東京から車に揺られる事、約3時間。秋都達は富士山麓、青木ヶ原樹海の入り口にいた。 歩道整備がされた森の入り口の前に一台のワゴン車が止まる。 後部座席で出発前の最終チェックを行っているミート達を、車のサイドブレーキを入れた夏彦が振り返った。 「着きましたよミートさん、車で入れるのは此処までです」 「ありがとうございます、夏彦さん。助かりました」 ミートはそう言って小さく頭を下げる。 それに気にしないで下さいよ、と軽く返してから夏彦は真剣な眼差しを後輩達に向けた。 「秋都、圭。俺と紺はここで待機だ。 “図書館”が見付かっても見付からなくても、全員安全の為に夕暮れまでには一旦戻って来い」 「はい、わかりました」 「富士の樹海で野宿は嫌だもんなぁ」 「それから……秋都」 これ、と紺から差し出された小さな端末を秋都は受け取った。 「何、これ?」 「GPSだ。樹海は僅かだがコンパスが狂う。道を外れて歩くんだ、迷わないように念のためな」 「うへぇ、シャレになんねぇ」 情けない顔で呻いた圭にミートが困り顔で笑う。 「すみません、こんな面倒な事をお願いしてしまって……」 「何言ってるんですか!超人の一大事は我々の一大事ですから、少しでもお手伝いさせて下さい」 にっと力強く笑った秋都の言葉に、夏彦達も同意するようにしっかりと頷く。 (こんなこと、思ってくれる人は少ないのに……) ミートは滲む涙を隠すように、ありがとうございますと深く頭を下げた。 「さてと、行きますかミートさん」 荷物を背負い直すと秋都と圭が先に車を降りる。 「お気をつけて」 「はい」 夏彦の敬礼に頷き返すと、ミートは車を降りて二人を伴い歩き出した。 歩道は昼も近い時間帯だというのに靄のせいでただよう空気は重い。 「先ずは、トーナメント・マウンテン跡を目指しましょう。 そこからアポロン・ウインドウを探す事にしたいと思います」 「トーナメント・マウンテン──34年前の宇宙超人タッグ・トーナメントの決戦の舞台ってやつかぁ」 「それじゃ、人が今は来なくても歩道跡ぐらいは残ってそうだね」 そうだなと秋都の言葉に答えて先頭を圭が道を遮る枝葉を払いながら進んでいく。 その後にミート、秋都の順で続いた。 背負った荷物に着いた熊よけの鈴の音がカラカラ音をたててついてくる。 「猪、熊……ボタン鍋……」 背後でぽつりと呟かれた言葉に滲む食欲に、ミートと圭はそっと目を反らした。 富士山までの移動中にミートから、今回の騒動前に現れた謎の《時間超人》の話をされた。 そして偶然とは思えない「鍵穴」という共通点、ケビンマスクの肉体消失の謎。 昨晩のジェイドからの電話はもしかしたら、それに関しての事だったのかも知れないと秋都は思った。 (電話出れなかったのほんと失敗だったなぁ…) 吐き出す息で溜め息を誤摩化して、秋都は肩に落ちた枯れ葉を払う。 「しっかし、その話を聞いた時も思ったけどなんだって富士山なんかに《地球の鍵穴》やら《アレキサンドリア図書館》なんてもんが作られたのかねぇ。 昔のやつらちょっと日本贔屓なんじゃねぇの?」 歩き始めてしばらくして歩道は獣道とかわらないほど荒れ始めていた。 僅かに息を乱してぼやいた圭の言葉に、ミートは困ったように曖昧に笑う。 そうしていると不意に、鬱蒼と繁る森が開けた。 「──……」 既に人の手が入らなくなったそこはほぼ自然に飲み込まれていたが、人工的な山の前の他に比べて若い木々が繁スペースが過去の会場であった事を伝えている。 「これが……34年前、20万人の大観衆で溢れかえった、トーナメント・マウンテン……」 その時代生まれていなかった秋都達にとっては現実味のない話だが、崩れかけたそれを見つめるミートの瞳には感傷的な色が滲んでいた。 「──超人図書館を探しましょう」 しばらく黙ったままその場を見つめていたが、何かを振り払うようにミートは歩き出す。 秋都はもう一度トーナメント・マウンテンを振り返った後、その背中を追い掛けた。 「ひょっとして、これかな?」 そう言って突然木から垂れる虎ロープを掴んだミートに、秋都は瞬間ダッシュを決めてミートへタックルをかます。 「うわあーっ!」 体格差もあって軽々ぶっ飛んだミートに、秋都は謝りながらも「駄目ですって!!」と声を上げる。 「富士の樹海でロープ引っ張るとか、どんな怖いもの見たさですか!」 