32.
今日は気持ちのいい快晴。こんな日は、きっと良いことがある。
今朝そう思っていた遊戯は一抹の不安を感じていた。

原因は2つ。
1つは今朝の休み時間の事。昨日城之内たちに教えたゲームを早速学校でも広めようとプレイをした。結果は遊戯の連勝。先にこのゲームを知ったのは遊戯なのだから当たり前なのかもしれない。それでも城内と"ゲームで勝負をする"事は楽しかった。問題はその後だ。
1ゲームを終えてわいわいと騒ぐクラスメイトたちに混ざって現れた海馬に祖父に頼んで"青眼の白龍"を持ってきていることを見破られた。その時実は少しだけ遊戯は緊張していた。なにせその前日、つまりマジック&ウィザーズを城之内たちに紹介した日に突然現れた海馬に、双六の大切にしているカードを交換してくれと懇願されたのだ。その場は双六の言葉で収まったものの、あんなにも取り乱して目をぎらつかせていた海馬が、到底双六の話に納得したようには遊戯には見えなかった。だから今日、海馬に声をかけられた遊戯は身構えてしまったのだ。しかし海馬は双六の言葉にカードの大切さを学んだと言うではないか。お陰で警戒を解いてしまった遊戯は海馬の言葉を信じて"青眼の白龍"のカードを差し出してしまった。

それがいけなかった。遊戯は実はしっかりと見ていたのだ。海馬は遊戯が気づいていないと思ったのか、偽物の"青眼の白龍"カードとすり替えて替えて何食わぬ顔で遊戯に返してきたのだ。本当はその場で言うべきだったのかもしれない。けれど周りには初めて見るマジック&ウィザーズに関心を抱いたクラスメイトが集まっていて、遊戯にはどうしても言い出す勇気が出なかった。それが今彼の頭を悩ませる原因のひとつ。

そしてもう一つはハルカのことだ。
その事件が起きてすぐ、海馬に返された偽物の"青眼の白龍"を見に来たハルカは、カードを凝視していたかと思えばすぐに教室を飛び出してしまった。彼女の珍しい焦った様子に、もしかしたらハルカも見ていたのかもしれないと遊戯は思った。そして取り返そうと海馬を追いかけて行ってしまった。
もちろん遊戯はそれを止めようとした。しかしタイミングが悪いというか、一連を見ていなかった城之内に再戦を申し込まれてしまい、断ることができなかった遊戯は結局ハルカも海馬も追いかけることができなかった。

始業のチャイムが鳴っても戻ってこないハルカ。真面目な彼女のことだから、サボるなんてことは絶対にない。ならば海馬を追いかけた先で、何かがあったのではないだろうか。そう考えていた矢先、海馬が教室に姿を見せた。その顔は先程見たものと変わらず笑っていて、何事もなかったかのように自分の席についた。遊戯はそんな海馬の様子をじっと見てから、海馬が入ってきた扉に目をやった。けれど海馬を追いかけていったはずのハルカは一向にそこから姿を見せない。
瞬間遊戯の胸の中でぐるぐると渦が巻く。教師が教室に到着し、生徒たちが号令に合わせて立ち上がる。そんな最中でも後ろの出入口を気にする遊戯に、教師の注意が飛んでくる。慌てて顔の向きを正面に戻すが、前方の出入口からもハルカが入ってくる様子はなかった。

授業が始まって暫くした後、いつの間にか閉められていた後ろの扉が開く音が響き、教室内全員がそちらを振り返る。そして遊戯は現れた人物の様子に驚いて目を見開いた。
頬や手の甲、膝に湿布・ガーゼ・絆創膏を貼った痛々しい姿になって登場したハルカに、クラス中が騒然となる。

「彼方、どうしたんだ。昨日怪我も治ったばかりだろう。」

自身の席に向かうハルカを見て教師は声をかける。その声は驚き半分と呆れ半分が含まれていた。

「・・・・・転び、ました。」
「また派手に転んだな。」

そう教師が言うと一部の男子が笑う。遊戯はそんな生徒たちを睨んだ。

「・・・・ちょっと、目眩、起こして。」
「気をつけろよ。女の子なんだから身体は大事にしなくちゃ。」
「・・・・・はい。」

席についたハルカは、それだけ言うと何事もなかったかのように既に机上に出していた教科書とノートを開く。他の生徒たちも納得したのか、さっきまでのこそこそ話す様子も見せず、再び黒板に目を向けた。
けれど1人だけ、遊戯だけは黒板には目もくれず、板書を写すハルカの姿を見つめた。

「・・・・・・・・・・」

おかしい。ついさっきまでハルカは元気だった。
彼女があんな姿になったのは、海馬を追いかけて行った直後。姿を消すまで彼女の身体に異常は見受けられなかった。彼女の帰りを心配していた遊戯は案の定傷だらけで帰ってきたハルカの姿に思考はよくない方向に転がっていく。

もしかしたらハルカの言い分通り、あの数分の間に誤って転んでしまったのかもしれない。しかし本当にもしも。
海馬からカードを取り返そうとして、あんな姿にされたのだとしたら。

