37.
「城之内がオレのグループに入ってくれたのは大歓迎だな!」

店の雰囲気を出すためかはたまた店自体が廃れてしまったせいか、照明の少しだけ落とされたその空間に男の低く楽しげな声が響いた。店内には同じ学生服を着た生徒たちしか客は居ない。それどころか店員すら姿はなかった。蛭谷は店のカウンター席にどっかりと腰掛けながら、目の前でソファーに座りテーブルに足を上げ他の生徒とは違うデザインの学生服を着た男に笑みを向けた。しかし相手は蛭谷の顔を見ることはなく、ただ静かに目の前の空間を睨んでいる。

「また昔みたいに暴れよーや!なぁ!フフ・・・」
「取り敢えずどの辺から勢力のばしますかね〜、蛭谷さん。」

蛭谷の隣でタバコを口に咥えるニット帽の男も、ソファーに座る男を見下ろす。それでもソファーの男は反応を見せなかった。

「蛭谷さん、タバコ切らしてましたよね・・・オレのをどうぞ・・・・・・」

そんな男の態度に特に気にした様子も見せず、ニット帽の男は蛭谷にタバコを差し出した。蛭谷はそれを黙って受け取り静かに口に咥える。

「・・・・・・・・・」

と、そこで漸くソファーの男の目が動くいた。静かに鋭い視線がニット帽の男に向けられる。まるで憎き仇を射抜くように。

「ン・・・」

視線に気づいたニット帽の男は振り返り、ふぅとタバコの煙を吐き出す。

「なんだよ城之内・・・。オレの顔に何かついてるかぁ?」
「・・・・・・・・・」

笑いを含んでそう聞けば、しかしソファーの男は何も答えず目を逸らした。けれどややもして、再びその視線がニット帽の男に向き、流石に男も訝し気に眉をひそめた。

「だからよー、さっきからなんなんだぁ?城之内よぉ。」

何かを考えるように、ニット帽の男の後ろに誰かの顔を思い浮かべるように。いつかの記憶を思い出して、何かを決断しようと逡巡する。

ガタン。
静かな空間にバランスの悪いテーブルの脚が床にぶつかる音が響いた。それはソファーに座っていた筈の男がテーブルに手をついて立ち上がった故になった音。

「・・・・・・・・・」

立ち上がった男は、やはり正面の空間を見つめて口を開かない。けれどまるで何かを決めたように纏う空気は固い。周りでそれを見ていた者たちもその違和感に気づいて黙って男の様子を伺っていた。

「・・・やっぱ、絶対、許せねぇよなぁ・・・・・・」

細められた目が三度ニット帽の男に向く。その顔は険しく。怒りに顰められていた。ゆらりと身体をニット帽の男に向け数歩の距離を一気に詰める。

「え・・・・・・」

ドカァッ!!

「グッ・・・・・・!」

店内に響いた頬を殴りつける鈍い音。殴られた相手は口内を切ったのか口から血を吐き、カウンターを越え壁にぶつかった。蛭谷はそれを表情を変えずに横目で見ていた。

「オレの友達(ダチ)殴ったのはよぉ、許せねーつってんだよ!」

殴った男―――城之内は怒りに任せて怒鳴り散らす。我慢していた何かがぷつりと切れてしまったかのように。

「くく・・・城之内。やっと昔の眼に戻ったな・・・嬉しいぜ・・・。」

タバコの煙を吐き、楽しそうに口元を歪める蛭谷。その冷たい目は真っ直ぐに城之内へと向けられる。

「だが、」

ふと、口元から笑みが消え細められていた目が更に細められ、タバコは足元に落とされた。

「オレ達を敵に回そうなんてのは悲しいなぁ・・・・・・」

空気が凍てつき、周りの隣玉高校の学生たちは一歩前に出る。

「城之内を押さえろ!意識改革のための処刑を行う!!」

その言葉に瞬時に不良たちが城之内を囲う。城之内は自分の周りの下っ端たちを見据えて、静かに拳を握った。

* * *

城之内を見つけた場所に戻ったハルカたちは、彼らがJ’z(ジェイズ)に向かう途中だったことからこの近辺にその店があると考え、彼らが歩いて行った方向に進むことにした。道すがら通り行く人や店員に道を聞きながら、次第に周りの景色は廃れた所謂路地裏の怪しいものへと変わっていく。すれ違う人も人相の悪い人ばかりで、ハルカはそっと杏子の隣に寄り添って歩いた。

