20.
教室に入れば案の定、クラスメイトの視線が一斉にハルカに向いた。ケガ自体は少しひどい捻挫と打撲というだけで大したものではないのだが、昨日医者が大げさに包帯を巻き更に松葉杖まで与えるものだから、これでは目立って仕方がない。おまけに生徒たちの視線はハルカの足元と顔を行き来しており、ハルカは隠すことなく口をへの字に曲げた。顔にまで視線が行く理由はなんてことはない、眼鏡をしていないということだけだ。昨日遊戯に拾ってもらった眼鏡は割れていて使いものにならなくなってしまった。とは言え視力の悪いハルカには眼鏡は必需品で、病院に行ってそのあと眼鏡屋にも向かったのだが、何故か思い出してしまった遊戯の「眼鏡で隠すのは勿体ない」という口説き文句に、別に何かを期待をしているわけではないがコンタクトレンズに挑戦してみたのだ。視力を測って検査をして見合ったコンタクトレンズを準備するだけなら眼鏡を修理するより幾分早く終るので、そのあたりも得をしたと思える。
しかし眼鏡を掛ける掛けないの差は大きく人の心を動かすもの。教室中のこの反応は分かっていたハルカだが、目立つことの得意でないハルカは半ばイラつきさえ感じていた。まるで珍獣を見るようなその視線が気に入らない。ハルカは無表情のまま真っすぐ自分の机に向かった。
まだ使い慣れていない松葉杖では素早く動くこともできず、いつもよりゆっくりとしたペースで歩く。その間も生徒たちの視線を感じていたが、その中から杏子が慌てたようにハルカの名前を呼びながら駆けてきてハルカの背を支えてくれたのは本当に助かった。杏子の心配そうな表情を見ると心配させてしまった罪悪感からかイライラしていた心が凪いで行く。

「鞄持つわよ。」
「・・・・ありがとう・・・・」

一度立ち止まってから肩に掛けていた鞄を取ってもらい、それからまた歩き出す。すると遊戯と城之内も近寄ってきてどうしたのかと聞いてきた。やや泣きそうな顔の遊戯と驚愕と混乱の入り混じった顔でハルカの左足を見る城之内に、更に罪悪感は増す。彼らにこんな顔をさせてしまうなんて。もしも狐蔵乃にやられたと知ったら、彼らは一体どんな顔をするのだろう。そう思うと途端に胸の痛みは増し、ハルカは唇をきゅっと結んだ。

正直今回のことについてはハルカも応えていた。ケガした部分が足となると生活は途端にしづらくなり、アルバイトにも参加はできない。おまけに登下校もひとりでは困難となり、毎日仕事で忙しいにも関わらず笑顔で送迎してくれる母親には申し訳ない気持ちで一杯だった。
松葉杖生活により大幅な体力の消耗と、周りの人間に迷惑をかけてしまった罪悪感、そして発端者である狐蔵乃への怒りで、昨日からハルカの気分は底辺まで落ちきっていた。
お陰で心配してくれる遊戯たちへの態度も芳しくないものになってしまった。大事(おおごと)にはされたくないのは事実だが、それでもその対応はまるで不機嫌を隠せない子供のそれだ。SHRの最中、先の自分の態度に後悔して一人反省会をするハルカの口から出てくるのは溜息ばかりであった。

「えー、で、今日の昼休み後の時間は、昨日も話した通り一週間後の文化祭の出し物を決める時間にする。えーと、文化祭実行委員は・・・・ああ、真崎だったな。よろしくな。」
「はい。」

杏子の通る声にそういえば彼女は実行委員だったなとぼんやり思い出す。
童実野高校の文化祭はかなり早い春に行われる。できたばかりのクラスで何かひとつを団結して創り上げることで交流を深め、これからの学校生活を有意義なものにすることが目的らしい。いわば交流会のようなものだ。クラスごとに出し物を決めることができ、飲食販売も可能とされている。
更にクラスの代表として一名実行委員が選ばれ、彼らによって文化祭は計画されてゆく。そのクラス代表に、クラスメイトから頼られる活発でしっかり者の杏子が抜擢されたというわけだ。ハツラツとして人をまとめるのが上手く、意見を言ったり聞いたりできる杏子は、まさに適役なのである。

