22.
(私たちのカーニバルゲームが、壊される・・・・っ!!)

じわりと怒りに身体が熱くなった、その時。突然鉄板部隊の前に小さな影が飛び出した。それにハッとし、思わず窓の桟に捕まって立ち上がりかける。あれは。

「やめろおおおおおっ!!」

両手を広げカーニバルゲームを守るその人は、武藤遊戯。

「みんなで作ったものを壊す気かーっ!!」

男にも負けない大声で悲痛な叫びを上げる。しかしそれでも鉄板部隊は目の前に現れた人も気にすることなくそのまま突進した。

「・・・・・・・っ!!!」
「「「きゃぁっ!!」」」

信じられない光景に思わず口元に手を当てた。心臓が、大きく跳ねる。

「・・・・・・むとう・・・・くん・・・・・」

突進を止めない鉄板部隊の攻撃は壁と共に遊戯を襲い、ついに突き破られた壁の向こうにその姿は消えた。壁が打ち破られた音と、人間がぶつかる大きく鈍い音が木霊する。杏子が再び慌てた様子で破壊されたカーニバルゲームの中に入っていくのが見えた。

「よーし!今日はひきあげだ!ハハハハッ!3日後の文化祭が楽しみだぜーっ!!」

そう満足そうに笑って去っていく3年D組の人たち。
ブースで一部始終を見ていた生徒たちと教室で見ていたハルカたちは、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。

* * *

教室を飛び出したハルカは階段近くに居た数人の生徒たちの手を借りて1階に降り、保健室に向かった。3年D組の者たちが去ったあと、城之内の手により運び出される遊戯の姿が見えたからだ。
彼は城之内の背にくたりと力なく凭れかかっており、気絶しているように見えた。それに付き添う杏子も心配そうな顔で遊戯を見ていた。恐らく保健室に運ばれたと考えたハルカは、こうして必死に保健室に向かっているのである。

昇降口に出た時、数人の長ランの生徒たちがこちらに歩いてくるのが見えて思わずその場に立ち止まった。

「・・・・・・・・っ。」

それはあの大男と鉄板部隊だった。満足気に踏ん反りがえって歩く彼らは、ハルカに気づかずゲラゲラと笑って言った。

「さっきの奴ら、1年だろ?全く今年の1年は礼儀がなっとらんな。」
「まぁまぁ、1年生だからこそあそこがオレたちの縄張りだって知らなかったんだろ。」
「ははっ!それなら少しばかりむごかったか?」
「オレたちの場所を横取りしようとしたんだ。当然の報いだろ!」
「明日には邪魔なゲームとやらも撤去されるだろうぜ。」

ハッハッハッハッハッ!!

立ち止まるハルカの横を通り過ぎる彼らは盛大に笑い声を響かせる。廊下でダンスの練習をしていたクラスの音楽と笑い声が狭いそこに反響し、ハルカの元へと届いたかと思えば虚しく霧散して消えた。

「・・・・・・・・・。」

あんな、奴らに、私たちの、カーニバルゲームを。

「・・・・・・・・・っ。」

皆で頑張って創ったゲーム。それをあんま身勝手な連中に壊されたと言うのか。
あんなに楽しそうに準備をしていたクラスメイトたちの笑顔が、破壊された悲しみと困惑に染まる光景を思い出す。クラスをまとめ完成に近づくカーニバルゲームを眺めて笑う杏子を思い出す。下らない案を出しながらも遊戯のカーニバルゲームを全力で推し盛り上げ眩しく笑う城之内を思い出す。自分が提案したカーニバルゲームが受け入れられ、そして盛り上がりを見せるクラスメイトに照れ笑いを見せる遊戯を思い出す。

許せないと、思った。
横取りしたのはそちらなのに、先輩だからと、実行委員長だからと身勝手な理由を押し付けて。許せないと思った。
けれど。

「・・・・・・・・・」

自分にはなんの力もなかった。誰も何もすることができない。
彼らに勝つことはできない事を、ハルカたちは言わなくても分かっていた。だから、悔しかった。

「・・・・・・・なんで・・・・・。」

松葉杖を握る手に力がこもる。俯いた先に見える床を凝視して、ハルカは唇を噛み締めた。何故。どうして。何のために。自分たちの思い出作りを壊そうとするのだろうか。

「・・・・・・ハルカ・・・・。」
「・・・・・!」

ハッと気づくと、目の前に誰かの上履きを履いた足が見えた。その先を辿るように顔を上げると、城之内の苦い表情がそこにはあった。

「・・・・遊戯なら保健室で寝てるぜ。壁に頭打ったみたいで気絶してる。」
「・・・・・!」

静かな声で言われた城之内の言葉に絶句する。城之内に背負われる遊戯の姿を見てから予想はしていたが、確信の言葉を聞くとそのショックは大きい。ハルカは思わず城之内の目から視線を逸らした。と、城之内の口の端から、血が滲んでいることにハルカは漸く気づく。