一瞬過る嫌な予想に遊戯は首を振った。いくら海馬とは言え、女の子にそんなことするはずがない。

(なんてことを考えてしまったんだ、ボクは。)

遊戯は自分の頭が導いた答えに溜息を吐いた。彼女自身が転んだと言っているのだ。それならそれが真実。

「・・・・・・・・」

とは言え、海馬が"青眼の白龍"を偽物とすり替えたのは事実だった。遊戯自身が目撃者である。追いかけていったハルカなら、海馬がカードをどうしたのか知っているかもしれない。遊戯は偽物の"青眼の白龍"が入った鞄をちらりと見て、それから海馬に目をやった。彼は変わらず真面目に授業を受けている。
授業が終わったらハルカに聞いて、全てはそれからだ。
そう決意した遊戯は、やっとノートに板書を書き写し始めたのだった。

* * *

授業も滞りなく終わり、最初の休憩時間。
遊戯はノートと教科書を揃えて机の中に入れ、次の授業の教科書とノートを引っ張り出した。次は蝶野の授業である。あの事件以来彼女の厳しい処罰はこのクラスに限りやや緩和されていた。どうやら蝶野のあの素顔は相当な極秘事項だったらしく、顔には出さないがバラされないか気が気でないらしい。一部の生徒は既に言いふらしてしまっているようだが、それは静かな噂話で収まっているようだ。

遊戯は次の授業の支度を終えるとホッと溜息を吐いた。椅子の背凭れに身体を預け、さてハルカになんて話を切り出そうか考える。率直に「海馬くん、やっぱりカード盗んでた?取り返せた?」と言うのもおかしいし、だからといって聞かないわけにはいかない。ひとり唸りながら悩んでいる時だった。

「・・・・・武藤くん。」
「!」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには神妙な顔つきで遊戯を見つめるハルカの姿があった。その後ろのハルカの席の周りには、杏子と城之内、本田の姿が見える。

「・・・・みんな、心配してくれたの。」

遊戯がハルカ越しに彼らを見ている事に気づいたのか、ハルカが説明した。

「大丈夫なの?目眩起こしたって言ってたけど・・・・」
「・・・・・大丈夫。元気。」

そう言って、ハルカは辿々しくも小さくガッツポーズする。少しハルカらしくないというか、珍しい行動に遊戯はくすりと笑った。それを見てハルカも小さく笑う。

「・・・・それ、より、」

けれどすぐにハルカは真剣な顔つきに変わった。声のトーンを落とし、少し前かがみになって内緒話でもするかのように息を詰める。それを見て、遊戯の胸に先程の不安が戻ってきた。

「・・・・・・・」

ハルカはちらりとある方向を確認してから、再び遊戯に視線を戻す。恐らく今の目線の方向は彼の席。

「・・・・・今、武藤くんの、持ってる、おじいさんの宝物・・・・偽物。」
「・・・・・!」

いきなり核心を突いてきて、遊戯は思わず身体を揺らした。やはりハルカは見ていたのだ。自分たちのやりとりを。海馬の悪行を。

「・・・・うん、気づいてる。」
「・・・・・!」

遊戯がそう答えると、ハルカはやや目を見開いて、「・・・・・そう。」とだけ答えた。

「・・・・ホントは、信じたくないんだけどね。でも、大切なものだから、あれがコピーだってすぐに分かった。」
「・・・・・・。」

けれど、遊戯はすぐにはそれを言い出せなかった。

「周りにたくさん人が居たから、言い出せなかったんだ。ボクってば弱虫だよね。」

へへと自嘲する遊戯の顔をじっと見つめるハルカ。遊戯はひとしきり笑うと、膝の上で拳を握った。

「・・・放課後、ちゃんと取り返すよ。」

ちゃんと自分で取り返す。
ハルカの言い方から察するに、取り返すことはできなかったが海馬の悪行を疑惑から確信に転換してくれたのだ。ならば遊戯自身が始末をつけなくてはならない。

「・・・・・武藤くん、やっぱり、優しい。」
「・・・・・え?」

ハルカの呟きに顔を上げると、彼女は少し呆れたような様子で笑っていた。

「・・・・なんでも、ない。放課後だと、私、バイトでお手伝い、できないけど。頑張って。」

先ほど呟かれた言葉に首を傾げながらも、激励されたことに素直に喜びを感じて頷いた。それを確認するとハルカは自分の席に戻ってしまった。

「・・・・・・・・。」

正直な所、遊戯は人を責めなくてはならないことに気が引けていた。けれどハルカは遊戯のことを思って真相を突き止めてくれた。ならば自分が勇気を持って、彼女に応えなくてはならない。
遊戯はひとり頷いて、次の授業開始のベルが鳴るのを待つことにした。

全ての授業が終わり、下校時間。
早々に帰路につく、と言うよりバイト先に向かったハルカと杏子を見送って、教師に呼ばれていると嘘を吐いて城之内を先に家に帰した。それからすぐに正門に向かい、海馬が来るのを一人待ち伏せることにした。

