学校の昇降口の傍には掲示板がある。そこには学校からの連絡や部活動の大会・発表会の案内、保険医からの呼びかけなどが貼りだされる。時には童実野町で開催されるボランティアの呼びかけやなにかの博覧会といった町に関わるものも貼られたりする。
ハルカは上靴に履き替えた足先を階段の方向に向けながら、そのポスターを眺め見た。黒い背景に神秘的な光りを浴びて佇む、誰かの胸像。それは黄金のアクセサリーを身にまとって光りのない描かれた瞳をこちらに向けている。
【今まで明かされなかった、ファラオの謎を追う】
去り際にちらりと見えた謳い文句を脳裏で反覆し、ハルカは階段を上った。
「「「エジプト発掘展ーーー!?」」」
「!!」
土曜日の朝。1限開始までの短い空き時間にいつも通り集まるハルカたちは、遊戯の言葉に素っ頓狂な声を上げた。
「うん!明日から童実野町の美術館で展示会が開催されるんだー!」
「・・・・・・もしかして、ちょっと前に、新聞で、書かれてた・・・・」
「そうそうそれ!エジプトで王様の墓が見つかって宝物も出てきたってやつ!その発掘品を展示するんだってさ!」
「へー、おもしろそうじゃん!行こ行こ!」
杏子の言葉に本田も城之内も乗り気に頷いた。
童実野大学考古学者チームがエジプトの“王家の谷”で王の墓を発見したというニュースは、一時新聞やニュースで大きく取り上げられていた。エジプトの文化と言えば神秘的なものばかりで、杏子たちの気を引くには十分の話題であった。
「今回エジプトの王様のお墓を発見した大学教授がボクのじーちゃんと友達でさー。その吉森さんて人がボクらを招待してくれたんだ!」
「へー、新聞に出てた人ね!」
ハルカは新聞で見た小太りの男と細身で背の高い男の写真を朧気ながら思い出す。写真の下に書かれていた説明書きではその細身の男が吉森教授と記されていた。
「ミイラとかも見つかったんだよなー。」
「ゲッ、ミイラ・・・!?おい・・・なんか呪われそうじゃねーか!」
本田の言葉に城之内が顔を顰める。城之内はミイラや幽霊と言ったオカルト関係が苦手なのだ。本田は分かっていて口にしたのか意地悪く笑った。
「遊戯のそのパズルもエジプトで見つかったんだよね。」
「うん!この“千年パズル”!」
杏子の指さす先できらりと光る千年パズルは、いつもと変わらず遊戯の首から下がっている。遊戯はそれを大事そうに持ち上げた。
「でも遊戯のおじーさん、言ってたよね・・・そのパズル見つけた発掘隊の人たち、みんな謎の死を遂げたってさ・・・・・」
千年パズルの曰くを語る杏子の“死”という言葉に城之内は大きく肩を震わせ遊戯の肩を掴んだ。
「本当かよ!遊戯、お前大丈夫か!呪われてんじゃねーのか!」
「呪われてなんかないよ〜。」
城之内の鬼気迫る表情に困った顔で笑う遊戯。そんな遊戯を見つめながら、ハルカは何かを考えるように目を細めた。
千年パズルが完成したという夜、ハルカは自身の持つペンダントの力によって精神を学校に飛ばされ、そこで初めて彼に出会った。彼というのは勿論、遊戯のもう一つの人格のこと。恐怖や怒りから保身するために生まれたはずの彼は、まるで元からそれが自分の力であるように千年パズルの不思議な力を使って罪人を罰してきた。初めてハルカが遊戯の家に遊びに行った日、双六が語った“闇の知恵と力”とは、果たしてあの不思議な力のことだったのだと今では理解できた。つまりこのパズルは、間違いなく“呪われていた”。
パズルの力を使って遊戯やその周りの人間を傷める罪人を裁く“遊戯”。精神崩壊、身体外傷など、彼の所業はハルカには到底恐ろしい物であった。
“自分が怖いか”
そう尋ねた彼にハルカが答えられなかった日から既に2週間経過している。あれ以来もう一つの人格に会うことはない。それはつまり平和に過ごせているという証ではあるが、ハルカはその間ずっと後悔していた。彼の心を間違いなく傷つけてしまったことを。
間近で見た“処刑”は残酷で、女であり平和に生きてきたハルカが酷く怯えるには十分な要素を含んでいた。ましてそれを行うのがクラスメイトで友である遊戯。今思い返せば答えられなかったのは少なからずショックを受けていたのも理由なのかもしれない。
遮断を許さない絶叫と、焦げ臭い匂い。優しい彼は、仇を討つために審判と刑を執行する。
(恐れてはいけなかったのかもしれない)
“遊戯”があのようなことをするのは他でもない、遊戯やハルカたちのため。そんな彼を“怖い”と認めてしまったのは恩を仇で返すようなものである。