「ミートさん、それは俺もドーカン」 二人ともロープの先にあるモノを見ないように話しているが、転んだまま二人を見上げるミートはばっちりしっかり見えているわけで。 風に合わせて揺れる白い手に手招きされている気がして、ふるりと体を震わせた。 「すみません。つい、気が急いでしまって……」 「まぁ、だからって突き飛ばすこたねぇけどな」 「うぅ…ごめんなさいミートさん」 「いいんですよ」 「ミートさん、立てます?」 差し出された圭の手を握り立ち上がってから、ミート落ちてしまった眼鏡を探す。 「あ、ありましたよ、眼鏡──ん?」 飛ばしてしまった眼鏡を見つけてくれたらしい秋都の言葉が途切れる。 「どうしました、秋都さん?」 「あ、あの。えーと…まず先にこれ眼鏡です」 どう説明していいのかわからなかったので秋都は先にミートに眼鏡を返し、その目で確かめてもらうことにした。 「眼鏡が落ちていた場所なんですが…人工物っぽくないですか?」 眼鏡をかけ直したミートは秋都が指し示したそれを見る。 苔むしたその下に表面を整えたノミの後が残る石盤には、鍵穴のようなくぼみが二つ並んで彫り込まれていた。 「これは…?!」 驚愕するミートの傍で、圭は辺りをぐるりと見渡した。 「なぁ、それとここらへのくぼみ。前方後円墳の形っぽくないか? だいぶ崩れてて、わかりにくいけど」 そう言われて秋都とミートは辺りをぐるりと見渡した。 秋都はそう言われてみれば、と呟いたが背の小さなミートは見渡してみてもよくわからず、近くのトーナメント・マウンテンから今いる位置が過去なんであったかを記憶の中から探し出してから頷いた。 「確かに、ここが《アポロン・ウインドウ》のあった場所です……つまり、この石盤はなんらかの入り口の可能性がありますね」 そう言ってミートは石盤の傍に膝をつくとその表面を指先で辿った。 「結構古そうだな、これどっちも鍵穴か?」 ミートの隣にしゃがみ込んだ圭が同じく石盤を覗き込みながら、鍵穴のようなくぼみを指先でつつく。 そうはいっても鍵穴にしてはそのどちらとも浅く、指を入れてみると第一関節あたりほどのごく浅いものだ。 「鍵穴2つだけど、鍵も2つあるのかな…?」 「まじかよ。ハラボテのおっさん、鍵の話とかしてましたかミートさん? ……ミートさん?」 二つ並んだ鍵穴を見つめたまま黙り込んでいるミートを怪訝そうに呼びかける。 ミートは視線をそこから離さないまま口を開いた。 「キン肉星のシュラスコ族の間では、眼鏡は《叡智》の象徴と言われています。 そして、宇宙の叡智が全てつまっているとされる《アレキサンドリア超人図書館》――」 「それって、まさか……」 ミートは徐に眼鏡を外すと、その鍵穴のくぼみにその眼鏡を置いた。 瞬間まばゆい光が溢れ出し、3人はその光から目を守るように腕で顔を覆う。 その光の奥でゴゴゴと重い音が響き、秋都は翳した手の隙間から目を細めその音の元を見た。 石盤はゆっくりと動きだし、その下から地下へと続く階段が姿を現す。 完全に入り口が開き切ると光は治まり、秋都はまだチカチカする目を瞬きながら階段を覗き込んだ。 階段はかなり深くまで続いているようで暗い底は見えない。 ミートがリュックから予備の眼鏡を取り出すと、秋都の隣から階段を見下ろす。 「これが……超人界の、あわゆる謎、疑問、現象についての全てを解決する書物が保存されている《アレキサンドリア超人図書館》へ通じる階段……」 秋都は腰のホルダーから懐中電灯を取り出し階段の奥を照らしてみたが、光が届く範囲以上に階段は続いていた。 手を伸ばして地面に転がっていた小石を拾うと階段の上に落とす。 コツン、コツンと階段を跳ねていく小石の跳ねる音が遠ざかって、どこかにぶつかって止まる事無く消えて行った。 「結構、深そう」 「奥に明かりもなさそうだな」 圭はそう言って背負っていた荷物の中からヘッドライトを取り出すと一つを秋都に投げ渡す。 秋都はそれを受け取ると頭に装着した、圭はミートにも渡そうとしたがミートは必要ないからとそれを断り自分のこめかみを押した。 パッと光った額の「にく」の字に、圭が感心したように口笛を吹く。 「さぁ、行きましょう。ケビンを救うために」 「はい!」 意気込みを入れたミートの声に応えて、三人は《アレキサンドリア超人図書館》へ通じる階段を下り始めた。