あられもない格好で転がる三人の男達を見下ろして、蛭魔は悪魔の様な笑みを浮かべた。 脅迫用としてその姿を写真に収めるとデジカメをポケットにしまい、蛭魔は携帯に手を伸ばす──彼にしたら珍しい、彼を知る者がいたら驚くような、キャラクターのストラップが携帯から伸びている。 短縮ダイアルを押して携帯を耳に当てるその動作に、とぼけた顔のキャラクターが揺れていた。 ツーコールめで繋がった電話に蛭魔は、その口の端に先ほどとは違う類いの笑みを浮かべる。 「よぉ、俺だ。今から行く。あぁ…?わかったよ……じゃあな」 一つ舌打ちをして携帯をポケットに戻すと、蛭魔はその男達をそのままに帰路につく。 蛭魔の手元でSONSONの袋が音を立てて揺れた。 泥門一丁目商店街の通りに戻り、春の商工会まつりで人通りの激しい通りを足早に抜け、寂れた外観の整体院の前で足を止める。 少しその看板を見上げた後、蛭魔は入口には入らず、建物の脇にある錆びた鉄階段を上り二階に向かった。 見えて来た扉の脇に、表札代わりの白いプラスチックに東原と、擦り切れてきた油性マジックで書かれている。 チャイムを鳴らす前に開いた扉に、蛭魔は思わず目を見張った。 扉を開けた人物は蛭魔を認識するとにこりと笑う。 「あら、ヨー君。いらっしゃい」 「ドーモ」 そう華やかに笑うこの人物は、蛭魔の急な来訪に驚く事なく彼を家に招き入れてから自分は靴を履き家を出る。 「仕事か?」 逆に靴を脱ぎながら蛭魔が問えば、こちらを振りかえった相手は「そうなのよ〜」と困った様に笑った。 「急な予約が入っちゃって〜。 あ、空ちゃんなら自分の部屋にいるから、じゃあ」 ひらりと手を振るとさっさと出て行ってしまった相手を見送ってから、蛭魔は慣れた様子で目的の部屋を目指す。 素っ気ない古ぼけた扉に、蛭魔はいつも部屋の主の人柄を思い出す。 ノブに手をかけた時、中から微かに会話が聞こえて来て、主以外の誰かいるのかと回す手を止めた。 しかし相手の声は聞こえず、電話と結論づけて出来るだけ音をたてずにノブを回した。* 「あー…アメリカンフットボールの事?」 何やら机の上を漁りながら肩で挟んだ電話の子機に返事を返していた部屋の主は、こちらに気付くとひらりと手を振った。 それに曖昧に返して頼まれた物が入ったSONSONの袋を机に置いてやり、その後ろのベットにドカリとお行儀悪く座った蛭魔をちらりと見ただけで部屋の主は咎める気はなさそうだった。 蛭魔もその反応を気にした様子もなく無糖ガムを噛みながら、しかし電話の内容には興味を持ったのか通話中のその背中を見やる。 「QBのはBはそうじゃない──クォーターバックだ。 んー…うん、うちの学校にもあるよ、アメフト部」 先程の言葉から考えても、電話の相手はアメフトに関してはてんで素人らしい。 それでもって目の前の相手も大して興味なさそうに答えながら買い物袋を漁っているものだから腹がたって、げしりと伸ばした足で膝裏を蹴ってやると、不思議そうな顔で振り返って来たので小さく舌打ちして顔を反らした。 苦笑混じりに「興味がない」と答えた。 アメフト部のしかも、蛭魔の前でのその言葉はかなり問題発言であることに気付いているのだろうか? 微かな苦笑を浮かべたまま言葉の後は、また適当な答えをしている。しかし、ふと真顔になった。 あまり見ない鋭さをもった細められた目を意外に思っていると、相槌を打ちながら机に置かれたメモに何やら書き込むとこちらに差し出してきた。 受け取って見れば『白秋 マルコ 知ってる?』