「おはよう、ハルカさん。」
まだまばらな数の生徒が登校してきた位の時間に、遊戯は登校してきた。いつもよりは少し早いその登場に、ハルカは少し驚きながらも挨拶を返した。しかし遊戯は席に着くなり大きく溜め息を零す。登校だけで疲れてしまったのだろうか。明らかに元気がなく、その表情は曇っている。もしかしたらどこか悪いのかもしれない。そう思ったハルカは珍しく自分から遊戯のもとに向かった。
「・・・・・調子、悪い?」
「・・・え・・・?」
ハルカが話しかけてから一拍おいて、遊戯が顔を上げた。その表情はキョトンとしていて、ハルカの質問が理解できていない様子だった。
「・・・・元気、ない。」
遊戯を観察してみるが、少し顔色が悪いようだ。
「ひっ・・・ぁ・・・・」
ハルカは遊戯の額に躊躇いなく手を当てれば、遊戯は素っ頓狂な声を上げた。手が冷たかったのだろうか。
「な、な、な、」
「・・・・熱、は、ない。」
もう片方の手を自身の額に当てながら熱を比べる。恐らくそう変わりのない互いの体温に少し安堵した。
「だ、大丈夫だよ!熱はないから!」
顔を赤くした遊戯は慌てたように少し強引にハルカの手を額から剥がした。さっきまでの蒼白な顔色が嘘のように血色が良くなっている。
「・・・・そう。なら、いいけど。」
「し、心配してくれてありがとう。でもホント、ボク元気だよ。」
へにゃりと苦笑いに近い笑いを浮かべ遊戯は礼を述べる。まるで「なんでもないから気にするな」とでも言いたげなやんわりとした拒否に、ハルカはそれ以上の聞くことができず小さく肩を竦めた。
「オーッス!遊戯!ハルカ!」
突然教室に響いた元気な声に二人して振り向けば、そこにはあまり中身が入っていなさそうな鞄を抱え片手を上げてこちらに向かってくる城之内が居た。
「あ・・・・おはよー、城之内くん!」
「・・・・おはよう。」
鞄を机の上に放り、ポケットに手を突っ込んだ城之内は、遊戯の顔を見ると少し顔をしかめた。
「なんか元気なくね?遊戯。」
「ううん、そんなことないよ!」
先ほどのハルカ同様、まじまじと遊戯の顔を見る城之内にやはり先ほどと似た返事を返す遊戯。少し考える素振りを見せた城之内は問うようにハルカの方を見たが、ハルカは首を横に振った。それを見て城之内はそういえばと話を切り出した。
「遊戯、あれから調べたんだけどよー、やっぱこの学校にアイドルいねーみてーな!」
「えーっ!城之内くん、まだそんなこと調べてたの!」
遊戯は驚きのあまり、思わず立ち上がった。
アイドルと言うのは先日城之内が遊戯と一緒になって騒いでいたことだった。テレビ局の車が学校の前に止まっていたので「この学校にアイドルが居る!」などと勘繰った城之内は、どうやら今まで調べていたらしい。結局あのテレビ局の車はいじめの現場を捉えたいがために問題の多いこの高校にやってきただけの、あまり良いテレビ局ではなかった。画が欲しいために気の弱い遊戯を利用し、結果謹慎処分となったあのディレクターの所属するテレビ局。昨日昼食の時に話していたのはその話題だったのだ。あれで世間から反響があったのだから、少々日本の未来に不安を感じてしまう。
「そこでだ!遊戯!ハルカ!」
途端何かを企んでいそうな悪い笑みを浮かべた城之内に不安を感じてハルカは顔を引きつらせながらも無言で先を促した。
「オレがこの学校のアイドル一号になる!!」
「・・・・・・・。」
ここに杏子が居たらビシッと決まる突っ込みが入るのだろうが生憎彼女は今不在だった。
「・・・・?」
突っ込みの声が入らないことに城之内はちらりと目だけでハルカを見た。冷めた目をしたハルカの表情に城之内の口元がぴくりと引きつった。
「・・・・・・・」
二人で先ほどから沈黙する遊戯を見やる。いつの間にか座した遊戯は先ほどの城之内のアイドル宣言が聞こえなかったかのように心ここにあらずといった様子で俯いていた。
「・・・・遊戯・・・・」
「あ・・・え!?」
盛大にスベった城之内は、恨めしそうに遊戯の名を呼ぶと遊戯は慌てて顔を上げた。
「何か悩み事があんのか!オレに話せよ!力になんぜ!」
