深夜の学校はどこか薄気味悪い雰囲気を漂わせていて、物好きな人間しか来ることのないスポットと姿を変えていた。風が吹く音しか聞こえない夜、遊戯は静かにその時を待ち続ける。
制服のポケットに手を入れたまま月にその身を晒すように校庭に立つ。ぐるりと辺りをなんとはなしに見れば、普段は整備されたグラウンドにたくさんの屋台や露店が建ち並んでいた。校舎正面に掲げられた「第30回 文化祭」と書かれた垂れ幕が、この状況が何かを物語っている。そうしてふいと後ろを振り返れば、そこだけ半壊状態の露店があった。
盛大に穴を空けられた白い板の向こうに、大きな黒い鉄板。白い板は月明かりを反射しているのに、その中で影を落とす黒い板はまるで全てを飲み込むブラックホールのように果てしなく黒い。そのブラックホールは、今は熱を持ち、風に乗ってやや焦げ臭い匂いが鼻腔を擽った。この黒い板は今回のゲームにおいて必要となるものであり、そしてこのゲームをしなくてはならない原因のひとつだった。彼奴が用意したもので彼奴を倒すという皮肉を込めたその黒い板を見て、遊戯はそっと口の端を上げた。
「・・・・・・・・・。」
今日の月は、半月。その姿を見る遊戯の脳裏に響くのは、彼女の声だった。
・・・・・お願い。
・・・・・私たちの、カーニバルゲームを、取り戻して・・・・・!
揺れるハルカの瞳が、必死に遊戯の背に託した願い。
皆が楽しみにしていた文化祭。頑張って、力を合わせて創ってきた、ハルカたちのカーニバルゲーム。それは遊戯の中に眠る“遊戯”が、自分の身を呈してまで守ろうとしたもの。取り戻してみせる、必ず。
校舎にかけられた時計の長針と短針が、12の上で重なりひとつとなった。そろそろかと正門の方を振り返れば、現れたのは自分より遥かに大きなひとりの男だった。
「てめぇか!オレをこんな夜中に呼び出しやがった遊戯とかいうガキは!いい度胸だ!」
ひとり校庭に佇む遊戯に気づいた男、猪頭(いのがしら)は、ニヤリと笑って夜中にも関わらず大声を張り上げた。いちいち迷惑な男である。
「で・・・・、なんだ?文化祭の話っつーのはよぉ!」
早速本題に入る相手に、遊戯はひっそりと笑んだ。
「あんたはオレ達クラスメイト全員の心の領域を侵した!よってオレの遊び相手になってもらうぜ。」
相手の目をまっすぐに見てそう言えば、猪頭はバカにしたように鼻で笑った。
「けっ・・・・なに寝ぼけた事言ってやがる・・・・よーく見たら、お前さっきベソかいてたガキじゃねぇか・・・・遊び相手はママじゃねぇのか?ククク・・・・」
猪頭はまるで自分がどんな状況にあるか理解していない。態度は図体同様でかく、ぶれることがない。遊戯にとってこういう相手ほど、倒しがいがあった。
「お前にもし勇気があるのなら・・・・オレとゲームをしようぜ。闇のゲームだ!」
「ゲームだとぉ!?」
ゲームという単語を聞いた猪頭は目を細めて遊戯をじろりと睨んだ。対して遊戯はそのぎらつく目を静かに射抜く。
「クク・・・・こんな小僧に勝負を挑まれるとは、オレも落ちぶれたモンだぜ。」
首を左右に振って遊戯を子供扱いする猪頭は、そして腕を組んで笑んだ。
「だが今まで売られた勝負はすべて受け・・・・そして勝利してきたこのオレだ!そのゲームってのはなんなんだ?」
来た。
思わずニヤリと笑みを深める。遊戯は半壊した露店に入り熱を帯びたブラックホールの前で振り返った。
「ゲームはこいつでやる!お前が持ってきた鉄板だ!」
「!」
遊戯に続いて露店に入った猪頭はその鉄板を見てぴくりと眉を上げた。
「実はすでに熱してある。表面温度は百度以上!」
天井のない室内を少し焦げた匂いで満たすそれは煙を上げ、触れてしまえば一瞬にして大やけどをしてしまいそうなほど熱を放っていた。近づけば熱気が頬を掠める。
「そしてこの氷の固まり。真ん中に試験管が埋まっていて中に火薬がしこまれている。」
用意しておいた保冷ボックスから出されたそれを見せれば、猪頭の視線は更に鋭いものへと変わっていった。
「もしコイツが鉄板にふれたら派手に爆発・・・・フフ・・・お好み焼きの気分を味わえるぜ!」
鉄板の上で円柱状の氷を滑らせ戦う至極単純なこのゲーム。
「名づけて“鉄板アイスホッケー”!!」
世間的にもよく知られるホッケーゲームを真似て作られた今回のゲーム。一般的はホッケーゲームと比べ、人命すら係わる危険なゲームだった。
「ラケットのかわりにコイツを使おう。」
鉄板と一緒に置き去りにされていたお好み焼きを焼くときに使うヘラを差し出す。それを受け取った猪頭は、嘲笑して鉄板を挟んだ遊戯とは反対側に立った。
「この勝負で負けた者が文化祭でこの場所をあけ渡す!依存はないな!猪頭!」
