「・・・・・・・・あおめ、の、はくりゅう・・・・?」

書かれたカードの名前を辿々しくハルカが読み上げる。中央に描かれた白い龍が身体を光らせ、青く染まる瞳はどこまでも澄んでいて美しい。その様子はどこが神々しく、こんな小さな絵柄であっても迫力を感じた。

「これは青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)というカードでの・・・・あまりの強さのためにすぐに製造中止になってしまったというマニアなら喉から手が出るほど欲しがる超ウルトラ級レアカードじゃ!」
「へー、なんかそう言われると厳かな感じがするわねぇ。」

描かれた白龍の美しさに感嘆の溜息を零す杏子の隣で、城之内も思わず難しい顔で頷いた。プレミアがついたカードとなるとかなり高価なものなのだろう。下欄に書かれた攻撃力と守備力は確かに他のモンスターよりも遙かに大きな数値が書かれており、このようなカードが勝負の途中に出されてしまったら勝つことは難しいだろうとハルカは思った。

「よーし遊戯!オレ達も明日学校でマジック&ウィザーズをやろーぜ!」
「うん!」

すっかりマジック&ウィザーズに魅入られた城之内の言葉に遊戯も元気に返事を返す。そんな二人の様子にハルカと杏子は顔を見合わせて笑った。

「じーさん、オレもカードを買うぜ!なるったけ強いカードが入ってそうなのくれよ!」
「こればかりは開けてみないと分からんでな・・・ホホホ、毎度あり〜。」

双六から受け取ったカードのパックを城之内はどこか緊張しながら開封する。杏子もそれに習ったように鞄から財布を取り出してカードのパックを購入していた。どうやら杏子もこのゲームを気に入ったらしい。

「ハルカさんは?買わないの?」

パックの中身を見てそれぞれ嬉しそうな反応を見せる城之内と杏子の傍ら、眺めているだけだったハルカに遊戯が声をかける。その目は完全に「一緒にやろうよ!」と語っていて、ハルカはその目には逆らえないなと苦笑いした。

「・・・・・買って、みようかな。」
「そうこなくっちゃ!」

よし!とガッツポーズしてパックを選ぶ遊戯にハルカは微笑まし気に目を細めた。皆も彼も、楽しそうでなによりだ。

とその時、後方でカランとベルが鳴る音がしてハルカ達は一斉に振り返った。そこには未だ小さくカランカランと揺れるベルが取り付けられた扉を抑え店内に入るシルエットが。

「いらっしゃ〜い。」

双六はすぐに歓迎の声を掛ける。客が来たのだ。しかし。

「ん?」

互いに見たことのある顔に、思わず「あ、」っと声が漏れる。

「おや・・・・へぇ、このゲーム屋、遊戯くん家だったのか。」

口元にやや笑みを浮かべてその客、海馬は店の亭主である双六と遊戯を見比べて意外そうに呟いた。身長と髪型、目の大きさが似ている二人をすぐに親族であると見極めたらしい。鋭い観察力と頭脳である。

「あ、同じクラスの海馬くん!」

遊戯は相手にニコリと笑って手を振る。海馬は学生服には不釣り合いなトランクケースを持った手とは反対の手で扉を閉めるとハルカたちの手元に目をやり、意外そうに驚いて見せた。

「君たちもマジック&ウィザーズをやるのか・・・・」
「・・・・海馬くん、知ってる、の?」

逆に海馬がこのゲームを知っていることに驚いたハルカがそう問いかけると、彼はうっすらと笑って返した。

「おう、海馬もやるのか!丁度いいや、オレ達明日学校でこいつをプレーしようと思ってたとこでよー!仲間が増えたぜ!」

城之内は海馬の様子に嬉しそうに声をかける。ゲームは大勢でやった方が楽しい。それに普段あまり人と接しない彼と遊べるチャンス。城之内の提案にハルカたちは揃って頷いた。けれど。