城之内はガッシリと音がしそうな程勢いよく遊戯の肩を掴んだ。その表情は真剣で、本気で彼を心配している様子から、どうやら先ほどのおふざけは城之内なりの思いやりらしい。不良ではあるがこういうところは彼の大きな長所である。
「本当になんでもないんだよ。城之内くん、ありがとう・・・・」
遊戯がにこりと笑う。その笑顔はすこし元気を取り戻したような笑顔だった。どうやら城之内の気持ちは通じたらしい。
「・・・そっか!」
パッと遊戯の肩から手を離して城之内は笑った。その光景にハルカも微笑んだ。遊戯の元気のない様子は気になるけれど、頑なにそれを吐露しない彼に無理やり聞き出すのは困難だろう。いずれ遊戯の方から相談した時には全力で力になろう。ハルカはそう思った。
* * *
今日は城之内も杏子も用事があるらしい。早々に身支度を整え教室を後にした。そしてハルカも今日は少し買い物に行く予定があった。ノートとシャープペンの芯と、新しく出る小説が欲しいので少し大きめな本屋に行くのだ。特に用事はないらしい遊戯にそう言えば、「僕も丁度赤ペンが切れそうなんだ」と笑い付いて行くことに。鞄に用具を詰めて席を立ってから二人で教室を出る。他愛もない会話をしながら昇降口に向かった。履いていた上履きを脱ぎ、決められたロッカーに入れてからローファーに履き替える。
「あ・・・・・」
しゃがんで靴紐を結んでいた遊戯が突然声を上げた。何かと思い彼を見れば、遊戯は下駄箱の向こう側を見ているようだった。ハルカはつま先を床に軽く打ち付けてローファーを履いてから、遊戯が見る方向を見た。
「・・・・・・・?」
そこには眼鏡をかけた少し小さめな男子生徒がこちらに背を向ける形で立っていた。ハルカは彼を知っていた。同じクラスの花咲だ。誰かを待っているのだろうか。特に変わった様子のない花咲から視線を遊戯に戻した。
「・・・・・・・・?」
と、何故か遊戯は慌てた様子を見せていた。目をキョロキョロとさせ、それから苦い顔をして自分の頭を小突いている。今時自分の頭を小突くなんて漫画みたいなことする人をハルカは見たことがないが、妙に遊戯にはその仕草が似合うような気がした。
「・・・・武藤、くん・・・?」
明らかに挙動不審な遊戯に話かければ慌てた様子で遊戯はハルカを振り返る。その左手は不自然にもポケットに突っ込まれていた。
「え、あ、なんでも、ないよ!」
あははと笑う彼を見て、ハルカは今朝の遊戯の様子を思い出した。あれ以来1日中何かを考え込んだ様子の遊戯は結局その悩みを打ち明けることはなかった。幼馴染の杏子にでさえ、心配して声を掛けたにも関わらず話すことはなかったのだ。一体何に悩んでいるのか皆目見当もつかなかったが、今の花咲を見たあとの様子から察するに彼と何か関係があるのかもしれない。ハルカはそう考えた。
「・・・・花咲くん、に、なにか、用、あるの?」
「ううん!何もないよ!さ、行こう!」
あからさまな態度を取りながら遊戯は出入口に向かう。それにハルカは訝しく思いながらも後に付いて行った。
「花咲くん、サヨナラ・・・・・」
花咲の横を通り過ぎる際、遊戯が片手を挙げて挨拶をする。ハルカも会釈をしながらそのまま昇降口を出ていこうとした、のだが。
「あ、あの・・・・・遊戯くん、彼方さん・・・・・」
花咲は何故か二人を呼び止めた。出ていこうとしていた足を止めて二人は顔を見合わせる。なに?と首を傾げて花咲を見れば、花咲は制服のポケットをごそごそと弄り、2枚の横長な紙切れを取り出した。それを両手で持つと、花咲は遊戯たちに差し出した。
「じ・・・実は・・・・・このパー券買ってくれないかい?」
「・・・・・・?」
パー券。パーティー券の略語。どうやら花咲は何かのパーティーにハルカたちを招待したいらしい。“買う”と言う単語を聞く限り、参加費の徴収も兼ねているのだろうか。
「C組の騒象寺くんって知ってるかい・・・・?これ、ライブのチケットなんだ・・・・」
