた。

「・・・・・あ、あ、」
「・・・・・・・・」

口をぱくぱくするハルカをじっと見つめる杏子。その目は確かに期待した輝きを持っていてハルカは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

「・・・・・あんず、ちゃん・・・・・」
「!」

情けなくも震える声で漸くそう呟くと、ハルカは恥ずかしそうに頬を赤らめそっぽを向いた。ゲームの騒音の中、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声は、それでも杏子に届いたようで。

「やぁだもーっ!ハルカちゃんってばかわいいーーーっっっ!!!」
「!?!?!?」

盛大にハルカに抱きついた。

「・・・・ちょっ、と、あ、杏子、ちゃん・・・・!ここ、お店・・・・・!」

騒音に混ざる杏子の歓声と抱擁に思いっきり動揺するハルカはいつもよりどもっている。

(まざ・・・杏子ちゃんって、いい子なんだけど時々対応に困る人なんだよな・・・・・・!)

「ごめーん!つい嬉しくて・・・!」

テンション上がっちゃったと照れ笑いする杏子は、漸くハルカから離れた。杏子とハルカでは身長差があるので、胸元に顔をうずめる形になったハルカは「ぷはっ」と息を吸った。

「なんかやっと友達になれた感じ。」
「・・・・・ごめん、ね。」
「謝んないでよ。」

杏子の言葉への罪悪感からハルカが謝ると杏子はニコリと笑った。それを見てハルカも自然と口の端を上げた。

「これからもよろしくね!」
「・・・・・こちら、こそ。」

そう言って、握手。クレーンゲームの前でうさぎを抱えた少女と背の高い少女の友情が結ばれた瞬間だった。

それから少しして二人はゲームセンターを出た。夕焼けで街が紅く染まっていて、いつも見る風景のはずなのに幻想的で美しかった。帰路につき、途中寄ったコーヒー店で飲み物を買い、それを飲みながらゆったり歩いた。

「うー。はしゃいだからすっごい喉かわいてたよー。」
「・・・・・フフ、確かに。」

からからに乾いた喉を少し甘いコーヒーで潤す。カップから香るコーヒーの香りでさえ、遊び疲れを癒してくれた。

「・・・・今日、とっても、楽し、かった。ありがとう。」
「・・・・!私も!楽しかったよ!」

ハルカがぽそりと呟けば、嬉しそうな杏子の声が返ってきた。やはりそれが嬉しくて、ハルカは顔が熱いのを夕日のせいにしながらストローを咥えた。

「あ。」
「・・・・・?」

突然杏子が何かに気付いたように声をあげた。驚いて杏子を見ると、彼女はある一点を見つめていた。

「あれ、この前建設途中だった新しいバーガーショップだよね?」

そう言いながら杏子が指差す方向を見ると、そこには確かに先日建設中の看板が建てられていた建物が完成した姿を見せていた。屋根の上に掲げられた「バーガーワールド」と形作られた電灯が煌々と輝いている。あの布で隠されていたハンバーガーのキャラクターが、二人に笑いかけていた。

「完成したんだー。」

オープンしたばかりからか、この時間にしては駐車場には止まっている車が多かった。店先には「グランドオープン!」と大きく書かれた旗がいくつも立てられている。

「今度遊戯たち連れて行ってみようか。」
「・・・!」

頷いて二人でそのバーガーショップの前を通りすぎようとすると、杏子が突然立ち止まった。

「・・・・・?どうした、の?」
「あ、ごめん。ちょっと待ってね!」

そう謝ってから慌てた様子で杏子はバーガーショップに近づいていった。店の中に知り合いでもいたのだろうか。杏子は、しかし店に入る事はなく、扉近くに貼られた貼り紙を覗いていた。

「・・・・・・?」

じっとあまりにも真剣に見つめる杏子に首をかしげてハルカもそちらに近づいた。

「・・・・杏子ちゃん・・・・?」
「・・・・!」

後ろから名前を呼ばれて杏子は慌てた様子でその貼り紙を背中で隠した。

「・・・・・・・・?」
「あ、はは・・・・!なんでもないの!」

明らかに何かある雰囲気で苦笑いをしながら杏子は「ほら、行こう!」とハルカの身体を方向転換して押しやった。訝し気に杏子を見上げながらもハルカは素直に足を動かす。本人がなんでもないと言うのなら、これ以上深入りするのは憚られた。その時。

「君たち、もしかして、アルバイト希望?」
「「!」」

後ろで自動ドアが開く音がしたかと思えば、若い男性が現れた。黄緑色の服を着たオレンジ髪の男性が、ニコニコと貼りつけたような笑みを向けている。

「あ、えっと、私たちは・・・・」
「求人、すごく真剣に読んでたからそうかなと思ったんだけど・・・・・」
「あー・・・・っとー・・・・・。」

(求人?)

