27.
夕食と入浴を終えてリビングに戻ってきたハルカは部屋の隅に設置されたパソコンを立ち上げた。大きな箱型のパソコンの画面が真っ青に染まり、その隣の本体からはファンの回る音が小さく響く。これが立ち上がるまでには少し時間がかかるため、ハルカはカウンター伝いにキッチンに入った。怪我から1週間ほど経過しやや痛みも和らいだので、昨日から家の中では松葉杖なしで歩いている。勿論怪我した足は使わないが、マンション住まいのため松葉杖の立てるトントンという音が階下の部屋にどうしても響いてしまう。それを考えて今は片足でジャンプしながらの移動を試みているのだ。これをすると少し疲労は感じるが仕方がないことだ。
扉を開けて冷えた麦茶を取り出し、コップに注ぐ。残りの麦茶は冷蔵庫に仕舞い、ついでにシップも取り出してからパタンと扉を閉じた。コップに注いだ麦茶を身体が欲するままに煽る。中身を空にしたコップをシンクの水の入った籠に沈め再びリビングに戻り、ダイニングテーブルに収まる椅子に座った。
テーブルの上には先ほどハルカが食べた夕飯と同じものが一人分、ラップをかけた状態で並べられている。それから時計を見ると時刻は9時を指している。明日は母の仕事が休みの日。恐らく休日前の追い込みをしているのだろう、母はなかなか帰ってこない。もう1時間位したら帰ってくるはずだ。因みに今夜のメインになる肉じゃがはハルカが作った中でもかなり自信のある出来であり、帰ってきた母がこれを食べてどのような反応をするのか楽しみでもあった。

さて、とハルカは手にしていたシップの入った袋のチャックを開けて1枚取り出す。それを患部に貼り付けた途端ひやりとした感覚に思わず小さく身震い。こればっかりは何度やっても慣れない。次いでテーブル脇に置いてある包帯を巻いて医療用テープでシップを固定し、完了。ホッと息を吐いたハルカは、明日は病院に行かなければいけないなとぼんやり思い出していた。
診てくれた医者曰く、この怪我は全治2週間らしい。処方されたシップを毎日しっかり張り替えて、無理に動かさないでいればそれくらいで治るらしい。しかし診てもらったその日に松葉杖を与えられるとは思ってもみなかったハルカは当時大層ぎょっとしたものだと思い出した。目立って仕方がないとも思ったが怪我を治すためだと腹をくくっていつもよりも少し遅れて登校したわけだが、あの時の好奇の目で注目される感覚は忘れられない。

ハルカは視線を自分の足からテーブルの隅に寄せたノートと筆記用具に移して引き寄せ、ぱらりとノートを捲った。と言ってもまだ殆ど書き込みはなく、空白が目立つそのノートは、最近使い始めた物。書かれている内容は数式でも英単語でもなく、蛇について。これは生物の勉強でもハルカが特別蛇好きというわけでもない。

「・・・・・・・・」

パジャマの首元から取り出したペンダント。それはいつもと変わらず蛍光灯の光をその金色で反射しており、真ん中に嵌めこまれたルビーも静かに煌めいているだけだった。
ハルカは少し前からこのペンダントについて独自に調査をしている。しかしアクセサリーなどはこの世に計り知れないほど存在しており、なかなかひとつのアクセサリーについて情報を得ることは難しい。母体から金属片を握りしめたまま生まれた幼児の例も勿論存在せず、ネックレス自体の情報は何も得ることはできていない状態だった。
ならばと思い調べ始めたのは、先日このプレート部分に嵌めこまれたルビーから飛び出してきた、光る赤い蛇のことだった。"光る"蛇、というのはもちろん存在しないので、取り敢えず蛇という大きなジャンルから手を出している所である。しかし。

「・・・・・・・・!」

パソコンの方を見るとやっと起動したらしく、徐々にトップ画面が映し出されている。もう少ししたら完全に立ち上がるだろう。ハルカは視線をパソコンからノートに戻して溜息を吐いた。得られた情報は、本当に少なかった。赤い蛇、で検索をかけてみても、実際にそういった蛇は居るらしいがハルカが見た蛇に近い情報はなかった。赤い蛇を用いたホラー話などはあるようだが、どれもいまいちピンとこない。やはり非現実的な話であるからして、伝承や神話などの非現実的なものに関わりがあるのだろうか。そう考えたハルカは、今日は世界に存在する昔話や神話などをつついていこうかと立ち上がりかけた時だった。
家の電話の呼び出し音が突然鳴り響く。ハルカは慌てて電話に近づき、受話器を取った。

