24.
「あ、あのさ!お昼、一緒に食べない?」
「・・・・・!いいよ・・・?」
「ありがとう!あ、机くっつけていい・・・?」
「・・・ん・・・」
「隣、座るね。」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・あ、あのさ!放課後・・・デートしよっか?」
「・・・・・・!うん!」

「・・・・。」
「どうしたの?ハルカちゃん。」

箸を咥えたままじっと一点を見つめるハルカに杏子が不思議そうに尋ねた。しかし口から箸を離したハルカはそれに首を横に振った。

「そ?ならいいけど・・・・・。」

ハルカの反応に僅かに違和感を覚えながらも杏子は自分の弁当に視線を落とす。ハルカもそれに倣い、自分の弁当からソーセージを摘んで一口齧った。もそもそと静かに咀嚼するが、それでもハルカの視線は自然とある場所に移る。先から気になって仕方がないのだ。あのピンク色の空気が。

「・・・・・・やっぱ気になる?」

ハルカの視線の先にあるものをちらと見た杏子が苦く笑う。やはりとは、杏子も気づいていたようだ。。ハルカは杏子の言葉に素直に頷いた。ごくんと口の中のものを飲み込むと、口内はじんわりソーセージの後味が残った。

「なーんか増えたよね、カップル。文化祭以来さ。」
「・・・・・・・。」

弁当をつまむハルカたちの視線の向こうには、初々しくもむず痒い雰囲気を醸し出す男女が昼食を摂っていた。所謂カップルだ。それも彼女たちだけではない。くるりと教室内を見渡せば。

「お、それうまそーっ!オレにもくれよ!」
「え〜?もう、しょうがないなぁ、はい、あ〜ん!」
「ちょっ、ちょっと・・・くっつきすぎ!」
「いいじゃん減るモンでもないし!」

普段は他クラスに行くか校庭に行くか、兎に角どこかに出かけていく彼らがここ最近は教室でこのように自分たちだけの世界を展開している。理由はなんとなく察していた。

「やっぱ文化祭で告白する生徒ってのは多いのね〜。中学の時も思ったけど。」
「・・・・・・・・ある意味、恒例?」
「学校のイベント事にはつきものね。」

互いにピンクオーラから視線を外し弁当に向ける。摘んでいたソーセージの欠片は、いつの間にか弁当箱に落ちていた。

「みんないつの間に告白してたんだろ。結構忙しかったと思うんだけどな。」
「・・・・・・・休憩、入った時、じゃないか、な。」
「あー私ずっと動いてたから全然気づかなかった。」
「・・・・・うん、杏子ちゃん、お疲れ様。」
「気合入りまくりでしたから。」

えへへと笑う杏子にハルカも笑って返す。
杏子は文化祭当日、実行委員故かずっと働きまわっていた。お釣り用の小銭が足りなくなれば他クラスに頼んで崩したり、途中壊れてしまった射的のコンベアの修理に使う材料を調達したり、文化祭終了直後の片付けについて委員会で呼び出されたり。足の怪我であまり動けなかったハルカはブースの出入り口で来客数をカウントしていた為目の前を何度も往復する杏子を見ていた。全くもって杏子は文化祭を楽しんでいる時間はなかったと思う。それでも本人はクラスのためお客さんのために働けたことが楽しかったと言いきった。ダンサーになる夢を持っていなかったらバリバリのキャリアウーマンになりそうだ。

「ハルカちゃんこそ、ずっとお客さんの数数えてるだけでつまんなかったでしょ?」
「・・・・・・・武藤くん、と、城之内くんが、食べ物とか、買ってきてくれたし、話相手に、なってくれた、から。」

文化祭中、遊戯と城之内は気を使ったのか何度もハルカの元に来ていた。休憩時には屋台で買ってきたフランクフルトと焼きそばを一緒に摘んで、それはなかなかよい思い出となった。十分楽しかったと言えば、杏子は「あいつらもやるわね」と感心した声を出した。

