「おまちどーさまっ!!」
「「!!」」
突然目の前にハンバーガーとジュースの入ったカップが乗ったトレーが勢いよく置かれた。あまりにも勢いがよくて一瞬それら全てが宙に浮いた。遊戯も城之内もこれには驚いて思わずテーブルの上のハンバーガーとジュースを凝視する。
「当店のハンバーガーは・・・・自慢のケチャップをたぁぁぁぁっぷりつけて召し上がって下さいねぇぇ・・・・・・。」
そしてそれを机に置いた張本人である杏子は持っていたケチャップのチューブを逆さまに持って思いっきりハンバーガーにかけた。それはハンバーガーだけでなくトレー全体に広がる。よく見ればケチャップは文字を象っており、それを見た城之内は頬をヒクつかせた。
「・・・・あ、杏子、ちゃん・・・・」
杏子の隣りでその光景を呆然と見ていたハルカは遠慮気味に杏子に声をかける。トレーに赤い文字で書かれた「ちくったら殺ス」の一文が血で書かれたようで禍々しかった。
「フン!」
気が済んだのか勢いよく踵を返す杏子は足音荒く去ろうとする。そんな杏子の姿に遊戯は小さく「やば・・・・」と呟いた。
「おい杏子、機嫌直せよー。」
眉を寄せながらも城之内が間延びした声を杏子に掛けると、杏子はぴたりと足を止めた。そして少し間をおいてから諦めたように溜息を吐いた。
「ま、こうしてアルバイトしてんのバレちゃったし・・・・別にこれ以上隠すこともないけどさ・・・・」
ハルカもそれを聞いて、小さく溜息をつく。杏子はもう開き直ったようだ。その声はもうさっきの怒気を孕んだものではない。もともと隠し事をしていた自分たちに非があるのだから。次にくるりと振り返った杏子は、優しい笑顔だった。
「私、お金貯めてんだ!卒業したらアメリカ行くの、そのためにね!」
突然のカミングアウトに遊戯と城之内は目を見開く。バイトを始めてから理由を聞かされていたハルカはそっとその言葉に微笑んだ。
「ニューヨークでダンスの勉強するの!夢なんだ!笑うなよ!」
ウインクしてそう言い切る彼女。それに遊戯は必死に頷いた。
「わ、わ、笑うもんか!ね!ね!城之内くん!」
そう顔を赤くして城之内に話を振れば、城之内はニヤリと笑って「ああ・・・」と答えた。
「杏子!安心しろよな・・・・オレらチクったりしねーからよ!チクったらここのハンバーガー、一万個食ってやらぁ!」
城之内もウインクで杏子に返せば、杏子は嬉しそうに笑みを深めた。
「でもよー!この店こんなケチャップだらけのハンバーガー出して金取んのかよー!ひでー店だぜ!」
テーブルの上の悲惨な姿をしたハンバーガーを指差してそう城之内が言う。確かに、これではサービスとして成り立たない。
「安心しな!私のおごりよ!」
振り向くことなく手を上げてそう答えた杏子は、そして厨房に消えていった。
「杏子にあんな夢があるなんて知らなかったな。」
そう遊戯が呟くと、ハルカは振り返ってニコリと笑った。
「・・・・・小さい頃、からの、夢、なんだって。ずっと、バイトする、の、悩んでた、みたい・・・・・」
「んでもよー、杏子は分かるけどなんでお前までバイトしてんだよ。」
城之内はいつの間にハンバーガーを頬張りながらハルカに問うた。するとハルカは少し困り顔で肩をすくめて見せた。
「・・・・家の、ため・・・・?・・・・私、の、家・・・・お父さん、居ないの・・・」
ハルカがそう言うと、城之内と遊戯は再び目を見開いた。そして聞いてはいけなかったかと城之内が「わりぃ」と謝った。しかしハルカは気にするなと首を振る。
「・・・・私、が、小さい、ころに、離婚、したんだ、って・・・・。覚えて、ない、けど・・・・・。」
