26.
「おい城之内。なんでこいつまで呼んでんだよ。」

ハルカが遊戯たちの元に着くやいなや本田はぎろりと彼女を睨む。威圧するその視線にハルカは怯えて肩を揺らした。

「やっぱこういうのは女の意見も要るんじゃねぇかと思ってよ。だーいじょうぶ、こいつならチクったりしねーしバカにしたりもしねーよ。それくらいお前にも分かんだろ?」
「・・・・・そうかもしんねーけどよー・・・・・。」

本田は複雑な顔をしながらまるで品定めするようにハルカをじろじろと観察した。なんとも言えない視線に居た堪れなく思うハルカだが、話の流れから本田が何か相談事を城之内たちに持ちかけていることには気づいた。その内容まではまだ分かりかねないが男同士の相談事に果たして女の自分が介入していいものなのかと首を傾げるハルカだが、隣に立つ城之内はまるで気にした様子もなく本田に「いいだろ?」とハルカの参加を推奨している。ならばとハルカは自分を観察する本田に向き合った。

「・・・・・困ってる、なら、手伝う、よ?この間の、お礼もある、し・・・・。」

先日助けて貰ったお礼を未だに言えていなかったハルカにとって彼の助けをできるのは幸いだった。鋭いその視線は未だ恐怖を感じるものの、以前ほど彼と距離を近づけることに躊躇いを感じなくなったハルカは自分から本田に声を掛ける。そんなハルカの言葉を聞いた本田は一瞬きょとんと呆けて見せた。

「え?この前って?」

隣で聞いていた遊戯と城之内はなんのことかと首を傾げる。当たり前だ、彼らにあのときのことは話していないのだから。

「・・・・・文化祭の、準び「あああああっ!!なんでもねぇよっ!?なんでもねーっ!!」・・・・・・・。」

説明しようとしたハルカの言葉を本田は慌てた様子で遮る。文化祭という単語でようやく合点の行ったらしい彼の頬は赤い。大声に驚いたハルカは本田の様子を見て何故と視線で問うた。しかしその視線は交わることなく、本田は明後日の方向を向いている。どうやら照れているらしい。常日頃悪ぶっている彼にとって人助けはあまり知られたくないのだろう。特にいつも連んでいた城之内といじめていた遊戯には。ハルカは逡巡したあとひとつ頷いて遊戯と城之内に首を振って見せた。

「・・・・・やっぱり、秘密。」
「ええー?」

気になる!とブーイングする遊戯にハルカは心の中でひっそり謝る。対して本田はハルカが察してくれたことにホッと息を吐きながら、簡単に言いふらさないという城之内の言葉は嘘ではないと納得した。彼としても、今の悩みに女性の意見を貰えるのはありがたい話だ。

「・・・・・もーなんでもいいから入ろうぜ!」

本田はこの話は終わりとでも言うように遊戯と城之内の背中を押す。未だハルカの話を気にする城之内はやいやい騒いでいるが本田は無視してゲーム屋の扉を開いた。

「・・・・お前も付き合ってくれんだったら早く来い!」

背中越しに本田が乱暴に言うと、扉を全開にしたまま3人は店内へと消えていく。

(今の、もしかして。)

本田の言葉にぽかんと口を開けた。どうやら彼に認められたらしいと漸く気づいたハルカは嬉しそうに小さく笑って続くように店内に入った。

店に入ると双六がカウンター前に腰掛けていた。ハルカは双六にこんにちはと頭を下げると双六も「久しぶりじゃのう」と返した。ハルカの松葉杖姿に遊戯から事情を聞いていた双六は何も聞かずに椅子を用意した。去り際にハルカの頭を一つ撫でるその双六の優しさに、ハルカは僅か瞳を揺らした。

