17.
その後タイミングよく鳴った予鈴により、4人はなんとかそこから抜け出すことができた。そのときの場の空気といったら、まるで得体のしれない余所者を追い詰めるかのような彼女らの目に四面楚歌を感じた。杏子と城之内が居なければあの場から抜け出ることはできなかったかもしれない。

「・・・・・」

ハルカは教科書をしまいながら大きく溜息を吐いた。なんだか妙に疲れた気がする。今日がバイトの日でなくて良かったと苦く笑った。

「・・・・・・」

ついと遊戯の方を見やる。彼は先の授業の最中も、どこか上の空で頬杖を付きながら考え込んでいる様子だった。十中八九、あの予言のことだろう。遊戯はああいった超能力など信じていない人のようだが、流石にあの空気の中、威圧的に不吉な予言をされては気にならないはずがなかった。斯く言うハルカも、それは少し気になっていた。最初と変わらず彼の超能力を信じたわけではないが、先ほどの予言の現場を見て要所要所可笑しな所があったからだ。

まずあの地震の予言。
確かに地震は本当に起きた。しかし彼は地震が起きた後にあの紙を城之内に見せた。自らは「今朝予言した」と言っていたが、果たしてそれが本当に“今朝”書いたものなのか確証はない。あの時ハルカの中で引っ掛かっていたのはそれだった。それこそ遊戯の言葉の通りである。また遊戯がトリックを話した途端、僅かながら狐蔵乃から反応があったのを見逃してはいない。

そして杏子への予言。
孤蔵乃は何故か杏子の時だけ手を撫で回していた。杏子以外の人を見る際はそんな素振りを見せなかったし、現に城之内も遊戯もハルカも手に触られることなく予言(城之内に至っては予言ではなく現況を言われただけだが)された。何故彼女にだけあのような行動をとったのか。彼女の手を撫でた時のあの厭らしい笑みが思い出される。あれは何か企んでいる、下心のある顔だった。もしもハルカが考えたように、孤蔵乃の超能力がインチキだとして、けれど彼の予言が全て当たっているのだとしたら。彼は一体、杏子に何をする気なのだろうか。

最後に遊戯とハルカに告げられた予言。

“黒き使いが現れ、お前を奈落の底へと誘う”
“天より無数の文字が降り注ぎ、災いをもたらす”

それは杏子にしたような分かりやすい言葉の予言ではなく、比喩めいた言葉だった。
“黒き使い”と言えばファンタジーの世界でよく死神などの恐ろしき者を指すときに使われることが多い表現だ。奈落の底とは地獄。しかしそれを常用句に置き換えるにはヒントが少なすぎた。遊戯の予言も然り。まるで分からない暗号。けれど確実に近づいている悪い予感。

「・・・・・・・」

超能力は信じていない。けれど、この胸騒ぎはなんなのか。
ドクドクと脈打つ心臓。身を震わせる恐怖。響く、狐蔵乃の声。

「・・・・・・・っ」

居ても立っても居られなくなったハルカは立ち上がり教室を出た。手洗い場で顔でも洗おう。あと一時間で本日分の全ての授業が終わる。気持ちを切り替えようとハルカは帆を進めた。

気にすることはない。超能力なんて信じてないのだから。

* * *

遊戯は頬杖をつきながらじっと考えていた。先程の予言は、一体どういう意味を持っているのか。超能力を信じるわけではないが、あの狐蔵乃の目を忘れることができなかった。

「遊戯!」

呼ばれて気づくと、いつの間にか遊戯のそばには城之内と杏子が立っていた。二人とも心配そうに遊戯の顔を覗いていて、遊戯は慌てて口元に笑みを浮かべた。

「え?」
「そんなに落ち込むなって!あんな予言あたりゃしねーぜ!」

地震の予言の時はすっかり信じきっていた筈の城之内が遊戯を元気づけようと笑って言った。しかし杏子は城之内の言葉に更に深刻そうな顔をして遊戯を見た。

「でも、ヘンな噂聞いたよ・・・・」

杏子のその言葉に城之内も遊戯も杏子の顔を見やる。

「狐蔵乃くんの超能力が有名になったのは、ある予言が的中してからなの・・・・A組のある生徒の家が火事になるのを3日前に予言してたらしいの・・・その生徒は幸い命は助かったけど、今も入院中だってさ!」