「・・・・・・はい、彼方です。」
『あ、彼方さんのお宅ですか?ボク、ハルカさんのクラスメイトの武藤って言うんですけど・・・・・』
「・・・・・武藤くん?」
『あれ?あ、ハルカさんだったんだ、電話越しだと声違って聞こえるね。』

あははと受話器から聞こえるその声の主は遊戯だった。矢張りラブレターに詰まったのだろうか。

「・・・・・どうしたの?何か、困ったこと、あった?」
『あ、さっきね、城之内くんからうちに電話があってね。』
「・・・・・・?うん。」
『明日野坂さんにパズルをどうやって渡そうって話をしてていくつか候補が上がったんだけど、結局明日の朝始業ベルが鳴る1時間前に教室に集合して、机の中に入れておこうって話になったんだ。』
「・・・・・・その時間なら、まだ殆ど人、居ないし、ね。」

始業ベル1時間前とはハルカがいつも登校する時間より30分程遅い時間である。あの時間帯なら日直が来るか来ないかの時間であるため、確かに机の中に隠すには絶好のチャンスだとハルカは思った。

『で、明日ハルカさん、その時間に来れそう?』
「・・・・・ラッピング、しなきゃ、だもんね。大丈夫。その時間なら、いつもお母さんに、送ってもらってる、時間だから。」

自力であれば始業ベルの1時間半前に学校につくのだが、今は母に送ってもらっているため丁度1時間前登校。事故に合わない限り、集合時間には学校に到着できる。

『なんかごめんね、怪我もまだ完治してないのに無理させちゃって・・・・・』
「・・・・・大丈夫。大分、痛みも、なくなったみたい、だし、あと1週間もすれば、治ると思う、から。」
『そっか・・・・。あ、じゃぁ明日正門のとこにボク居るから、教室まで行くの手伝うよ!』
「・・・・・でも、」
『いつも移動教室手伝ってるんだし、今更だよ。』

あははと笑う遊戯。本当に気が利く子である。

「・・・・・そっか。じゃぁ、お願いする。」
『うん、任せて!じゃぁまた明日、正門でね!』
「・・・・・うん、また明日。ラブレター、頑張ってね。」
『が、頑張るー!じゃぁね、おやすみ!』
「・・・・・おやすみなさい。」

耳から受話器を離して、本体に戻す。途端部屋の静寂が強まった気がして、少しの寂しさを感じた。テレビでも点けておけばよかったと小さな後悔。

「・・・・・・・・・。」

明日のことを考えたハルカは調べ物を早めに切り上げて寝ようと決めた。パソコンは既にスクリーンセーバーが起動していた。

* * *

翌朝。今日は仕事が休みである母に申し訳なく思いながらも早朝に車に乗り込んだ。シートベルトを締めてもう一度鞄の中身を見る。勉強用具、包装紙とシール、リボンの一式。全て揃っている。忘れ物はないか確認してきた母に大丈夫と告げてようやく出発。早い時間故か人通りも車の数も少なく、ハルカの乗る車は問題なくいつもの時間に学校に到着した。正門近くには昨夜電話した通り、遊戯が待機しているのが見える。目の前で止まった車の窓から自分を見るハルカに気づいた遊戯が凭れていた壁から背を離しパッと笑顔で手を振る。ハルカはそれに笑い返してからシートベルトを外し、鞄を肩にかけて車の扉を開けた。

「・・・・・それじゃぁ、いってきます。帰り、多分、16時位に、なると思う、から。」

そう言うと母は頷いてからいってらっしゃいと笑った。ハルカもそれに返すように笑ってから松葉杖を出して車から降りた。

「おはようハルカさん。」
「・・・・・・おはよう、武藤くん。」

車の扉を閉めてから遊戯に近づく。遊戯はハルカの背後にある車の窓から見えるハルカの母に会釈する。すると彼女も同じように頭を下げ、窓越しに手を振ると車はゆっくりと発進し徐々にスピードを上げて去っていった。