「確か、この辺りって言ってたよな。コンビニの店員。」
「そのはずだけど・・・・・・なんか怖いね。」

辺りを見回す本田の横を歩く遊戯は少し身を縮めながら左右の軒先にある看板を確認している。先程コンビニの店員から聞いた話によればそのコンビニから然程遠くない位置にJ’zはあると言う。蛭谷たちはこの近辺でも有名な不良集団らしく隣玉高校の名を出せばすぐに教えてくれた。

「あ、ねぇ、あれそうじゃない?あの落書きだらけの建物。」
「あ?どれだよ?」

突然声を上げた杏子の言葉に一同足を止めて見渡す。

「あの赤レンガの建物。ほら、入り口の所にある看板、「J'z」って書いてある。多分あれ「ジェイズ」って読むんじゃない?」

言われて杏子の指差す方向を見やれば、確かにそこには落書きだらけの赤レンガの建物があり、入り口に「純喫茶 J'z」と書かれた看板が置かれている。しかし見た限り、殆どその「純喫茶」としての役割を果たしていない店のようだった。その落書きと辺りの雰囲気のせいでいかにも不良集団の集い場に見える。あの店で間違いない。

「取り敢えず、どうする?」

店の近くまで寄ったところで立ち止まり、杏子が本田の背中に問うた。策もなしに不良集団の溜まり場に乗り込むことはできない。

「そうだな。取り敢えず、様子見をしよう。誰かが出てきたらオレがボコって城之内があいつらとつるんでる理由を聞き出す。その後のことはその時考えよう。」
「ちょっと強引だけど・・・、でも今一番聞きたいのはそれだしね。」
「・・・・・・本田くん、大丈夫?」
「心配すんな。任せろ。」

そう言ってニヤリと笑う本田。流石喧嘩専門だけあってこういう状況では心強い。

「じゃぁあそこに隠れましょう。あそこからなら店の出入口の様子を伺えそうよ。」

そう言って杏子が指をさしたのはJ'zの反対にある狭い路地。確かに建物の影に隠れながら見張るには最適な場所であった。


「お、一人出てきたぞ!」

建物の影に隠れて店の様子を伺っていたハルカたちの前に人影が現れる。待ちぶせを始めてからものの数分。蛭谷率いる不良集団の1人が何かを呟きながら店から出てきた。

「ヘヘ・・・3人までならオレひとりでなんとかなる。」

そう言ってハルカたちを残し、本田は一人店から出てきた男の後を追い、逃げられないように自然に近づいていく。妙に手慣れた様子にハルカたちはハラハラしながら二人の後ろ姿を見守った。

「よっ!」
「ン・・・・・な、なん・・・」

ドカッ バコッ

男が何か言う前に近くの路地裏に引っ張りこみ殴る本田。ハルカは思わず目を瞑り、本田の攻撃が終わるのを待つことにした。
ややもして、本田がハルカたちに手で合図をする。それに互いに顔を見合わせたハルカたちは、複雑な気持ちながら本田と男の隠れる路地に入った。

「おい・・・城之内がなんでてめぇら隣玉の連中とツルんでるんだ!ワケ聞かせな!」
「・・・・・・!」

本田が男の胸ぐらを掴んでそう問えば、男は彼らが城之内に声を掛けて追い返された連中と気づき嘲笑うように口元を歪めた。

「へ・・・・・知らね・・・・・」
「しゃべらねーとブッ殺すぞ!」

白を切ろうとする相手に本田が本気で怒鳴る。その気迫に思わずハルカも身を震わせた。

「ひっ・・・わかった、話すよ・・・・・・」

同じくその気迫に押された男が、観念したように声を震わせて真相を語った。

曰く。
蛭田にはそろそろグループの勢力を拡大しようと考え、昔の仲間に声をかけて集めているようだ。それは当然、中学時代に色濃く付き合った城之内も対象となり、昨日下校途中(ハルカたちと別れた後だろう)の城之内に声をかけた。しかし城之内は最初、首を縦に振ることはなかった。が、そのようなことで蛭谷がすんなり引き下がる筈もなく、その手の駆け引きを得意としている彼はとある条件を城之内に提示した。男が見た城之内の表情は、この条件を聞かされた時に一変したようだ。その条件とは。

「仲間になんなかったら、童実野高の城之内のクラスの連中・・・・・ひとりずつヤミ討ちかけるって・・・・・そう言ったのよ・・・・」

バキッ!