本当に火事が起きてしまったことで孤蔵乃の予言を聞いていた者たちは恐れ、そして信じるようになった。それからというもの狐蔵乃が予言したことは多くが的中し、更にその力は本物であると人々は確信したのだ。

「ボクは別に、例の予言なんか信じないよ!」

それを聞いた遊戯はそれでもにこりと笑った。絶対ハッタリだ、そう思っているから。―――それでも。

(無数の文字ってなんなのかな・・・・・・)

胸をよぎる嫌な予感から、目を背けることはできなかった。

* * *

「遊戯ー!今日どっか寄ってこう!」

放課後、鞄に教材を詰めていると杏子が遊戯に声をかけた。

「あれ?今日バイトは?」
「今日は休みー!」

パチンとウインクする杏子に遊戯は嬉しそうに頬を染める。

「そうなんだ!もちろんいいぜー!」
「じゃぁちょっと待ってて!先生ンとこに日直日誌持ってくからさ。」
「おっけー!」

そう返事されると、杏子は日誌を片手に教室を出て行った。遊戯はそれを見送り、再び鞄に用具を詰める手を動かす。その顔はさっきまでの深刻そうな表情ではなく、寄り道を楽しみにしている顔だった。

「・・・・あ、そうだ。」

ふと、思いついてまた手を止める。くるりと首だけ振り返って、目的の人物の席を見た。

「・・・・あれ?」

しかしそこには彼女、ハルカの姿はなく、机には鞄だけが置かれている。

「・・・・図書室にでも行ってるのかな・・・・。」

鞄が残されているのだとしたら、まだ彼女は校内に居る。それにハルカが行くとしたら大抵は図書室だ。

「うーん・・・・せっかくだからハルカさんも誘おうと思ったんだけどな。」

図書室まで探しに行こうかと考えたとき、ふと視界の隅に何かが映った。

「ん・・・・・?」

それは自分の机の中からはみ出た本だった。引っ張り出して見てみると、学校印と書籍番号が押されたシールが貼ってあり、明らかに学校の本であった。

「なんだろこの本・・・・」

遊戯にはこのような本を借りた覚えはなかった。と言うより図書室に行くことなどなかった。それでも何故か図書室の本が自分の机の中にあったので、遊戯はうーんと唸り手にした本をまじまじと見た。

「誰か借りて忘れてったのかなぁ。」

本を開いて表紙の裏に収められた貸出カードを確認してみると、貸出期限が今日までであることが記載されていた。

「まだ杏子が戻ってくるまで時間あるだろうし、返してくるか・・・・」

それにもしかしたら図書室に行けばハルカに会えるかもしれない。そうしたら寄り道に誘ってみよう。そう考えながら遊戯は鞄を机の上に置いて本を手に教室を出た。

後ろから、ひとつの影があとをつけているとも知らずに。

図書室の前に来ると、遊戯はなるべく音を立てないように静かに扉を開けて中に入った。中に入ってみると誰も居ないようで、教室内はしんとしていた。

「ハルカさんも居ないのか。どこ行っちゃったんだろう・・・・・。」

他に彼女が行くようなところを遊戯は知らない。彼女は委員会にもクラブにも入っていないのだ。

(教室で待ってれば帰ってくるよね。)

そう考えて遊戯は本の背表紙に貼られた書籍番号を確認して収納場所を探し始めた。この高校の図書室はとても広く、書籍数も多い。故に本棚も多く簡単な迷路とでも言えるほど立ち並び、遊戯はその間を縫って歩いた。

「うーん・・・・どこだろ。」

本棚の側面に貼られた番号札と本の背表紙を見比べる。図書室など入学したての頃のレクリエーションで学内案内の1度来たきりのため手間取ってしまう。
(ここにせめてハルカさんが居てくれたら、早く終わったかもしれないのにな。)

そう考えてふと、今日のA組でのことを思い出した。

突然起きた地震に驚いて身を固くしていた時、突然隣から腕を掴まれた。驚いてそちらを見ると、顔を伏せたハルカが遊戯の腕を掴んで揺れに耐えていた。きゅっと縋るように掴んでいる手に一瞬大きく遊戯の胸が高鳴る。一気に顔が熱くなり、その手を凝視してしまう。

(どうしたのかな。怖い、とか?)