なんのことかとハルカが首を捻っていると、杏子はちらちらとハルカの様子を伺った。妙に歯切れの悪い杏子にハルカは目をパチパチと瞬かせる。杏子の向こうに貼られた紙に、「アルバイト募集!」の文字が見えた。それにようやく合点のいったハルカは身体の向きを男の方に向けて頷いた。

「・・・・はい、そうです。」
「え!ちょ、ちょっとハルカちゃん・・・!」
「・・・・違うの?」

肯定するハルカを慌てて止める杏子に首を傾げれば、杏子は「うっ」と唸った。

「あ、やっぱりそうなんだ。嬉しいな。よかったら、ついでに話だけでもしていかないかい?」

そう言う男の胸元には“店長”と書かれたネームプレートが掲げられていた。店先でじっと求人を見る杏子に気づいて声をかけたのだ。

「・・・・はい。」

ハルカがそう答えると店長は「じゃぁこっちにどうぞ。」と笑顔で店の中に入っていった。

「・・・・・ちょっと、ハルカちゃん。バイトは校則で禁止されてるんじゃ・・・・」
「・・・・でも、杏子ちゃん、求人の、チラシ、すごく真剣に、見てた。」
「・・・・・・・うー。」

杏子はハルカの言葉に目を反らす。止められるとでも思ったのか、ハルカの行動に困惑している様子だった。ハルカは余計なお世話だったかと頭を掻いた。

「・・・・事情がある、なら、しょうがない、んじゃない?」
「!」

ハルカの言葉に、杏子の目が大きくなる。校則違反は確かにいけないことだけれど、ハルカは深く考えたことはなかった。現に校則で一応禁止されている寄り道だってこうしてしているし、ゲームや漫画などを持ち込んでいる遊戯を咎めることもしなかった。勉強家で物静かなので生真面目な優等生と思われがちのハルカだが、その実ただのマイペースなだけで、一応空気は読める方だと自負していた。

「・・・・・ハルカちゃんって、意外と・・・・」
「?」
「あ、ううん!なんでもない!じゃぁ私行ってくる!」

何かを言いかけてしかし首を振った杏子は店長の消えていった店内に走って行ってしまった。

「・・・・中で、待ってよう。」

他店の品物を持ったままでは失礼と思い、残り少ないコーヒーを飲みきってから手に持っていた元はコーヒーが入っていた紙袋に放り込んでハルカも店に入った。
店内はやはり賑わっていて、車が多いから大人ばかりかと思えばそうでもなく、学生が大半を占めていた。夕方だからだろうか、ハルカたちの様に寄り道しているのだろう。既に何人かのアルバイトが働いていて、どの人もそんなに二人と変わりない年頃だった。あるいは同じ高校の人も居るかもしれない。そんなことを考えながら壁際に身を寄せると、カツカツとこちらに歩いてくる足音が聞こえた。そちらを振り返れば、さっきの店長がハルカの方に歩いて来ていた。

「あれ?君もじゃないの?」
「?」
「さっき「はい」って言ってたじゃない。」

その言葉に目を瞬かせる。思い返してみればこの男は「君たち」と複数形で問うてきてハルカはそれに頷いた。イージーミスにハルカは口を歪めた。

「んー、残念。君みたいな可愛い子が入ってくれるのかと思って楽しみにしてたのに。」

本当に残念そうな顔をする店長だが、確実に世辞だろう。自分よりプロポーションの良い杏子を捕まえて何を言うのか、とハルカは男をねめつけた。

「ねぇ、君も働かない?お友達と一緒にさ。」

まるで杏子はバイト確定の言い草。「話だけ」のはずだったのだがそれほどまでに人手が欲しいらしい。オープンしたばかりだから当たり前の話かもしれないが。

「・・・・・・・」

ニコニコ笑顔があの女性教師を彷彿させる。嘘っぽい笑顔。作り笑い。厭らしい笑み。直感的にハルカはこの人危なそうと思った。

「時給もそんなに悪くないと思うんだ。女の子の制服も可愛いし。」

詰め寄るように近づいて来るその人はタバコ臭くてハルカは顔を歪めた。飲食店で働いていてタバコの匂いをさせるなんて、マナー違反ではないだろうか。そう思って男をよくよく見れば、彼の胸ポケットにはタバコの箱らしきものとライターが入っていた。

(よくこんな人が店長につけたわね。)

こんな危ない人の下で杏子を働かせるのは危険かもしれない。そう思ったけれど、先ほどの杏子の求人チラシを真剣に見る姿を思い出してハルカは溜息を吐いた。お母さんになんて言おう。

「・・・・・じゃぁ、」