「それにしても・・・・」

卵焼きを口に含んだ杏子は頬杖をつきながらまたあのピンクオーラの空間を眺めた。御行儀が悪い。

「恋かぁ。そりゃ高校生になったんだから恋のひとつやふたつするわよねぇ。高校生の恋愛ってなんか憧れとか持ってたし!」

それはなんとなく分かる気がする、とハルカは思った。少女漫画などは高校生が用いられることが多い。ハルカも中学の時にクラスの人に勧められて読んだことがあったが少女らしく素敵だなと思った覚えはあった。

「ねぇねぇ、ハルカちゃんは好きな人とか居ないの?」

すると突然投げられた質問にハルカはピタリと箸を止める。ぱちりぱちりと瞬きをして顔を上げると杏子が何処か期待に満ちた目でハルカを見ていた。
とは言え、ハルカにそんな面白い話なんてものはない。今まで友達も作らずあまり人と関わらないで生きてきたのだ。男性との交流もあるはずがなく、従って。

「・・・・好きな人、居ない。」
「えー、そうなの?」

心底残念そうに肩を落とす杏子に苦笑い。期待していたようなのでハルカは少し申し訳なさを感じた。

「付き合った人とかも居ないの?」
「・・・・・・・居ない。」
「じゃぁ告白は?された事あるでしょ。ハルカちゃん綺麗だし。」

否定を続けるハルカにそれでも根気よく恋の話を聞き出そうとする杏子に女子らしさを感じた。こんなにも可愛らしい彼女だ、杏子の方こそ誰かに告白されたのではないのかとハルカは口にはしなかったが思った。

「・・・・・・ない。」
「え、それはかなり意外なんですけど。」
「・・・・・そう?」
「なんかラブレターとか貰ってそう。」
「・・・・・・記憶には、ない。」
「男どもの目は節穴か!」

何故か熱くなる杏子は箸を握ったまま拳を作る。ハルカは困ったように米を突いた。

「あーでも残念。ハルカちゃんとガールズトークできるかと思ったのにー。」
「・・・・・?してる、でしょ?」
「じゃなくて恋バナ!ハルカちゃんの恋バナ聞いてみたかったの!ガールズトークって言ったらこれでしょ?」

当然といった顔で憤慨す杏子に、それならばとハルカは残りのソーセージを食べてから口を開いた。

「・・・・・杏子ちゃんの、恋バナ、すれば、ガールズトーク、ならない?」
「え・・・・私の・・・・?」

まさかハルカに自分の恋について聞かれるとは考えていなかったのか杏子はきょとんとした顔をした。話の流れからハルカに振られたのならば杏子に振り返してもおかしくはないのだが、杏子は少し抜けているところもある。

「・・・・・・・・・杏子ちゃんは、好きな人、居ないの?」
「・・・・・・。」

自分にされた質問をそのまま杏子に向けたのだが、しかし杏子は弁当と箸を持った手を机に下ろして黙り込んだ。その様子にハルカは微笑んだ

「・・・・・居るんだ。」
「き、気になってるだけよ!」

杏子は少し怒鳴るように答えた。
高校生の恋に憧れていた彼女なら矢張り気になる人が居てもおかしくはない。そこで誰だろうと予想してみる。ここはやはり幼馴染で一番近くに居る遊戯だろうか。いや、それでは単純すぎか、とハルカは心の中で首を振った。

「・・・・・・・・・・どんな人?」
「・・・・・・・いや、どんな人と言われても・・・・・。」

杏子は照れた様に目を逸らす。心なしかその頬は赤い。

「・・・・・ほら、前にさ、バーガーワールドで脱獄犯が立てこもり事件起こしたことあったでしょ?」
「・・・・・・?・・・・うん。」

言われて少し前の出来事を思い出す。あの時あの場に居たのは自分と杏子の他に遊戯や城之内、それから幾人かの客。まさかあの時の客の中に気になる人でも居るというのだろうか。

「じ、実はさ、声しか分からなかったけど・・・・・あの時私を助けてくれた人が・・・・・ちょっと・・・・・気になってるんだよね・・・・・。」
「・・・・・・あの時、助けてくれた、人・・・・・?」

オレとゲームをやらないか?