「ハルカさんのお母さん綺麗だね。」
「・・・・・・ありがとう。お母さんも、聞いたら、喜ぶ。」

そうハルカが笑うと遊戯は少し照れたような反応を見せた。そんな遊戯を見ているとふと気づいた。遊戯の目の下が薄く黒くなっている。それに少し顔色が悪いようにも見えた。

「・・・・・・・武藤くん、昨日、何時に寝た?」
「え?」

ハルカが尋ねると遊戯はきょとんとした顔をして、それから気まずそうに視線を反らした。その反応だけで十分だった。

「・・・・・・無理、しちゃ駄目。」
「む、無理じゃないよ!真剣に考えてたらいつの間にか朝になってて・・・・・」

しどろもどろと答える遊戯のぽろりと零れた自白。ハルカは聞き逃さなかった。

「・・・・・寝てないの?」
「うっ・・・・・。」

言葉を詰まらせ下を向く遊戯。まさかの徹夜発覚にどこが無理をしていないのだとハルカは心の中で溜息を吐いた。最近溜息が多い気がする。

「・・・・・・、それで、書けた?」
「あ、うん。それはばっちり!」

言って遊戯は鞄から例のパスルの入った白い箱を取り出して蓋を開けてみせた。中を覗いてみるとピースはバラバラに分解されているが、それぞれに昨日はなかった黒い線が見える。内容までは読み取れないが、それでも遊戯のやりきった表情を見ると、恐らく良い出来のラブレターになったのだろう。

「・・・・・・なら、良かった。今日、あんまり、無理は、しないでね。」

今日の時間割に体育はないだけまだましだろうが徹夜明けは相当きついはず。現に遊戯の身体は少しふらついていた。

「大丈夫だよ。授業終わったらちゃんとまっすぐ帰ってすぐ寝るからさ!」

それでも大丈夫と笑う遊戯。事後故これ以上何も言えないが、とにかく今日は本当に早く帰ることをその場で約束し、二人は教室に向かうべく歩き出したのだった。


「・・・・・・・・これで、完成。」
「おお!良い感じじゃねーか!」

ハサミで余ったリボンを切ってハルカは城之内に包装したジグソーパズルの箱を手渡した。小さな花柄があしらわれた白地の包装紙で箱を包み、金糸で縁取られた赤いリボンでクロスしてから頂点に花を作る。それから金色の"For You"と筆記体で書かれたシールを貼り付けて完成。やったことはシンプルだが、折り目も結び目も綺麗にできたのでハルカとしても納得の行くでき映えだった。作業している間中ずっと城之内たちに囲まれて凝視されていたので、緊張して固まった肩をすとんと落とした。

「・・・・なかなかそれっぽいじゃねーの・・・・・」
「すごーい!かわいいね!」

城之内の手にあるプレゼントを見て本田も遊戯も目を輝かせる。

「そ、そういや早まって確認してなかったが、おい遊戯!オレの気持ちが伝わるよーなヤツ書いてくれただろーなぁ!」
「うん!」

本田は遊戯の顔を見て昨日同様真剣な目でそう確認すると、遊戯は自信を持って頷いた。よーしよくやった!と分かりにくい礼を言う本田の声は緊張故か震えている。

「本田・・・・あとはコイツをよ、リボンちゃんの机に入れりゃぁ万事OKだぜ!」

城之内が一足先にハルカの席から2つ前の席、野坂の机の前に立った。本田と遊戯も慌ててその場所まで向かい、ハルカはゴミを手で集めながらちらりとそちらを見やった。

「入れるぜ!」

城之内が言うと本田は顔を真っ赤にしながらコクリと大きくゆっくり頷いた。それを確認し、城之内は野坂の机に先ほど包装したばかりのプレゼントを入れる。妙な緊張感にみな固唾を呑んで見守る。コトン、と小さな音を立ててプレゼントは机の中に収まった。

「やったー!」

城之内が机から手を離すと遊戯が万歳と作戦完了とばかりに嬉しそうに声を上げた。本田も詰めていた息をホッと吐いて照れくさそうに笑った。
「うまくいったらハンバーガー奢るから!」と遊戯たちに言葉少なに感謝する本田。それを見ていると本当に彼のイメージが変わってしまったな、とゴミを屑箱に捨てながらハルカは思った。ついこの間まで遊戯をいじめていた男なのに。恋をするとこんなにも純粋な人。応援してくれた人にはちゃんと感謝もできる。
そんな意外な一面を見て、ハルカは胸が温かくなるを感じた。

「ハルカもありがとな!」

願わくば、彼の恋が叶いますように。