「それで、今日は皆集まってどうしたのかのう。」

もとの位置に戻った双六は集まる面々を見回してから遊戯に問うた。ハルカも静かに遊戯の話に耳を傾ける。

曰く、本田は野坂ミホに恋をしたらしい。しかし大人しい性格の彼女に喧嘩っ早い短気な本田はどうアプローチをかければいいのかわからず、城之内に相談を持ちかけたようだった。そこで出た案が彼女の気を引くプレゼントをしてみようというものだった。しかし今まで女性にプレゼントなど幼稚園の頃に母親にしか渡したことのない彼には、何を贈ったら良いか到底思いつかず、遊戯にも相談が回った、ということだった。遊戯の家はゲーム屋なのだから本田らしく粋で且つ彼女の心を掴むようなものはないだろうか、と言う具合に。そして偶々近くで突っ立っていたハルカに女としてどういったものを貰ったら嬉しいかを聞きたいらしかった。

「·····女性の気を、引くプレゼント····。」

何が嬉しいかは人それぞれだ。勿論本人が一番欲しがっているものを贈った方が一番効果的だがクラスメイト以外の関係を持たない本田では「今何が欲しいか」など聞くのは難しい。別にハルカが聞いても良いのだが、贈ってきた人が聞いてきたハルカではなく本田では不自然に思われるだろう。

「お前なら何を貰ったら嬉しい?」

城之内がハルカに問いかける。ハルカはうーんと唸りながら思いついたことを取り敢えず口にしてみた。

「·····心が篭った、ものなら、何でも、嬉しい。でもやっぱり、女の子なら、可愛いとか、素敵とか、そういうのが、一番良いと、思う。」

可愛いもの好きなハルカの意見ではあるが可愛い、素敵と思えるものなら女性は誰だって喜ぶと思う。また自分のために選ばれた贈り物なら尚嬉しい。女性らしい有力な意見に本田は腕を組んで唸った。

「ほー、それならイイもんがあるぞぃ!」

と、突然静かに話を聞いていた双六が声をあげた。

「え、ホントじーちゃん!」
「遊戯にも話しとらんかったが昔これでワシはばーさんをゲットしたのじゃ!」

ごそごそと双六の背後にあった棚を探る双六の言葉に遊戯はおおっ!と感嘆する。しかしその後ろで「大丈夫かなぁ、城之内〜〜〜・・・・」「・・・・知らん。」と不安そうに会話する二人をハルカは苦笑いで見ていた。

「これじゃ!」

漸く目当ての物を取り出した双六の手にあったのは正方形の平たく白い紙の箱だった。薄ら埃を被っていて、それなりに年季が入っているようだ。ハルカたちは顔を見合わせてからその箱を覗き込む。ハルカ達の表情を順に確認した双六は、もったいぶるようにゆっくりとその箱の蓋を開けて見せた。

「これは・・・・・」
「・・・・・・白い、ジグソー、パズル?」

それは絵柄のない真っ白なジグソーパズルだった。金色に塗装された枠の角と上辺中央に赤いハートの彫刻があしらわれ、いかにも女性向けな代物だった。

「相手への想いをここに綴りバラバラにして贈る!もらった相手はピースがひとつひとつ組み合わされていくごとに浮かび上がる言葉を拾い集めていく!なんとロマンチックじゃ・・・・・!」

拳を握って熱弁する双六にハルカと遊戯は思わず苦笑い。確かにユニークで素敵ではあるが、本田らしいかと聞かれると無理があるように見えた。

「ぷっ・・・・うぷっ・・・・・ダハハハハーッ!!本田ーっ!!お前のガラじゃねーぜっ!!」

横で覗いていた城之内が堪えきれずに大声で笑った。腹を抱えて笑うその様は相当ツボに嵌ったらしい。ハルカたちでこの反応なのだから、本田も同じような表情をしているだろうとハルカは遊戯の隣の本田を見た、のだが。
彼は物凄く真剣な顔でジグソーパズルを凝視していた。城之内の大笑いにもハルカと遊戯の微妙な反応にも気づかず、カウンターに置かれたパズルを熱い眼差しで見つめている。舐めるように丹念にそのパズルの全体を見た本田はそっとそれを手にとる。そして一言。