それからというもの、ハルカは母の手ひとつで育てられた。一応父親からは教育費として毎月いくらか振り込まれているが、もちろんそれだけでは生活できないため母親も働きに出ている。ハルカがアルバイトを決心した理由はこの店の店長の手から杏子を守るだけではなく、母の助けになると思ったからだ。もちろん、今までだって遅くまで働く母を手伝えることはないかと洗濯や炊事など自分でできることは進んでやってきた。まだ母親には話したことはないが高校を卒業したらそのまま就職をしようとも考えている。アルバイトを考えたことは過去にもあった。しかしその当時はまだ義務教育だったため、高校に入学してから始めようと思っていた。自分の通う高校は母子家庭であることを話せば許可証が下りる。母親に話した時は本当に驚かれたけれど、許可証をしっかりととること、それから成績を落として奨学金を貰えないようにすることを条件に、最後にはありがとうと少し泣いていた。ハルカとしては、その言葉がとても嬉しかった。少しでも足しになればいい。母を助けられればいい。そう考えて。無断でアルバイトをする杏子を差し置いて学校から許可証を取ることは少し苛まれたが杏子は笑って共に働くことを喜んでくれたのだった。
「・・・・ごめん、重い、話、だったよ、ね・・・・」
掻い摘んで話したつもりが思ったより重い空気になってしまっていることに気付きハルカは焦った。折角杏子の夢の話でいい雰囲気になっていたのだが、これでは申し訳ないとハルカは肩を落とした。
「いや、まさかハルカんとこがなぁ・・・・」
どこか意味深に言う城之内は、また一口ハンバーガーを齧った。その目は窓の外を眺めている。
「ご、ごめんね!そんな辛い話させちゃって・・・・・」
遊戯に至ってはハルカの話に落ち込んでしまい、しゅんと小さくなっていた。
「・・・・辛く、ない。お父さんの、ことも、何も思って、ない、し。今は、お母さんと、幸せに、暮らしてる、し。それに・・・・・」
遊戯が居る。城之内が居る。杏子が居る。
今までだって普通の生活ができることが幸せだった。母と旅行など娯楽をすることは全くなく、それでも健康に二人笑って暮らせるだけで幸せだった。今は、それに加え彼らが傍に居る。自分を友と呼び、様々な世界を見せてくれる。部屋の窓際に飾られたうさぎのぬいぐるみを見るたびに、今日も頑張ろうとカーテンを引くのだ。
「・・・・だか、ら、これからも、・・・・・」
「「?」」
言い淀むハルカに、二人が首を傾げる。慣れない言葉を使う度、ハルカの胸は高鳴った。
「・・・・仲良く、して、ほしい、な・・・・・・。」
ハルカは一度小さく深呼吸してからぽつりと言った。精一杯のわがままを言うのに勇気を総動員したハルカは、いつの間にか強く閉じていた目をそっと開けて二人を見た。
「もちろん・・・!大歓迎だよ!」
「オメーはもう俺らの仲間だろっ!」
レンズ越しに微笑んでそう言う彼らがなんだか眩しくて、ハルカは目を細めて嬉しそうに頷いた。
厨房に戻ると杏子が小走りでハルカの元にやってきた。その顔はどこか嬉しそうに笑っている。
「ふふ・・・頑張ろうね。一緒に!」
杏子がハルカの肩をポンと叩く。それがくすぐったくて、ハルカは照れながらもこくりと頷いた。
「てりやきのセットとレタスバーガーセット1つずつお願いしまーす!」
「あ、はーい!」
カウンターから響くオーダーの声に杏子が慌てて返す。そして二人で顔を見合わせて頷くと其々作業台に立った。夕飯時の近いこの時間は忙しい。途端仕事の顔になった二人はてきぱきと食事の準備を始めた。
「・・・・お待たせ、しました。キッズセット、と、チーズバーガー、セット、です。」
たどたどしいながらもなんとか注文された商品の名前を告げながら机上にトレーを置けば、子どもの遊び相手をしていた母親が「ありがとう」と笑った。ハルカはそれにホッと胸を撫で下ろし軽く頭を下げて、けれどはっと慌てて深く頭を下げ「・・・・・・ごゆっくり、どうぞ。」と付け足した。
「新人さん?頑張ってね。」
接客態度と名札に書いてある研修中の文字を見たのだろうその人はくすりと優しく笑ってそう激励の言葉を掛ける。思ってもいなかったそれに驚きつつも素直に嬉しく思ったハルカは見開いた目をふにゃりと緩めて笑った。