「・・・・・・・。」

正門前は帰路につく生徒で溢れている。ざわざわと楽しげに会話しながら学校を後にする彼らは、正門で待ち伏せする遊戯を誰も気に留めない。遊戯はひたすら出てくる生徒たちに視線を巡らせて、彼が出てくるのを待った。

「・・・・・・!」

すると一人嬉しそうに笑う海馬の姿を見つけた。いつもと変わらず背にはリュック、片手にはあのカードがたくさん詰まったトランクケースを持っている。

「海馬くん!」
「!! 遊戯!」

心底驚いた様子で遊戯の名を口にする海馬の様子に、遊戯は背負っていたリュックの肩掛け部分をぎゅっと握った。

「ハハ・・・遊戯くん、今帰りなの・・・・?」

遊戯が声をかけてきたことに動揺する海馬。明らかに様子がおかしかった。

「海馬くん!お願いだから、あのカードを返して欲しいんだ!」
「え・・・・!」

単刀直入に言うと、海馬は顔を強ばらせた。それは彼が偽物とすり替えたという事実を肯定していることに変わりはない。

「さっきは皆が居たから君がカードをすり替えたなんてコトをどうしても言い出せなくて・・・・・」
「す・・・・すると・・・・ボクがカードを盗んだとでも言うのか!ちゃんとカードは返したハズだろ!」

できれば穏便に済ませたかったのだが、海馬は叫ぶように否定した。

「ボクだって本物とコピーの違いくらいは見分けがつくよ・・・お願いだから返して欲しい!」
「く・・・・ボクは知らないって言ってるだろ!!」

ありったけの勇気を出して訴えたにも関わらず、あくまで海馬はしらを切る。それに焦れた遊戯は、ついに感情を爆発させた。

「海馬くんも知ってるハズだよね!あのカードがじーちゃんにとってどれほど大切なものかを!!」
「・・・・・・・・・」
「約束を破ってカードを返せなくなったら、ボクはじーちゃんの"心"を踏みにじったコトになってしまうんだ!!ボクは大切なじーちゃんを裏切りたくないんだ!」

そう力強く叫ぶと、周りから好奇の眼差しが刺さる。しかし今は感情のセーブが効かない遊戯には、それを気にする余裕はなかった。

「まったく・・・・」

しかし海馬は、そんな中でも冷静に静かに溜息を吐く。さっきまでの動揺は欠片も見せず、いつもの人を蔑んだ態度に戻っている。

「ボクの心こそ踏みにじられた気分だよ!」

額に手を当て首を振る彼の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

「ボク知らないよ、ホント!じーちゃんじーちゃんいう前に友達のいうコト信じられないのかい?全く・・・・君と言い、彼女と言い・・・・人を犯人扱いしてくれて・・・・。」
「・・・・!」

最後の言葉に遊戯の肩がぴくりと揺れた。

「・・・・・!海馬くん!」

それから何事もなかったかのように踵を返す海馬の背に慌てて声をかける。しかし、いい加減鬱陶しく感じたのか、海馬は舌打ちをすると持っていたトランクケースを大きく振りかぶり、身体ごと振り返る。

「うるさいんだよ!!」
「!!」

それは遠心力で力を帯び、遊戯の頬にまっすぐ向かいガツンッとぶつかった。硬いものと肉がぶつかる鈍い音が響き、傍を通った女生徒が小さく悲鳴をあげた。

「カードに対する愛情だとかよ!そんなくだらないコト、ボクの知ったことじゃないのさ!じじいに言っとけよ!ゲームなんてのは勝つためならなんでもアリってのがボクの信条だとね!」

そう言って声を上げて笑う海馬の顔には、冷徹な感情が伺える。遊戯は彼の気迫に押され、それ以上訴えることはできず、ただ愕然と彼を見上げていた。

「・・・・あの女も、くだらない正義なんて振りかざさなきゃ、あんな痛い目に合わなかっただろうにな。」
「!!」

最後にポツリと呟かれた言葉に、遊戯の頭が真っ白になる。喉が締め付けられたような感覚に囚われ、息がうまくできない。

海馬が言った、あの女とは誰だ?
痛い目に合うって、どういうことだ?

脳裏に過る、傷だらけの彼女の姿。カードを取り返そうと彼を追いかけた彼女の姿。

・・・・・武藤くん、やっぱり、優しい。

男の高笑いを聞きながら、遊戯の意識は徐々に遠のく。完全に意識がなくなりかけた時、最後に浮かんだ彼女の呆れたような笑顔が、泡のように弾けて消えた。

「海馬!!」
「!!」

はっきりと怒りを込めて男の名前を呼んだ。気だるそうに振り返る海馬は溜息を零した。

「・・・・まだ何か?」
「・・・・・・・」

人を蔑み見下し、傲慢を振りかざして人の大切なものを奪う君を。人の心を踏みにじり、あまつさえ傷つける君を、許さない。"闇のゲーム"で決着をつけよう。

さぁ、審判の時。
双六の"心"を取り戻し、遊戯とハルカの"心"を救うため、彼は拳を握った。