新学期、蛭魔と一緒の通学はある意味で初戦突破を意味していた。 彼が持つ影響力のおかげでしばらくは落ち着いた生活を送れるものの…それも何時まで続く事やらと、空は憂いの溜め息を吐く。 むしろ、その誤解が真実に変わってしまえばいいのだけど──と考え、空は小さく苦笑して自分の馬鹿げた考えてを否定した。 彼にとって自分は、アメフト部を円滑に勝利に導く為の布石にしかすぎないのだから、マネージャーを拒んで追い掛けられているうちが花かと、空は校庭で日差しを浴びキラキラと輝く金髪を見下ろす。 それも──アメフト部にマネージャーが見つかるまでの事だろう。 空は光る金髪から視線を上げ、晴れ渡る青い空を見上げもう一つ溜め息をついた。 それが、まさかこんなに早く来るとは予期していない──否、考えたくもなかったのだ。 「姉崎がマネージャーとして入部した」 初戦を勝利で納めた蛭魔は先日の宣言通り空のマッサージを受けていた為、その言葉に空の表情が強張ったのに気付かなかった。 「意外──彼女真面目だし風紀委員会だから、ヒル魔とは馬が合いそうにないのにね」 張った筋肉を揉みほぐしながら、なんでもないような声色を取り繕いながら言葉を選んで口を開く。 「はぁ?仲良く部活なんざ、あるはずねーだろ。 セナをダシにした労働力だな、それにメンバーを集めるのも楽になりそうだ」 「セナ……?」 聞き覚えのない名前を反芻すると、「新しい駿足のRBだ」と蛭魔が答えた。 「姉崎のカワイイ弟分ってとこだな」 「あぁ……そういえば」 確か彼女には──虚弱で貧弱で脆弱で最弱な放って置けない年下の幼なじみがいるという話を聞いた事がある。しかし、それがどうにも蛭魔の言う駿足のRBとはイコールで繋がりそうもない。 「おい、手が止まってんぞ」 「あ。あ、うん、ごめん」 いつの間にか止まっていたらしい手を指摘され、慌ててマッサージを再開する。 元から細い体は筋肉が付きにくいのか、蛭魔の腕はスポーツ選手のものにしては細い。 「ヒル魔──今日、守備しに本気でいった?」 「あぁ?」 「痣」 そう言って腕に残る赤黒いそれを少し押してやると、蛭魔は微かに顔を歪めた。 「仕方がねーだろ、試合なんだからな」 「そうだよね……で、二回戦は何処と?」 「王城」 随分とまた強豪が来たものだと、空は唇を苦く歪めながら腕から肩にかけてマッサージをしていく。 凝り固まっている肩を解してやれば、俯せに寝転ぶ蛭魔の口から満足気な息が漏れた。辛かったのかもしれない。 「試合は?」 「──4月17日」 ふぅんと気の無い返しをしながら、告げられた日時に思わず仕事の予約を探してしまう。 自分の為に空けてあったと思っていた場所がなくなっているのを見たくないと思ってしまうのは、きっと自分の我が儘だ。 首付近を揉んでいるせいで、微かに頭が揺れる度蛭魔の呼吸が乱れる。 首筋から背骨にかけてマッサージするように降りていく手に、蛭魔がうっすらと開けた目でこちらを見上げる。 「仕事ねーんだろ?」 「ん、うん?」 「なんだその反応は、まさかまた糞シスコンに会いに行くとか吐かすんじゃねーだろうな」 微かな剣呑な光を宿した鋭い目で睨まれ困惑しながら、「そういうわけじゃないよ」と小さく否定する。 「じゃあ、何か問題でもあんのか?」 「いや……えー姉崎さんいるんでしょ?」 「はぁ?」 男にしては細い腰を跨いで揉んでいる状態で、上体を起こして振り返った蛭魔と凄い体勢で目が合う。 「……腰、傷めると思うけど」 鋭く細められた目を不思議に思いながらも捻った腰への負担が気になりそう言えば、蛭魔は深い溜め息を吐きながら沈み込むように上体を倒した。 「糞東原……」 「あ、それ久々に聞いた」 高校一年の時以来だろうか、彼の口癖?である“糞”をつけられていた昔を思い出して小さく笑う。 「当たり前だろーが、今更テメーを苗字なんかで呼ぶかっての……」 小さく呟かれた声が聞きとれなくて、え?っと尋ね返すとなんでもないとばっさりと切られてしまった。 変なのと呟くと舌打ちされたので、この話題には触れないほうがいいのだろうなと思いながら、フトモモのマッサージを始める。 一年前より確実にダッシュの要である筋肉の発達を感じながら、凝った筋肉を指先で解していく。 「空ー……」 珍しく間延びしたような声で名前を呼ばれ、視線を自分の手元に落としたまま「うん」と返事する。 「テメーはな、泥門デビルバッツのマネージャー候補なんだ。 何時でもすぐに仕事を始められるように、試合は見とけっていってんだろ。 糞マネが入ったからって、俺はテメーの勧誘を辞めるつもりはねぇ」 「糞マネって……姉崎さんの事、かな?」 相変わらずだねと呟いた言葉に珍しく悪態が返って来なかったので、蛭魔の顔を覗き込めば小さな寝息をたてていた。 またか、と言えるほど蛭魔はマッサージの最中に眠ってしまう。終わるころにはもう爆睡ともいえる。 試合疲れもあるのだろうが、蛭魔のテリトリーに入る事を許されているようで小さく笑みを浮かべながら、残りの凝りを解しにかかる。 今日は久々の初戦突破なのだから、ベットを譲ってあげる事にして、今日は寝袋で寝るかと空は苦笑した。 > 4