「え・・・・仲間・・・・?」

海馬はまるで城之内の言っている意味が分からないとでも言うように首を傾げる。その反応に城之内たちも目を瞬かせた。

「おいおいよしてくれよ!その資格あるのかなぁ、君たちに・・・・ちょっと君のカードを見せてみな・・・・」

冗談じゃないとあざ笑う海馬は状況を理解していない城之内の手からカードを奪うと、足元にトランクケースを置くとカードを広げて確認する。そして目を瞑って大きく溜息を吐いた。

「ハハーッ!駄目だね!てんで初心者!ボクの相手にはならないよ!クソカードばっか!」
「あ!テメ、人のカードを!!」

海馬は手にしていた城之内のカードをあろうことか無造作に宙に放ってばら撒く。まるでいらないものを捨てるような扱いに、城之内は眼の色を変えた。

「ボクはね・・・・このゲームじゃ全国大会で優勝を争うほどの腕なワケさ!ボクの集めた強力カードにたちうちできるハズないだろ!」

嘲笑うように目を細め、腕を組む海馬。その目は完全に4人を見下していた。前髪の下から覗く青い目が鋭く光る。

「・・・・・・・・・」

ハルカは思わず肩を震わせた。なんて冷たい目をしている人だ。
実のところ、この態度が彼に人を寄せ付けない要素でもあった。優等生だが自信過剰で俺様気質でありすぐに人を見下す。団体行動を嫌い、先日の文化祭では準備の段階から非協力的であった。

「ま、最低でも一万枚集めてから声をかけてくれよ。フフ・・・・。」
「くそー!すげームカつく!!」
「いいよ・・・・城之内くん、ボクらで遊ぼう・・・・」

最後にそう吐き捨てた海馬に城之内は地団駄を踏む。以前の城之内ならばこの時点で海馬に殴りかかっていたかもしれないが、海馬から手を上げられたわけではないため城之内は拳を握って必死に感情を抑えた。

「じーさん、こんな店でもまともなカードはあるのかい?ま、買っていってやるかな・・・・。」
「ハイハイ、毎度〜。」

一部始終を見た上で冷やかしを受けながらも双六は変わらぬ笑顔で商品を見せる。まさに年の功である。

「なんか、やっぱりやな感じね、あいつ。」
「・・・・・・・・」

商品が並べられたショーケースの前に立つ海馬の背を睨みながら、杏子ちが声を小さくして悪態をつく。確かに人を不快にさせる言動ばかりで腹立たしいが、あれは今に始まったことではない。ハルカは呆れたように溜息を吐いて返したのだった。

「ン・・・・・」

怒りに震える城之内を取り敢えず遊戯の部屋に運ぼうという話が出た時、カウンターの方から聞こえた海馬の声にハルカは振り返った。

「な・・・・なにぃぃぃぃぃ!!?」

突然声を上げた海馬に驚いて城之内も遊戯も階段を登りかけていた杏子も立ち止まって振り返る。すると海馬がカウンターに手をついて肩を大きく震わせていた。

「・・・・・?」

双六もどうしたのかとカードのパックをケース内から出すため屈んでいた姿勢をもとに戻して首を傾げる。

「じ・・・・」

肩を小刻みに震わせ冷や汗を流す海馬の尋常ではない様子に、ハルカたちは目を瞬かせた。

「じーさん!こ、このカードは一体・・・・!何故こんなところにあるんだ!」
「ホホ!」

カウンターの上に出されたままだった双六の宝物、"青眼の白龍"に手を伸ばした海馬は、しかしすんでの所で双六に掠め取られて血相を変えながら怒鳴る。こんな取り乱してる海馬の姿は見たことがなかった。