「この勝負、受けて立つ!!」
観客などいない試合が今、静かに始まる。
「ゲームスタート!!」
* * *
夜。既に就寝準備を整えていたハルカは、ベッドに腰掛けてじっとその時を待っていた。
家に帰ればコンタクトを外すので、今は家用で買った眼鏡をかけている。遊戯の言葉でコンタクトに変えてみたが、そういえば彼は反応をしてくれなかったことを思い出す。少しの落胆に溜息一つ。ハルカはちらりと時計を見て、それから片足でベッドを伝って窓に近寄った。カーテンを少し開けて外を見ると、もう大分夜も更けているため明かりは月明かりと点々と灯された街灯しかなく、あとは夜の闇に飲み込まれていた。ハルカはその光景を眺めて、それから徐に胸元に手を入れてペンダントを引っ張り出した。
ペンダントの中央にはめ込まれた紅い石は、ぼんやりと光りを放ち熱を持っている。実は先程からずっとこの調子なのだ。保健室から去っていく彼を見送った直後は一度消えたはずのその赤い光。けれどハルカが帰宅して明日の予習をしている最中に突然光だしたのだ。
これによってやっと分かったことがあった。このペンダントは、遊戯の中のもう一人の遊戯が現れる時と、遊戯が裁きを行う時に限って光る。それはどちらももう一人の遊戯の不思議な力が作動した時とイコールする。今もこうして光っているということは、遊戯があの男に裁きを与えているということだ。
それに気づいてしまえば勉強に集中ができなくなり、光が消えるまでこうして何をするともなく時間を潰しているのだ。
ペンダントに落としていた視線を再び窓の外に向ける。ハルカの家から遠く離れた場所の上空に、夜の闇に溶け込むように別の真っ黒な霧が渦巻いているのが見えていた。それは丁度学校がある辺りに停滞しており、恐らく彼はあそこであの大男にゲームを仕掛けているのだろう。もしかしたら最初の頃のように、意識だけ遊戯の元に飛んでいけるかもしれないと期待してみたが、そのような気配は全くなく、今彼が何をしているのかは全く把握できなかった。
無茶はしないと約束してくれた遊戯だが、それでもハルカは心配だった。また傷ついていないか、苦しんでいないか。彼の身だけが兎に角心配で。けれど意識を飛ばすこともできない今は、こうして無事を祈ることしかできなかった。ハルカはペンダントを握り、そっと目を瞑った。
幾らかして、まるで視界が開けるように何かが晴れていく感覚がして目を開いた。すると学校辺りで漂っていた黒い霧がなくなっていた。同時にペンダントの光も治まる。じんわりと手のひらに残る熱にどこか名残惜しさを感じた。
それから暫くじっと眼下の道を眺めていると、ぽつんとひとつの影が動いているのが見えた。それはやがて人型となり、まっすぐにこちらに向かって歩いてきているのが見える。じっと目を凝らすと、街灯に照らされて見えたのは遊戯の姿だった。
「・・・・・・・!」
しっかりと2本の足で歩く彼の無事な姿を見てホッと息を吐く。ハルカは窓の鍵を開けてあまり音を立てないようにゆっくりと横にスライドさせて窓から身を乗り出した。するとポケットに手を突っ込んでやや俯き気味に歩いていた遊戯がパッと顔を上げた。互いの視線が絡み合う。まさか気づいてもらえるとは思っていなかったので、ハルカは目を丸くした。遊戯もハルカがこんな時間に窓から顔を出していることに驚いたのか、立ち止まって目を見開いている。それでも遊戯はハルカの行動になんとなく察しがついたのかニヤリと笑んでみせ、何かを言った。離れた場所に居るハルカはそれに気づいて必死に目を細めて読み取ってみる。
お・や・す・み
母音がバラバラだったのでなんとか読み取れた言葉。なんでもない、ただの挨拶にハルカはくすりと笑い、自分も口パクで答えた。
お・や・す・み
読み取れたらしい遊戯はそれから手を軽く振って彼の家であるゲーム屋に姿を消した。ハルカはそれを見届けると窓を静かに閉め、パタリとベッドに倒れ込んだ。
「・・・・・・・・」
彼は何も言ってこなかったけれど、無事に戻ってきたところを見るとカーニバルゲームを取り返すことに成功したらしい。しかしそれはつまり、ゲームの敗者に罰が下されたということで。一体今回の相手はなにをされたのか、か考えてみたがやはり恐ろしくなり中断した。
「・・・・・・・・」
横向きに寝返りを打つと、握っていた拳を開いてペンダントをぶら下げる。ストンと重力に従い垂れたペンダントのプレート部分の紅い石を眺めて、そして手の力を抜いてぽとりと掛布団の上に落とした。そのまま腕もぱたとベッドに落とし、ぼんやりとペンダントを見つめる。
