夜、昔より手にある書を月明かりと蝋燭の揺らめく炎を頼りに紐といていく。 昔、あの者がよく好んでいた歌集を見つけ、今までは避けていたそれを思わず手にとってしまったのその理由にはまだ真っ正面から向かい合う気にはなれなかった。 唸りをあげる夜空に走る稲妻。 不意に、つい先ごろ妖怪の血が現れた本家の三代目の事を思い出した。 彼と初めて対峙した夜もこんな夜だった──背後で動いた気配に瞼を伏せる。 「何を考えている、牛鬼」 その時と同じ第一声だった。 振り返った先で三代目…リクオが柱に寄り掛かってこちらを悠然に見下ろしていた。 「その問い掛けが、お好きなようだ……」 「お前が読めねぇ男だからさ」 小さく笑ってリクオは寄り掛かっていた柱から背中を離した。 近くまで歩み寄ってくると、どさりと床に直に腰を降ろしたので体をそちらに向けると、難しい顔をしたリクオと向き合う事になった。 難しい表情の理由を知っている為、こちらの内心が漏れないように気を配る事が出来ていた。 感情を押し殺すのには、もう随分と上手くなってしまっていた。 「屋敷の者とは会わずに、忍び込んだのですか?」 「俺がこの屋敷に来る事に、あまりよく思われていないようだし。 それに……この話は俺とお前だけですまそうと思ってな」 「………」 やはり、というかいつかは話すことにはなると思っていた為に、覚悟はある程度あった。 「察しの通り、無名の事だ」 昼とは違う鋭い視線に見据えられる。 「何故、私が無名に傷痕を残した、か……ですか」 「部外者が口を挟むべきではないだろうが………無名が捩目山に来ると決めた以上、奴の安全の為に聞く必要があると思ってな」 「!」 はっと見開かれた瞳に、リクオは目を細めた。 「ここに……来るのか……?」 「ケリをつけたいそうだ。傷痕と前世に、な」 リクオ曰く、先ほど彼女の“護法”が不本意ながら彼女の決意を報告に来たらしく。 しかし、捩目山に向かう事を進めたが、牛鬼組が手を出さないとも限らないために釘指しと確認の為に来たと言う。 「危害を加えるようであれば、あちらさんも手加減しないと──鋭い爪をちらつかされたもんでなぁ」 「……」 「一応、聞くが。 無名に危害を加えるつもりはないな?」 聞かれた内容に苦く笑って緩く首を横に振った。 「もう二度と、無名の者に手をだすつもりはありません………」 「それは、妖怪としてか?──男としてか?」 聡い方だと、瞼を伏せる。 おそらく彼は、もう事のおおよそに気付いているのだろう。 「……おそらく、どちらも」 掠れた声で呟いた答えに、リクオは小さくそうかと言った。 「わかった……邪魔したな」 そう言って立ち上がったリクオを見上げる。 来た時同様に早々に気配を闇に紛れさせ始めたリクオは少しだけ振り返った。 「臆病になるのはいいが、相手は人間………後悔は残すなよ」 「!」 「じぃちゃんからの伝言だ、しっかり伝えたぜ」 「──……」 何か返そうとする間に、リクオの気配はもう消えていた。 微かに空の雷鳴に紛れて朧車の車輪が軋む音が紛れて遠ざかっていく。 一際、大きな雷鳴が空を裂いた。 「後悔など………奴と出逢った時からしている………」 自嘲気味に歪められた唇から零れた本音を聞く者はいなかった。