朝も開け切らぬ頃、秋都は目覚ましのアラームではなく強めのノックの音で目を覚ました。 覚醒直後のぼんやりとした意識まま、僅かに頭を枕から浮かして叩かれるドアを見る。 「秋都、起きたか?」 ドア越しに僅かにググもった小春の声が聞こえて、秋都はハッとして一気に覚醒した。 ベッドから飛び起き、寝癖でめちゃくちゃになった髪を手ぐしで整えながら秋都は慌てて返事をする。 「は、はい!」 「冬子から緊急召集だ。 お前も準備ができ次第、事務所に向かえ……そうだな、6時半までに集まれればいい」 「わっ、かりました…!」 一大事の気配に眠気が吹っ飛ぶ。 相変わらずドア越しで話す小春は、こちらのパニックがわかっているのか意識を戻すようにコンと軽くドアを叩いた。 「私は先に行ってる、急ぐのは良いが落ち着いて来いよ」 「う、はい……いってらっしゃい」 「いってくる」 階段を下りて行く足音を聞きながら秋都は気合いを入れるように頬を叩き立ち上がる。 必要なものを掴むと 秋都は洗面所に向かって走り出した。 その悲劇的な情報は、超人委員会を通しVIERへともたらされた。 固い表情でメンバーの前に立った冬子は重い口を開く。 「委員会から緊急の依頼が入ったわ」 緊急召集として早朝から事務所に集められた面々は冬子のその言葉に首を傾げた。 「何かイベント事っすか? 確か昨日もなんかありましたよね、イベント」 「《宇宙超人大顕彰授与式》な」 ソファに秋都と並んで座り話を聞いていた圭に、その向かい側に座る夏彦が答える。 「残念ながら、そんな楽しい依頼じゃないの」 「どういうことですか?」 固い表情で腕を組んで立つ冬子に、秋都は首を傾げる。 冬子は一つ息を吐き出すと、はっきりとその真実を告げた。 「すでに情報規制が引かれているから公にはなっていなんだけど…。 その《宇宙超人大顕彰授与式》の最中、ケビンマスクが原因不明の奇病に倒れたそうよ」 「ケビンが……?!」 冬子から告げられた内容に秋都達は絶句した。 先に話が通されていたらしい、小春と宗之だけは静かな表情で話の続きを待つ。 青い顔の秋都の背中を撫ぜてやりながら、紺は冬子に問うた。 「奇病っていうのは、どういうことなんですか?」 「ケビンの体が徐々に消えだしているらしいのよ。 といっても、原因がわからないために奇病といってるけど、病気ともかぎらないわね」 「まじかよ…」 あまりのことに圭と夏彦が顔を顰める。 冬子の指が伸ばした腕の指先から肘までを指した。 「現状、手から進行がすすみ肘まで消えてきているらしいわ」 「生きては……いるんですよね?」 おずおずと言葉を紡いだ秋都に冬子は頷いた。 「今のところ、というところかしらね。原因が分からないんじゃ、手の施し用がないもの…。 そんな状況だから、緊急処置として私達が駆り出されることになったのよ」 腕を組んで壁に寄り掛かるように立っていた宗之が、ちらりと冬子の隣で真剣な表情で黙り込んでいた小春を見ながら口を開いた。 「それで、俺達は何をすりゃあいいんだ?」 「依頼内容と配置については小春から話すわ。お願い、小春」 伏せられていた瞳がゆっくりと上がり前を見据えると、今まで口を噤んでいた小春は口を開いた。 「ミート君が奇病の原因を掴むため、富士の裾野に存在するという《アレキサンドリア超人図書館》の探索に向かう。 我々がするのはその警護兼同行だ」 「《アレキサンドリア図書館》? 超人版もあったのか」 「現存は不明だけどね」 肩を竦めた冬子の言葉に、器用に片眉を跳ね上げた宗之は「まさに伝説級」と軽口を叩く。 「同行するメンバー以外は、残りのメンバーは委員会での対策本部の手伝いを」 正義超人の一角が奇病により倒れた事で社会に混乱を与えない為に、真実を知る者が少ないため人手はかなり足りてないらしい。 今のところ、会場にいたマスコミや観客達にはケビンは病気ではなく“怪我を押して出て来た為に倒れた”ということにしてあるとのことだ。 とは言え、いつその嘘に気付かれるとも限らない、様々な対処は火急で行う必要がある。 「メンバーは、秋都、圭。トランスポータとして夏彦、サポートとして紺もついてくれ」 「はい!」 「押忍」 「必要物は車庫の端にまとめてある、夏彦は確認しておいてくれ。 出発は9:00。9:30に委員会前でミート君をひろって現地に向かえ」 メンバーに選ばれた者達は各々時計を確認し「はい」と頷いた。 「詳しい状況は道中ミート君が行ってくれる。各自、準備にかかれ」 「はい!」 威勢良く返事をしてバタバタと準備に取り掛かる若手達を見送った後、静かになった部屋には古参の3人が残される。 冬子と宗之の視線は再び黙りこくって考え込んでいる小春に向けられた。 「んで?」 短い問いかけに黒い瞳が宗之を見やる。 「何にひっかかってる?」 「──いや」 小春はそう一言呟くと、親指で薄い唇をなぞった。 黒い瞳はまだ思考の淵を覗いているのかどこか遠くを見つめている。 「奇病とやらに──少し」 「覚えがあるのか?」 食い気味で尋ねた宗之の言葉を否定するように首を横に振った小春に冬子は眉を顰める。 「何なの?」 「気になる事があるだけだ。嘘は言ってない」 鋭く冬子に睨まれ小春は困り顔で彼女を見下ろした。 ホントに?と疑う冬子に、前科があるため小春は苦く笑うしかない。 「何かわかったら言いなさいよ? これは私達だけの問題ではないんだから」 「わかってる」 力の入ってる冬子の肩をぽんぽんと叩くと小春は踵を返して、デスクのイスの背にかけていたスーツのジャケットを手に取った。 「そろそろ俺達も出るか?」 壁にかかった車のキーに手を伸ばしながら言った宗之に、冬子も「そうね」と頷いて春物のコートを腕にかける。 ジャケットに腕を通した小春が襟元を直しながら振り返った。 「二人で、先に行っててくれ」 「はぁ?」 ポカンとした表情をする宗之の手からキーを受け取り、別のキーを渡すと小春は踵を返す。 「私は少し出かけてくる」 「どこに?」 出口に向かう背中に冬子が問いかけたものの小春は答える事なく、ひらりと後ろ手に手が振られた。 ぱたりと閉ざされた扉に、宗之はニヒルに歪めた唇に煙草を咥える。 「まったく…言ったそばからこれかよ。相変わらずのスタンドプレーだなぁ、あいつ。 教育が悪かったんじゃないんですかぁ、山本チーフ?」 冬子は一つ溜め息を吐くと踵を返した。 「ほっときましょう。その方があの子の場合、良い事が多いし。 私達は私達のなすべき事をするわよ、宗之」 火をつけた煙草を咥えた唇を歪めて宗之は笑う。 「Yes,boss」