「・・・・は、い。頑張り、ます・・・・!」
もう一度頭を下げて隠しきれない笑顔を零しながら厨房に戻ると、カウンター前には何人かの女子高生が注文をしていた。濃い化粧に金髪、着崩した見慣れない制服でこれが巷でよく聞く“コギャル”かとハルカは横目で観察した。ストラップをジャラジャラとつけた普及したばかりの携帯電話をずっと弄っている人と大声で会話をしている人はカウンターのキャストには目もくれず、注文しているのは彼女らと同じ制服を着た大人しそうな女の子だけだった。時折着飾った女生徒が彼女に何か命令口調で話している所を見て察するに、あの大人しそうな子とその後方の騒がしい人たちは集団なのだろう。ひとりでいくつも注文しているのは大方顎で使われているのだろう。
「・・・・・・」
ああいった類の人間は、どこにでもいるようだ。ハルカは彼女らから目を逸らして、他のスタッフの手伝いを始めた。
「いらっしゃいませ!」
扉が開く音と同時に杏子の声が厨房まで聞こえた。新しい客が来たようだ。ちらりとそちらを見ると、ひとりの男が入口に立っていた。金髪で人相の悪いその人は、何故か額に「777」と刺青を入れていて明らかに柄の悪い人物だった。
「彼方さん!これ、3番テーブルに持って行って!」
「・・・・はい!」
じっとそちらを見ていたハルカに手が空いていると取った先輩がぐいっとプレートを押し付ける。言われたテーブルの番号を間違えないように頭の中で復唱して、さぁ行くぞ、とホールに出た時だった。
「オラオラァァァ!!騒ぐとこの女(アマ)ぶっ殺すぜぇぇぇ!」
「きゃああああああああっ!!」
「!!?」
響く怒声と悲鳴に肩が跳ねる。危うくプレートをひっくり返しそうになったのをなんとか堪えたハルカは慌ててその騒動のあった方を見た。そこには。
「・・・・・・・!!」
「「杏子!!」」
男に手で口を塞がれ、拳銃をこめかみに突きつけられる杏子の姿があった。
「うわあああ!!脱走犯だー!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
客の誰かの叫び声が響く。店内は騒然となり、逃げ惑う客が他に出口はないかと走る。
「どいつもこいつも騒ぐんじゃねーっ!」
拳銃を向けられた客はその場で固まり、動くことができなくなった。その他の客も男の言葉に動きを止める。
その男は今朝ニュースで騒がれていた脱獄犯だった。ハルカは顔を覚えてはいなかったが客の中で覚えていた人の言葉に何故こんなところにと口を歪めた。
「へへ・・・オレだってこんなとこに長居するつもりはねぇ!腹につめるもんつめたらおさらばするつもりよ!だがその間はオレの横でおとなしくしててもらうぜ!」
静まり返った店内で、男の声だけが響く。更に近づけられた拳銃を横目で確認した杏子がくぐもった叫び声を上げた。
「ちっ!声をだすな!ぶっ殺すぞ!」
それにイラついたらしい男の言葉に杏子は必死零れ出そうになる悲鳴を噛み殺した。恐怖と戦う杏子の姿にハルカはトレーを持つ手にグッ力を込めた。
「このリボンで目隠しするんだ、騒がねーようにな!」
杏子の頭からリボンを取った男はそれを杏子に突きつけて命令する。杏子はハルカの位置からでも見て分かる程震えながらそのリボンで言われた通り自らの目を覆い隠した。それを確認した男は杏子を強引に引き連れて客たちを蹴散らしながらひとつのテーブル席に着く。誰もその場から動くことができず黙って見守ることしかできない状況で、ハルカは視線を彷徨わせ遊戯と城之内を探した。二人はすぐに見つかり、男の座る席からほど近い場所で静止していた。
「さぁて、これから俺が要求するものをテーブルまで運んで来い!どいつにするか・・・・・・」