「・・・・・・城之内、くん・・・?」

ハルカの視線の先に気付いたのか城之内は「ああ・・・」と呟き指で口の端から出ている血を雑に拭って自嘲した。

「ちょっと下手こいてよ、一発貰っちまったぜ。ま、こんなの慣れてっからオレはいいんだけどよ。心配なのは遊戯の方だぜ。」

ちらりと後方に視線を向ける城之内に習ってそちらを見やる。城之内の背後にある保健室、そこに遊戯は眠っている。ハルカは制服のポケットからハンカチを取り出して城之内に差し出した。

「・・・・・これ、使って。」
「・・・・・!・・・・ありがとよ。」

城之内はハンカチを受け取ると、また新たに血がにじみ出ていた口の端に宛がう。保健室に行ったのだからついでに手当して貰えばよかったものを、それさえ忘れて出てきてしまったらしい。

「じゃぁオレは遊戯の鞄とか取りに行ってくるわ。保健室に杏子も居るから。」
「・・・・・分かった。」

ハルカが頷くのを確認すると、城之内は階段に向かって歩いて行った。それを見送ってからハルカも保健室に向かう。松葉杖をついてやっとたどり着いた保健室の前に立ち、扉に手をかける。ゆっくりとそれをスライドさせると、扉に取り付けられた曇りガラスがガタガタと音を立てる。それに気づいた杏子がこちらを振り返った。
扉を開いた瞬間ふわりと鼻腔をくすぐった消毒液の匂いに、きゅっと心が締められる。ゆっくりと室内に入り扉を閉めると杏子の傍に近寄った。ぐるりと周りを見てみたが、養護教諭は不在のようだ。

「・・・・・城之内くん、から、聞いた。武藤くん、頭、打ったって。」
「・・・・うん。まだ目、覚まさないんだ。」

ベッド近くに置かれた椅子に腰掛ける杏子は、心配そうな目で眠っている遊戯を見つめている。一番近くで事を見ていたのは杏子だ。ショックは相当大きなものだろう。杏子の辛そうな顔を見ていられなくなったハルカは、ベッドに近づき松葉杖を置くと杏子の横にあったもうひとつの椅子にゆっくりと腰を下ろした。それから膝の上に置かれた杏子の手に自分の手を重ねる。杏子はそれに驚きハルカの顔を見た。

「・・・・・・・・・・。」

じっと彼女の目を見つめる黒い瞳。驚きで見開かれていた杏子の目は、ハルカと視線を合わせていると次第に悲しそうに揺らぐ。重ねていたハルカの手を両手で取り、きゅっと握った。

「なんで・・・・こうなっちゃったのかな・・・・私たちは何も、悪いことしてないのに・・・・・」
「・・・・・・うん・・・。」

少し震える声は、泣くのを我慢しているのか。いくら気丈に振舞っていても、彼女は女の子。悔しくて悲しくて辛くて、その綺麗な唇が歪んだ。

「・・・・・場所とりくじ引きの時、委員長居なかったの。あんまり会議自体も参加してない人で、殆ど副委員長が仕切ってくれてたんだけど・・・・。くじ引きのときに来なかったのは、こういうことだったんだね。」

自分のクラスの催し物ばかりに気をやっていたらしい委員長。そんな人が何故委員長を務めていたのかはもうこの際どうでもよかった。ハルカはハルカの手を握る杏子の手にもう片方の手を乗せた。

「・・・・・取り返さないと、ね・・・。」
「・・・・・・・・うん・・・。」

力なく頷く彼女。俯く彼女の目から、一粒ぽたりと雫が落ちた。生憎ハンカチは今城之内に貸してしまっている。だからハルカは身を乗り出して、彼女の頭を自分の肩口に寄せた。

「・・・・・・できるか、わかんない、けど・・・・・でも、諦めないで、頑張って、みよう。・・・・取り返そう・・・・私たちの、カーニバルゲーム・・・・・」

できる根拠はどこにもない、無責任な言葉だった。けれどどうしても杏子には笑っていて欲しいハルカは、諦めないでと、私も諦めないよと精一杯の励ましの声を掛ける。

「・・・・・・・・・」

返事は返ってこなかった。その変わり、鼻を小さくすする音が聞こえた。ハルカは彼女の背中を撫でて反対の手でポンポンと頭を優しく叩く。折角ここまで頑張ってきたのだ。最後までやり遂げたい。

暫くそうしていると、杏子が身じろぎしたのでハルカは手を離した。彼女の鼻頭はやや赤くなっており、睫毛は涙で濡れている。少し恥ずかしいのか杏子は視線をそらしたまま笑った。