「手にとって見せてくれ!!」
「見るだけじゃよ・・・・」

拳を握ってカウンター越しに迫る海馬はこのカードの価値を知っているらしいと嬉しそうに双六は笑み、カードを海馬に差し出した。

「・・・・・・・」
「・・・・何?あいつ、どうしたの?」
「わかんねぇ・・・・。けど、じーさんの宝物見て急に血相変えやがったぜ。」

状況をよく理解できていない杏子と城之内が耳打ちする。ハルカも遊戯も、海馬の異常な慌て様にポカンと口を開けていた。

「・・・・・・・・」

カードを手に描かれた龍を凝視する海馬。
まるで彼だけ時間が止まったかのようにピクリとも動くことなく、まさに驚愕という言葉をそのまま身体で表したようである。

「はいおしまい!」
「あ・・・・・!」

暫くして双六が海馬の手からカードを取り上げ、海馬はやっと顔を上げた。取り上げられたにも関わらず、視線は双六の手元に向けられたままだ。マジック&ウィザーズを知っていて且つ大会に出る程ゲームのファンである彼にとっては当然知る憧れの幻のカードなのだろう。
突然の騒動には驚いたが何事も起きなかったことに安堵したハルカは、いざ遊戯の部屋に行こうと踵を返した。のだが。

「じーさん!その"青眼の白龍"カード1枚を・・・・これ全部と交換してくれ!」

ダンッと叩きつけるような音と共に海馬の怒鳴るような声が響く。もう一度そちらに目をやると海馬が持っていたトランクケースをカウンターに置き、留め具を外して中身を双六に見せていた。

「アレま・・・・」
「スゲーッ!」
「トランクケースにカードぎっしりーっ!!」

大量のマジック&ウィザーズのカードがぎっしり詰まっているトランクケースに度肝を抜かれた。

「ホホ・・・・駄目。」
「!!」
「断るじーさんももっとスゲーッ!!」

躊躇う事なくきっぱり断った双六に更に驚愕。ハルカたちの開いた口が塞がらなかった。

「く・・・・どうしても駄目か・・・・」
「ホホ・・・海馬くんじゃったか・・・・そこまでこのカードが欲しい気持ち、分からんでもない・・・・が、じゃ・・・・・」

悔しがる海馬に双六はにこりと微笑んだ。まるで全てを包み込むような柔らかな笑みは年齢にふさわしくどこか寛大ささえ感じる。

「ワシがこのカードを手放したくない理由はの・・・・単にこのカードが強いからというワケではない。」

このカードはアメリカに住んどったゲーム仲間だったワシの大切な友人からゆずりうけたものでの・・・・つまり・・・・このカードはその親友と同じくらい大切なものなんじゃ!手放せるハズなかろう!
他の弱いカードとて同じ・・・・そして本当に大切な宝物には"心"が宿るんじゃよ!このカードにもの!何物にも変えられない"心"がの!

「だから海馬くんもこのトランクケースいっぱいのカードを一枚一枚大切にしてあげることじゃ!このゲームの本当の"強さ"とはそーゆうコトなんじゃよ。」

双六が朗らかにそう言うと海馬は少しの間逡巡し、やや乱暴に鞄を閉めた。

「ちっ・・・分かりました、それじゃぁ・・・・・。」

視線を誰にも向けることなく海馬はトランクケースを持ってハルカたちの前を通り、振り返ることなく店から出て行った。それを確認した遊戯と城之内は双六の元に駆け寄ってはしゃぎだす。

「おおおおおお!!じーさんいいこと言うぜー!!」
「確かにじーちゃん、レアカード使わなくてもゲームで負けたことないもんね!」
「ホホ!」
「カードが無事で良かったわ。」
「・・・・・・・・。」

それぞれがほっとした表情を見せる中、ハルカは一人、海馬が去っていった扉をじっと見つめた。

彼のあの動揺。持っていたカード全てを差し出してまで双六の宝物を得ようとした様子。それから、彼の性格。あの男が簡単に語りに応えるとは思いもしなかった。人と会話している姿は数えられる程しかハルカは見ていないが、しかしどれも相手の意見をつっぱねて自分の意見を通していたように思えた。先程の城之内の誘いを“レベルが違うから”と断り、寧ろ見下したあの態度がそれだ。帰り際に少しだけ見えたあの冷たい青い目がギラギラと不気味に光っていたのをハルカは見逃さなかった。まるで親の敵でも見つけたような、目。