男は隣に座る杏子に拳銃を向けたままぐるりと店内を見まわした。人質で物を要求する凶悪犯の常套手段を使う男はどうやら運ぶ人間をも指定するらしい。誰が指名されるのか、もしかしたら自分かもしれないと恐怖と不安で冷や汗を流し見守る客とスタッフたち。ややもして指名された人物にハルカも城之内も戦慄した。
「そこの気の弱そうなチビ!てめぇだ!」
そう叫んで男が拳銃を突きつけたのは、自分の近くで呆然と男を見る遊戯だった。
「・・・・・・・・・・っ」
またも彼に不幸が降り注ぐ。ハルカはどうやって遊戯と杏子を助けようかと思案し、額から汗がつぅと流れたのを感じた。
「あとのヤツは全員床に伏せて目ぇつぶってろ!一歩でも動くやつがいたらこの女ぶっ殺すぞ!!」
男の言葉に従い、遊戯以外が床に膝を着き守るように頭を抱えて目を瞑る。誰一人の血も見たくない彼らは従うしかなかった。ハルカも同じく膝を着き頭を抱えようとした。と思いきや、視界の端に何かが落ちているのに気がつきはたと動きを止めた。それは何かと確認すると、先ほど女子高生が持っていたストラップがついた携帯電話だった。持ち主は逃げようとしたのかそれからは遠い場所でうずくまっている。恐らくさっきの一瞬の騒動で落としてしまったのだろう。
止めていた動きを再開しながら携帯電話までの距離を確認すると1m弱。もしそれを手にすることができたならば警察に連絡できるかもしれない。今はそれしか二人を助ける方法は思い浮かばなかった。
「要求のひとつめは酒だ!それとタバコ!“ラッキーストライプ”!運のいいオレにピッタリの銘柄だぜ!!ハハハっ!!」
酒とタバコ。どちらも普通ならハンバーガーショップには置いていない代物だった。なぜそんなものを要求するのかとハルカは思ったが、相手は逃走中の身。食べ物を得られるならどんな飲食店でも構わないと思ったのだろう。
遊戯が店内を歩く足音だけが店内の者の耳に届く。男は遊戯が何もしでかさないようにその後ろ姿をじっと監視していた。ハルカの横を通る時に確認した遊戯の表情は恐怖に打ち震え、しかしどうしたら杏子を助けられるかと思考している顔だった。そうして厨房に入っていく遊戯。この厨房は男の位置からも中が見えるようになっている。唯一動ける遊戯でさえ、下手な動きはできないということだ。厨房からひそひそと声が漏れる。ひとつは遊戯のものでもうひとつはハルカの同期の声だった。カウンター下に居たハルカにはその内容が聞こえ、酒とタバコの在り処を聞いていることが分かった。
ハルカははたと思い出した。そういえば、どちらもここの店長が所持していた筈だ。タバコの銘柄は偶然にも犯人が要求したラッキーストライプで、更に酒は店長が自宅には置けないからと事務所に隠しているという話を他のスタッフから聞いたことがあった。なんでも店長を務めるその男は昔から酒癖が悪く、妻から禁酒を命じられているのだとかなんとか。それでも飲みたい店長は、自分が運営する店にその酒を隠しているのだ。本当に最悪だ。そして自らが言うようにあの男は運が良い。どちらもまさかスタッフルームに置いてあるなんて。
遊戯は男にスタッフルームに要求のものがあることを告げてから部屋に入っていった。スタッフルームにも一応電話が設置されているのだが、「下手なことをしたら女を殺す」と釘をさされた遊戯に通報は無理だろうとハルカは思った。やはりあの携帯電話を拾って通報するしかない。
ハルカは抱えていた頭を少し持ち上げてちらりと男の方を見た。男の視線はスタッフルームの方を見ていてハルカを見ていることはない。拾うなら今しかなかった。
「・・・・・・・・・」
ハルカは男に気づかれないよう細心の注意を払いながら少しずつ身体をずらし電話に近づいた。まだ男は気付いていない。手に妙な汗がじわりと滲んだ。
「・・・・・・・・っ」
(あと、少し。)
大方近づいたところでハルカはぐっと手を伸ばした。あれを手に入れられれば、後はソファの陰にでも隠れて通報すればいい。そのことだけを考えて必死に手を伸ばした。そのとき。
パァンッ!
「!!??」