36.
「オラアァ〜〜ッ!!」

そうして引き返そうと踵を返した瞬間、突然後ろから怒鳴り声が響いた。

「人の足踏んどいてシカトこく気かよぉ〜!」
「す、スイマ・・・セン・・・」

そこには数人の男子高校生が屯していた。髪色を変えたり長ランを着たりタバコを吹かしたりしている彼らは如何にも不良そのものだ。そんな彼らの中心に身を縮こめる男が一人。仕事鞄を片手に怯えるサラリーマンだ。学生の一人がそのサラリーマンの胸ぐらを掴んで脅すように怒鳴っていた。

「ま、いいんだけどね・・・お金くれりゃぁさ〜。」

蛍光色の太い縁眼鏡の奥でニヤリと笑んだニット帽を被った男は口から吸ったばかりのタバコの煙をサラリーマンの男に噴きかけた。人目も憚らず堂々と町中でカツアゲをしている彼らを、周りの大人は見てみぬフリをする。

「あの制服は隣玉高(りんたまこう)のやつらだぜ!相変わらずワルが揃ってやがる・・・かかわんねー方が良いぜ・・・。」
「・・・・・・」

隣玉高とはこの付近の住人なら誰もが聴いたことのある学校名である。童実野学校よりも暴力沙汰は多く、何かと問題を起こす学校で有名だった。故に知っている人間は隣玉高校付近に近寄ることは滅多にない。どうやら今ハルカたちが居るのは隣玉高校の近くのようだ。
ハルカは不良集団の一人ひとりをこっそりと観察した。どの人も如何にも悪人面という様子で、間違いなく関われば面倒くさそうな人ばかりだ。噂に違えない、問題児たちである。脅されたサラリーマンから金を受け取った彼らは声を上げて笑うとハルカたちからその人を隠すように、と言うより、男が絶対に逃げられないように完全に取り囲む。

「・・・・・・!」

そして何をするのかと思いきや、彼らは足を持ち上げその人を激しく蹴り始めた。周辺に戦慄が走る。暴行。すぐに警察に通報するべきなのだが、ぐるりと見渡した限り生憎ここには公衆電話は見当たらない。どこか店に駆け込んで電話するか自発的に店員に通報してもらうかのどちらかしかない。そう考えてハルカが視線反らした瞬間、何かが視界に映り込んだ。

「・・・・・っ!」

視界を掠めたのは、金。
隣玉高校の学ランの薄い青に混じった、たった一つの濃い藍色の学生服。

「あ、あれ・・・!」

気づいた遊戯が驚きその金と藍の男を指さす。引き返そうと踵を返していた本田と杏子も遊戯の声に再び振り返る。そして遊戯の指の先に居る彼を見て、同じく驚愕した。

「城之内くん!!」

最悪の不良集団に混じって城之内がその暴行を眺めていた。野次馬ではない、まるでその集団の一部のように溶け込む彼のその表情は見ようによっては深刻そうであり、しかし目の前で繰り広げられる惨事に全く興味がないように見つめるだけだった。

「な、なぜ・・・隣玉高のやつらなんかとツルんでやがんだ!」

予想もしない展開に本田の声も動揺で震える。何故優しく気さくで明るい城之内が、問題で有名な生徒たちと行動を共にしているのか。それは簡単には受け止めきれない現実だった。

「城之内!オレらのたまり場に案内するぜ!J'z(ジェイズ)って店!」

気が済んだのかカモとしていたサラリーマンから離れ歩き出す暴力集団。サラリーマンは痛みで動けないのか呻き声を時折漏らしてその場に転がっていた。

「城之内くん!」
「!遊戯・・・」
「・・・武藤、く・・・!」

突然走りだす遊戯をハルカは慌てて追いかける。このまま放っておけば折角見つけた城之内を見失ってしまう。しかし今彼に駆け寄ることは暴力集団に飛び込むと言うこと。すれ違いざまに誤って足を踏んでしまった男を寄って集って暴力するような彼らに、非力な遊戯が近づけばどうなるか分からない。それは本田にも杏子にもすぐに分かったようだった。慌てたように遊戯の名前を呼ぶが彼は止まらない。追いかけたハルカが遊戯の手を掴もうとするよりも先に、遊戯は彼の名前を叫んだ。

「城之内くん!」
「!!」

その呼び声に気づいた城之内がちらりとこちらを振り返る。声の主が遊戯だと認識した城之内は暴力集団に付いて行く足を止めた。

「城之内くん、どうして学校に来なかったの・・・どうしてそんな人達と・・・・・・」

本人たちが聞いているのを気にしてか、はたまた城之内が彼らに付いて行くことが信じられないからか、恐らく後者により遊戯は語尾をすぼめながらもハルカたちが聞きたかったことを代弁した。ハルカは遊戯に伸ばしていた手を下ろし、城之内を見る。しかし何も答えない城之内に違和感を覚えた。

「・・・・・そんな人っ・・・て、ボクらのコト?城之内、知り合いか?あのガキ・・・・・」

遊戯の言葉を聞いた先のニット帽の男が城之内に問いかける。すると城之内は全く表情を変えることなくハルカたちからふいと目を逸らした。

「いや、知らねーよ!行こ―ぜ!」
「城之内くん!」
「・・・・・・!!」

城之内の言葉に衝撃を受ける4人。まるで雷に打たれたように背筋がぴりりとして、冷たい氷が体の中心から隅々に滑っていく感覚に寒気さえ感じた。ハルカは大きく見開いた目を去り行く城之内の背から離せなかった。知らない、なんて。どうして。

“オメーはもう俺らの仲間だろっ!”