と書かれていて、聞いた名だと、親指と人差し指でマルを作ってやると、難しい顔のまま頷いた。 「わかった。とりあえず気をつけろよ、そのマルコ君に。 あー…こっちの情報通にも調べてもらうか……いや、こっちの話。うん、じゃ、おやすみ」 耳にあてていた子機を離して通話を切ると溜め息を吐いた奴に、「誰からだ?」と問えば困ったような顔をしながら今度は携帯を拾い上げた。 「双子の妹から」 「あぁ…そういや、白秋に入学したんだったか」 愛用の手帳を抜き出さなくても覚えている内容を呟けば、「うんそう」と頷きながら奴は携帯を弄る。 「ケケケ、シスコンぶりは健在か」 「うーん……離れて暮らすようになってより、増した気がしなくもない」 父親の転勤で泥門から引っ越す事になっていたが、高校に入ってしまっていた面倒くさがりのこの姉は、妹だけ父親と引越しさせて自分は親戚であるこの家に居候を決め込んだのである。 「てめーが甘やかすからだろーが」 「そう、かなぁ……?」 相変わらず不慣れな指の運びに合わせて、あの蛭魔の携帯についたストラップと同じとぼけ顔が揺れる。 メール送信をなんとか終えたのか、携帯を置くとようやく奴がこちらを向いた。先程とは違い緩く細められた瞳は青い。 「何か──さっき電話貰った時も思ったんだけど、ご機嫌だねヒル魔」 一瞬驚いたように目を見開いてから、蛭魔はニヤリと笑って見せた。 「黄金の脚を見つけた」 「そう──よかったね、今年なら目指せるじゃない? クリスマス・ボウル」 座っている蛭魔の側に立って穏やかに笑って見せた顔に、蛭魔は不機嫌そうな顔で側にある足を踏み付けてやった。 「俺らは毎年目指してるっての、馬ー鹿」 「あー…ごめん、ごめん」 ぐりぐりと踏みつける足から逃げ出すと、もうとふて腐れたような顔で小さく溜め息をついた。 その顔を見上げ。 「なぁ、空──テメーいつになったら、マネになるんだ?」 蛭魔の鋭い視線を受けて青い瞳がぱちくりと瞬きを一つした後、困った様に首を傾げて笑った。 「ならないと何度言ったらわかってくれるのかな──ヒル魔?」 「俺はなるまで言うつもりだぜ?」 「無理だって、私はここの手伝いがあるんだからさ……」 居候先のこの整体院の手伝いをしているのだから、部活など手伝っている暇はないのはわかりきっている。 しかし、蛭魔には諦めきれない理由がある。 「てめーがいりゃあ、選手の体のメンテナンスは確実に任せられる」 このボロ整体院が、実は有名スポーツ選手御用達の有名整体師がいるのは調べがついていた──その若い弟子についても。 黙り込む横顔を見つめて答えを待っていた蛭魔だったが、ふと溜め息をついてその視線を反らした。 「ま、いつかはうんと言わせてやるさ」 「あー…頑張って」 困ったように苦く笑う顔を見ながら小さく肩を竦めて、今日もまた攻防線は膠着状態を保つ。 この曖昧な関係を気に入っている自分に気付いて、蛭魔は小さく舌打ちした。* 「あ、ご飯は?」 「まだ、だ」 主を無視してベットに乗り上がり、壁に寄り掛かって伸ばした足の上で持って来たノートパソコンを開きながらそう言えば、「今日は、カレーだよ」と言う。 「食べるでしょ?」 「らっきょは乗せんなよ」 「福神漬けでしょ、わかってるよ」 温めてくるねと言って部屋を出て行った背中を横目で見送った後、パタリと閉まったドアに舌打ちを一つする。 恋人でもない只の同級生にしては踏み込み過ぎた、自分らしくもない宙ぶらりんな関係に、蛭魔はもう一つ舌打ちした。 > 2