「・・・・・・・・・・」

嫌な予感程よく当たると言うけれど。ハルカはただ、この胸騒ぎが思い過ごしであることを願うばかりであった。

* * *

翌日。空は快晴。
遊戯と城之内は早速休み時間にカードを広げてゲームを始めていた。ハルカはそんな光景を自分の席に座りながらじっと眺めていた。

「お・・・何やってんだ城之内!」

いち早くそれに気づいた本田が向かい合って座る二人に近づいて覗きこむ。杏子も二人の席の近くに立って観戦していた。

「へへー!今最先端のカードゲーム、マジック&ウィザーズだぜー!遊戯!オレの"ゾンビ"の攻撃だぜー!」
「このカードで防御!」

楽しそうに声を上げる二人の様子になんだなんだとクラスメートたちが傍に集まってくる。見たことのないカードゲームに興味津々の様子だ。

あの後遊戯の部屋でカードゲームをやってみたお陰でハルカもルールを覚えていた。
マジック&ウィザーズをプレイする人は、まず手持ちとしてカードを40枚所持しなくてはならない。そしてプレイヤーはライフポイント2000点を持つ。交互に自分の山(デッキ)からカードを一枚引き、それがモンスターカードであれば攻撃か守備のどちらかを選んで設置。攻撃力と守備力のポイントを競い相手の攻撃を防げなかった場合、その差がプレイヤーのライフポイントから削られ、最終的に0になってしまった方が負けとなる。頭を使うゲームではあるがルールさえ覚えてしまったら見ているだけでも十分楽しいゲームだ。
ハルカはこういった勝負の駆け引きが不得手のため簡単にはプレイできないが、彼らの楽しそうにゲームをしている光景を見るだけでも十分だった。

「それじゃぁ次はボクの番だね!」

そう言って遊戯は自分のカードの山から1枚引くと嬉しそうに笑った。

「よし!"暗黒の竜王(ドラゴン)"!これ強いんだぜー!これで城之内くんの"ゾンビ"を攻撃!」
「うっ・・・たちうちできねーぜ!」

遊戯は城之内側に置かれた"ゾンビ"のカードを指さして高らかに攻撃宣言。遊戯が出した"暗黒の竜王"は攻撃力1500に対し城之内の"ゾンビ"は攻撃力1000。この場合、遊戯のモンスターの方が500ポイント攻撃力が上なので遊戯の勝ちだ。

「撃破!今ので城之内くんのライフポイントの2000ポイントから1500ポイントに減ったよ!」
「う〜くそ・・・いかんせん強いカードがないぜー!」

城之内は自分が持っている5枚のカードを見て顔を顰めた。どうやら遊戯が優勢らしい。しばらく交互に攻守を繰り返し、最終的には。

「くそーーっ!またやられたー!!」
「やったー!ボクの勝ちだー!」

両手を上げて喜ぶ遊戯と項垂れる城之内。勝負は着いた。

「くそーライフポイントが0になっちまったぜー!オレの負けだー!!」
「城之内弱ーぞ!」

周りで観戦していた生徒が城之内に野次を飛ばす。もちろん冗談と分かっている城之内は頬杖をついて悪戯っぽく笑って見せた。

「はははー!まいったぜー、いかんせんカードが弱くてよー。もっと強いカード手に入れなきゃ駄目だぜー!」

勝負に負けたことの悔しさより、誰も知らないゲームを見せびらかせたことに気分が高揚している様子の城之内の声はでかい。少し芝居がかっているのがまた愉快であり、ハルカはこっそり笑った。

「・・・・?」

ゲレゲラと笑う観客の中に珍しい顔があることにハルカはふと気づいた。長身な彼は集団の後方に立ち、遊戯と城之内の手元を覗いている。

「・・・・・・・」

品定めするような視線が城之内の手元を行き来する。そうしてまた、昨日の様に蔑んだように静かに笑んだ。

「・・・・・・・・」

昨日、海馬は双六に諭されて諦めて帰っていた。しかし最後に見たあの目がどうしても脳裏から離れないハルカは海馬の様子をじっと伺った。