(できうるならば、)
もうこれ以上、あのように残酷なことはして欲しくない。手を下せば下す程、彼の心は闇に蝕まれてしまう気さえする。
もしも次にハルカが彼に会えた時、謝罪と制止の言葉を掛けられたなら、今の二人の距離はどう変わるのだろうか。恐怖と親愛に揺れるハルカの表情は、ひそりと陰を落としていた。
「それじゃぁ明日の日曜日、一時に美術館に集合ねー!」
「うん!」
「おーしゃ!」
ハルカが物思いに耽っている間にエジプト展行きが決ったらしい、ハルカは遊戯と城之内の掛け声に驚いて顔を上げた。
「ね、ハルカちゃんもそれでいいでしょ?」
「・・・・・・。」
脳裏でスケジュールを広げたハルカは、明日は日曜日にしては珍しくバイトのシフトも入っていないことを確認してこくりと頷いた。とは言え杏子ならばハルカのシフトも知っているのであろうが。
「えへへ、エジプト発掘展かー!楽しみだなぁ。」
本当に楽しみな様子で明日に思いを馳せる遊戯。
明日のエジプト発掘展行きが友をも巻き込んだ大きな事件になるとは、誰が予想できただろうか。
* * *
日曜日、快晴。その日の童実野美術館前は多くの客で賑わっていた。テレビで大々的に取り上げられただけあって、集客率は上々のようだ。
約束の集合場所はその美術館の正面入り口前である。ハルカは余裕を持って家を出ただけ合って一番乗りでそこに着いた。以前に1度、母親と絵画の展覧会に来たことがあったので、道程は大体把握していたのだ。次に現れたのは遊戯と双六と杏子。一緒にここまで来たらしい。薄着のニットにノースリーブのワンピースを重ね、ロングブーツで決めた杏子は女子高生らしく可愛らしい格好である。対して双六は以前に会った時と同じ、オーバーオールにバンダナと言った出で立ち、遊戯は何故か学生服を着ていた。
「やっほーハルカちゃん!ワンピースだ!可愛い〜!」
「・・・・ありがとう。杏子ちゃん、も、可愛い。」
普段日曜日にバイトに行く時は私服で店に行っているので当然杏子はハルカの私服姿を見たことがあるが、今回は遊戯たち男子も交えた私服でのお楽しみなので女性らしく服装に気を遣ったハルカは杏子には可愛らしく見えた。春らしい白地の七分袖のワンピースは黄色い花柄が鏤められ、腰に回した細身のベルトが女性らしい柔らかなラインを美しく魅せている。夕方温度が低くなるのを前提に肩に掛けたパステルピンクのカーディガンも華やか。低いヒールのベージュのパンプスは光沢のあるもの。ハーフアップされた髪型も相まってハルカからは大人っぽさが滲み出ていた。
初めてハルカの私服姿を見た遊戯は、矢張りと言うべきかハルカのそのような魅力的な姿に心奪われていた。彼女のアルバイト先の制服姿も勿論可愛いらしいのだが、これはこれでまた違った趣があり、寧ろ彼女らしさを感じる。遊戯は少し照れた様子で小さくハルカに手を振った。勿論ハルカはすぐにそれに応えた。
「おう!みんな早えな!」
「城之内!本田!」
ややもして姿を現した城之内と本田は、それぞれカジュアルな格好をしていた。ブラウンのステンカラーコートが落ち着いて見える本田に、スタジャンの下に着たシャツの裾をはみ出してやんちゃを演出する城之内、どちらも彼ららしいファッションと言えよう。集まったメンバーの顔を確認して、杏子は「よし」と頷いた。
「みんな揃ったみたいね!」
「おー!」
それでは早速美術館に入ろうといった雰囲気に、双六はやんわりと笑みで制止をかけた。
「いや、実はワシの友人ともここで待ち合わせをしとるんじゃ・・・。もうちょっと待って!」
その言葉にそういえば今回は双六の友人からの招待だったことを思い出した杏子とハルカは顔を見合わせて笑った。思っていた以上に自分たちはこの展示会を楽しみにしていたらしい。
城之内の日曜なのに学ラン姿の遊戯へのつっこみを聴いた所で背後から男性の呼ぶ声が飛んできた。
「武藤さん!」
「ほほ!来よった来よった!」
振り返るとあの新聞に載っていた細身の男が大きく手を振って駆け寄ってきていた。それを見つけた双六が朗らかに笑うと、相手は双六に近づいて握手を交わす。
「どーもご無沙汰してます!」
「いやぁ、こちらこそ展示会に招待して下さって感謝しとりますわい。」
数年ぶりに会う友人は互いに変わらず元気な様子で自然に笑みが浮かび合う。双六は一頻り握手を交わすと遊戯たちを振り返った。
「みんなにも紹介しよう!こちらが吉森教授じゃ。」
「初めまして。」