「よし、じゃぁSHRを終わる。号令。」
「きりーつ!」

考え事をしている間に先生の話しは終わったらしい、学級委員の号令に慌てて机に手をついて立ち上がろうとすれば、それに気づいた先生がハルカを手で制した。

「彼方はそのままでいい。大変だろう。」
「・・・・・・」

少し浮かせていた腰を再び椅子に下ろし、ハルカはぺこりと頭を下げた。それを確認した先生は少し笑ってからうんと頷き、学級委員を促してSHRを終えた。

「えー、それでは文化祭の催し物を決めたいと思います!なにかいい案のある人は手をあげてー!」
「はーい。」
「ハーイ!」

黒板の前に立つ杏子が呼びかけると既に何か考えてきた生徒が一斉に手を挙げる。

「お化け屋敷がいいと思いまーす!」
「あー、それ駄目・・・C組が先に案出しちゃったから!」
「焼きそばでいいんじゃねーの?」

ハルカは次々出される意見を聞きながらこの足では対して動けないから裏方仕事でなにか手伝えればいいけれどと考えていた。お荷物にならないようにしっかりしなくちゃ、そう思っていると突然後ろの方でガタンと音がし、振り返ってみると城之内が意気揚々と立ち上がっていた。

「みんなーっ!オレの意見を聞け〜〜〜っ!!」

高らかに叫ぶ城之内になんだなんだとクラス中の視線が集まる。それを確認した城之内は拳を強く握って言った。

「文化祭と言やぁ一大エンターテイメントなワケだぜーっ!やるからには他のクラスの客を奪い取るくらいの根性を見せなきゃ駄目だぜーっ!」

言っていることは一理ある。やるからにはやる。それが行事参加において楽しむ方法のひとつである。いいこと言った!と一部の人間が感心したのもつかの間、城之内はにやりといやらしい笑みを浮かべた。

「という訳で!これはもう“お色気”で勝負に出るっきゃねー!名づけて“実物(リアル)女子高生キャバクラ”!!女子は全員あらゆる客の好みにこたえるコスチュームを・・・・」
「ひっこめ城之内ーっ!」
「死ねーっ!!」
「な、なんだよ!」

女子一同から盛大なブーイングを受けた城之内は納得いかない表情で席についた。そんな彼を見ながらハルカは苦笑い。正直なところ、自分もそれには反対であることは城之内には秘密である。

「えー、他には・・・・・・」

城之内の提案をまるでなかったことのように流した杏子は未だ上がるいくつかの手の主を呼んで黒板に描き込んでいく。学生プロレス、コスプレ大賞、タコ焼き、エトセトラエトセトラ・・・・・。定番ものから変わり種まで提案される。そうして杏子は珍しい人物の挙手に気付きにこやかに彼の名前を呼んだ。

「・・・・?」

それは花咲だった。騒象寺のライブ事件以来あまり会話はしていないが、時々互いに挨拶をするようになった仲。彼はどちらかといえばこういった発言の場は苦手とする引っ込み思案なタイプであったはずが、珍しく小さく手を挙げていた花咲は恥ずかしそうに立ち上がった。

「・・・あ、あの・・・・お笑いマンガ道場を・・・・・」
「?」

(お笑い、マンガ道場・・・・?)

聞いたことのないそれにハルカは小首を傾げる。他の生徒も理解できなかったのかしーんと静まり返り、花咲を凝視していた。どうやら彼は発言に失敗してしまったらしい。静かになった空間に自分の失態を感じ取ったのか花咲はそっと腰を下ろした。

「一応まとめると、こんな感じかな・・・・?」

“お笑いマンが道場”と黒板に描き込んだ杏子が振り返る。もう挙手する人はいないようで、一旦は落ち着いた。皆黒板に書かれた文字とにらめっこをして自分がやってみたいものを吟味し始める。ハルカもそれに習って黒板を見てみるが、これと言ってピンと来るものはない。