「・・・・・ごめんね、泣いちゃって。」
「・・・・・・。」

首を横に振ってやんわりと笑えば杏子はやっとハルカを見て小さな笑顔を見せた。

「ありがとう。」

言われてハルカは頷いた。少し元気が出たようだ。

「・・・あっは、ちょっと今酷い顔してると思うから顔洗ってくるね。」
「・・・・・分かった。」

そそくさと立ち上がる杏子は顔を隠すように少し俯きながら保健室を後にした。あの笑顔を見ただけで、ハルカも少し安心する。

「・・・・・・・・・。」

そうして今度は未だ眠り続ける遊戯を見やった。頭を打ったと聞いたが、目覚めた時に何も異常がないことを祈るしかない。そう思いながらサイドチェストの上に置かれた洗面器から冷水に浸されていたタオルを取り出した。それをよく絞ってから広げて丁寧に畳み、遊戯の額に乗せる。ひんやりした感覚が気持ちよかったのか、その寝顔は少し穏やかなものへと変わったようだった。

「・・・・・・・・・。」

あの時。鉄板を持って突進してくる相手の前に立ちはだかって、カーニバルゲームを守ろうとした遊戯の姿に、いつかの城之内と本田を庇う姿を思い出した。彼はどうしていつも、こうやって無茶をするのだろうか。その身を呈して大切なものを守ろうとするその姿にハラハラとさせられる。彼の正義感は強いもので、けれどあのような危険行為はとても褒められたものではない。現にまたこうして傷つけられている。こうして改めて眠る遊戯の姿を見ていると、悲しさと、自己犠牲する遊戯への怒りで胸のうちがぐるぐると渦巻く。

「・・・・・・・お願い、だから・・・・」

無茶はしないで。

吐息と共に漏れた言葉が聞こえたのか、それとも単にタイミングか、遊戯が小さく呻き声を上げた。

「・・・・・!」
「・・・・・・あ・・・ここは?」

ぼんやりと開かれた目は焦点が定まっていないのかじっと天井を見つめている。ハルカは目を覚ましてくれたことにホッとして、遊戯を覗いた。

「・・・・・保健室。武藤くん、壁に頭、打って、気絶したんだよ・・・」
「・・・・!あれ、ハルカさん・・・!」

ハルカが居ることに驚いた遊戯は目を見開いてハルカに顔を向ける。その拍子に額に置かれていた濡れタオルがポトリと枕に落ちた。

「・・・・・・窓から、武藤くん、が、鉄板持った、人たちの、前に、飛び出すの、見えたから・・・・」
「・・・そ、そっか・・・・それで保健室に・・・・・・・・あ!そうだ!あのあとどうなったの・・・・!?カーニバルゲームは・・・・?」

気絶してしまったためあの後の出来事を知らない遊戯。
壁は完全に突き破られあの鉄板に占領されてしまったことを伝えると、遊戯は次第に泣きそうに顔を曇らせる。

「・・・・・それじゃぁ、カーニバルゲームはどうなるの!?」
「・・・・・まだ、わからない。解決策が、まだ出てこないから・・・・今はまだ、皆、ショックから、立ち直れない、みたい・・・・。」
「・・・・・・・・。」

そう聞いて黙る遊戯に、ハルカは目を逸らして言った。

「・・・・・場合に、よっては、来年に、なるかもだけど・・・・」
「駄目だよ!なんとか取り返さなきゃ・・・・!」
「・・・・・・うん。私は、まだ、諦めない。」

ハルカが力強くそう言えば、遊戯は驚いたようにハルカの顔を凝視した。まだ諦めたくない。その気持ちは強い。

「・・・・でも、まだ、どうしたらいいか、分からない・・・・・」

杏子の涙が思い出される。どうしたら、彼女にとびきりの笑顔を取り戻すことができる?どうしたら皆の笑顔を取り戻すことができる?どうしたら、どうしたら、どうしたら。

それは僅かにハルカが見せた不安の心。さらりと流れる横髪に隠れる瞳に陰が差した。それだけで“充分”だった。

「・・・・・そんな顔するな。」
「・・・・・・!」

ふわりと、頬に暖かな手が触れる。ハッとして顔を上げると、目の前には遊戯の顔が。

「オレに任せてくれないか。」

まっすぐ見つめながら言われる言葉にドキリとする。それはときめきなんて甘いものではなく、一抹の不安。

「・・・・・・あの人を、裁くの・・・・・?」
「・・・・・・・・」

無言の肯定に、ハルカの胸がざわついた。

「無茶はしないぜ。約束だからな。」
「・・・・・・・!」

ハルカが言わんとしたことが分かったのか遊戯は笑った。その言葉に、ハルカはホッと吐息を零す。

「じゃぁオレは行くぜ。お前は気をつけて帰れよ。」

それだけ言うと、遊戯はベッドから降りて上履きを履き去ろうとした。それを慌ててハルカは引き留める。

「・・・・・・お願い。」

立ち止まる彼は、振り返らなかった。けれどハルカは構わずその背に願いを託した。

「・・・・・私たちの、カーニバルゲームを、取り戻して・・・・・!」

みんなの笑顔を取り戻して。

聞き届けた遊戯は片手を上げて保健室から出て行く。後に残ったハルカの胸では、ほんのりと赤い光が揺れていた。