どうやらパーティーといってもライブパーティーのようだ。騒象寺と言う生徒をハルカは知らなかったがこういった招待を受けたことのない彼女にとってそれは大変興味深いものだった。あまり音楽の知識は持ち合わせていないが、そんな自分でも行っても大丈夫なのだろうか、と思いながら花咲の持つチケットをまじまじと見つめた。
「へーっ!そーなんだぁ!」
遊戯は何故か棒読み気味に返答した。その様子はそわそわと落ち着きがなく明らかにおかしい。
「買ってもらえると助かるんだけど・・・実は5枚もあるんだけど、1枚も売れなくて・・・・」
憂鬱そうに溜息を吐く花咲。どうやら彼は音楽に興味のない人にチケットを持って行ってしまったらしい。どういう経緯かはハルカの知るところではないが、チケット配布を頼まれた花咲にとって全く売れないのは騒象寺に申し訳ないと思っているのだろう。
「花咲くんは行くの?なんかあまり乗り気じゃないみたいだけど・・・・・」
「・・・・・こんなこと言うと買ってもらえなくなっちゃうかな・・・・正直あまり行きたくないんだ・・・・・」
どうしようかと考え込むハルカは苦笑いする花咲と遊戯がそんな会話をしているとは知らず、結論を出した。ハルカは花咲の手元のチケットを指さすと聞いた。
「・・・・・それ、いくら・・・?」
「「え!?」」
二人から同時に驚愕の声が上がる。その反応にハルカも思わず驚いて目を丸くした。何か変なことでも言ったかと首を傾げると、遊戯が身体ごと思い切りハルカを振り向いて慌てたように言った。
「駄目だよ!!」
「・・・!・・・・!?」
突然の大声の反対にハルカは目を瞬かせた。まるで意味が分からないとでも言った表情だ。
「・・・・あ・・・、ごめん、急に怒鳴ったりして・・・・・」
ハルカのそんな様子に我に返ったのか遊戯が表情を曇らせながら謝った。ハルカはそれに対し「気にしてない」と首を振った。遊戯はそれからもごもごと言いにくそうに顔を俯かせる。そんな二人を花咲は心配そうに見ていた。
「・・・・っ、花咲くん、それ、いくらなの?」
遊戯は結局何も言わないままハルカから目を逸らし、先ほどのハルカと同じ質問を花咲に聞く。一体彼は何をしているのかとハルカは遊戯の後ろ姿を見やった。
「2000円・・・・なんだけど・・・・」
「ええと・・・あー、ごめん。今2000円も持ってないんだ。」
ポケットから財布を取り出して確認すると、遊戯は「だからこうしよう!」とにこやかに顔を上げた。
「そのパー券、全部ボクに渡しなよ!誰かに売ればいいんだよね?」
「え・・・・!・・・・!?」
よくわからない展開にハルカは余計に困惑する。しかし花咲は遊戯の言っている事が分かっているらしく「ほ、本当にいいのかい?遊戯くん・・・・」と小さく言った。
「うん・・・それに花咲くんも行きたくないなら行く必要ないよ!」
その言葉に花咲はどこかホッとしたような表情を見せ、残りのチケットも束にして遊戯に手渡した。遊戯はそれを無造作にポケットに突っ込み、にこりともう一度笑った。
「ありがとう、遊戯くん!」
それじゃぁ、と手を振りながら出て行く遊戯に花咲は手を振り返しながら本当に嬉しそうに礼を言った。そんな花咲の様子をハルカは見定めるようにじっと見つめる。ハルカの視線に気づいた花咲は、その視線に居心地の悪さを感じたのか、さっと視線を逸らした。それを見たハルカはもう一度花咲に今度は少し深く頭を下げると遊戯の後を追って昇降口を後にした。
歩きながらハルカは遊戯と花咲のさっきの様子を思い出す。今朝から遊戯の顔を曇らせていたのは、花咲というよりあのチケットが原因であろう。チケットのことを聞いた時の遊戯は一段と挙動不審になっていた。チケット内容のライブとは、それほどまでに“嫌なもの”なのだろうか。花咲が言っていた騒象寺という人物は一体何者か。ハルカはその疑問を晴らすべく歩調を早め、先を行く遊戯の背中に声を掛けた。
「武藤くん。」
「・・・・っ、どうしたの、ハルカさん・・・」
いつもよりもはっきりとしたハルカの声に、遊戯が恐る恐ると言った様子で振り返る。
「・・・・行こう。」
ハルカはそのまま遊戯の横を通り過ぎ、正門に向かった。それに驚いた遊戯は慌ててハルカの後を追って正門を出た。