「なんかパッとしたのがねーよなぁ・・・・・」

クラス中の気持ちを代弁するかのように城之内がぼそりと言った。杏子もそれには賛同らしく、手に持つ白チョークを弄んでいる。

「まだ意見出してない人・・・・」

ならばと杏子は辺りに視線を走らせる。一瞬ハルカと視線が合うも、打開策を持ち合わせていないハルカは首を横に振るだけだった。

「遊戯、なんかない?」

次に目をつけられた遊戯は「えー・・・」と少し困った顔をしながら顎に手を当て考える素振りを見せる。多少なりとも何か案があるらしい。

「う、うーん・・・そうだな・・・・やっぱゲームかな・・・・カーニバルゲーム!!ほら、遊園地とかにあるやつ・・・・・」

カーニバルゲームとは、遊園地などの角に輪投げや的あてなど簡易ゲームを一か所に集めたものを総称してそう呼ぶ。縁日の射的などの出店がもっと簡易的になって寄り集まった姿と想像してもらっても良い。
ゲームという発想に遊戯らしさを感じたハルカはくすりと笑った。ハルカ自身、遊園地にはあまり行ったことがないのでカーニバルゲームがどういったものか容易に想像することはできなかったが、それでも遊戯が提案するくらいならばおもしろいゲームなのだろうと思った。

「・・・・・・・」
「・・・・いいよ。」
「・・・・・・うん。」

一瞬しんと静まる教室に花咲の二の舞となったかと思った矢先、ぽつりぽつりと明るい声が上がる。

「いいよな、ゲーム・・・・」
「うん、楽しそーだし!」

ざわざわと騒ぎ始めるクラスメイトの反応に、遊戯はキョロキョロとその期待する表情たちを見まわす。思わぬ賛同に遊戯の表情は嬉しそうに緩んでいる。

「おおーーーーっし!!カーニバルゲームだぜっ!!」
「いいかもーっ!」
「決定っ!!」

城之内の大きな賛同の声に続々と賛成の声が上がる。嬉しそうな笑顔で周りを見た遊戯と目があったハルカは、自分も賛成だと笑って頷いた。

「それじゃぁカーニバルゲームに決定しまーす!」

多数決、というよりクラス全員が賛成の意を表したので杏子は高らかに決定の言葉を叫ぶ。
こうして催し物が決まったところで次は内容についての話し合いとなった。費用と場所の広さを考えてゲームは3つとなり、先と同じように挙手で提案してもらった。提案されたものの中から多数決と話し合いで絞り、最終的に残ったのは「人間青ヒゲ危機一発」「ビンたおし」「的あて」となった。
「人間青ヒゲ危機一発」は家庭用ゲームの青ヒゲ危機一発を人間サイズに変えたもの。樽と木製ナイフを用意し、スイッチが押されると樽に入っている青ヒゲに扮した生徒が飛び出すというインパクトあるゲームである。このカーニバルゲームのメインとも言えよう。
そして「ビンたおし」は非常に簡単なゲームで、小さい子供でも楽しめるようにという意が込められている。牛乳ビンを積み上げ離れたところからボールを転がし、全て倒すことができれば景品がもらえるという至ってシンプルなルールである。
「的あて」は手製のコンベアに景品を乗せて景品が動くようにし、決められた位置から本田が提供してくれるというライフル型のエアガンで景品を射るというもの。縁日でも見かける的あてを少し改造したものと言えば想像しやすいだろう。子供から大人まで十分に楽しめそうな内容が決まったところで、翌日から準備は開始された。

製作期間は一週間。一日の授業のうち午後は其々の催し物の準備時間とされ、昼休み後はどこのクラスからも楽しそうな作業音が響くようになった。それはハルカたちのクラスも同じくいつもよりも活気にあふれていた。またラッキーなことに、代表者による「場所とりくじ引き」で杏子が見事一番人気の正門すぐ横のブースを手に入れることができたので、クラスのやる気はさらに上がったのだった。

「おーい教室作業組ー!先生が差し入れだって!マジ太っ腹!」
「おおー!パックジュース!」
「えー何がある?」
「丁度喉渇いてたんだー!」

開けっ放しだった教室の出入り口からビニール袋を両手に下げた杏子が現れ、作業をしていた生徒たちがわらわらと集まっていく。ハルカはそれを自分の席から見ながら、あの群れが引いたら貰おうと再び視線を自分の手元に戻す。もう少しで切りのいいところなのだ。

「はい、ハルカちゃんの。」
「・・・・!」

針と布を両手に真剣な目で作業するハルカの目の前に緑色のパックがぶら下がる。それに気づいたハルカは顔を上げると、にっこり笑う杏子が片手を腰に当てて抹茶オレのパックをブラブラと揺らしていた。

