解剖台の上には、たった今届いたばかりの丸焦げの遺体が横たわっている。 爆発物の近くにあった上半身は吹き飛ばされていたようで、形を保っている腰から下だけが残っていた。 チラリと視線を向けた作業台の上に乗せられたいくつかのビニール袋の中には、現場から回収されたバラバラの遺体のパーツが入れられている。 佳純は手を合わせると、ハサミを手に取った。 「はじめようか」 はい、と助手が頷き、その手を借りてハサミで耐火素材だったらしくかろうじて燃え残ったズボンの布を切り裂いてく。 骨を見た限りでは、成人男性。痩せ型。頭部破損のため歯型からの身元特定は不可能。 唯一“残された”物証は、ズボンのポケットに入れていたことで唯一燃え残っていた右手。 指紋の確認はすでに科捜研が行なっているだろう。 佳純は考える。自分はどうすべきなのか。 自分はどうやって、この遺体を“赤井 秀一”だと信じ込まれることが出来るだろうか、と。 この遺体が運び込まれる直前、佳純の携帯に年の離れた友人の少年がコールしてきた。 そろそろ家に帰ろうかと思っていた矢先だったので、とりあえず手にしていた荷物を一旦デスクに起き戻すと、明るい声でその着信に応じた。 「はいはい、もしもーし。どうしたのこんな夜更けに、いくら金曜日でも」 夜更かしはいけないよ、と言う言葉は鼓膜を震わせた低い笑い声に喉の奥に引っ込んだ。 「誰? この携帯の持ち主は?」 警戒をあらわに低い声で問いただせば、電話越しの相手は《相変わらずだな》と小さく呟いた。 《佳純》 「っ!」 自分の名前を呼ぶ声に記憶の中の男の顔が即座に浮かび上がる。 「し」 《おっと、名前は呼ばんでくれ。少々野暮用の最中でな》 「……OK, Mr.アンノウン。私に、何のご用?」 ぐるぐると思考と感情が回る頭を抱えるように手で抑えて、佳純は出来るだけ軽い声色を意識して答えた。 《頭の回転が早くて助かる。……今からそちらに、一人の遺体が運び込まれると思う》 「は?」 《来葉峠の焼死体だ。管轄から言って君のところに依頼が行くだろう》 「ちょ、っと待って? あなた一体、ここで何をしているの?」 アメリカにいた頃ならいざ知らず。ここは日本だ。FBIである男が、こんな連絡をしてくること自体おかしな話だ。 《混乱も疑問もわかるが事は火急でな、質問は受け付けれない。 で、だ。佳純、君に頼みたいのは》 「質問ぐらいさせてよ! 貴方っていっつもそう!!」 《その死体が“赤井秀一”であると証明してほしい》 「は?!」 《頼んだ。お前なら、お前の一言ならジュディ達も納得するはずだ》 「おっま……っ、あの子をまた傷つける気?!」 耳に飛び込んできた親友の名前に、腹の底から沸き立つ怒りをそのままに怒鳴れば、流石に男は口をつぐんだようだ。 「あの子から貴方に振られたって話聞いた時も、くっっっそゲスい男だなって思ったけども!! そこまでクソみたいな思考の男だとは思っても見なかったわ!!!」 F●●k!!っとスラングも口から飛び出すような荒れように、本当に反省しているのかはわからないが《すまない》という言葉がひっそり溢れたが、本人に言え!と佳純は吠えた。 「いい加減にしなさいよ、Mr.アンノンウン。 その優秀な頭で目的のために犠牲にして良いものと良くないもの区別もつかないの?」 《……犠牲にするなとは言わないんだな》 「犠牲なくして勝利なしって何かの映画でも言ってたし……私もそう思う。犠牲もなく生きることはできない。 それに、そういう相手なんでしょ、貴方の追うものは」 まぁ良く知らないけどね、嘯いて佳純は深いため息を吐き出した。 「貴方の頼みを聞くと、自分の立場も命も結構やばくなりそうなんだけど。 あとできちんと責任とってくれるのかしら?」 《……やってくれるか》 「巻き込まれてあげる、っていうかもう巻き込んでるくせに。 でも、あの子に怒られるときは一人で怒られてね!」 わかってる、と力の抜けたような声が返って来て、佳純は表情を引き締めた。 「二度と、私に“赤井 秀一”を解剖させないでね」 《あぁ》 その答えとともに通話は切れた。 佳純は、携帯を手にしばらくその場に立ち尽くしたあと、はぁと深いため息をもう一度吐き出した。 「13日の金曜日って、ほんと最悪……」 その後ろで研究室の電話のベルが鳴る。 予告は現実に変わる。 「はい、東都大学医学教室です」 (「二度と、私に“赤井 秀一”を解剖させないでね」=「死ぬな」は正しく汲み取ってもらえたようだ)