「・・・・・・・いい。」
「え・・・・!」
「「・・・・・・・!」」

ぽそりと呟かれた言葉に城之内は笑うのをやめ、遊戯もぎょっとした顔で本田を見上げた。

「いい!いいッスよコレ!!うん!なんかオレに合ってる!ロマンチックで・・・・・」

ぼそぼそ呟きながら尚もパズルを凝視する本田。あまりにも見過ぎて顔とパズルの距離が近い。

「なっ!!彼方!!お前ならこのプレゼント、どう思うっ!?嫌か!?オレからだと変か!?」

突然ぐるりとハルカの方を振り返った本田は遊戯を押し退けハルカに迫る。その勢いに驚いたハルカは思わず座ったまま身体を反らした。

「・・・・・いいと、思うよ・・・・?かわいい、し、素敵、だよ?」

あまりにも真剣な本田の顔に恐怖しながらもそう答えれば本田の目がギラリと光った。

「こ・・・・これ買うぜじーさん!」

本田はポケットに突っ込んだままだったらしい1000円札を取り出して勢い良くカウンターに叩きつけた。なんと潔い買い物具合だことか。

「気に入ってもらってよかったワイ。まいどあり〜。」

双六はにこにこ笑いながらいそいそとレジにお札をしまった。城之内と遊戯はあまりにもいつもと違う本田の様子に固まっていた。買ったばかりのジグソーパズルを抱えて頬を赤める本田を見て、ハルカはしかし微笑ましいと溜息混じりに笑った。

「で・・・・でもちょっと待て・・・・・」

しかしふと思い出したように本田は赤く染まる頬を一変真っ青にして突然頭を抱えてしまった。忙しい男である。

「なんて書きゃぁいい・・・・・?オレ・・・・ラブレターなんか書いたことねぇ・・・・どうする・・・・・・!?」

パズルに書くラブレターに悩む本田の後ろ姿にハルカも遊戯も城之内も困ったような視線を向けた。なにしろこの中の誰もラブレターを貰ったことも書いたこともない。ハルカとしては素直な気持ちをそのまま書けばいいのではないかと思うのだが、あまりにも必死な本田の様子にそのような投げやりにもとれるアドバイスはできそうになかった。

「・・・・!?」

突然本田がグルッっと勢い良く振り返り、瞬間移動でもしたのかと言うほど物凄い速さで遊戯の目の前に立った。

「・・・・・遊戯・・・・・。」

妙な緊張感を感じているのか遊戯は名前を呼ばれてごくりと生唾を飲みこむ。それを見ていたハルカと城之内も黙って様子を伺った。

「・・・・・お前、書いて!」

さっきよりも顔を真っ赤にして吐き出された本田言葉に皆沈黙。

「エ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

遊戯の「意味が分からない!」とでも言いたげな叫びがむなしく木霊する。ハルカの隣の城之内はもうどのように反応すればいいのか分からず溜息を吐いていた。

「ホラ・・・・・な!熱いだろ!この胸の熱い想いを感じ取って言葉にすりゃぁいいんだ!簡単だろ!」
「そんなの分かんないよ!」

遊戯の手を掴んで自分の胸に当てる本田のあまりの無茶ぶりに遊戯は悲痛に叫んだ。自分の中で燻っている想いを文にするだけと分かっているなら代筆を頼むより自分で書いた方が早いのではとは言えなかった。

「そしてこのパズルをリボンちゃんに贈るのさ・・・・・」

本田は有無を言わさずパズルを遊戯に押し付けて既に妄想の世界に入り込んでいる。最早誰の言葉も届かないだろう。余談ではあるが“リボンちゃん”とは野坂のクラスでの呼び名である。ハルカや杏子は用いたことはないが。