「抹茶オレでいいんだよね?」

杏子の言葉にこくんと頷けばトンと机の上にパックが置かれる。実はハルカは抹茶オレが好きであればいいなと思っていたが、しかし杏子に自分の飲み物の好みを言った覚えはない。はてと首を傾げれば杏子は得意げに笑って言った。

「ハルカちゃん、パックジュース買うとき大体これだから好きなのかなーって思ったんだ。」
「・・・・・!」

思ってもみなかった言葉に感動するハルカはほんのり頬を染めて小さく「ありがとう」と呟いた。

「大分できてきたね。青ヒゲの衣装。」

ハルカの前の席に座ってカフェオレのパックジュースのストローを銜えながら手元を覗き込む杏子。今ハルカが手にしているのは青ヒゲ役の人が着る予定の衣装であった。誰かが提供してくれた男ものの白いポロシャツに水色の短冊状にした布を縫い付けるというのがハルカの仕事だった。ケガであまり動けない彼女のために杏子が配慮してくれたもので、これなら教室でも家でもできるうえ、仕事ができなくて迷惑をかけてしまうのではと心配していたハルカは喜んで引き受けたのだ。

「うわ。すっごい綺麗に塗ってある。丁寧〜!」
「・・・・まっすぐ、縫うだけ、だから・・・・」
「いやいやそれでも綺麗でしょ。ハルカちゃん裁縫も得意なんだね。」
「・・・・・嫌いでは、ない、かな。」

折角もらった仕事なのだからと張り切っているのがちゃんと作品に反省されているらしい。杏子の言葉が嬉しかった。

「んーこれなら心配ないね!看板も大分できてるっぽいし!」
「・・・・看板、すごい、よね。」
「意外と完成度高くて私もびっくりした。」

教室で作業をしているのはハルカだけではなく、看板や巡回用のプラカートづくり、それからゲームの説明書きなどを製作している絵などが得意な女生徒や工作が得意な男子生徒が作業をしていた。机を後ろに下げて出来た広いスペースに新聞を引き、その上で木材を組み立てたり色を塗ったりしている。その出来はハルカも杏子も予想していたものより遥かに完成度が高く、生徒たちのやる気を感じさせた。今は一旦作業の手を休め、先生からの差し入れを飲みながら休憩中だ。

「・・・・外の、方は?」
「ん、順調順調。鈴木のお陰でいい感じに壁ができてきた!さすが土木屋の息子って感じ。チャラいけど。」
「・・・・・いらない木材、提供して、もらえて、よかったね。」
「うんうん。経費浮いたからその分景品にまわせそう。いい景品があれば、お客さんも増えるだろうしね!」

そう言いながら窓の外を見る杏子に釣られてハルカも窓の外を見れば、いつもはクラブハウスとサッカーゴール、フェンスしか見えない校庭がたくさんの出店で埋め尽くされていた。大体の形が既にできているブースもあれば、うまく進んでいないのかまだまだ骨組み状態のブースもある。正門の傍に建設されているハルカたちの露店もクラスメイトから提供された板を繋ぎ合わせて正方形に壁を作り、少し広めの空間が出来上がっている。あの中でゲームができるという形だ。

「看板は今日一日置いておけばペンキも乾いて明日には飾れるっぽいし、的あてのコンベアも青ヒゲの樽もマスクも大分できてるみたいだし。明日には大体は完成かな。」
「・・・みんな、仕事早い、ね。」
「それだけやる気満々ってことでしょ!」

衣装も今日持ち帰ってやれば明日の準備時間には完成する。全てが順調に進んでいるようだ。これならきっと余裕を持って準備を終えられるだろう。

「さ、じゃぁ私は外の奴らにもジュース届けてくるよ!」
「・・・・・いってらっしゃい。」
「衣装よろしくねー!」

席を立ち上がった杏子はパックを片手に教卓の上に残ったジュースの入ったビニール袋を掴んで教室を出て行った。それを見送ってからハルカは服と針を机に置き、よく冷えた紙パックを手に取る。ストローを刺してジュースを口に含めば、抹茶の風味とミルクの甘味が口内にふんわりと広がる。ある程度を飲んでからふぅと一息ついて、再び窓の外に目をやった。換気のためと開けられた窓からは、作業をする音と笑い声や指示する声が入ってくる。
高校生活初の文化祭。皆が楽しみにしている当日を、無事に迎えられますように。ハルカはひとり、空を見上げてそう願った。