脳裏に蘇る低い声。ハルカ達を助けた人物。

「・・・・・・・・・・。」

ハルカの記憶の中で、それは彼しか居なかった。
あの時目隠しをされ身動きが取れない杏子と銃口を向けられ半人質となったハルカを救ったのは、もう一人の遊戯だった。脱獄犯にゲームをしかけ、見事それに勝利した彼は敗者である男に罰を下し、事件は幕を閉じた。

杏子はその時の自分を救ってくれた声だけの彼(ヒーロー)に恋をしたのだ。つまり、遊戯に。

「ハルカちゃん、顔とか覚えてない?あの後結局あれが誰だったのか分からなかったし・・・・ねぇどんな人だった?」

少し緊張気味にそう聞かれてハルカは言葉に詰まった。
どんな人と言われても、その人物は遊戯であり、しかし中身は遊戯が作りだした“もう一人の遊戯”。難しい話だが、杏子は遊戯のもう一つの人格に恋をしたのだ。

「・・・・・・・・・・」

しかしだからと言って簡単に「それは遊戯のもう一つの人格だ」と簡単に言うことはできない。"彼"の存在はハルカと"彼"自身しか知らない。遊戯自身知らない事実なのだ。
そんな事実を、無責任に人に言いふらせばどうなるか。人によっては多重人格者を気持ち悪がったり、恐れたりするだろう。杏子の場合そんなことはないと思うが、それよりもハルカが畏怖するのは"遊戯自身がどう思うか"だった。昔多重人格を持つ登場人物が自分の知らない自分に恐れ、自身を見失い、心を閉ざしてしまったという話を本で読んだことがあった。
経由はどうあれ、もしも遊戯自身がこの事実を知ってしまい、もう一つの人格を恐れ、自分自身を見失ってしまうことがあったとしたら。もう二度と、遊戯の笑顔を見ることができなくなってしまったら。そう思うと、ハルカには耐えられなかった。

「・・・・・あの時、混乱してた、から、はっきり覚えてない、けど・・・・・私たちと、そう変わらない、年の人、だった。」

瞬時に思考を巡らし差し障りの無い情報だけを吐露する。きっと不自然ではないはずだ。

「・・・・そっか。そうだよね。かなり怖かったもんね。ごめんね?嫌なこと思い出させちゃって・・・・。」
「・・・・・・ううん、問題、ない。」

そう答えると杏子はにこりと笑って再び箸を持った手を動かし始めた。ハルカはそれを見ながら心の中で謝った。

(だけど貴方の恋は応援するから。杏子ちゃんは大事な大事な友達だから。)

「・・・・なに?どうしたの?」
「・・・・!なんでも、ない。」

じっと見つめるハルカに「なによー」と杏子がクスクスと笑う。ハルカはその笑顔が好きだった。

「あー!購買すげー混んでんの!疲れたー!」
「杏子ー、ハルカさーん、ただいまー!」
「あ、おかえりー遊戯、城之内。」

購買部に買い物に行っていた城之内と遊戯が帰ってくると途端にその場が賑やかになった。いくつかのパンを抱えた城之内がハルカの隣の席に着いて大きくため息を吐く。昼の購買部は戦場の如く混む。流石の城之内も疲れたらしい。

「はいこれ、頼まれてた紅茶。」
「サンキュー!」

パックジュースを抱えていた遊戯は紅茶のパックを杏子に手渡す。遊戯は弁当は持っていたが、購買部に行くならついでにジュースをと頼まれた城之内の手伝いで購買部戦争に挑んできたのだ。とは言ってもパックジュースは購買部の近くの自販機で買えるので殺伐としたものではないのだが。

「はい、これハルカさんの。」
「・・・・・・ありがとう。」

差し出された冷えた抹茶オレを受け取ると、遊戯は「どういたしまして。」と言ってふわりと笑った。ハルカの好きな笑顔だった。