「・・・・・・だが、」

本田に押し付けられたパズルの箱を手にしどろもどろする遊戯は、突然声を低くした本田の異変に気づいて顔を上げる。今度はなんだと言いた気だ。

「もしフラれたら遊戯ぃーっ!!てめぇをコロすッスゥーっ!!」
「本田!!そりゃムチャクチャすぎだぜっ!!」
「〜〜〜〜〜っ!!」
「・・・・・・・・・・!!」

遊戯の首を掴んで揺さぶる本田に城之内が慌てて止めに入る。ハルカはどうしてこうなったと深く溜息を吐き、カウンターでは双六が楽しそうに笑っていた。

あれから本田は何度も「うまく書けよ!明日渡すんだからな!!」と遊戯を脅し、また遊戯に襲いかかる前にと城之内が本田の首根っこを掴んで帰ることで漸く事態は収まった。残ったハルカと遊戯は扉が閉まるのを見届けると顔を合わせ、

「「・・・・・・・・はぁ。」」

溜息。
まるで台風に襲われた後のような心境だった。遊戯はパズルの入った箱をカウンターに置き、頬杖をついてもう一度溜息を吐いた。酷く疲れ、悩む様子。ハルカは椅子に座ったままそんな遊戯の背中を見つめた。いつの間にか双六は奥に引っ込んでしまったらしく、そこにもう姿はなかった。

「・・・・・・手伝う・・・・?」

どうしよーっと声なき声で叫ぶ背中に向けて声を掛ける。ラブレターの代筆など本人がラブレターを書くより数段難易度が高い。それなら誰かと相談して書いた方が早いとハルカは考えたのだ。

「・・・・・ううん、ボクが頼まれたんだもん。なんとかするよ。」

遊戯は首を振ってやんわりと笑んだ。しかしどう見てもその絶望的な落ち込み具合は大丈夫ではない。

「・・・・・・でも、一人じゃ、大変、でしょ?明日、間に合う?」

そう問えば遊戯は肩をすくめた。

「頑張ってみるよ。だって本田くんがボクを頼ってくれたんだ。」

遊戯はそう言うと、頬杖をやめてパズルの箱を手にしハルカを振り返った。その顔は矢張り困ってはいたけれど、どことなく嬉しそうにも見えた。
そう、あの本田が遊戯に頼み事をした。それもいつものパシリなどと言った類のものではなく。ある意味では自分の人生をかけた大事な頼み事を、遊戯に託したのだ。それは少し前までの彼らの関係からは想像もつかなかった事。それを邪魔するのは、野暮な話である。

「・・・・・・わかった。もし、なにか困ったら、電話、して。」
「え、あ、うん、ありがとう。」

ハルカは足元に置いた鞄から小さなメモ帳とペンを取り出し家の電話番号を記入する。もしもどうしても何も思いつかなかったら、惜しみなく手を貸すからと、そう言う思いで遊戯にその紙を渡す。遊戯はそれを受け取ると、ありがとうと嬉しそうに笑った。

「あ、そういえばうち、なんか可愛い包装紙とかあったかなぁ。」
「・・・・・包装紙?それなら、うちにあると、思う。明日、私、持ってく、よ?」
「え?でも今から買いに行けば・・・・」
「・・・・・時間、もったいない、でしょ?私、用意しとくから、武藤くんは、メッセージ、頑張って。」

今からなら確かに十分この近くの文房具屋の閉店時間には間に合うが、行って選んで帰ってくるだけの時間は遊戯には勿体ないだろう。その時間は是非メッセージを考える時間に回して欲しいとハルカは考えたのだ。遊戯のことだから時間をかけて真剣に悩み書くだろうから。

「・・・・・うん、分かった。じゃぁお願いするね。」

ハルカは任せてと大きく首を縦に振った。それを見た遊戯は「ボクも頑張るっ!」と拳を握ったのだった。