いつか城之内がハルカに言った言葉が、浮かんで消えた。

「けっ・・・・・・城之内・・・お前もすっかり骨抜かれちまったなぁ・・・・・・」

すると突然、今まで黙って城之内の隣に立っていたこの集団の中でも一際人相が悪い男がハルカたちを一瞥してニヤリと笑った。その笑った時の冷たい目に射抜かれたハルカの肌がゾクリと粟立つ。この人は、凄く、怖い。

「童実野高なんぞに行くからあんなガキが懐いちまう!だから最初(はな)から隣玉に来りゃよかったんだぜ!オレと一緒によ・・・・・・」

咥えタバコをするその人の言うガキとは恐らく遊戯を指しているのだろう。男子高校生の平均身長よりも断然低い遊戯は、時々小学生と間違われると嘆いたこともあった。この男はあからさまに遊戯を見下しているのだ。

「城之内くん、一緒に帰ろう!」

しかし遊戯はそんな男の揶揄いの文句も気にすることなく必死な叫び声で城之内を呼ぶ。近くに立つハルカの視界に映る遊戯の背中はか細く震えていた。

「蛭谷さん、あのガキ、うるせぇよ・・・・・城之内も知らねーって言うし。」
「フ・・・・・・」

ニット帽の男に蛭谷と呼ばれたその男は、既に興味をなくしたらしく視線は明後日の方に向いていた。すると徐ろにニット帽の男がハルカたちの方に向かって歩き始めた。その口元には笑みを乗せており、遊戯の目の前で立ち止まったその男は上からハルカたちを見下して更に笑みを深めた。何を、と視線を男と合わせた瞬間、男が拳を大きく振り上げた。

「さっきからギャーギャーうるせぇんだよ!クソガキーッ!」
「!!」
「・・・!!?」

硬いものと柔らかいものがぶつかりあう鈍い音したと思えば、ハルカの視界から遊戯の姿が消えた。突然のことで驚き固まるハルカは、一拍置いて漸く遊戯が殴られたこと理解した。その頃には遊戯は横に吹っ飛んで地面に倒れ伏していた。

「・・・・・・武藤くんっ!!」

ハルカは慌てて遊戯に駆け寄り抱き起こす。腕の中で遊戯は小さく呻き、顔を顰めた。

「ヘヘ・・・ボクらのお友達の城之内に気安く声かけんじゃねーよ!今度ツラ見せたら殺すぞ!」

頭上から降ってきた声にハルカは顔を上げて相手を睨んだ。煙を燻らせ可笑しそうに笑うその男は、それ以上なにも言うことなく集団の元へと戻っていく。
なんという外道。なにもしていないにも関わらず突然殴りかかるとは。ハルカはその背中をじっと睨み続けた。

「遊戯!大丈夫か!」
「遊戯!」

本田と杏子が駆け寄り遊戯の顔を覗く。身体を起こそうとしているのか身動ぎする遊戯は城之内の名前を呟きながら弱々しく手を伸ばした。

「・・・・・・武藤、くん・・・」

殴られたにも関わらず怒るでも悲しむでも悔しがるでもなく、只管に城之内の背を追いかける遊戯に切なさを覚える。ハルカは遊戯の肩を支える手に少しだけ力を込めた。

「城之内!アンタ最低だわ!見損なったよ!」
「ど、どうしちまったんだ―――城之内ぃ!」

遊戯のその様子に表情を変えた杏子と本田も城之内を呼ぶ。けれどそれでも、彼は振り返らない。

「・・・・・・城之内くん・・・!」
「・・・・・・・・・」

願うように彼を呼んでも、あの優しくも力強い瞳がこちらを振り向くことはなかった。

「ハーッハッハッ!行こ―ぜ、城之内!」

高らかに笑う彼らに引き連れられ、城之内はその場を去っていく。

「・・・・・・城之内、くん・・・」

呟かれたその声は、最後まで彼に届くことはなかった。

* * *

近くの公園のベンチに腰を下ろしたハルカたちは、それぞれがそれぞれの思いで溜息を吐いた。漸く現れた警察に被害者の男を預けたり事態を眺めるだけの野次馬で騒がしいあの場所から、一度落ち着ける場所へと移動したのだ。
ベンチに遊戯を座らせると杏子はハンカチを持って公園に設置された水飲み場まで走って行く。それを見送ると本田は遊戯の隣に項垂れるように腰掛けた。ここに来るまで一言も喋らず物思いに耽ていた本田。暴力集団に城之内が混ざっていたショックか、はたまた別の事か、その表情は硬い。

