目覚めに見えるこの天井に見慣れて来ている事に、蛭魔は一つ溜め息を吐いて自分の体には少し小さいベットから状態を起こした。 最近はこのベットを主より使用している気がして自分にも相手にも呆れながら、寝癖で乱れた髪を乱雑にかくと立ち上がった。 部屋のドアを開けて廊下に顔を出せば、家の奥の台所から小さな物音が聞こえてくる。 そちらに向かって歩き出し、台所の入口ののれんを潜れは案の定、部屋の主が台所に立っていた。 「空、お前。昨日床で寝たのか?」 台所に入りながらそういえば、気付いていなかったのか驚いたように振り返った奴が「おはよう」と言った。 「ううん、みどりさんのベットを借りたから」 「帰って来てねーのか?」 「昨日の仕事、大阪からだったから明日まで帰って来ないよ。 まだ朝ごはん出来ないから、顔洗って来たら」 味噌汁の鍋を混ぜながら言われた言葉に、あぁと頷きながら洗面所に向かう。 狭い洗面所に立ちながら、言われなくても仕舞われた場所がわかるタオルを出して、冷たい水で顔を洗いながら、遠くから「制服のシャツ、乾燥機の中だよ」と聞こえて、わかったと少し声高に答えながら濡れた顔をタオルで乱雑に拭う。 古い家の狭い洗面所の隣に置かれた似合わない乾燥機つきの最新型洗濯機はくじ運がいい彼女が当てて来たもので、もっぱらこの家に泊まった蛭魔の服がお世話になっている。 洗い立ての白いシャツに袖を通してボタンを留めながら台所に戻ると、ちょうど空がテーブルに皿を並べてる所だった。 いつも座る椅子にドカリと座りながら、茶碗片手の空が「そうそう」と言う。 「朝練、明日からだよね?」 「あぁ、まぁ糞デブはやってんだろうがなぁ」 じゃあ、蜂蜜レモンはまだいらないね、と言いながらご飯を盛る空の言葉はどう考えてもマネージャーのようだが、彼女からしてみれば友人を思っての行動ぐらいにしか思っていない。 所属を嫌う彼女らしいが、面倒臭ぇからさっさとマネでもなんでもなっちまえと蛭魔は思いながら差し出された茶碗を受け取った。 「いただきます」 蛭魔の向かい側の椅子に座って手を合わせた空にならって、蛭魔も小さくいただきますと呟くと程よく焼けた鮭に箸を入れる。 「明後日、試合だからな」 「あ、れ……そうだっけ?」 「んだよ、仕事ねーだろ」 うーんとお浸しの鉢に橋を伸ばしたながら空は困ったように首を傾げた。 「仕事はないけど、約束が……」 「あぁ?誰とだよ」 「妹と」 「──こンの糞シスコンっ!」 まさに悪魔のような顔でテーブルを叩いた蛭魔に、空は行儀が悪いよと言いながら味噌汁を啜る。 「別に……私はマネージャーじゃないんだし、いいじゃない行かなくても」 必要なものは用意しとくよ、と言う空に何言っても無駄な気がして蛭魔は溜め息を一つつくと、焼き鮭の塊を口に放り込んだ。 「試合終わったら、俺のマッサージしろよ」 「それは大丈夫。日帰りだし」 もぐもぐと細い体には似合わないドンブリでご飯を食べる空は、やせの大食いという奴で量から言えば栗田にも並ぶ程だ。運動部でもない彼女は、燃費が悪いとも言うが……。 「そういえば、その新入生も試合に出るの?」 「出すつもりだ、トーナメントだしな」 「勝つ事が大事だしねぇ」 「当たり前だろ」 だよねぇと頷きながら空の切れ長の青い目が壁に飾られてある写真を見上げた。 薄い色彩に白い朝日が反射する時、やはり半分は日本人ではないなと想うのだ。 「3人になるの、創部以来か……」 見つめる先の写真は、シャッターのタイマーを間違ったせいで少し不格好なポーズになっている蛭魔と空を含めた4人が写されている。しみじみとした言葉に、「年寄り臭ぇ」と蛭魔は吐き捨てた。 「糞デブみたいな事言ってんじゃねーよ」 「あーうん、ごめん」 困ったように苦笑した空が瞼を伏せたので、蛭魔はそれから黙って食事を勧めた。 「ごちそーさん」 「お粗末様です」 丁寧に挨拶してから空になった皿を、これまた年期の入った台所には似合わない新品の食器洗い器に入れる。 買っていないと言えば、答えは一つ。くじ運のよさだ。 「今度、宝くじ買ってみたらどーだ? このボロ店も建て直せるぐらい、テメーなら当てられんじゃねぇのか」 「んんー…どうかな。新しく綺麗にしてあまりお客さん来ても、二人しかいないから困るしね」 食器洗い器のスイッチを入れながらそう言った言葉に、そういうもんかと言えば、そういうものだよと返された。 「第一、さらにマネージャーから遠ざかるけど。いいの?」 「………」 そこまで考えていなかった軽口に蛭魔は口を閉ざすと、知らないふりをするようにスタスタと台所を出て行くその背中に空のクスクス笑いがついて来た。 部屋に戻ると制服のジャケットに袖を通し自分の鞄と空の鞄を掴むと、エプロンを外し廊下でリボンタイを結んでいた空にそれを投げ渡す。 片手で難無くそれを掴んで受け止めた空が、蛭魔の後を追ってローファーを履くと家を出た。 後ろ手で鍵を閉めながら、先に階段を降りていく背中を見下ろす。 「ヒル魔?」 何時ものように無糖のガムを膨らましながら視線だけで振り返った蛭魔の隣まで階段を足早に降りる。 「珍しいね、一緒に登校するの……?」 「ケケケ、空チャンが糞新入生共にケツを追い回されたいなら別にいいがなぁ」 ニヤニヤと笑いながら言う蛭魔に、空は目を見開いた後、あぁと呻いた。 見目のいい空は、同じ外人の血が流れる姉崎まもりよりは劣るが人気があり、彼女よりは規模が小さいもののファンクラブが存在している。 それをわざわざ人数増やす真似を蛭魔がするはずもなく、二人で通学するところを見せて置けば、相手が蛭魔だ。一日で学校中に広がるだろう。 「あー……うん、一緒に行こう」 「そうしとけ」 告白合戦に巻き込まれた去年を思い出してか眉を下げた空の言葉に、自分は拒まれていない優越感に蛭魔は口の端を吊り上げて笑った。 一先ず、無駄なライバルは増やさないに越した事はない。 >3