降り立った日本の空港で、改札口の向こう側にずらりと並ぶ黒服の連中に小さく口元を歪める。 (人間風情に、何が出来ると言うんだ?) 超人である自分よりも体が小さく、筋肉量さえも違う人間達を見下ろしてブロッケンマンは顔を顰めた。 それ以前に自分は残虐超人である前に徽章を外してしまえば人間なのだ──リングでいくら血の雨を降らせようとも、リングの下で彼らが危惧するような“そんな事”を起こるはずがないというのに。 自分への周りの認識を突き付けられてブロッケンマンは苦い思いに歯噛みする。 どんなに人の意見を気にしていないフリをしても、確かにそれは黒い靄としてブロッケンマンの中に溜まっていく。 若さゆえか、その真面目とも言える性格ゆえか──それに彼は若くしてブロッケン一族の当主である──だからこそ、そんな弱みを見せる事も許されず、吐き出す事も処理する事も出来なければ、方法さえもわからなかった。 ささくれだった心を気付かれないように、少しだけ軍帽のつばを下げる。 (さて──少し遊んでやるか) だからこの黒い靄を晴らす為に、ちょっとした試験──彼等を試す事にした。 微かに口元が弧を描く。 軽い跳躍で彼等の列を飛び越えると、肩にかけただけのコートを掴んで押さえながら着地しそのままの勢いで出口に向かって走り出した。 背後から悲鳴と困惑した声が上がり、悪戯に成功した事に小さく愉快そうに笑みをこぼす。 逃げ切るつもりはない、ただこの空港の中で彼等の実力の程は見れるだろう──そう言い訳しながらたかが知れている人間を試して、いけ好かないこの護衛達をからかうのだ。 (あぁ、面白い奴もいないか──) 人込みの中を駆け抜けながらもう空港の出口は見えて来ている。 振り返って見ても後ろを彼等は追い掛けて来てはいるが追い付きそうな距離ではない。 むしろ、秘書が怖い顔で距離をつめて来ており後が怖いなと苦笑した。 背後から視線を前に戻すとちょうど脇からブロッケンマンの進路を遮るように、黒服の一人が飛び出して来た。 その存在に走る足を緩めながら、拳を握る──ギチリと革手袋が軋む。 『ブロッケンマン様!』 「春乃っ!」 振り上げ拳が、立ち塞がる人間へと迫った。 (さて──お前はどうする?) ぶれない視線でこちらを真っ直ぐに見つめてくる、その人間はどう動くのだろうか? 避けるのか?それとも敵わぬ力で反撃を構えるのか? この拳を当てる気はないが、それをこの人間が気付くはずもないだろうから。 このお遊びに、どう付き合ってくれるのだろうかと、口元の笑みが深くなった。 迫る拳に目を反らす事も後退る事もなく、立つ人間の鼻先まで拳が迫る──周りから、悲鳴が上がった。 (そんな、まさか) 目の前の事に思わず、そう小さく漏らしてしまったのは仕方がないと思う。 振り上げた拳は当てるつもりはもともとなく、鼻先で止めた──しかし、目の前の人間は止める事など知らないはずなのだ。 なのに──その人物は鼻先に触れるか触れないかで止まった拳を前に、先程と同じ位置に同じ体勢で立っている。 そしてこちらから視線を外さず、そっとブロッケンマンの突き出した拳を両手で取ると静かに下ろさせた。 『──何故、避けなかった?』 純粋な疑問だった。 ゆっくりと焦げ茶色の澄んだ瞳が、真っ直ぐにブロッケンマンを見上げる。 その真っ直ぐさに少しの居心地の悪さを感じているうちに小さく首を傾げた後、はっとしたように懐から警察手帳を取り出すとページを慌ただしくめくりだした。 その様子を黙って見守っていると、目的のページに辿り着き開いた手帳のページを目の前に差し出して来た。 そこには丁寧な字で『Ich verstehe kein Deutsch』──ドイツ語はわかりません、と書かれていた。 もう一度その人に視線を戻せば、少し困り顔をしている──さっきの疑問の意味を理解する事が出来なかったのだろう。思わず笑みが零れた。それでも、自分の退路をなくすように、手を掴んだままなのだ。 『ブロッケンマン様っ!!』 『おっと。追い付かれてしまったか』 『追い付かれたじゃありません!一体、何を考えているんです!?』 上官の胸倉に掴みかかりそうな勢いの秘書に苦笑を浮かべて宥める。 その秘書の後ろに追い付いた黒服の眼鏡の男は、他のメンバーの中で唯一苦笑を浮かべていた。 『まったく!人間に手を挙げたと超人委員会にばれたら大変な事ですよ!!』 『まぁまぁ、シュミットさん。春乃にも怪我はないわけですし』 秘書を宥めるのは唯一、苦笑を浮かべていた眼鏡の男だ。 こちらを伺う視線には、こちらが試していたという事に気付いている色がうつっていた─この男も異質だなと思った。彼は、ドイツ語に理解があるらしい。 『──ハルノ?』 『彼女ですよ』 彼女と、彼が指差す先には先程の人物が立っている。 『驚いたな、女性だったのか』 『失礼ですよっブロッケンマン様!!』 『まぁまぁまぁまぁ』 「先輩、名前呼ばれたようなんですが……」 片言でと、呟く彼女に男は笑いながらその肩を叩いた。 「なってか、お疲れ様。助かったよありがとう、春乃」 「はぁ…」 『君。一つ、彼女に聞いてくれないか?』 そう言うと二人は揃って不思議そうに首を傾げた。