「・・・・・・っ!」
「・・・・・武藤くん、痛む?」
「ああ、ごめん。うん、平気。」

遊戯の傍に立っていたハルカは息を詰めた遊戯の顔を覗きこんだ。右頬に触れて顔をしかめる遊戯は渇いた笑みを浮かべる。痛々しく晴れ上がった頬は全くもって大丈夫そうではない。ハルカは心配から口をへの字に曲げた。

「ほら、濡らしたハンカチ、顔に当ててなさい。」

戻って来た杏子が遊戯の目の前にしゃがみ、水飲み場で濡らしてきたハンカチを遊戯の右頬に宛がった。腫れて熱くなった頬にそれは冷たかったようで、思わず上体を反らした遊戯は「大丈夫だよ」とハンカチを杏子の手に戻した。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

そうして、沈黙が降りる。
遊戯も本田も考えこむように視線を地面に向ける。ハルカと杏子は互いに顔を合わせて口元を結んだ。誰も城之内が去ってしまったことを受け止めきれていないのだ。公園で遊ぶ子どもたちの声と車の走行音が酷く耳に染みた。

「・・・・・・あいつ・・・、」

沈黙を破って本田がぽつりと漏らす。その声は少しだけ掠れていた。

「中坊ン時、けっこーワルでよ・・・周りの中学の奴とか時には高校の連中巻き込んではケンカに明け暮れてた時期があってよ・・・・・けっこー補導歴とかあったし・・・ネンショ行きかけてた位でさ・・・・・そん時ツルんでたのがさっきいた蛭谷って奴だ。」
「・・・・・・ひる、たに・・・」

それはあの集団の中で一際人相の悪い男の名であった。少し伸ばした金髪をオールバックにし、小さなポニーテールの様に高いところで結われたその髪型は特徴的で、ギョロッとした眼は忘れたくも忘れられない程同じ高校生とは思えない冷たさを持っていた。

「今でこそタメ口言ってる仲だけど・・・オレ、昔あいつに憧れてた・・・・でも、オレ、半端だったし・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

本田の眼が懐かし気に、けれど悲し気に細められる。彼の脳裏には当時の自分と蛭谷の様子でも浮かんでいるのだろう。

「あいつ、下のやつらには面倒見良かったし・・・・弱い奴には手ぇ出さなかった・・・・でも・・・・・どうしちまったんだ、あいつ・・・・・・」

眼を伏せて両の手を祈るように握り混乱と悔しさから表情を歪ませる本田。そんな彼に掛ける言葉を、ハルカは知らなかった。

「もう帰って来ねぇかも・・・・・・くそっ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

去って行く城之内の背に見えた最悪の展開。友として語り合った自分たちの声を聞くことなく姿を消した彼に不安が募り、その言葉が漏れたのだろう。認めてしまうのが怖いと言うように。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

言葉に詰まるハルカと杏子は自分たちの無力さに途方に暮れた。遊戯は本田の話を聞いてそっと首からさげた千年パズルに触れると目を閉じた。ハルカは遊戯の手に抱かれるパズルを静かに見つめた。
遊戯の宝物である千年パズル。今思えば自分たちはこのパズルによって繋げられたようなものである。自身の宝物だとハルカに見せた遊戯。それを取り上げ遊戯をからかっていた本田。遊戯のパズルに掛ける思いを共有した杏子。
夜のプールでその手に掲げられたパズルのピースは、外灯に照らされ確かに美しく輝いていた。振り向く金髪のその人の何かを決めたように引き締められたあの表情を、ハルカは今でも忘れない。

「・・・・・・ボク、信じてる。」

呟かれた遊戯の言葉にハルカたちは顔を上げて彼の横顔を見た。

「城之内くんは変わってなんかないよ!」
「遊戯・・・・・・」

上げられた遊戯の表情は明るく微笑みを浮かべていた。力強いその声は場の空気を徐々に変えていく。

「そ、そーだよな!あいつ単純だけどそんな奴じゃないよな!」
「うん!」

遊戯の言葉に何かを感じ取った本田が漸く笑みを見せ立ち上がる。遊戯はそんな本田に明るい笑みを向けた。
そんな彼らを見て、ハルカの心も徐々に浮上する。そうだ、彼はきっと変わっていない。お調子者で仲間想いの優しい城之内。昨日まで見せていた笑顔が嘘な筈がない。

「・・・・・・わた、し・・・城之内くんと、帰る・・・・・・!」
「ハルカ・・・・・・」

共に帰路につき、寄り道をし、「また明日」と別れ、翌日笑顔で「おはよう」を交わす。それが日常なら、今日も変わらず「また明日」と手を振りたい。明日「おはよう」と笑い合いたい。

「ボクも城之内くんと帰る!」
「私も!」
「よし、オレも!」

この輪は一人でも掛けたら繋がらないのだ。次に自分たちがするべきことは決まっていた。互いに顔を見合わせ大きく頷く。

「これはきっとワケがあるハズだぜ・・・・・・」
「・・・確か、ジェイズって、お店が、拠点って話して、た。」
「よし、行こう!」

向かうは本拠地、J’z。