まるで城を守るかのような完璧な守備、それを素人が止めるには当たり前だが無理に決まっている。 空は今の1プレーを見ながら、それに対抗出来るのはやはり栗田だけだろうと判断した。 王城の大田原もその栗田をライバル視しているためか、さらに肉体強化をしているから尚更厄介だろう。 ならば、あの駿足のRBの走りを生かすのに、栗田以外のラインが稼ぐ時間は最低でも。 「0.5秒」 「え?」 小さく呟かれた言葉に、隣でビデオを構えていた姉崎が首を傾げる。 「あぁ……最低でも必要な足止めの時間かなと思って。 セ、アイシールド君の足ならその足止めで十分だと思うから」 メモをとりながらそう言えば、姉崎は驚いた顔をした後で柔らかく微笑んだ。 「東原さんって、蛭魔君並にアメフト好きなのね」 そう言われて少し悩む。どうだろうか? フィールドで指示を飛ばす蛭魔や勇気付け栗田を見るのは好きだが、別に彼等がサッカーやろうがバスケをやろうが、自分がする事は変わらない気がした。 彼等が一途に1番を目指している様を見るのが、きっと1番好きなのだ。 「アメフトが好きかは、わからないけど……彼等の頑張りは応援したいんだと思う」 「そっか………アメフト部の彼等が好きなんだね」 「うん、きっとそう」 案外はっきりとできた返事に微かな苦笑を浮かべると、姉崎は男ならイチコロになりそうな笑顔で空を見上げる。 「東原さんがマネージャーになってないのが不思議だわ」 「……姉崎さんがいれば大丈夫だよ」 「そう?」 「貴女ならすぐに仕事を覚えるだろうし、優秀なマネージャーになれるもの」 そう言い切った空に姉崎は苦笑した。 「でも、蛭魔君は違うみたいね」 意味深に呟かれた言葉に首を傾げるが、「Set!!」叫ばれた蛭魔の声にフィールドに視線を戻す。 決められた、最後の「Hut!」がコールされ、栗田からアイシールドへとボールが渡された。 動き出すフィールドの風を感じながら、微かに揺れた髪を耳にかける。 鋭いカットが芝をえぐる様を見ながら、微かに口の端が緩むのを感じる。 歓声が止まり、アナウンスがゴールまでのカウントを始める。 誰も予想などしなかっただろう、試合開始──先取点をとったのは泥門デビルバッツ。 《タッチダーゥン!!》 高らかなアナウンスに歓声が湧いた。 嘘のヒーローが、ヒーローになった瞬間にアイシールド達に選手達が駆け寄り、歓声を上げながらその背中を叩く。 「すごい、あのアイシールドの人って……まだ一度もタックルされたことないんだ」 空の持っていた記録表を覗き込みながら姉崎が声を上げたのに、空も曖昧に頷く。 その記録も──あの進が出て来るまでの事だろうが。 「あーもう、セナにも見て欲しいのにー! 体小っちゃくても頑張れるんだよって!」 (その本人がアレだけどねぇ) 「どこまで買い物、行っちゃったんだろ?」 「さぁ?」 アイシールドがセナだとは知らない姉崎の言葉を流しながら、フォメーションが書かれたメモに今の理由を記入しておく。 進が抜けた93番のスピードがなかったから中央にいる栗田に止めることが出来たが、進なら栗田が出て来るまでにアイシールドにタックルしていただろう。 進の穴をついたずる賢い判断は蛭魔らしい頭の使い方だと思う。まぁ、後は進の穴をカバーをしようと考えているのが“馬鹿”なのだ、仕方がない。 「大田原!」 それにあちら側もようやく気付いたらしい、監督がその“馬鹿”を呼んだ。 「バカは黙って突っ込め!!」 次からは簡単に抜けないだろうなと思いながら、フィールドに立ち選手達に指示を出す蛭魔の背中を見つめる。 彼が気付いているとは思うが、さて、どう動くのか。 キックオフの体制なのはいいが無駄だろう──蛭魔のキックはゴールに入らず人に当たる。 蛭魔の蹴ったボールの先をカメラで追っていた姉崎が「あ」と声を上げたので、被害者が出たらしい。 「王城の攻撃だね」 「うん」 一斉に湧いた黄色い声に苦笑した姉崎の言葉に、気のない返事を返しながらしばらく試合は始めらんないだろうなと思う 「ねぇ、東原さん」 「はい」 「空って呼んでもいいかな?」 振り返った先で姉崎が笑っていたので、一つ頷く。 「なら、私もまもりと呼んでもいい?」 「構わないわ」 にっこりと微笑んだ姉崎に、空も口元を緩めてからフィールドにまた視線を移して眉を潜めた。 「また、極端な事を……」 「え?──あ、うそ、いきなりゴールラインディフェンス!?」 ゴール前でしか使わないこの陣形は突撃には強いが、後ろががら空きになるのでパスは防げない。 正確なパス技術をもつ王城のQB高見相手では、パスを完全に捨てたように見える──が、泥門の司令塔はその裏をかくのが大好きな悪魔だ。 