ドキドキと心臓がうるさかった。震える反対の手をそっとハルカの手に重ねると、彼女の顔が上がり視線が交わった。ハルカの大きな瞳が、彼女のかける眼鏡越しに揺らいでいるように見えて、思わずくらりと眩暈がする(もしかしたら地震のせいなのかもしれない)。するとハルカの遊戯の腕を掴む手に少しだけ力が加わった。それに対し“自分は頼られているの”と思った遊戯はますます頬を赤らめた。

「だ、大丈夫・・・?ハルカさん。」
「・・・・ごめん。大丈、夫。」

ハルカがそう返事をしたと同時に揺れは小さくなり、そしてようやく治まった。その後城之内に手を握り合っていたことを指摘されて羞恥に騒いだのは昼過ぎの話である。

(あのとき、すっごくドキドキしたな・・・・。)

本棚の間を歩む足のペースを落として、じっと手に持つ本を見つめた。頬はいつの間にか熱を持っていて、今は誰も居ないことに感謝した。

やっぱり・・・・そうなのかな。
過った予感に切ない気持ちを抱える。前から薄々気づいてはいたが果たしてそれは。

(でも、杏子のことだって・・・・・。)

次いで思い出されるのは狐蔵乃に手を握られる杏子の姿。執拗に撫で回されるその様子を見て腸が煮えくり返りそうになったのを覚えている。それにあの予言。彼女の前に現れる男性とは、一体誰のことなのだろう。

「はぁ・・・・・。」

声に出して大きく溜息。またもやもやがぶり返してきた。折角杏子と遊べると思って楽しみにしていたのに。

「・・・・ボクは一体、どうしちゃったんだろう。」

そう本に語りかけてみるがもちろん本がそれに答えてくれるわけがない。

「さて、えーと・・・・ここらへんかな・・・・・」

いつの間にか止まっていた足を再び動かし、やっとそれらしい本棚に辿りつく。番号順に並べられているから恐らくこの辺りだろうと本棚に並べられた本たちに目を向けた、その時だった。

「ん!」

“天より無数の文字が降り注ぎ、災いをもたらす”

はっと気づいたと同時に、後ろからガンガンと何かがぶつかり合う大きな音が近づいてきた。

「え・・・・!?」

それに気づいて振り返ると、背にしていた身の丈より遥かに大きい本棚が自分に向かって倒れてきているのが見えた。本棚が傾いて落ちる数多の本が雨のように降り注ぎ、本棚自体はゆっくりとしかし確実に遊戯を押しつぶさんと傾いてくる。

「!!!」

遊戯が息を飲んだ、それと同時に遊戯の胸元でパズルが力強く光りを放つ。そして本棚は大きな音を立てて倒れた。積もっていた埃が辺りに舞う。煙のように広がるそれは、しかし次第に晴れてゆき、木霊する音も遠くに吸い込まれていった。
図書室内は再び静寂を取り戻す。煙は晴れ、辺りが鮮明に見えてくる。その中で、ひとりの男が静かに佇んでいた。

「・・・・“無数の文字”の解読が一瞬遅れたら危なかったぜ・・・・」

ぼそりとその人は呟いて足元に広がる本を見た。
“無数の文字”。それは文字を集めて作られた本のこと。数多の本が自分に降り注ぐことが、孤蔵乃の予言だった。彼には本棚が遊戯に向かって倒れてくる“未来が見えた”のだ。彼の計画上の予想図として。

「・・・・だが、これでハッキリしたぜ・・・!」

被害にあっていない別の本棚の方をちらりと見やる。パタパタと遠ざかる足音に内心舌打ちした。逃げられたらしい。

「狐蔵乃は自分の予言を実行する危険な野郎ってことが・・・・!」

遠くから別の足音が聞こえる。複数のものだ。恐らく先の本棚が倒れる轟音を聞いて誰かがこちらに向かってきているのだろう。彼はそれを聞きながらはっと目を見張った。

「だとしたら・・・・ハルカと杏子が危ないっ!!」

同じく予言をされた杏子とハルカの身に孤蔵乃自ら災いを起こす。それに気づいた彼―――遊戯は踵を返し、図書室を飛び出した。