屋敷の奥座敷に通され、待つように言われたななしの隣に置かれたバックの中で白猫は不機嫌そうに尻尾を揺らした。 あの童──忠告を聞き入れる気はなかったのか、招かれたのは奴良組本家。 隠れてはいるようだが襖の向こうに数多の妖気には、いくつか知った気配もある。 長くは会ってはいないが、確実に化猫組の奴もいるなと鈍りかけた記憶の奥で訴えている。 余計な真似、早々にしてくれるとは流石総大将の孫じゃないかと苦々しく顔を歪めると。 気付いたあの子が、不細工な顔してるよと苦笑まじりに額を突いて来たので、ふんと鼻を鳴らす。 誰のせいだと思ってんのさ。 全く……あの男がどんな理由かは知らないが夜が明ける前に寝ぐらに帰った事に一安心していたのに、まさか総大将とご対面になるなんて……嗚呼、今日の毛並みは最悪よ。 「待たせたのォ、ななしさん」 部屋に鴉天狗、そして件の孫と共に現れた総大将にあの子は姿勢を正してから軽く会釈した。 座敷の上座に座しながら、総大将はななしから視線を妾にうつして目を細めた。 あら、もう妾が誰だか気付いたのね、流石だわ。 「お前──化猫組のお珠じゃねぇか。 久しく見ないと思えば、無名の血筋に憑いていたのか」 「たまさん、本当に化け猫だったの」 そう言って妾に視線を移したななしに、総大将が片眉を器用に跳ね上げた。 「なんでぇ、無名ともあろう奴が知らなかったのか?」 「はぁ……なんといいますか、私は妖怪や幽霊など全く見えないタチなので」 驚きに目を見開く総大将達に見兼ねて妾は溜め息を吐くとするりと居心地のよいバックの中からでた。 「じゃあ、ここにいるのも見えないんですか?」 「はい、全く。ぼんやりとした何か…妖気ぐらいはわかるんですが……」 孫が示す場所には鴉天狗がいるのだが、ななしには全く見えていないだろう。 妾は軽い跳躍であの子の頭の上に飛び乗った、うわぁと間抜けな声は無視して軽く妖術を使えば簡単にあの子の体は畳の上に倒れた。 ちょっと悪いけど、聞かれると不都合だから寝ててちょうだいな。 「ななしさん?!」 「リクオ、寝てるだけだ心配すんな。 お珠よ……随分と手荒な真似すんじゃねぇか」 腰を浮かしかけた孫を制して、総大将は妾に鋭い目を真っすぐに向けてくる。 老いても芯の部分は変わっていない総大将に、微かに喜びを感じながら妾は口の端をあげた。 久しく解いていなかった変化を解けば、広がるのは気に入りの白い着物。 義理を果たして膝をついて三人を見れば、孫の驚いた顔ににやりと笑う。 「お久しぶりでございます、総大将。 こんな形で再会を果たすなんて夢にも思っておりやせんでした」 「うちの可愛い孫を脅してまで守りたい者とやらが気になってなぁ」 「まぁ……お人が悪い」 ニヤリと意地悪く笑った総大将に呆れたように溜め息を吐いた。 「お孫様を攻めやしませんがね、妾はこの子を守るためにも、こちらにはお邪魔したくはなかったのですが」 「──そりゃあ、この子が鍛治師・無名初代の生まれ変わりだからか?」 あら、察しが相変わらずいいことで。 ぴくりと耳を揺らせば、耳につけてある鈴飾りがちりんと揺れた。 「半分当たりで、半分外れですよ」 「どう言う意味だ?」 「──転生のさいに魂は浄化を重ねるんです。 要するに何度も転生を重ねた初代の魂なんて根本は同じでも全く違うもの。 この子は初代に一番、外身も中身も“似ている”だけなんでね、あの馬鹿が勘違いして初代とこの子を重ね合わせて見ないようにしたいわけですよ」 一気にまくし立てた内容に、総大将は押し黙り孫は居心地悪そうに座り直した。 「──だが、ななしの首には牛鬼がつけた痣が出て来た。 それを消すためには一度牛鬼にあった方がいいのではないか? 何かわかるかも知れんし……」 つけた本人に会えば、消す方法がわかると言うの? まさか、あの馬鹿がわかる筈がない。 ならばなぜかと言えば、総大将も気付いているのだ。 だからこの子をあの馬鹿に合わせようと促すのだ──過去に捕われ悔やみ続けるあの男を救うために。 自分の短慮を恨み、牛の歩みと言われるほど思慮深くなったあの馬鹿を、どうにか救いたいと考えるのは親心からだろうか。 組のためとは言え、一度は裏切られてるのにねぇ──。 だとしてもだ、妖怪の見えないこの子をあの馬鹿に逢わせて何が変わるのだろうか。 いや……一応幹部なんだから、総大将みたいに人に化ける事ぐらい可能だろうから問題はないか──問題がないのが問題だけど。 「妾達がどうこう言っても、決めるのはこの子ですよ総大将」 溜め息一つ吐いた後にそう言えば、まぁなと総大将は頷いた。 「でもねぇ、総大将。 妾はこの子が幸せであるためなら、望もうが望むまいが手段は選びません」 そう呟いて、再び白い猫の姿に戻り静かに眠りにつくななしの側に擦り寄った。 「例え……昔愛した男を裏切ってもか?」 振り返った先、真剣な顔をする総大将に目を細める。 「そんな昔の話──昔の男なんか、“今”はどうでもいいこと」 違います?と流し目で睨めば、総大将はむっつり黙り込んでしまう。 さぁ、起きてもいいわよななし。 総大将の話を聞いて選択しなさい、とりあえずは我慢して貴女の意志を尊重してあげるから。 極力、ね。