またも鈍い音が1発響き、本田の手から男が鼻血を散らしながら崩れ落ちる。殴った男の背は震え、怒りの感情が伺えた。
ハルカに詳しいことは分からないが“ヤミ討ち”とは言葉を聞く限り、リンチを掛けるといったものなのだろうと想像できた。蛭谷との復縁を望んでいなかった城之内は、ハルカたちを守るために自らを犠牲にしたのだ。その事実を漸く知ることのできたハルカたちに、一つの希望が芽生える。

「よし!城之内を奪還するぞ!」

城之内はやはり変わっていなかった。仲間思いの優しい城之内は、消えていない。あの笑顔は嘘ではなかった!

「城之内くん!」

ハルカたちは男をその場に残して弾かれたように走り出した。向かうは彼らの拠点“J‘z”。

「・・・・城之内、くん・・・・・!」

(待ってて。今迎えに行くから。)

一人で背負い込まなくていい。ハルカの脳裏に浮かぶ城之内の言葉。

“オメーはもう俺らの仲間だろっ!”

バタバタと走るハルカたちを急くように、空は大きな唸り声を上げていた。

* * *

ぽつ、ぽつ。
突然頬を小さく打つ冷たい感触に、ハルカは空を見上げた。

「・・・・・・雨・・・」

それはまだ小雨ではあるが見上げた空を覆う雲は分厚い。今朝の予報では雨とは言われていなかったので、これは恐らく夕立だ。そうなればすぐに強い雨となるだろう。

「遊戯、杏子、ハルカ・・・・・、ここから先はお前らは入ってくんな!オレ一人で行く!」

目的地に着くと本田はハルカたちを振り返って言った。

「で、でも・・・本田くん!」
「隣玉(あいつら)はお前らが関わるような連中じゃねぇんだ!」
「・・・そん、な・・・!ここまで、来て・・・!」

3人は本田に反論しようと身を乗り出す。しかし本田は何かを決めたように、願うように、小さく笑みを見せた。

「・・・・・遊戯!オレらみてぇのとつるんでも・・・お前は荒んだりすんなよ!な!」
「・・・っ!本田くんっ!!」

走りだす本田の背を、しかしハルカたちは見送ることしか出来なかった。本田が見せた笑みに、これ以上ハルカたちが汚い世界に入り込むことを望まない気持ちが見えた気がしたのだ。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・雨、ひどくなってきたね・・・・・・」

杏子がぽつりと溢す。どうすることもできないハルカたちの耳には、雨が地面を打つ音だけが響いた。制服はじわりじわりと雨を吸い込み、段々と重みを増していく。剥き出しの鞄は多少の防水はされているが、暫くすれば水に侵されてしまうだろう。すぐにでも雨宿りができる場所に移動するか、“J‘z”の中に入るべきなのだろうが、誰もそこから動くことはなかった。城之内が居る筈の店の前から離れたくないという気持ちと、本田に止められた言葉の重みが邪魔をして。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

遊戯も杏子も誰も雨宿りを提案せず、下ばかり見ていた。


ややもして。
壁際に並んで本田の帰りを待っていたハルカたちは、階段を駆け上がってくる音に顔を上げた。期待に満ちた顔で彼を迎えたが、しかしその後ろに城之内の姿はない。

「やつら、居なかったぜ!」

悔しげに顔を顰める本田の言葉に、ハルカたちは困惑した声を上げた。先ほど蛭谷の仲間は間違いなくここから出てきたのだ。ならば他の仲間も蛭谷も、城之内もここに居るはずなのに。

「それじゃぁ城之内くんは今どこに・・・・・」
「わからねぇ・・・だが店ン中の荒れた様子を見ると、城之内のヤツかなりやばい状況かも・・・・・」
「!! 早く見つけ出さなきゃ!」

もしかしたら路地で男から真相を聞き出している間にどこかに移動してしまったのかもしれないとハルカは思った。店の中が荒れていたのが元からなのか、それとも最近のものなのか定かではないが、もしもかしたら。城之内に何かあった可能性は高い。

「・・・手分けして、探そう・・・!」
「よし!だが見つけたらすぐにオレに知らせろ!絶対やつらに関わるんじゃねーぞ!」

ハルカたちは頷いて先の公園で落ち合う約束をし、バラバラの方向に走りだした。