「おー!王様の墓を発見した今や時の人だぜー!」
城之内にしては珍しく難しい言葉を感想として皆が吉森に挨拶をする。新聞の写真から窺える通りに優しそうな紳士である。
「そちらの方は・・・」
と、双六が吉森の後ろに誰かが居ることに気づき吉森に尋ねた。
「ハイ!今回の展示会の主催者であり、発掘の資金援助をして下さった美術館の館長の・・・」
「金倉です!私の美術館にようこそ!」
淡いクリーム色のスーツと帽子に深紅の蝶ネクタイをし、両手で杖を持った小太りの男が白いちょび髭の下で口角を歪に上げ、ハルカたちの顔を見回した。新聞の写真に吉森と共に映っていたのでハルカはてっきり考古学の仲間かと思っていたのだが、どうやらこの美術館の管理者であったようだ。ハルカたちは揃って彼にも頭を下げて挨拶と感謝を述べた。
「武藤さん・・・・・、前にお聞きした“千年パズル”を解いたお孫さんというのは・・・・」
「ほほ、そーいえば話しとったか・・・・・」
すると突然別の話題を振ってきた吉森に双六は頓狂な顔をしてみせた。まさかの“千年パズル”という単語が出てきて、遊戯は一瞬間を置いてきょとんと吉森を見上げた。
「君が遊戯くんかーー!」
遊戯の視線に気づいた吉森が途端に満面の笑みを浮かべて遊戯の方を見る。しかしそんな吉森を押し退けて金倉が足早に遊戯に近づいて千年パズルを凝視した。
「それかー!!ウワサの“千年パズル”というのはー!ぜひワシに見せてくれ〜!」
あまりにも勢いのある懇願に遊戯は仰け反りながらも頷き、首から千年パズルを外して吉森に手渡した。金倉はパズルを受け取ると顔に近づけて隅から隅まで舐めるように視線を這わせる。品定め、と言ったところだろうか。
「こ・・・これはすごいぞ〜〜!古代エジプト史に残る文化的遺産だ〜〜〜!!」
「金倉さんは美術商を専業になさってるから目はたしかだよ!」
金倉の興奮する様に呆気にとられてたハルカたちに吉森が説明する。美術商をしている人なら曰くのついた如何にも歴史のありそうな千年パズルは大いに盛り上がれる代物なのだろう。金色に輝くそれは如何にも宝物といった風情である。
「遊戯くんお願いだ!!この“千年パズル”を今回の発掘展で是非展示させてくれないか!!」
「え〜〜〜〜!!」
突然の申し出に遊戯は大声を上げる。それもそのはず千年パズルは遊戯の唯一無二の宝物である。例え貸すだけとは言え無闇に手放すのは惜しいのだろう。ハルカは遊戯の困った顔を見つめることしかできなかった。
「そ・・・それじゃぁ一日だけなら・・・・・」
「そ、そうか!一日だけでけっこーだよ!!」
遊戯からOKの返事を貰った金倉は途端に大きな声で喜びを見せる。今回の展示会に更なる目玉アイテムが並ぶことがそれほどまでに嬉しいらしい。商売熱心な人だなぁとハルカは思った。
* * *
それから少しして館長たちと共に美術館に入ったハルカたちは、そこに並ぶ数々の歴史ある宝物たちに目を輝かせた。
「スゲー!!」
異観な光景に美術館であることを一時忘れて大声を上げる城之内。そんな城之内の袖を軽く引いてたしなめるハルカの姿に、吉森はふふと笑った。
「このお宝ってさー、全部掘り当てた人のモンになるのかー!?」
先より幾分か声量を抑えた城之内が吉森にそう尋ねると、吉森は笑いながら首を横に振った。
「ハハハ・・・・・そうだといいんだけどね!1921年までは宝物の半分を発掘者が所有することができたが、今はエジプト考古局のものさ!だから1922年に見つかった有名なツタンカーメンの財宝も発掘者は何ひとつ手に入れることができなかったんだよ。」
「そっかー・・・ボク考古学者って宝物探して一攫千金を夢見てる人かと思ってた・・・」
遊戯の想像にハルカと杏子も頷く。宝物を見つける考古学者イコール映画の財宝を求める探検家のようなイメージがあったので吉森の話は意外だったのだ。
「ハハ、とんでもない!考古学ほど実入りのない職業はないよ。」
よれよれのシャツに着古されたスーツで困ったように笑う吉森の言葉には確かに説得力があった。発掘となると海外や現地での移動、衣食住だけでも金がかかるため、とてもつらい仕事なのであろう。
「でもね。長い年月をかけて誰も知り得なかった歴史の扉を開けた瞬間は口では言い表せない興奮を覚えるよ!それがあるからやめられないんだ!」
この男はロマンを追いかけている。それが幸せなのだ。人生全てを掛けて探究心を燃やす吉森の姿に、ハルカたちはほうと感嘆の溜息を吐いた。