「まもり、カメラでアイシールド君を追ってね」 「え、あ、うん」 やれる作戦としてはそれしかないだろうから、と空は小さく溜め息をつきながらボードを胸に抱え、試合を真っ直ぐに見つめる。 ボールが──賽が投げられ、ゲームが動き出す。 引き上げられた空の口元に、誰かの面立ちを見つけて姉崎は目を細めた。 勝算は【最強】の登場に辛くも、1%を切る。 前半を終え、守備・攻撃と両面で使った助っ人集団はかなり体力的に無理が出てくる。 バテてへたりこむ彼らを見渡しながらベンチの側に立っていた空からドリンクを受け取り、彼女が持っているボードを受け取る。 「どうだ?」 「私に聞く必要はないでしょ」 高校最速の化物の登場には、ビビりの“インチキ・ヒーロー”は今のところ役に立っていない。 前半終了で29点差──ひっくり返すには大分骨が折れる。 「選手は?」 「アイシールド君に清十郎君の攻撃が集中したきらいがあったから他は大丈夫。 アイシールド君自身はどっか行っちゃったからまだわからないけど、折れちゃいないでしょ」 「おう、ボード寄越せ」 「テーピングは?」 「空、私がやるからちょっと石丸君の足を見て」 「うん、わかった」 少し離れたところから呼ばれこちらをちらりと見た後、空が踵を返し入れ代わりで姉崎がこちらに来た。 石丸は前回の試合ですでに足をおかしくしてる、変なクセでもついたのかもしれない。 「蛭魔君、座って。巻き直すから」 「……」 ベンチに座りながら空が記録したスコアーを見る、所々にメモされているのは試合中で簡単に問題点を見直せるようにの空の心配りだろう。 黙っていても求める事をきちんとこなしておいてくれる空という存在は、マネージャーという立場に置いていない今でもかなり助かるものだ。 微かに緩んだ口元に、足首のテーピングを巻き直していた姉崎が見咎めて笑った。 「蛭魔君と空って良いコンビね」 「あぁ?」 「だってやり取りが、ツーカーで理解出来る熟年夫婦みたいじゃない。 空も試合中、蛭魔君みたいな顔して笑ってるし」 「………」 クスクスと笑う姉崎に居心地悪い思いがして舌打ちしながら、彼女から視線を外せばちょうど石丸を診て戻って来た空と目が合う。 「問題ないけど、余り走らせ過ぎたらまた炎症起こすかもね」 「ちっ、使えねーな」 「仕方がないよ掛け持ちで試合出てくれるだけ、いい人だよ石丸君は」 「いつも、いい人止まりだけどな」 睨まれながら差し出された手にボードを手渡す。 「空、勝つ見込みはあると思うか?」 「……1%もないだろうね」 「そうだな、0.1%ぐらいだろ」 溜め息混じりの空に、ふんと小さく笑って見せる。 「十分だと言うんでしょ?」 「もちろん、0%にならない限りは、勝負を捨てんのはまだ早ぇ」 「言うと思ったよ……」 空は呆れたように言って肩を竦めた。 しかし、裏を返せば0になった瞬間、蛭魔はこの試合を捨てる非情さも持っている事を空は知っているのだろう。 責めはしないが、認めもしない。 だからこそ、試合を見切り帰ろうとした蛭魔を同意もしないし責めもしない。 作戦会議を終えフィールドに戻ろうとする蛭魔を、じっと見つめたままの空の前で立ち止まる。 「んだよ」 「別に? 彼の勝つ気は勝機に繋がったみたいでよかったよ」 意味深な台詞を呟く空に、蛭魔は小さく舌打ちする。 「それでいいんじゃない、金の卵を潰す必要はないし」 「あぁ?」 「彼、早くなって来てるよ」 それには気付いていた──だからこそ、彼のやる気は勝機になると思えたのだ。 「サシで進に当てる」 「ま、負けても勝ってもいい経験になるだろうね」 「馬鹿、勝つんだよ」 きっぱり言った言葉に空が笑った。 「清十郎君、本気になりだしてるから気をつけてね」 「って、なんで糞マネといい進といい下の名前で呼んでんだよ」 「──さぁ、なんでだろう?」 逆に不思議そうな顔をされて、思わず深い溜め息を吐いた。 「そういえば、距離がある人に限って下の名前な気がする」 「………」 なら、1番近しい自分はいつになったら名前を呼ばれるのだろうかと考えて馬鹿馬鹿しくなって歩き出す。 最終決戦にシャレ込む前に、これ以上気持ちを揺らす必要はない。 フィールドに立ち、細めた目で疲れが目立つ選手達を見渡す。 口には出さないがわかっているのだ、例えアイシールドが進を抜いたとしても泥門が勝利する事はないだろう。 空の言う通り、これは次に繋がる“火”を燈す為の戦いだ。 相変わらず、こちらの考えを読んだような発言をする女だと思う。 そこが気に入っている所だとは、口にすることはいつかあるだろうか。 それこそ、可能性0.1%の話だ。 >last