不思議な現象を起こすようになったこの石。生まれた時から肌身離さず持っていたそれは、そういえば金属のはずなのに一度も錆びたことも曇ったこともないことに最近気づいた。これもひとつの、ペンダントの謎の力なのだろうか。
なんて考えながら、自分が次第にこのような不思議な現象に慣れ始めていることをしみじみと感じた。と言っても母の腹に居るときからこれを持っていたという時点で不可思議なことだが、遊戯と接するようになって以来、光ったり意識だけどこかにワープしたり紅い蛇が飛び出してきたりと、普通ではありえないことが次から次へと起きている。それでもハルカ自身は、最初こそ驚きはしたが直ぐに受け入れていた。それは、彼のことも。
「・・・・・・・・・」
今まで全くと言っていいほど気にしたことがなかったこのペンダントの存在。普通ではありえない形でハルカのもとにやってきたこれは、一体なんなのか。人生16年目にして初めて、このペンダントについて知りたいという欲が湧いてきた。
「・・・・・・・・」
ぼんやりと眠気が頭を支配し始める。頭の奥がズシンと重くなり、瞼が重くなるこの感じに、そろそろ寝るかと素直に身を委ねた。
彼が場所を取り返してくれたのなら、明日からはきっと忙しくなる。ケガであまり力にはなれないかもしれないけれど、自分にできることを精一杯頑張ろう。そう誓ったところでハルカの意識はプツンと途切れたのだった。
* * *
翌日の学校は、ある話題により騒然としていた。
文化祭実行委員長を担当していた猪頭と言う、あの例の長ランで体の大きな男が入院したという。なんでも全身に大やけどを負い、幸い命に別状はないが暫くは入院生活を続けなくてはならなくなったらしい。更に昨日の横暴な行動についてなんとか元気を取り戻した杏子とクラスメイトの訴えにより、猪頭は実行委員長の座を剥奪された。それにより副委員長を勤めていた生徒が委員長へと昇格し、その人により3年D組に巨大鉄板の撤去が命じられ、更にそのクラスの今年の文化祭参加(催し物の展開)は禁じられることとなった。
結果、正門近くの催し物建設地はハルカたち1年B組のものとなり、その日から彼らのカーニバルゲームの復興は急ピッチで開始された。3年D組に回される予定だった資金が慰謝料としてハルカたちに回され、そのお金により新たな壁となる木材と修理に必要なものを購入。2日間による懸命な努力の結果、なんとかギリギリでカーニバルゲームを完成させることができたのだった。
「できたあああああっ!!」
「おっしゃああああああっ!!」
「よかった・・・・!ホントによかった・・・・!」
出来上がったカーニバルゲームのブースの前で盛り上がる生徒たちを眺めながら、ハルカもホッと胸を撫で下ろす。一時はどうなることかと思ったけれど、なんとか最後まで遂行できたことに満足感で一杯だった。
「ハルカちゃん!」
「・・・・・!」
名前を呼ばれてそちらを振り返ると、杏子がとびきりの笑顔を見せながら走ってくる姿が見えた。
「ありがとうっ!あの時ハルカちゃんが励ましてくれたお陰でなんとかここまで来れたよ・・・・!」
クラスメイトが用意してくれた椅子に腰掛けるハルカの前で膝立ちをし、興奮気味にハルカの手を握る杏子に、しかし彼女は首を横に振った。
「・・・・・そんなこと、ない。杏子ちゃんが、諦めなかった、から、できたこと。」
「ううん、ハルカちゃんが私は諦めないって言ってくれたから、私も諦めたくないって思えたんだよ。」
そしてもう一度、「ありがとう」と言う杏子はにこりと笑う。
杏子のその笑顔が見たかったから、自分は諦めたくないって思た。どんな形にせよ、こうやって笑顔を見られたことがなによりもの救いだ。
「ハルカさ〜ん!杏子〜!城之内くん、衣装に着替えたよ〜!」
「だーっ!呼ぶなよ遊戯っ!」
遊戯の呼ぶ声に二人して振り返れば、二人の男子生徒に羽交い締めにされる青ヒゲのマスクを被った城之内と楽しげに笑う遊戯の姿があった。ジタバタと暴れる青ヒゲマスクからは、城之内のくぐもった声が聞こえる。結局本当に城之内が青ヒゲ役になったらしい。
「お!ピッタリじゃん!城之内〜、明日は頼んだわよ〜!」
親指立てて笑う杏子の言葉に、「ふざけんな!」と暴言を吐きながら全力で暴れだす城之内。しかしマスクのせいで何を言っているのかよく分からない上完全に両端の男子生徒に押さえ込まれているため、もう彼が青ヒゲ役から逃れる術はないようだった。
こうして無事青ヒゲ役も決まった1年B組のカーニバルゲームは、翌日の文化祭当日大盛況という結果を残すことができ、文化祭最後の催し物人気コンテストで表彰状をもらうことができた。
高校生活初めての文化祭は、一生記憶に残る思い出となったのだった。