手紙の主との対面は、そんな“吉日”の翌日に叶った。 書かれた連絡先に電話したところ、残念ながら本人不在ではあったが、今の今までバッファローマンからの連絡を待っていたらしいその人物からの頼みがあったようで。助手だと名乗った電話口の相手から、バッファローマンの予定に合わせつつも、直ぐにでも会う予定をつけたいと言われたため。 二つ返事で「じゃあ、明日で」と答えたのだ。 落ち合う約束の場所は、郊外にある庭付きの小さなアトリエ。 迎え入れてくれたのは、人の平均身長よりも小柄な、自分からみたら子供のような女性──染めたこともないのであろう烏の濡れ羽色の髪を高い位置で団子にしている。化粧っ気の薄い顔は殊更、彼女を幼く見せた。 「はじめまして、無名です。 今回は、我儘を聞いて頂いてありがとうございました」 深々と頭を下げてきた相手に一瞬面食らってから、バッファローマンは苦笑交じりに応えた。 「いやぁ、むしろ悪かったな。 言い訳になるが忙しくて手紙をほったらかしちまっててよ、今更になっての連絡になっちまって」 こちらの非を詫びれば、バネ仕掛けの人形のように顔を羽上げて「いえ!」と彼女は首をぶんぶんと横に振った。 「バッファローマンさんが忙しかったのは、知っていましたし。 モデルを、お受けしてもらえるとは、思ってもいなかったといいますか……」 最後のほうはもごもごと不明瞭に呟いて、誤魔化すように無意味に合わせた指をもじもじ動かしている。 「あ!すみません玄関先で……中にどうぞ!」 「あぁ、邪魔するぜ」 靴のままどうぞ、と促され建物の中に入ると、すぐそこは広い空間が広がっていた。 天井が高く、壁一面硝子窓のアトリエは自然光を受け暖かな光が充満している。 部屋のすみには作りかけなのか、何体かの人形(ひとがた)が置かれていた。 「すみません、応接スペースってものかがなくて……そちらの椅子に腰掛けていただけますか? 今、お茶を入れてきますから」 バッファローマンに、窓際に置かれた一人がけ用のソファを勧めて無名は壁側の一角に、気持ち程度用意されたキッチンスペースのほうに向かう。 「あ、珈琲で良かったですか?」 「おう。…あーこういう時は「オカマイナク」っていうんだったか?」 日本人力士でもあるウルフマンが言っていた日本語を口にすれば無名はくすくすと喉を震わせて笑った。 いえいえ、と背向けたまま答えて彼女はすでに沸かしてあったらしい湯をケトルからマグカップへと注いでいる。 バッファローマンはもう一度アトリエ内を見渡した。 アトリエは、開け放たれた窓から自然の風が流れ一面窓という構造ゆえまるで外のように暖かな日差しを降り注いでいた。 そのアトリエの一角。一番奥の目立つところに白い布を書けられたそれは存在していた。 他の作品とは別格に大きなそれ。 バッファローマンは吸い寄せられるように椅子から立ち上がるとそちらに足を進める。 その目前に立つと、バッファローマンでさえ見上げるような高さのあるそれをぼんやりと見つめていると、「バッファローマンさん?」と後ろから呼びかけられた。 「! おっと、勝手にうろついちまって悪かったな」 「大丈夫ですよ。といいますか、これが今回お願いしたいモデルの作品ですし」 無名から差し出されたマグを受け取ってバッファローマンは「なるほど?」と思わず呟いた。 無名は空いた片手を伸ばすと、かけられている白い布を引き下ろした。 布の下から現れたのは、筋骨隆々の男の体を彫り上げた粘土の塑像であった。 制作途中であろうそれはまだ荒々しいタッチが残る肌をしており、側にはたくさんの道具が並べられている。 ギリシャ彫刻とも違う、その独特なポージングと見る人間を睨む恐ろしげな表情に、バッファローマンはなんとなく見覚えがあった。 ザ・ニンジャが案内してくれた日本の寺院で見かけたはずだ。 「なんて言ったか…あれだろ、寺の門に立ってるやつ!」 「見たことあります? 仁王像っていうんです」 「におうぞう」 無名は道具箱の下から分厚い本を引き出すと、ぱらぱらとめくり目的のページにたどり着くと開いて見せてくれた。 「金剛力士とも言いますけど、寺院内に仏敵が入り込むことを防ぐ守護神としてバッファローマンさんがいうように山門に置かれます」 「なるほど、おっかねぇ顔をしているわけだ」 「はい。 それで、その像の制作を依頼されて…それを今作っているところなんです」 ちょっとスランプ気味なんですが…と無名は照れ臭そうに笑って頭をかいた。 何度も繰り返し見たのだろうページは擦り切れて、写真のうつるページにも若干粘土の汚れが付いている。 それを親指でなんともなしにこすりつつ、バッファローマンは「それで」と口を開いた。 「そのモデルになんでまた俺を?」 素朴な質問をしてみれば無名はぼっと顔を赤くした。 「え、ええと」 真っ赤な顔で目をうろうろとさ迷わせた後、無名は手にしていたマグを両手で抱えるとそれで顔を隠すように掲げた。 「ひとめぼれ…なんです…」 「……は?」 「あ!いえ!!あの…! バッファローマンさんの肉体に!です!!」 思わず間抜けな声を漏らすと無名はバッと顔をあげてテンパった様子で言葉を続けた。 「息抜きにどうですかって試合のチケットもらって!それでそれで… 初めて超人プロレスを観に行ったんです」 無名は一度深呼吸をしたあと、まだ*を赤つつも先ほどよりは落ち着いた声で言葉を続けた。 「ちょうどあなたの試合でした。 そこで私はあなたのうつくしい体に一目惚れしてしまったんです」